第8話 ショットガン・チェリー

 青木と別れたリュウスケは、地下鉄の階段を降り、ホームに向かった。


「リュウちゃん」


 しゃがれた声で呼ばれた。


「あ、タケさん、今日はここなんだ」


「今日はいつものとこかい?」


「うん。安全運転でお願いします」


 改造された原付バイクの後ろに木製のトロッコがつながっている。リュウスケはトロッコに乗り込んだ。


「乗ったかい?」


「オッケー、出発進行」


 地下鉄のレールの上をトロッコバイクが走っていく。


 リュウスケはスマートフォンで時刻を確認した。午後1時30分を過ぎていた。これはまずい。サチと約束した時間を大幅にオーバーしている。またサチに怒られてしまう。

 

 15分ほどで、目的地に到着した。


「ほい、到着だよ」


「ありがと、タケさん」


 リュウスケは250円を手渡した。

 

 リュウスケはトロッコから降り、元々は駅のホームを改築して生まれたライブハウス「ベースメント」の茶色の扉を開けた。


「あ、リュウちゃん、やっと来た。おかえり」

 

 サチが笑顔で出迎えてくれた。


「なんだよ、サチ、怒ってないのか? だいぶ遅刻したけど」

 

 拍子抜けした気分だった。


「今日は無事に帰ってきたから特別。許してあげる。顔大丈夫?」


「ああ、もう痛みはほとんどないよ。心配かけたな。それよりお前、今バイト中だろ? なんで座ってんだよ?」


「だって今日暇なんだもん。お客さんも全然来ないし」


「俺も一応、お客なんだが」


 ベースメントは夜は300人収容できるライブハウスだが、昼間はレストランバーとして、ウバステでも評判の良い店だと聞いている。わざわざ、外から訪れる客も多いらしい。


 黒のテーブルが15卓並べられ、床はリノリウムのグレー、壁にはローリングス・トーンズやエリック・クラプトンなどのポスターが貼られている。


「いいよ、サチコちゃん。今日はもう上がりなさい」


 ホール右側のバーカウンターから店長の松浦が顔を覗かせた。


「松浦さん、甘やかしちゃだめだよ。もっとビシビシ鍛えてやってよ」


「いいから座りなよリュウちゃん」


 サチが椅子を勧めた。


「よう、どうだった? 晴れのブタ箱デビューは」

 

 正面のカズヤは襟付きの白シャツに黒のジャケットを羽織っている。黒髪が両耳と目を覆い、切れ長の目を向けている。


「二度とごめんだぜ、あんなところは」


「誰と会ってたんだよ?」


「ああ、青木さん。インタビュー」


「お前、余計なこと話さなかったろうな?」


「話してねえよ。あ、少しお前の悪口は話したかも」


「どんな悪口だよ?」


「もう、二人ともやめなよ。せっかくリュウくんが戻ってきたんだから乾杯しようよ」


 隣のヒロキが間に入った。セックス・ピストルズのTシャツを着ている。なるほど、青木の言う通りだ。

 

 乾杯の後、ピザやパスタでリュウスケは食欲を満たした。その後はいつも通りの他愛ない話で笑い、リュウスケは安堵感に包まれた。

 

 二時間ほど経過した頃、ヒロキが提案した。


「ねえ、軽く音出そうよ」


「ああ、いいよ」


「了解だ」


 三人は席を立ち、ステージに上がった。リュウスケはブラウンサンバーストのプレシジョンベースを肩からかける。


 アンプのジャックに、ケーブルを差し込み、電源スイッチを入れる。少しづつ、真空管に光がともりはじめた。


 左に視線を送ると、カズヤがブラックのレスポール・カスタムを構えている。


 ヒロキのスネアドラムの音を背中で聴く。

 

 スリル・フリークスの曲作りは、特にルールはなく、誰かが弾いたり、叩いたりしたら自然とまとまっていく。普段は300人以上入る客席だが、今はテーブルが並んでいる。新鮮な感覚だった。

 

 ヒロキがミディアムテンポのエイトビートを叩きはじめた。絶妙なタイミングでスネアドラムを叩く。カズヤはレスポールで、鋭いリフでリズムを刻む。


 リュウスケは、カズヤの刻むリズムの合間に左手を指板の上に走らせ、右手に握ったピックで弦を弾いた。

 

 様々なリズムやテンポでジャムは進んでいく。この時間がギグと同じくらい好きだ。

 

 30分ほど過ぎた頃、休憩に入った。


「ヒロ、だいぶマシになってきたな」


「そりゃあれだけ英才教育受ければそうなるよ。ねえ、カズさん、さっき弾いてたリフあるじゃん。あれかっこいいね」


「ああ、これか?」


 カズヤがくわえタバコでリフを刻んだ。


「そうそう、それ。ドラムはさあ、こんな感じでどうかな?」


 ヒロキがビートを生む。


「イメージに近いな。リュウスケ、お前は?」


「そういう感じならこうかな」


 リュウスケがベースラインを鳴らす。


「ちょっと今の感じで3人で合わせてみようよ」

 

 ミディアムテンポのブルージーな雰囲気を感じる。カズヤはでたらめな英語でメロディーを紡ぎ出している。ヒロもタイミング良くビートを刻む。いい感じだ。

 

 その後、コードの展開や曲の構成を色々と試し、楽曲が生まれた。


「じゃあ、恒例のタイトル決め。リュウくん、お願い」


「えーとそうだな。ショットガン・チェリー」


「その響き、なんかかっこいいね。どうやって思いついたの?」


 サチが笑顔で尋ねた。


「うーん、なんか上から降ってきた」

 

 リュウスケは天井を指さした。


「というわけでカズヤ、このタイトルイメージで歌詞書いてくれや」


「分かったよ、ショットガン・チェリーな」

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