第三章 セビリア大聖堂の悪夢

 セビリア大聖堂は、ゴシック様式とルネサンス様式が合わさった建物で、世界で一番大きな大聖堂のバチカンのサン・ピエトロ大聖堂、二番目に大きな大聖堂のロンドンのセント・ポール大聖堂で、そして最後に世界で三番目に大きいセビリアのセビリア大聖堂という順番に大きな大聖堂で、このセビリア大聖堂は、世界規模を誇っているのだ。セビリア大聖堂の外観は、薄いベージュ色で出来た建物で、神話に出て来る神々や戦士たちが暮らしている様でいて、いくつもの建物の天辺から出ている突起が空に向かって突き立てている。このセビリア大聖堂の周りは、少し通りを超えると現代の建物が見えて来る。そしてこの大聖堂の開けた所には観光用の車輪の部分が黄色の馬車がたくさん控えているのだ。セビリア大聖堂の入り口は、ゴシック様式のサン・クリストバル門を抜けた所にあり、盾と椰子の葉を持った女神アテネのブロンズ像が風見の役割をしているのだ。ルイス警部とオルコット捜査官たちは、警察車両をセビリア大聖堂の保有する駐車場に乗り入れると、直ぐに車からパッと降り立った。オルコット捜査官は、我先にという勢いで、ルイス警部に「行きますよ、ジョナサン警部、急いで事件時の話しを聴きましょう」といった。ルイス警部は、一足遅く反応して、オルコット捜査官に「時間が押しているから、急いで聴こう」といった。ルイス警部とオルコット捜査官は、セビリア大聖堂の内部へと入って行った。

 中に入った二人は、受付を通り抜けて、右側を見ると、クリストファー・コロンブスの墓を担いでいる巨大な像のレオン、カスティーリャ、ナバーラ、アラゴン王国の王様である四体が姿を現した。彼らはスペインを支配下に置いていた王様たちである。クリストファー・コロンブスの墓と王様の四体の像は、とても迫力のあるものであった。造られた時から変わらぬ強さと繁栄をにじませているのが分かる程だ。ルイス警部は、驚きながら、オルコット捜査官に「あれが、航海士コロンブスの墓かぁ、凄く素晴らしい作品になっているな。これを造った人物たちは、物凄い芸術的才能があったんだろうね」といって、ちらりと視線を投げた。オルコット捜査官は、にこりと笑顔を見せながら、ルイス警部に「そうですよ、これがクリストファー・コロンブスが入っている墓です。まじかに見ると、その素晴らしい光景は言葉に出来ない位でしょう」といった。ルイス警部は、大聖堂内の奥行や幅の大きい事に圧倒されて、大聖堂内を歩いて色々な方向から見回した。オルコット捜査官は、ルイス警部に近づいて、ポンポンと肩を軽く叩いてから「見学は後回しですよ、ではここの偉い人に話しを聴く事にしますよ。ああ、あそこに受付をしていた人が、こっちに向かって歩いて来ていますよ、あの人を捕まえましょう」といった。ルイス警部とオルコット捜査官の二人は、こちらに歩いて来ている受付の女性に向かって行った。オルコット捜査官は、身分証を見せると、受付に「ここの責任者に会いたい、捜査機関の者です」といった。受付は、真剣な顔付きで、オルコット捜査官に「あっ、はい。会う、お約束はなさっていますか?」といって、眼が泳ぎながら二人を見た。オルコット捜査官は、厳格な感じを漂わせながら、受付に「いや、約束はしていませんが、英国特別捜査機関の者だと言えば分かる筈です。直ぐに取り次いで下さい」といって、鋭い視線を見せた。受付は、怯えた様子から更に怯えた様子になり、オルコット捜査官に「では直ぐに、上の者に知らせてまいりますので、少々お待ち下さい」といって、急いだ小走りで受付場にある電話で連絡を入れ始めた。ルイス警部は、オルコット捜査官と受付の女の人とのやり取りを黙って見ているだけだったが、その沈黙を破ったのはルイス警部本人であった。ルイス警部は、心配そうな声音で、オルコット捜査官に「先程の女性に対しての言い方と態度は少しやり過ぎじゃあなかったかね?彼女は少し怖がっていた様だけれども、どうかな?」といって、ちらりと見た。オルコット捜査官は、少しつっけんどんな口調で、ルイス警部に「良いんですよ、あれくらいがね。ああでもしないと、動きませんよ、優雅な国民性なんですよ、スペインという所は」といった。少しして先程オルコット捜査官と会話をしていた受付の女性が、戻って来た。彼女の様子はとても慌てふためいていた。受付は、荒々しい呼吸をしながら、オルコット捜査官に「責任者に連絡を取ったところ、直ぐに責任者の部屋に案内して良いとの事でした。ではこれから責任者のアルバの所へと案内しますね。私に付いて来て下さい」といった。受付の女性は、歩き出して、オルコット捜査官も、後を付いて行き出して、ルイス警部に目配せをした。ルイス警部は、オルコット捜査官に大きく頷き、そして受付の女性とオルコット捜査官の後を追った。受付の女性とオルコット捜査官とルイス警部は、上の階へと上がり、長い通路を抜けた所に位置する大きな部屋へと到着した。受付の女性は、礼儀正しく目の前の大きな部屋を数回ノックしてから「アルバ警備責任者、捜査機関の人たちを連れてまいりました」といった。ノックされたその大きな部屋の中からゴソゴソという音がしたかと思うと、部屋の中から外に向かって「ああ、来たか、今そのドアを開けるよ。待っててくれ」という低く太い声が聞こえて来た。数秒してからドアが開かれた。そのドアの前に姿を現したのは白髪頭で頭の天辺が剥げている中位の身長の少し太っている男であった。その男の目は青色であった。服装は上半身も下半身も黒い警備会社から支給されている服装を着ていて、胸と肩に警備会社のシンボルが刺繍されている服を着ているのであった。その服装はパトロールの警察官の様な服装だ。靴は黒い革靴を履いている。大きな部屋から現れた男は、低い落ち着いた声音で、受付に「ああ、君はもう仕事に戻って良い、ここからは私が引き継ごう」といった。受付は、緊張した様子で、大きな部屋から現れた男に「分かりました、ではこれで私は失礼します」といって、深くそして大きく会釈をしてから、その場を小走りで離れて行った。大きな部屋から現れた男は、恰幅の良い体格を見せつけながら、オルコット捜査官とルイス警部に「私が警備責任者のセシリオ・アルバです、宜しくお願いします。それでは、私の部屋の中でお話しを聴きましょう、どうぞ」といって、手で中に入る用にジェスチャーをした。オルコット捜査官が、まず初めに部屋に入り、その後にルイス警部が入って行った。セシリオ・アルバは、部屋に置いてある大きな茶色のソファーに深々と座りながら、ルイス警部とオルコット捜査官に「どうぞ、そこにお座り下さい、それで盗難事件について知りたいという事で宜しいのですな?」といって、眼を大きく見開いた。ルイス警部とオルコット捜査官は、セシリオ・アルバの真向かいにある茶色の中位のソファーに浅く座り、話し始めた。ルイス警部は、自分の出番が来たという感じで、少し身を乗り出しながら、オルコット捜査官とセシリア・アルバに「ここからは僕が、質問をするよ、オルコットさんは待機していてくれ。それではアルバ責任者、僕から質問をします。まず初めに盗難に気付いた時はどんな状況でしたか?それとその盗難を気付いたのは、いったい誰でしたか?教えて下さい」といって、真剣な顔をした。セシリオ・アルバは、ゆっくりと天井を見上げながら、ルイス警部に「ええ、はい。事件を発見した時の状態はですね、ジョナサン警部、ジョナサン警部でしたかな?」といって、青色の目で見つめた。ルイス警部は、はっと気付いた様に、そして礼儀正しく、セシリオ・アルバに「失礼しました、挨拶がまだでしたね。僕たちは英国特別捜査機関の者たちで、僕が特別捜査官のジョナサンで、こちらが特別捜査官のオルコットです。宜しくお願いします、それでは失礼ながら、事件時の話しをお聞かせ下さい」といって、英国紳士らしさを漂わせた。セシリオ・アルバは、熱心な顔付きになり、ルイス警部に「ええ、事件の時の状況の続きを話しますね。盗難現場に気付いたのは、夜の午後十時二十分でした。現場は木製祭壇衝立がある天井が円形状に壊されていて、木くずや石くずが辺りに散らばっていて、木製祭壇衝立の一部が壊されていて、一部の金が取り去られていたのでした。その現場を発見した人物は警備員のゴンサロ、ゴンサロ・ボセでした。彼は丁度大聖堂の警備の巡回中でした。彼はいつも通り巡回をしていると、彼はふと風の音が外にいる訳でもないのによく聞こえて来て、それで妙だなと思い、風の音が良く聞こえる場所で懐中電灯を片手に辺りを良く見回すと、木製祭壇衝立の場所に何か石灰の様な物が散らばっているのが目に入って来たらしいんです。そしてよくよく木製祭壇衝立のある部屋を見たら、木製祭壇衝立がボコボコに抉られているのが分かりました。それから彼は急いで警備本部のある部屋に連絡を入れたという次第です」といって、険しい顔になり眉根を寄せた。ルイス警部は、深い溜め息を付きながら、セシリオ・アルバに「ではその警備員のボセに会って話しをしたい、取り次いで貰えるかな?アルバさん。その後に盗難事件の現場を見せて頂きたい、良いですか?」といった。セシリオ・アルバは、少し荒々しく大きく頷き、ルイス警部に「ええ、直ぐに手配しますよ、ジョナサンさん、ええ、ええ、直ぐに手配させて頂きます。直ぐにでも」といって、部屋に備え付けてある電話へと向かって行った。ルイス警部は、思案顔をしながら、オルコット捜査官に「うむ、天井がくり抜かれていた、そして木製祭壇衝立から金が奪われた。これはかなり大胆な犯行であるね、この事件は僕たちが以前に捜査の担当をした連中の可能性が無いとは言い切れない様な犯行であるな。うむ、しかしまだ断定は出来ない、詳しく調べてみよう。もし不安が的中したとなると、以前逮捕した連中は間違いだったのか、その辺も考えなければいけないな」といって、指を組んだ。オルコット捜査官は、活発な感じで、ルイス警部に「はい、これは大事件ですね、ジョナサン警部。相手は凶悪犯であるのは間違いないという事でしょうか」といって、足を組んだ。少しして、セシリオ・アルバが、電話口で慌ただしい口調で、話しをした後に、電話を置いて通話を切った。それからセシリオ・アルバが、急いで戻って来るなり、ルイス警部とオルコット捜査官に「今ボセにここへ来るように伝えました。直ぐにここへとボセが来ますので、少々お待ち下さい。そして盗難現場もボセが話しをした後に、案内する手筈になっていますのでご安心下さい」といって、二人を見た。暫くすると、セシリオ・アルバの部屋の扉がノックされて、男の声で「アルバ警備責任者、警備のボセです。お呼びでしょうか?」といった。セシリオ・アルバは、大きな声で、ボセに「おおっ、待っていた、待っていた。部屋の中に入って、こちらに座りなさい、実は君に話しを聴きたい人たちが来ていてね、それで彼らが質問をするから、その質問に答えてくれ。良いね」といって、座っている席から部屋の中に入って来る男を見上げた。ボセは、勢いよく扉を開けて、セシリオ・アルバに「失礼します、はい、何でも聴いて下さい。どんな事でも聴いて下さい」といった。セシリオ・アルバは、機嫌良く、ボセに「うん、うん、心構えは良いが、私が質問する訳じゃないんだ。先程も言ったが捜査機関の人たちが話しを聴きに来ているんだ。彼らの質問に答えてやってくれ、良いね」といった。ボセは、慌てて向き直ると、ルイス警部とオルコット捜査官に「ああ、失礼しました、私が警備員のゴンサロ・ボセです。私からお話しを聴きたいとの事ですね、何でも聴いて下さい」といって、緊張した様子を見せた。ルイス警部は、落ち着いたはっきりとした口調で、ボセに「とても助かりますよ、ボセさん。ではそこのソファーに座って下さい、今から質問しますのでそれに答えて下さい。では質問を始めます、ボセさん、あなたが木製祭壇衝立から金が奪われたのを知ったのは何時頃でしたか?教えて下さい」といった。オルコット捜査官は、座り直して、ボセが話し始めた。ボセは、緊張で体をこわばらせながら、ルイス警部に「木製祭壇衝立の盗難に気付いたのは、警備本部に連絡を入れる一、二分前でした。警備本部に連絡したのが午後十時二十分だったので、木製祭壇衝立の盗難に気付いたのは、午後十時十八分位でしょうか」といった。ルイス警部は、厳粛な口調で、ボセに「その盗難を発見した所までの経緯を教えて下さい」といって、相手を見た。ボセは、おどおどしながら、ルイス警部に「ええ、はい。まず私は仕事をしていました。その仕事というのは大聖堂内の警備の為の巡回です。私はいつもと何ら変わり無く、巡回をしていました。するとどうでしょう、何故か窓を開けた位の風の音が聞こえて来るじゃあありませんか。そして私は懐中電灯の明かりで、風の音が強く聞こえて来る所を探しました。すると風の音を頼りに歩いて行くと、いつの間にか木製祭壇衝立のある所まで来ていました。そして私の頭の上の方から風の音が聞こえて来る気がして、天井の方に持っている懐中電灯を照らしました。するとどうでしょう、木製祭壇衝立のある場所の天井が真ん丸に切り取られていました。それで私は急いで木製祭壇衝立の周辺を懐中電灯で照らしました。そうすると何か石灰の粉の様な物が辺り一面にありました。また石灰の粉、チョークの粉の様な物がですね、その物体がある所の近くに木材と石材の破片が落ちているのに気が付きました。それから私は何か他に異変が無いか調べました、すると木製祭壇衝立の所がいつも見ている光景ではなく、明らかに通常とは異なっていました。木製祭壇衝立の一部分が削り取られていて変形していたのです。黄金が一部無くなっていたんです、私は物凄く恐怖を感じました。そして直ぐに警備本部に連絡をしました。」といって、その時の状況を思い出して顔は青ざめていて、恐怖に震えた。ルイス警部は、険しい顔付きで、ボセに「大聖堂内の異変に気付いてから警備本部に連絡をするまでの間の時間はどの位でしたか?教えて下さい」といって、前に身を乗り出した。ボセは、ソファーに身を埋めさせて、ルイス警部に「ええと、ええと、丁度ニ十分程でしたね」といって、チラッと黒い目の奥から覗いた。ルイス警部は、腕を組んで、ボセに「以前にも今回の様に芸術品を盗まれる様な事はありましたか?」といった。ボセは、眼を閉じながら考え込み、ルイス警部に「それはですね、うーんと、私の記憶では一度も無かった様な気がします。」といった。ボセが、話し終えると、直ぐにセシリオ・アルバが、急にルイス警部とボセの間に跳び込んで来た。セシリオ・アルバは、興奮した様子で、ルイス警部に「実は以前にもこの様な盗難事件らしい事があったんですよ。ボセはまだここセビリア大聖堂の警備の仕事は日が浅いんです。それで以前の盗難事件らしい事とはですね、十七世紀スペインが誇る画家、バルトロメ・エステバン・ムリーリョの作品を盗むぞという予告状が送り付けられて来た事があるんです。ですからその予告状の影響で絵画に警備を集中していた事は否めません。スペインが生み出した名画家の絵がスペインから盗まれたとなると、それはいい笑いものになると思ったんです。しかし結局ここセビリア大聖堂から芸術品が盗まれるといった事になってしまって…」といって、体を怒りで震わせた。ルイス警部は、難しい顔をしながら、セシリオ・アルバに「そうでしたか、その予告状が送り付けられたのはいつ頃なんですか?」といった。セシリオ・アルバは、手を額に置きながら、ルイス警部に「ええ、それはですね、確かそれは今から丁度二週間前位の事でした。その予告状は茶色の封筒に入って、私どもの所に送られて来たんです」といった。ルイス警部は、しっかりとした顔付きになり、セシリオ・アルバに「その予告状と予告状が入っていた封筒をですね、後で見せて頂けませんか?今回の黄金の盗難事件と何か関連性が無いか調べたいのです」といって、眼の奥をキラリと光らせた。セシリオ・アルバは、力んだ口調で、ルイス警部に「ええ、はい。直ぐにでも調べられる様に、送り付けられた手紙とその手紙の入っていた封筒を用意しますね」といった。ルイス警部は、思い出した顔付きで、セシリオ・アルバに「あのう、聴きそびれていたんですが、金の盗難に遭ったのは何日の事だったのですか?教えて下さい」といった。セシリオ・アルバは、再び額に手を置き、ルイス警部に「ええ、ええ、それは六日前の六月十二日の水曜日の事でした。間違いありません」といった。ルイス警部は、勢いよくその場から立ち上がると、セシリオ・アルバに「では、これから金の盗難の遭った現場に行きましょう」といった。セシリオ・アルバは、つられてその場から立ち上がると、ルイス警部に「ええ、では現場に行きましょう」といった。オルコット捜査官も二人が立ち上がると、足を組んでいるのをやめて、ゆっくりとした口調で、ルイス警部とセシリオ・アルバに「それでは、これから現場の捜査ですね」と嬉しそうにいった。少しして、セシリオ・アルバによって、ルイス警部とオルコット捜査官は、事件現場となる木製祭壇衝立のある部屋へと案内された。

 早速到着すると、ルイス警部は、中腰の姿勢で優し気な声音で、セシリオ・アルバに「この現場は発見時と同じで、何も手を加えていない状態ですか?」といって、男を見上げた。セシリオ・アルバは、急き込んだ感じで、ルイス警部に「そうです、そうです。この部屋の物は何一つ触っていません。何が犯人の手掛かりになるのか分かりませんものね」といって、真剣な眼差しで見つめ返した。ルイス警部は、入念に部屋に何か不審な物が無いかを探し始めた。暫くして、ざっと部屋のあちこちを見廻ると、英国特別捜査機関の科学捜査班の者たちへと連絡を入れた。オルコット捜査官は、溜め息をついて、ルイス警部に「ふぅ、何か犯人が残した物かありましたか?ジョナサン警部?」といって、向き直った。ルイス警部は、自分の服のポケットから高性能の携帯電話を取り出して、カシャカシャと音を立てながら携帯電話に装備されているカメラ機能を使って、辺りを撮影し出した。オルコット捜査官は、自分の言葉が聞こえなかったんだと思い、近寄って、ルイス警部に「あの、ジョナサン警部、何か気付いた事はありましたか?」と前よりも大きな声でいった。ルイス警部は、一旦携帯電話によるカメラ撮影を中断して、オルコット捜査官に「一回目の問いかけから聞こえていたよ、オルコットさん。いや、まだ何ともこれといった物は何も見つかっていないな。しかし見ているのに分かっていないだけかも知れないからね。一応撮影をして後で見返せるようにしておこうと思って、カメラ機能を使って撮影しているところだ。うちの捜査機関の科学捜査班が調査するのを待っていたら少し捜査が遅くなると思ってね。捜査が遅くなると犯人がどんどん遠くへと逃げて行くのではないかと思った次第さ」といった。オルコット捜査官は、感心した様子で、ルイス警部に「やはり、ジョナサン警部には驚かされますね。捜査に打ち込む姿勢にはとても感銘を受けました。私に出来る事がありましたら、何でも言って下さい」といって、にこやかに微笑んだ。ルイス警部が、警備員のゴンサロ・ボセに話しを聴き、金の盗難現場を携帯電話で撮影し、そしてセシリオ・アルバ警備責任者が言っていた予告状と予告状が入っていた封筒を撮影し終えると、オルコット捜査官と共にセビリア大聖堂の出口へと向かった。ルイス警部は、思いのほか明るい表情で、セシリオ・アルバに「今日の所は、これで私たちは引き揚げます。明日にはうちの捜査機関の科学捜査班が来ますので、彼らの調査にご協力下さい。僕たちは、科学捜査班の調査で得られた事を検証して、明日以降捜査を進めるつもりです。またお話しを聴く事になるかも知れません、その時はご協力お願いします。」といって、頷いて見せた。セシリオ・アルバは、感謝の気持ちでいっぱいであるかの様に、ルイス警部に「ああ、とても助かります、これからどうしようかと思っていた所だったんですよ。いやぁ、良かったですよ、とても心強いです。何でも御聴きになって下さい、何でもしますので、捜査の事、本当にありがとうございます」といって、手を取って深く会釈をした。ルイス警部は、取られた手に少し力を入れて握手をし、セシリオ・アルバに「いいえ、いいえ、僕たちは悪行を許せないんですよ。ただ単に是非お宅のお力になりたいと心から思っての事なだけなんです」といった。オルコット捜査官は、背筋を伸ばして立ち、セシリオ・アルバに「私たちに任せて下さい、決して悪い事にはなりません。私たちが事件を解決して見せます」と自信が満ちた言い方でいった。セシリオ・アルバは、嬉し涙を目元に見せて、オルコット捜査官に「ああ、どうも、ああ、どうも、とても安心しました。全てお任せします、何でも言われた通りにします」といって、大きく握手をした。ルイス警部とオルコット捜査官は、セシリオ・アルバとの会話を終えると、セビリア大聖堂から駐車場へと移動した。ルイス警部とオルコット捜査官は、駐車場に停めてある自分たちの警察車両を求めて歩きながら、会話を始めた。ルイス警部は、思案顔で、オルコット捜査官に「スペインが誇る画家であるバルトロメ・エステバン・ムリーリョの作品、この作品を盗み出すという予告状が届いたのが、今から二週間前の六月四日の火曜日。そして黄金で出来た木製祭壇衝立から金が盗まれたのが、今から六日前の六月十二日の水曜日の午後十時二十分。ああ、しまったな、予告状が届いた時間帯を聴くのを忘れていたな。明日、調査に来る科学捜査班に予告状が届いた時間帯を聴いて貰っておくか、明日またセビリア大聖堂に出向くしかないなぁ。うむ、ではこれからうちの捜査機関の作戦本部に戻る事にしよう」といった。オルコット捜査官は、軽やかな足取りで、ルイス警部に「ええ、作戦本部で、事件の成り行きを推理しましょう。では直ぐに車を出しますね」といった。オルコット捜査官は、車の色が赤色のSEATの「レオン新型」の駐車されている場所に来ると、その車のロックを鍵の遠隔操作で外した。そのロックの外された車にルイス警部とオルコット捜査官は、飛び乗ると、車を発進させて、セビリア市内へと消えた。

 ルイス警部たちがセビリア大聖堂を出たのは、六月十八日の火曜日の午後五時半だった。セビリアの街は午後五時半位ではまだまだ陽が高くて、明るく遠くまで見渡せる。だからといって陽の光が強くて眩しいという事では無く、ほんのりとした日差しで辺りが淡い色で塗られた絵の様である。ルイス警部とオルコット捜査官の乗せた警察車両は、先程来た道を戻って行き、作戦本部へと到着した。オルコット捜査官は、車のハンドルと車のギアを巧みに操り、作戦本部のある建物の地下駐車場へと入って行き、大分奥の方まで車を走らせると停車させた。オルコット捜査官は、座っている席から向き直り、ルイス警部の方を向き「着きましたよ、ジョナサン警部」といった。ルイス警部は、急いでシートベルトを外すと、オルコット捜査官に「そうだな、オルコット捜査官、ではバイミラー上司に報告をしよう」といって、車のドアを突き飛ばす様に開けた。ルイス警部とオルコット捜査官は、車を降りると、早歩きでエレベーターのある場所へと向かい、その場所へと到着するなり、作戦室のある階へと目指した。エレベータが起動して数分が経つと、作戦室のある階へと到着した。ルイス警部とオルコット捜査官は、エレベーターから降り立った、今日の昼時少し前に到着した時とほとんど変わり無く、作戦室では色々なコンピューターや最新機材などの活発に働いている音やあらゆる光の飛び交う場所となっていて、とても騒がしい状態であった。そんな中、捜査機関の者たちが色々な書類を持って、あっちへ行ったり、こっちに戻って来たりしている。捜査機関の者たちは、せわしく動き回っているのだ。その中にルイス警部とオルコット捜査官は、辺りを忙しくうろうろしている捜査機関の者たちに加わり、バイミラー上司の部屋へと歩き出した。ルイス警部は、何か考え事をしながら、さっそうと歩いて行き、オルコット捜査官も考えを絞り出す様子で、険しい顔をしながら、そそくさと歩いて行った。少しばかり歩いて行った所で、前回と同じ大きな扉のある部屋が見えて来た。ルイス警部は、この大きな扉をノックをして、中に居ると思われるバイミラー上司に「僕だジョナサン警部だ、報告をしに来ました。中に入っても良いですか?バイミラー上司?」といった。少し間が空いてから部屋の中からバイミラー上司と思われる声で「ああ、中に入ってくれ、丁度今君たちの捜査状況を気にしていた所なんだ。どうぞ、中へ入ってくれ」と聞こえて来た。ルイス警部は、大きな扉をバッと勢いよく開いた。オルコット捜査官もその後を追って部屋の中へと滑り込んだ。部屋の中に入ると、バイミラー上司は部屋に備え付けてある小さなキッチンの様な場所で電気ケトルに水を入れ、スイッチを入れて湯を沸かしていた。バイミラー上司は、部屋に入って来たルイス警部とオルコット捜査官の方をちらりと見るなり「中に入ってくれ、中に入ってくれ、今コーヒーを入れる所だ。君たちはコーヒーで良かったかな?私はコーヒーを飲みたいと思ってね、それでコーヒーで宜しいかな?」といって、もう一度視線を投げた。ルイス警部とオルコット捜査官は、バイミラー上司の質問にほぼ同時に返事をした。彼ら二人の返答を聴くと、バイミラー上司は機嫌が良さそうにコーヒーを入れる作業へと再び戻った。ルイス警部とオルコット捜査官が、ソファーの辺りに立ったまま待っていると、暫くして、バイミラー上司が二つのコーヒーを持って、ルイス警部とオルコット捜査官に「さあさあ、そこに座ってくれ、二人とも。それで捜査の方はどうかな?何か手掛かりでも手に入れたかな?話してくれ」といって、ソファーの前にある小さなテーブルにコーヒーを置いた。ルイス警部は、ソファーに座りながら、オルコット捜査官とバイミラー上司に「僕から捜査状況を話す事にするよ、オルコットさん。ではセビリア大聖堂に行った時の事をお話ししますね、バイミラー上司。セビリア大聖堂の事件は、実は少し込み入っているかも知れないんです。それはどういった訳なのかと申しますと、今回の事件の始まりは、もしかすると今から二週間前の六月四日の火曜日から始まっているかも知れないんです。まず始めに二週間前の六月四日の火曜日にスペインが誇る画家であるバルトロメ・エステバン・ムリーリョの作品の絵画を盗みに行くという予告状が届いたんです。これによってセビリア大聖堂の絵画に警備を集中し出したんです。これでバルトロメ・エステバン・ムリーリョの絵画以外の芸術作品への警備が緩くなりました。そして六日前の六月十二日の水曜日の午後十時に警備員がセビリア大聖堂の巡回をしていました。するといったいどういう訳か直ぐ傍で風がなびいている位の風の音が聞こえて来たらしいんです。それから巡回をしていた警備員は懐中電灯で、異変を確かめました。すると風の音を頼りに歩いて行き、木製祭壇衝立のある所まで来たらしいです。そして自分の頭の上の方から風の音が聞こえて来ると思い、持っている懐中電灯で確かめました。木製祭壇衝立のある場所の天井が真ん丸にぽっかりと穴が空いていたらしいんです。そして穴の空いた天井のある部屋を懐中電灯で照らして見たみたいなんです、部屋には何か石灰の粉の様な、チョークの粉の様な物が辺り一面に広がっていて、その粉がある所の直ぐ傍に木材と石材の破片が散らばっていたらしいんです。そして警備員は他に何か異変が無いか調べたみたいなんです。すると木製祭壇衝立の一部分が削り取られていて変形していて、金が一部無くなっていたんです。金がなくなった、その事に気付くまでに午後十時から十八分後の午後十時十八分。そして金の盗難に気付いて警備本部に連絡を入れたのが午後十時二十分。と、この様な状況だったみたいです。一応事件現場を自分で観察をして、自分の携帯電話で撮影もしてみました。金の盗難に気付いた警備員の証言と現場の様子は一応一致していました。明日うちの科学捜査班による調査で何か手掛かりが出て来るのではないかと考えています、以上で今日のセビリア大聖堂の捜査報告を終了します」といって、話し終えると一息入れた。オルコット捜査官は、ルイス警部の傍らで、腕を組んで、足を組み、下を向いて事件の事を考えている様子だ。少しして、オルコット捜査官は、バイミラー上司の方を向いて「私もセビリア大聖堂で特に変わった事を発見しませんでした。私も科学捜査班の調査を期待しています」といった。バイミラー上司は、腕を組んで頷き、ルイス警部とオルコット捜査官に「そうか、では何も犯人への手掛かりになりそうな事は分かっていないという事かな。うむ、ではジョナサン警部とオルコット捜査官に推理をしてもらい、その裏付けとしてわれわれの捜査機関の科学捜査班に活躍してもらうという事で良いかな?明日までまだ時間はあるから君らで推理して、可能性のある事件の筋書きを検討するという事で宜しいかな?ジョナサン警部とオルコット捜査官」といって、二人を交互に見た。ルイス警部は、決心した様子で、バイミラー上司とオルコット捜査官に「分かりました、これから僕とオルコットさんで事件の全容の検証をしてみます。確かな手掛かりがある訳ではないですが、僕たちで知恵を絞りながら推理してみますね」といった。オルコット捜査官も頷きながら、腕を組むのと足を組むのを止めて、バイミラー上司とルイス警部に「ええ、私たち二人で、これから明日までに出来る事をやってみます」といって、瞳をキラキラと輝かせた。バイミラー上司は、軽い咳払いをして、ルイス警部とオルコット捜査官に「うむ、とても良い心意気だが、今日はもう遅い、それに私たちの科学捜査班の調査もまだときている。今日はこれから食事をしながら、事件の推理をしてゆっくりとした夜を過ごして、明日に備える事にすると良いだろう。今日の夜はスペイン料理をとことん堪能する事にすると良い、良いね二人とも」といって、口元に微笑みを浮かべた。ルイス警部は、いつもの上司のゆったりとした心構えだと思いながら、バイミラー上司に「分かりました、ではこれからスペインの街に行って、食事を美味しく食べて来ます。捜査にはめりはりが肝心であるという事ですね、バイミラー上司?」といって、軽やかに笑った。オルコット捜査官は、ころころと喉を鳴らして笑い、バイミラー上司とルイス警部に「了解です、では夜のスペインの街へと来り出して、何かスペイン料理の美味しい食事をゆったりとしながら味わいましょう。スペイン料理のお店選びは私に任せて下さい、ではジョナサン警部、バイミラー上司の許可が出ていますのでお食事に行きましょう」といって、微笑んだ。スペインでの英国特別捜査機関の作戦本部を出たのは、六月十八日の火曜日の午後七時だった。

 もう夜の七時なのだ、だが全然陽が高くて、辺りが暗いという事は無いのだ。スペインでの午後の時間帯は本当に明るいのだ、人の顔が離れている所からでも見分けが付く程なのだ。ルイス警部とオルコット捜査官は、一旦自分たちのオフィスに戻り、先程出かけたセビリア大聖堂に持って行った荷物を置いて行き、実に手ぶらで、階段をカツカツと音を立てながら階下へと下りて行った。ルイス警部とオルコット捜査官は、作戦本部から歩いて行ける所の美味しい料理が出る店に行く事にした。なぜなら明るいが午後の夜の時間帯なので、お酒を飲もうという訳だ。二人は、折角上司から許可が出ているので、スペインの午後の食事の時間を味わおうという事なのだ。スペインの午後の街に出て、ルイス警部は、うきうきとしながら、オルコット捜査官に「所で今から食べに行く料理は、もう既に決まっているのかい?もしそうなら是非教えてくれないか?」といって、話を切り出した。オルコット捜査官は、質問されるのを待っていた様子で、ルイス警部に「ええ、もちろん決まっていますよ、ジョナサン警部。まず初めにこれから行くお店について言いますね、私たちがこれから行くのは、スペインで言うバルという所なんです。そのバルという所は、小皿料理を出す飲食店や酒場の事なんですよ、そこで出される面白くて美味しい料理を今から食べに行きます。バルで出される定番料理のタパスと言われる料理を食べに行くんです。タパスには色々な種類がありますから期待していて下さい。それから夜にタパスを食べるにはお酒がお伴として飲まれるんですよ、お酒の方も期待していて下さい、スペインのお酒と言う物が出されますので少し得をした気分になれます。スペインではバルが一日中活躍します、朝食の時も昼食の時もそして夕食前の間の時に、食事をする事が出来る場所として重宝されているんです。ですからスペインではバルに何回も行く人たちで溢れています。今午後七時過ぎですね、これから私たちはバルに行くんですが、それは時間帯として混雑を避けるのにとても良い時間帯なんです。午後五時から午後七時頃にバルの店内に入ると、無理に人々でいっぱいのバルに入らなくて良いんです。スペインでは夕食の時間帯は普通夜の午後九時から夜の午後十一時という事になっているんです。ですから午後五時から午後七時の時間帯にバルやレストランに行くと空いていて席に座れるんですよ、ひどい時などの人々で混んでいるバルなどでは、立って食事を取らなければいけなくなる時があるんですよ。ああ、言いそびれていました、今日は私たちもスペイン国民と同様にバルを数件行く事にしますよ。良いですね、ジョナサン警部」といって、胸が躍る様な目の動きを見せた。ルイス警部は、愛想良く、オルコット捜査官に「それはそれは、楽しみだな、情熱のスペインの料理や飲み物は、どんな物だろう、想像できないなぁ。バルをいくつか回るんだね、それも観光気分で良いね、楽しみだ」といって、微笑みをたたえた。ルイス警部とオルコット捜査官は、スペインの街でどのバルが良いか探して、暫く歩き回っていると、オルコット捜査官が気に入った店を見つけた。オルコット捜査官が見つけたバルは、まだ人々でいっぱいになっておらず、店内をまだ見回せる程空いていた。オルコット捜査官は、内心ほっとした様子で、ルイス警部に「ではここにしましょう、ここが最初に食事をするバルにしましょう、では店内に入りましょう。付いて来て下さいね」といって、振り返った。ルイス警部は、少し落ち着かない様子で、オルコット捜査官に「人はあまりいないが、照明や店の雰囲気はこれから賑やかになりそうだな、いやぁ、良いね」といって、辺りを見回した。オルコット捜査官とルイス警部が今から入ろうとしているバルは、店の入り口のドアやガラス窓の縁が赤く塗られていて、店の看板は黄色に赤色の文字が“スペインのタパス”と書かれていた。この“スペインのタパス”という店の両隣は白く塗られた店でとても“スペインのタパス”が目立っているのだった。ルイス警部とオルコット捜査官は、店の中へと入ると、そこには店内の壁という壁に、今までのスペインの名物である闘牛の絵が額縁に入れられて、何枚も飾られているのだった。壁は赤レンガで出来ていて、店の中は、カウンター席と酒樽で造ったテーブル席が広がっていた。カウンターの上の棚にはいくつもの酒とグラスが置かれているのだった。そしてカウンター席には赤色のメニューが間隔を空けて置いてあり、椅子が敷き詰められているのだ。ルイス警部とオルコット捜査官が店に入るのを奥に居たバルのウェイターが見ていたらしく、ウェイターの男が急いで近寄って来た。その男は、浅黒い顔で少し身長が高く、ひょろっとした体形で、上半身が白いワイシャツで、そのワイシャツの袖をまくり上げていて、その白いワイシャツの上に黒いベストを着て、首には蝶ネクタイをしている。下半身は黒いズボンを着ているという出で立ちだ。ウェイターは、元気よく快活な感じで、ルイス警部とオルコット捜査官に「お二人様ですね、お食事ですか、それともお酒だけにしますか?」とスペイン語でいって、二人に問いかける様に見た。ルイス警部が、オルコット捜査官をちらりと見た。オルコット捜査官は、さわやかに、ウェイターに「食事もお酒も頂きます、私たち二人です、お願いします」とスペイン語でいった。オルコット捜査官の話すスペイン語は、とても熱気を感じる威厳のあるものだった。そのスペイン語を聴いている者を何か心から奮い立たせるものを感じさせた。ウェイターは、慣れた様子で、オルコット捜査官に「かしこまりました、ではお席に案内させて頂きます。では私に付いて来て下さい」とスペイン語でいって、優雅な足取りで店の奥へと歩いて行った。ルイス警部とオルコット捜査官は、ウェイターの後を追った。すると、店の奥に酒樽で出来たテーブル席が見えて来た。ウェイターは、酒樽で出来たテーブル席に到着すると、にっこりと微笑み、二人の方へと向き直り、オルコット捜査官に「席はここになりますが、宜しいでしょうか?それかカウンター席になります。それか違う席が宜しければもっと奥の席になりますが…どうしますか?」とスペイン語でいった。オルコット捜査官は、愛想良く、ウェイターに「ここの席で良いわ、食事のメニューを下さい」とスペイン語でいった。ウェイターは、とても紳士的な感じで、オルコット捜査官に「それでは直ぐにこちらの席にメニューを用意させて頂きます、それでは暫くお待ち下さい」とスペイン語でいって、その場から離れて行った。少しの間ルイス警部とオルコット捜査官がたわいない話しをしていると、先程店内のどこかに消えて行ったウェイターが、戻って来ると、ルイス警部とオルコット捜査官の二人に、一人一冊ずつメニューを渡した。ウェイターは、感じの良い口調で、オルコット捜査官に「こちらがメニューになります、それで御用は今の所以上でしょうか?」とスペイン語でいった。オルコット捜査官は、急いでメニューを開くと、ざっと目を通して、ウェイターに「ちょっとだけ待っていて下さい、直ぐに注文したい物が決まりますので」と流暢なスペイン語でいった。一、二分経った頃オルコット捜査官は、沈黙を破り、ルイス警部に「ジョナサン警部、私が料理と飲み物を決めてしまって良いですよね?」といって、視線を投げた。ルイス警部は、オルコット捜査官の唐突な質問にうろたえながら「ああ、構わない、君に食事の事は全て任せるよ」といって、二回頷いて見せた。ルイス警部の返答を聴くと、オルコット捜査官は、一瞬の躊躇も無く、ウェイターに「このアボカドとサーモンを載せたカナッペ、アボカドとエビを載せたカナッペ、チーズとトマトを載せたカナッペのこれら三つのカナッペとアンバーレモンというビールテイストの飲み物を二つください、お願いします」とまたしても流暢なスペイン語でいった。ウェイターは、紳士的な対応をしながら、オルコット捜査官に「はい、かしこまりました。料理が出来次第直ぐにお持ちしますね、飲み物の方はお料理と一緒に持って来ますか?どうしますか?」とスペイン語でいった。オルコット捜査官は、柔らかい表情を見せながら、ウェイターに「出来たら飲み物を先に持って来て下さい、お願いします」とスペイン語でいった。ウェイターは、とても礼儀正しい身振りをしながら、オルコット捜査官に「分かりました、ではアンバーレモンを直ぐに二つお持ちしますね」とスペイン語でいって、笑顔を見せてその場を離れて行った。ルイス警部とオルコット捜査官は、ウェイターが戻って来るまでの間、二人は空腹で沈黙を保っていた。そうこうしていると、ウェイターが、厨房の中から二人が座っているテーブルへとさっそうと現れた。ルイス警部が、ウェイターに先に気が付き、オルコット捜査官に「オルコットさん、ウェイターが頼んだ飲み物を持って来たみたいだ」といって、指で指し示した。オルコット捜査官が、振り返ると、そこにはウェイターがいくつかの食事が載っている皿と飲み物の入っている瓶を二つ持って立っていた。オルコット捜査官は、素早く流暢にスペイン語を話し、ウェイターに「あら、食事ももう出来たのね。ではここに置いて頂戴」とスペイン語でいった。ウェイターは、紳士的な控えめな笑顔を見せながら、オルコット捜査官に「はい、では。こちらがアボカドとサーモンを載せたカナッペとなります、それからこちらがアボカドとエビを載せたカナッペとなります、そしてこちらがチーズとトマトを載せたカナッペとなります。それと飲み物のアンバーレモンが二つです。以上で宜しいでしょうか?」とスペイン語でいって、二人を見た。ルイス警部は、笑顔を見せながら、何もせずに座っていた。オルコット捜査官は、満面の笑みで、ウェイターに「ええ、それで注文をした全部です。ありがとう」とスペイン語でいった。ウェイターは、オルコット捜査官とのやり取りを終えると、厨房の方へと歩み去った。カナッペとは、フランスパンなどに具材を載せた食べ物で、軽食な物である。ルイス警部は、目の前にある料理を見て、興奮し出した。オルコット捜査官が、テーブルに置かれている料理で、心臓が高鳴るのを、その場にいた全ての人たちが感じ取れたと思われた。ルイス警部は、落ち着かない様子で、オルコット捜査官に「もう食事を食べ始めても良いかな?オルコットさん?」といった。オルコット捜査官は、眼をギラギラさせながら、ルイス警部に「ええ、もちろん、食べて頂いて大丈夫ですよ」といった。ルイス警部は、胸が躍る気分で、三種類のカナッペの一つを食べながら、オルコット捜査官に「このアンバーレモンっていう飲み物はお酒なのかな?オルコット捜査官?」といった。オルコット捜査官も、三つあるカナッペの一つをゆっくりと味わいながら食べ、かぶりをふり、ルイス警部に「いいえ、このアンバーレモンはビールからアルコール分を取り除き、レモン果汁を混ぜ合わせた物で、ビールテイスト飲料と呼ばれる物なんですよ。レモンが入っているので、これを飲んで気分爽快になりましょう、まだまだバル巡りは始まったばかりですよ、ジョナサン警部」といった。暫くの間、ルイス警部とオルコット捜査官は、とりとめのない話しをしながら、カナッペを頬張り、何本ものアンバーレモンをグビグビと勢い良く喉に流し込んだ。大分してルイス警部とオルコット捜査官が、最初のバル“スペインのタパス”を出たのが、六月十八日の火曜日の午後七時四十五分だった。辺りは夜の午後七時四十五分というのにまだまだ明るかった。スペインは、情熱の国と呼ばれるだけあって、太陽にとても恵まれた国の様だ。ルイス警部とオルコット捜査官は、道を歩きながら、会話を始めた。ルイス警部が、話しを切り出して、オルコット捜査官に「空腹だったのが、少しだけ満たされた。そろそろ事件の捜査の事を話さないか?オルコットさん?」といった。オルコット捜査官は、きょろきょろと落ち着き無く周囲を見ながら、ルイス警部に「そうですね、その予定でした。あっ、あそこに良いお店があります、あの店で次は食事をしましょう、事件の事もたぶん良い推理が出来ますよ」といって、小走りした。その後をルイス警部も急いで追った。ルイス警部とオルコット捜査官が、スペインの街で二軒目のバルを見つけたのは、一件目のバルを出た十分後の午後七時五十五分だった。二軒目のバルは、店の前に白いパラソルのある席のテラスが立ち並んでいて、パラソルに“美味しい小皿料理”という店の名前が書かれて、そのテラスの席に明るいベージュ色の木で出来た椅子が二つ置かれている。そのテラスをかき分けて行くと、正面の入り口が大きなガラス窓で出来ている扉がある店が現れて、その店の屋根に先程テラスに書かれていた“美味しい小皿料理”という文字が黄色に青い色で書かれているのが見えて来た。その店は外からでも店の中が一目瞭然で分かる造りになっていて、店の中にはたくさんの人々でごった返していた。店の中の人々は、テーブル席の人たちもカウンター席の人たちも、お酒を勢い良く飲み、運ばれてくる料理のタパスをがつがつと平らげていた。その様子は気持ちの良い光景であった。ルイス警部とオルコット捜査官は、いそいそと“美味しい小皿料理”という店に入って行った。

 ルイス警部は、店の中に入ると、ふと外から見た店の感じと、中に入った後の店の感じが違うと思った。ルイス警部は、外から見た様子ではこじんまりとした店だが、いざ店の中に入ると奥行きのある結構大きな店だなと思ったのだ。店の中には、やはり最初に入ったバルと同じように大きな絵が額縁に入ってたくさん飾られている。その飾られている絵は今回は闘牛では無く、風景の絵が飾られているのだった。そして店のカウンターの上には何本ものワインボトルが置いてある。二軒目のバルの店員は、カウンターの内側にいる人たちは忙しなく料理を作っている、それから注文を聴いている人たちは店のフロアを忙しなく歩き回っている。そのフロアを歩き回っている店員の一人が、ルイス警部とオルコット捜査官の二人が、店に入るのを目撃したらしく、笑顔を見せながら近づいて来た。この近づいて来た店員の服装は、上半身が黒い半袖のポロシャツで、そのポロシャツの胸ポケットには黄色の刺繍で“美味しい小皿料理”と書かれていて、下半身は黒いズボンを着て、そのズボンの上に黒いエプロンを付けている。ベルトは茶色のベルトで、靴も茶色の革靴を履いている。二軒目のウェイターは、心地の良い声音で、ルイス警部とオルコット捜査官に「お二人ですね、お席にご案内しても宜しいでしょうか?」とスペイン語でいって、二人を見つめた。オルコット捜査官は、意気込んだ様子で、二軒目のウェイターに「是非お願いします」とスペイン語でいった。ルイス警部は、一軒目のバルと同様にオルコット捜査官に任せきりで、その場でにこにこしているだけだ。二軒目のウェイターは、オルコット捜査官の返答を聴くと、即座にカウンターでメニューを掴み取り、直ぐにルイス警部とオルコット捜査官の立っている所へと戻って来た。それから二軒目のウェイターは、弾んだ声音で、オルコット捜査官に「ではこちらです、案内しますね」とスペイン語でいって、ルイス警部とオルコット捜査官の後ろの方へと向かって行った。ルイス警部は、二軒目のウェイターの行動にあっけにとられて、茫然としていたが、オルコット捜査官が近づいて来た。オルコット捜査官は、意気揚々とした様子で、ルイス警部に「外に席がある様ですよ、あのウェイターにはぐれない様に付いて行きましょう、さあ行きましょう」といった。ルイス警部は、相槌を打ち、オルコット捜査官に「了解した、では行こう」といって、二人は先程のウェイターを目指した。ルイス警部とオルコット捜査官は、ウェイターに連れられて出て行った。すると店内に入る前に見た、テラスの席の傍にウェイターが立って待っているのが見えた。オルコット捜査官は、二軒目のウェイターに「この席ですか?」とスペイン語でいった。二軒目のウェイターは、気取らないが礼儀正しい物腰で、オルコット捜査官に「そうです、お客様。ここにお出しする料理の一覧が載っている冊子を置いて行きますね、何か御用があれば呼んでください」とスペイン語でいって、その場から立ち去った。それから直ぐに、ルイス警部とオルコット捜査官は、このテラスの席に座り、注文する料理を冊子を見ながら検討し始めた。オルコット捜査官は、眉一つ動かさず冊子を見ながら、ルイス警部に「今回も私が、タパスを決めて良いですか?もしかして何か食べたい料理が有りますか?」といって、視線を投げた。ルイス警部は、質問によって少し取り乱しながら、オルコット捜査官に「いいや、どれも美味しそうな料理で、僕はスペイン料理の事を良く知らないから、オルコットさんに任せるよ。」といった。オルコット捜査官は、心が決まった様子で、ルイス警部に「あら、そうですか。ではまた私が良いと思った料理にしますね。良しでは早速料理や飲み物を注文しますね」といって、パタンと冊子を閉じた。オルコット捜査官は、行動に移って、スペイン語の大きな声で、席に案内したウェイターとは別のウェイターを自分たちの居る席に呼び寄せた。呼ばれたウェイターは、メモ用紙と鉛筆を取り出し、オルコット捜査官に「はい、注文ですね?どれにしますか?」とスペイン語でいった。オルコット捜査官は、素早く冊子を開き直し、写真を指さしながら、呼ばれたウェイターに「まず食べ物がこのキノコのカナッペに、ホタテとアンチョビのカナッペに、卵サラダとチーズのカナッペに、それとコクテル・デ・ガンバスを二つ下さい。そして飲み物はオレンジワインを二つ下さい、お願いします」とスペイン語でいった。呼ばれたウェイターは、好感がもてる様な口調で、オルコット捜査官に「分かりました、では出来ましたら直ぐにお持ちします。食事と飲み物は別々にお持ちしますか?それとも一緒に持ってきますか?」とスペイン語でいった。オルコット捜査官は、愉快な口調で、呼ばれたウェイターに「出来ればオレンジワインを先に持って来て下さい、そうすると嬉しいのですが…」とスペイン語でいった。呼ばれたウェイターは、明るく高い声で、オルコット捜査官に「では飲み物を先にお持ちします」とスペイン語でいって、その場から歩み去った。ルイス警部は、ウェイターがいなくなると、オルコット捜査官に話し掛けた。ルイス警部は、思案顔で、オルコット捜査官に「この今の待ち時間を使って、捜査の事を話そう。オルコットさん、何か今回のセビリア大聖堂で手掛かりになりそうな事はあったかい?あったら教えてくれないか」といった。オルコット捜査官は、眼を輝かせながら、ルイス警部に「実は私、私が持っているこの携帯電話で、気になる事を撮影しました。事件現場で、何か不審に思ったんです、これです」といって、高性能の携帯電話で撮った写真を見せた。ルイス警部は、携帯電話に映し出された映像を見ながら、オルコット捜査官に「これはいったい何かな?検討がつくかな、オルコットさん?」といった。オルコット捜査官は、当惑顔で、ルイス警部に「私も何か分からないでこの写真を撮ったんですが、これは何かの留め金か何かの様に見えますね。どう思いますか、ジョナサン警部?」といった。ルイス警部は、目を凝らしながら見て、オルコット捜査官に「これはいったい何かな、うーん、何か金属で出来た物だろうなぁ。この金属物質の傍には何も落ちていなかったかい?オルコットさん?」といって、視線を投げた。オルコット捜査官は、質問を待っていた様子で、ルイス警部に「ええ、直ぐ傍という訳では無いんですが、何か金属で出来た紐の様な物が落ちていたんです、それがこれです」といって、再び携帯電話から写真を見せた。ルイス警部は、思案に沈みながら、オルコット捜査官に「うむ、先程の金属の留め金だけでは予想出来なかったが、この金属で出来た紐を加えて考えてみると恐らくは、予想がつく。この金属の紐はワイヤーロープで、そしてその金属で出来た留め金の様な物は、そのワイヤーロープを固定する金属の留め金と思われる。うん、あの事件現場で見た天井の真ん丸の穴から物や人を吊るす為の物だろう。事件現場に明日来る科学捜査班の調査報告を聴いてみないとはっきりしないが、事件現場に落ちていた金属の留め金の様な物と金属で出来た紐状の物は、ワイヤーロープの留め金とワイヤーロープでほとんど間違い無いと思う。うん」といって、表情をかたくした。オルコット捜査官は、気分を浮き立たせながら、ルイス警部に「うん、やはり噂通りの人ですね、ジョナサン警部。ジョナサン警部は、捜査に置いてのひらめきがあると聞いています。ジョナサン警部の考えを元に事件の推理をすれば、事件現場に残されたわずかな手掛かりが、自ずと犯人の元へと導いてくれる気がしますね」といって、喜びでほころんだ。そうこうしていると、先程の注文を告げたウェイターが戻って来て、ワインボトルとワイングラスを二つ持って、オルコット捜査官に「はい、こちらがオレンジワインで、こちらがオレンジワインをつぐ為のグラスです。料理の方はもう少し待っていて下さい」とスペイン語でいって、ルイス警部とオルコット捜査官に微笑んだ。ウェイターが二人のテーブルから再び離れて行くと、ルイス警部が、険しい顔をしながら、オルコット捜査官に「そのワイヤーロープとそのロープの留め金を特定出来る物は何か無いかい?あればとても良いんだが…」といって、眉間に皺を寄せた。オルコット捜査官は、何か思い立った様子で、ルイス警部に「ええ、これなんかどうですか?これは手掛かりになりませんか?」といって、携帯電話で別の角度から撮影した写真を見せた。ルイス警部は、オルコット捜査官から見せられている写真を見ると、そこにはワイヤーロープの留め金に彫られている製造番号らしい英語のアルファベットが三文字と数字の四桁が目に入って来た。ルイス警部は、驚いた様子で、オルコット捜査官に「これは凄いな、これはもしかするとこの留め金の製造番号では無いかな。これは大きな手掛かりになりそうだ、これから色々と分かりそうだな。そうは思わないか?オルコットさん」といって、眼をキラキラさせた。オルコット捜査官は、興奮した様子で、ルイス警部に「そうですね、これは何か犯人に繋がる事になりそうですね。」といって、胸躍る様子を見せた。ルイス警部とオルコット捜査官が話し込んでいると、そこにオレンジワインを運んで来たウェイターとは異なるウェイターが、先程頼んだ料理を運込んで来た。ウェイターは、用心深く料理の載っているいくつかの皿をテーブルに置きながら、オルコット捜査官に「これで頼まれた物は全て揃いましたでしょうか?」とスペイン語でいって、笑顔を二人に見せた。ルイス警部は、相変わらずにこにこしながら座っているだけで、オルコット捜査官が質問の返答をした。オルコット捜査官は、意気揚々としながら、ウェイターに「ええ、それで全部ですよ、ありがとう」とスペイン語でいって、歯を見せて笑った。ウェイターは、穏やかな物腰で、オルコット捜査官に「では、何かありましたら、呼んで下さい。ごゆっくりどうぞ」とスペイン語でいって、その場から離れて行った。オレンジワインは、白ワインにオレンジの果汁を混ぜて、約五日間冷蔵庫で保存して、その後その保存した白ワインとオレンジの果汁とを混ぜた物を濾してブランデーと砂糖を入れる。その後にスパイスの一つであるクローブとレモンの果汁を入れて、冷蔵庫で約二日置いた物だ。コクテル・デ・ガンバスとは、シュリンプカクテルの事で、カクテルグラスにエビを載せたもので、ガーリック系の味付けのソースをエビにつけて食べる物の事だ。料理と飲み物が揃ったので、ルイス警部とオルコット捜査官は食事にする事にした。暫くの間、二人は料理の事を話題にしながら、食事を楽しんだ。それから食事に一旦区切りがつくと、ルイス警部が腕時計を見た。すると時刻が午後九時を指していた。ルイス警部は、驚いて、オルコット捜査官に「オルコットさん、もうこんな時間だ。美味しいスペイン料理も堪能した事だし、今日はもう帰る事にしようじゃないか」といった。オルコット捜査官は、ルイス警部の発言を聴いて「ジョナサン警部、気が早いですね。スペインの夕食はこれからですよ、これから別の店でサングリアでも飲んでからお開きにしましょう」といって、一歩もひかない様子を見せた。ルイス警部は、控えめな笑顔で、オルコット捜査官に「ではその提案に乗る事にしよう」といった。それからルイス警部とオルコット捜査官は、二軒目のバルを後にした。二軒目のバルを出たのは、六月十八日の火曜日の午後九時少し過ぎだった。

 オルコット捜査官は、ルイス警部と並んで歩きながら「今回私たちが行くバルは、サングリアの美味しいお店にしましょう。サングリアはスペインの名物ですよ、是非この機会に飲んでみましょうね」といった。ルイス警部は、お酒が入ったので陽気な感じで、オルコット捜査官に「それはとても飲んでみたいお酒だな、スペイン独特のお酒だって事だね。」といった。オルコット捜査官は、自信に満ちた様子で、ルイス警部に「ええ、正にスペインの誇るお酒なんですよ、飲んでみればジョナサン警部もきっと気に入りますよ」といった。それから数分歩いた所で、オルコット捜査官は、立ち止まり上を見上げて、ルイス警部に「ジョナサン警部、ここにしましょう。ここでサングリアを頂きましょう」といって、頷いて見せた。ルイス警部は、気分を浮き立たせた様子で、オルコット捜査官に「では早速店の中へと入りますかね、オルコットさん?」といった。今度の入る店となる三軒目の店は看板に“スペインの美味しいワイン”と書かれているお店だ。オルコット捜査官は、明るい口調で、ルイス警部に「サングリアは、ワインの一種なんですよ。ここには沢山のワインがあると思いますから、楽しみにしていて下さい」といった。ルイス警部は、意気込んだ様子で、オルコット捜査官に「それは楽しみだな、早くサングリアを飲んでみたい」といった。ルイス警部とオルコット捜査官は、三軒目の店である“スペインの美味しいワイン”の中へと入って行った。

 すると店のウェイターが、ルイス警部とオルコット捜査官を連れて、カウンター席へと案内した。ルイス警部とオルコット捜査官の座った席の近くにはお酒の入った黒い大きな酒樽が山積みにされていた。カウンター席の椅子は座る所が丸い背もたれの無い黒い椅子だ。カウンターや壁は明るい茶色の木で出来ていて、天井はワインレッド一色だ。カウンターはとても大きく広く出来ている、そしてそのカウンターの戸棚には一軒目や二軒目と同じで大量のグラスとお酒のボトルが収納してあるのが、どの角度から見ても分かる程だった。カウンターの戸棚の丁度真ん中には時計が飾られていて、きちんと動いていて時刻を正確に告げている。今回の三軒目の店は壁に今まで扱ってきた色々な年代物のお酒のポスターが至る所に貼ってあった。店の中は午後九時を既に回っているので、お祭り騒ぎだ。ルイス警部は、スペインの夜を楽しんでいて、陽気な様子で、オルコット捜査官に「ではワインを頂く事にするかな」といった。オルコット捜査官は、カラカラと音を立てて笑い、ルイス警部に「ジョナサン警部、さっきも言ったように、サングリアですよ。早速サングリアを頂きますよ」といった。その後直ぐにオルコット捜査官が、カウンターの向こう側にいる店員に、スペイン語でサングリアと軽食のピンチョスを二人分頼んだ。ルイス警部とオルコット捜査官の二人が、他愛ない話しをしていると、とても美味しそうな今までに見た事も無いお酒が大きなグラスに入って二つ、目の前に置かれ、ピンチョスも二セット置かれた。ピンチョスからも美味しい香りが漂ってきている。ピンチョスが自分の座っている席に置かれた瞬間に、ルイス警部は「これはこれは美味しそうだな、早速頂かなければ」とつぶやいて、口の中へと次々と押し込んで行き、胃の中へと納まって行った。オルコット捜査官は、注意する様な口調で、ルイス警部に「ジョナサン警部、落ち着いて、味わって食べて下さいね。とても味わい深い料理と飲み物ですよ」といって、ルイス警部に負けじとピンチョスを頬張っている。サングリアとは、オレンジ、レモン、桃、リンゴ、梨の皮をむいて、手のひらに載る中位の大きさに切って、その後に切った果物と赤ワインを入れ物に入れて混ぜます。次に砂糖をお湯に溶かして、果物と赤ワインの入っている入れ物に先程の砂糖を溶かしたお湯を混ぜます。次に果物と赤ワインと砂糖とお湯の入っている入れ物を良く掻き混ぜます。次にブランデー、リキュールを果物と赤ワインと砂糖とお湯の入っている入れ物に混ぜます、そしてシナモンスティックを入れて、カセラ(スペインのレモン炭酸水)を混ぜて、二時間冷蔵庫で冷やした物なのです。ピンチョスとは、料理を串に刺して出される軽食の事だ。今回ルイス警部とオルコット捜査官が頼んだピンチョスは、パンとオリーブとチョリソーを串刺しにした物、チーズとトマトとオリーブを串刺しにした物、オリーブと牛肉を赤ワインで煮込んだ物を串刺しにした物、パンとハムとチーズとトマトとオリーブを串刺しにした物である。ルイス警部とオルコット捜査官が食事を楽しんでいると、あっという間に時間が過ぎて、午後十時少し前になっていた。オルコット捜査官は、腕時計を見ると視線を投げ、ルイス警部に「もうこんな時間です、今日はこれでお開きにしましょう。明日に響くかもしれませんからね、ジョナサン警部」といった。ルイス警部は、頬を赤く染めながら、オルコット捜査官に「何?もうそんな時間なのか、仕方が無いなぁ、では帰らなければならないね、オルコットさん」といって、笑った。オルコット捜査官が、お酒で酔っているルイス警部をやっとのことで、勘定を済ましてお店から連れ出したのは、六月十八日の火曜日の午後十時過ぎだ。オルコット捜査官は、よたよたと歩いているルイス警部を先導して、夜のスペインの街を歩き、今日ルイス警部が泊まるホテルへと導いた。

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