第3話 僕の背中のリンカ 1

 小さな出版社『サルべ』に入社して五年が過ぎた。

 入社当時より社員も増えて、出版物も四つに増えた。そう、会社の業績は好調なのである。

 社長兼編集長の三島さんは、僕のおかげだと盛んに持ち上げてくれるが、僕自身はさほど必死に頑張ったわけではない。

 すべては、僕の大切な《相棒》のおかげである。その相棒の名前を《リンカ》という。


 僕とリンカの出会いは三年前にさかのぼる。


「相沢君、M県のとある村に取材に行ってくれないか。霊の目撃情報が入ったんだ」

 

 三島さんにそう言われて、僕はその村を訪れた。そこは、海にせり出した半島の根元付近にあり、周囲を深い山に囲まれた小さな村だった。村の中央に一本の川が流れ、それは半島の先で海に注ぎ込んでいる。

 

 僕は電車とバスを乗り継ぎながら、東京から九時間かけて、ようやくその村にたどり着いた。

「よく来てくださいました、お疲れになったでしょう?」

 情報を送ってくれたこの村の生まれで、市役所の出張所に勤めている高木さんが、バス停で出迎えてくれた。

 彼の車で村の中へ向かいながら、今回の情報について詳しく話を聞いた。

 

 それによると、霊は主に村の中央を流れる川の近くで目撃されているという。目撃されているのは、小さな少女の霊で、特に人を驚かすとか危害を加えるような類の霊ではないらしい。川の側で遊んでいたり、遠くから興味深げにこちらを眺めていたり……。

「どちらかというと、妖怪に近い感じなんですよね。河童とか座敷童とか……」


「なるほど……ああ、あれですね」

 村に入ってしばらくしたとき、僕は何かに呼ばれる感じがして川の方に目を向けたが、すぐにその正体を目にした。

「えっ?で、出たんですか?」

「あ、はい……大丈夫ですよ。よそから来た僕に興味があるみたいで、見ているだけですから」

 高木さんはごくりと息を飲みながら、何とか自分の家まで車を運転していった。


 その夜は彼の家でささやかな歓迎の宴を開いてもらい、ご近所の方たちも交えて酒を酌み交わしながらいろいろな話を聞くことができた。

 明日の夜は盆の最後で、精霊流しが行われるという。高木さんが、この日に合わせて僕を呼んだということを教えてくれた。確かに、霊と遭遇するには格好の日だ。

 しかし、僕にはそんなシチュエーションも必要なかった。まあ、せっかくだから、彼の思惑に乗っかってやることにしたが…….



 八月の月が明るく周囲を照らし、川面をたくさんの灯りが埋め尽くしている。その灯りは小さな船に乗って、ゆっくりと川を下り、やがて海の彼方へ消えていくのだ。


 僕は川を見下ろす棚田のあぜ道に座って、村人たちが精霊流しをする様子を眺めていた。

あの女の子の霊は、今のところ姿を見せていない。たくさんの人が近くにいるので、驚かれないように隠れているのだろうか。


 やがて、村人たちは三々五々帰路に就き始め、精霊流しは終わりを告げた。誰もいなくなった川に、いくつかの灯りがまだ漂っている。


(お、出てきたな)

 僕は女の子の霊を見つけて、川の方へ下りて行った。

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