第15話 声を張って

 体育館はそこそこ人がいて、賑わっていた。

 真ん中にコートが2つあって、そこで試合をするようだ。

 ルールは普通のバレーとは違い1セットで決着が着く。そう出ないと時間内に全クラス回すのはキツい。

 それに、今日で優勝クラスが決まるのだ。それだけ試合数をこなすという事、体力的にも厳しいだろう。


 で、糸さんはどこに行ったのだろうか?何故かはぐれてしまったんだが・・・・・・。


 僕は周りを見渡してみる。

 目に止まったのはメガホンのようなものを持っている人達だった。

 クラスのチームを応援する為に持ってきたのだろう。かなりの気合いの入れようだ。

 言われるがままに応援を志した僕とは大違いで、何だか恥ずかしくなってしまう。


 なんて思っていると、その人達の近くに見知った人物がいるのを発見した。

 はぐれてしまったはずの糸さんの姿がそこにはあったのだ。

 糸さんはその人たちに親しげに話しかけて・・・ハイタッチをしている?

「ウェーイ」という音が聞こえてきそうな感じ。彼女のコミュ力の高さが伺える一面だ。

 そして、メガホンを持ってこっちに向かってきた。


「はい後輩くん、借りてきたよー!」

「あ、ありがとうございます。でも借りても良かったんですか?」

「いいの、いいの、快く貸してくれたしー!飴あげたしー、完璧って感じだねー」


 糸さんはにひっと笑い手でVサインを作る。

 快いのならばいいのだ、僕も大事に使わせてもらおう。


「いやー、いい人たちだね。初対面のアタシに貸してくれるなんてねー」

「えっ?」


 今この人なんて言った・・・・・・?初対面とか言わなかったか?

 僕は彼女の予想以上のコミュ力に戦慄している。初対面の人たちに対して、ハイタッチまでかましてメガホンを借りてくるという、とてつもない難易度のミッションを軽々しくやってのけたのだ。

 半端ない、半端ないぞこの人・・・・・・!!


「よしよし!これで応援はバッチリだねー。あとは場所取りかなー、行くぞー!」

「え、あ、はい」


 糸さんの勢いに流されるままに、僕は彼女について行く。美琴さんが試合をするコートがよく見える位置まで来て、あと少しの試合時間を待つことにする。


「ねぇ、後輩くん、美琴は部活ではどう?」

「えっ、部活で・・・ですか?」

「そ、部活での様子」


 美琴さんの様子・・・様子・・・様子?僕は美琴さんのいつもの姿を思い浮かべてみる。

 彼女はいつも明るく元気で騒がしく、楽しそうだ。まぁ、後は少し変わった人という評価がつくくらい。

 別におかしな点は無いと思う。糸さんがどうしてそんなことを聞いてきたのか分からないが、僕は素直に答える。


「いつも元気で楽しそうですよ」

「そっかー、うんうん、いいねー」


 糸さんは満足そうに、そして嬉しそうに頷く。


「あの、どうしてそんな事を?美琴さんなら部活が楽しい!って話してそうですけど」

「あははー、確かにね。美琴からアタシはよく話を聞いてるよー。部活で何やってるとか、何を読んだとか、こんなものを書いてみたとかね」


 美琴さんの性格なら話しそうだと思った。あの人は楽しい事があったら話さずにはいられない、そんな人だ。

 だからこそ疑問が生まれる。なぜ美琴さんの様子を聞いたのか。

 これは、ただの世間話なのかもしれない。もしかしたら本当に気になっただけなのかもしれない。

 でも僕にはそんな風には思えなかった。


「・・・・・・美琴はね、楽しい部活に憧れがあるんだよ」

「楽しい部活・・・?」

「そ、ちゃんと皆で活動をして、たまに騒ぐごく普通の部活動。美琴はね、それがしたかったんだよ」

「普通の部活動・・・」


 そういえば思い出した、僕が部活動を見学した時の事を。

 普段が騒がしてくて楽しそうだから忘れていたが、初めて会った時の彼女はもう1人は寂しいと、必死に僕を勧誘してきた。それはもう強引に。

 思い出しただけでも少し笑ってしまう。


「後輩くんが来る前は今よりも元気は無かったし、部活での話も少なかったよー。

 でね、最近は君と何をやったのかって話をよくしてくれるんだ。それはもう楽しそうにねー。後輩くんが入ってくれて良かったって毎度のごとく言ってるんだ」

「それはちょっと恥ずかしいですね」


 そんな話を聞かされると照れてしまう。

 僕は強引に部室に連れてかれただけだ。成り行きと勢いで美琴さんと知り合っただけなのだ。

 僕が入部した経緯に、大きな目標とかはない。部活動所属が義務だからと入った。

 そんな僕が美琴さんからそんな事を言われるなんて、と思ってしまう。


「ああ、でも僕も文芸部に入って良かったと思ってますよ」


 これは僕の本心。少し気恥ずかしいけれど、美琴さんが入ってくれて良かったと言ってくれるのだ、僕も返そう。ま、本人には言えてないけどね。


「ふふっ、うん、うん、君はやっぱり良い後輩くんだねー!」

「ちょっと、強いですって」


 糸さんはバシバシと僕の背中を叩く、それはもう楽しそうに。

 彼女は友だちの事を心配していたのだ。そして今日、きっとその憂いが無くなった。


「ふふっ、美琴と一緒に部活動が出来る後輩がいる。そして、その後輩は部活動を楽しいと言っている。うん、いいね!」


 糸さんはニコッととてもいい笑顔をこちらに向けてくる。

 ああ、美琴さんにはとてもいい親友がいるようだ。その事実が羨ましく、そしてなんだか嬉しくもある。


「ね、後輩くん!アタシがいう事じゃ無いけどさ、文芸部に入ってくれてありがとね」


 糸さんは美琴さんの事は、自分の事のように感じるのだろう。だから僕に対して、心からの感謝を言うのだ。

 こちらが少々照れくさくなってしまう。


「あ、そろそろ時間だね!みんな出てきたよ!」


 なんて返答しようか迷っていたら、試合の時間になってしまったようだ。

 美琴さんは・・・・・・いた、気合い十分って顔してる。


 周りで応援の声が上がった。応援歌みたいに替え歌をしている人たちもいる。

 大きな声で会場を包み込んでいるみたいだ。だから僕は負けないようにしないといけない。

 美琴さんの事を応援すると決めたのだから、彼女に届かないと意味がない。

 僕はメガホンを手に取り、声を出す。腹から声を。


「頑張ってください、美琴さん!!」


 僕は今年で、いや今までで一番大きな声を出した。



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