第16話 体が動き、心が変わる
ああ、とても
ここは僕の悪いところなんだろう。運動となれば無条件で嫌になってしまう。やる気が削がれ、クラスの勝敗にも影響してしまいそうだ。
まぁいい、仕方がない。嫌なものは嫌なのでそれなりにやろう。そう、足を引っ張らない程度に。
なぜ僕がここまで意気消沈しているかと言うと、わかると思う。美琴さんの応援をして、今度は僕の番になったというわけだ。
クラスのみんなはやる気に満ちている。相手のクラスも気合が入っている。
僕はやる気のかけらもないという状況。
「ああ、嫌だなぁー」
ため息も出てしまう。
「華咲ー!元気ないなぁー、お前が運動嫌いなのは知ってるけどよー、もう少し元気に行こうぜー」
同じチームメイトであり、クラスメイトが僕に話しかけてくる。
彼は
「ああ、ごめん石川くん。足を引っ張らないようにと考えると憂鬱になっちゃって」
僕はとても態度に出ていたみたいだ。
やりたくない、嫌だという気持ちが全面に出るのは良くない。頑張ろうとしているクラスメイトに失礼である。
運動は嫌いだが、クラスメイトに迷惑をかけるのは嫌なのだ。
だからこそ、最低限頑張る。
一応クラスのサッカー部に、運動が嫌いだがどうすればいいか?と質問をしている。
これは自身のやるべき事を聞きつつ、自分は動けませんよーというアピールをする高等テクニック。
後々怒られるのを防ぐという役割を持っている。
ちなみに返答はボールが来たら前か横に蹴ってくれればいい。相手がドリブルしてきたら、走って着いていけ、だそうだ。ボールを蹴る了解。
ともかく試合が始まったらお祈りゲー。こっちに来ない事を祈る呑み。頑張れサッカー部の加藤くん。
時間になり試合が始まる。僕のポジションは・・・キーパーの方が近いくらいのとこ!多分ディフェンス。
前の方だったり、真ん中の方だったり、僕のいないところで試合が進む。まぁ、だけど両者、点は入っていない。
細かいところはどうなってるのかよくわからないが、多分こっちのチームが攻めてるのかな?
近くのクラスメイトに合わせて僕もちょこちょこと動いてはいる。不動はまずいからね。
(あー、このまま試合が終わってくれないかな)
自分が関わらずに試合が終わるのがベスト。なら今の状況は最高というわけだ。
クラスのスポーツマンたちが頑張り、文化系の僕が何もしない。うん、頑張れ、加藤くん!
そしてしばらくして試合が動く。
僕は
凄いと思う気持ち、そして若干の嬉しさがある。だが、それと同じくらいにああ勝ってしまうのかと思ってしまう。
うちの高校の球技大会はトーナメント戦。ランダムに組まれたトーナメント表に従い僕らは試合をしていく。
だから、勝つと次にいってしまうのだ!
いやまぁ、これを口に出すことは無いんだけどさ。
それにクラスメイトがあんなに喜んでいるのだ。少しだけ、僕も頑張ってみようかなという気持ちになる。
あとは、
◇◆◇◆
「空くんの応援聞こえてきたよ!もう私嬉しくて嬉しくて、頑張っちゃった!」
ニコニコで話す美琴さん。それもそうだろう。彼女のクラスは見事に優勝してみせた。
なかでも美琴さんは大活躍。運動が大好きだという言葉に偽りなし、この人のスペックの高さを知ることになった。
「よし!次は空くんの番だね!そうだよね!」
「はい?」
彼女は突然そんな事を言い出した。
確かに美琴さんも糸さんも出番は終わり、僕は終わっていない。だけど、美琴さんは何をする気なんだ?
「なんだよー、今度は私たちが空くんの応援に行こうって話だよ!」
「おっ、いいね。後輩くんの応援かー、やったげるよ?」
応援、応援、応援かー。僕は少し悩む。
運動は嫌いだ。やる気も無ければ嫌な気分しかしない。そんな僕のためにこの人たちに応援してもらうのは気が引ける。
「あの、えっと、ありがたいんですが・・・・・・」
「あの、ダメかな?」
「うぐっ」
断ろうとしたのにこの人は・・・ずるい。いつもの元気な感じはなく、少し塩らしい雰囲気の違う美琴さんに心が揺れ動く。
多分僕の運動嫌いを聞いているから、いつものようにグイグイと来れないんだろう。気遣いながらも、僕のために応援をしたいという気持ちがあるのだろう。
ああ、この人はやっぱりズルい。
「はぁ、いいですよ。見応えなくても知りませんからね」
「ほんと?ほんと!やったー!ねぇ、聞いた、今更撤回は無しだからね!よし、糸!応援行こっ!!」
「おっ、アタシもー?じゃあ応援するかー」
◆◇◆◇
許可はした。だからこそ下手にカッコ悪い姿なんて見せたくは無い。僕だって男だ。
しかし、出来る限りという
「いやっほー!いいぞー空くん!頑張れー!イケイケー攻めろー!!」
他の歓声に負けず、というか圧勝している1人の女子生徒の声が聞こえてくる。よく聞き慣れた元気のいい声。
ああ、もうこの人は。
僕は思わず笑ってしまう。なんだか憂鬱な気分も吹き飛んでしまいそうだ。
僕が活躍しているわけでも無いが、大きな声で応援してくれる。いい先輩だ。
ちょうど僕の前に相手チームがドリブルをして突っ込んできた。
これは天が活躍しろと言っているのだろうか?まぁ、活躍してなんて大したことは出来ないけど、頑張ったと言えるぐらいの働きはしよう。
僕は前を向く。相手の動き、ボールの動きをよく見る。そして、これまでの試合での動きを思い出す。
自分のクラスにも相手のクラスにもサッカー部の人は何人かいる。加藤くんをはじめ、動きのいい人たちがおそらくそうだ。
うん、多少ならいける。
今まで僕はボールに触れずに立っていた。だけど試合を見ていなかったわけでは無い。
だから僕は上手い人の真似をする。
ドリブルが上手い人はこうしていた。それを止めていた人たちはこう動いていた。
「くそっ、マジか!」
相手が思わず声を上げた。僕の足元にはボールがある。成功した。
「華咲!こっちだ!」
石川くんが手を上げ僕を呼ぶ。僕はすぐさま彼の元へとボールを蹴り出す。
ボールを前に蹴る、完了だ。
そのままボールは加藤くんへと渡りもう一点もぎ取り、2-0で僕たちのクラスの勝利となった。
歓声は上がり、クラスメイトたちも喜んでいる。そしてもちろんこの人までも。
「やったー、勝ったね、勝ったよ!糸!凄いねー!」
「美琴ー、自分たちのクラスの時より喜んでない?」
「あっははー、どっちも嬉しいから同じくらい喜んでるよー!」
「そっかー」
彼女はまるで自分のことかのように喜んでいた。とてもあの人らしい。
それに、がっかりしていないようで僕はとても安心している。
勝ってしまった、というため息は出ない。喜びはちゃんとある。
とても嫌いなスポーツの事だけど、なんだか少しだけ前向きになれた気がする。まぁ、ほんの少しだけだ。
昔のように打ち込むなんて事はないだろうけど、鈍った体を少し動かすくらいはしてもいいのかもしれない。
試合開始前と終わった後で考えが変わりすぎだろ、僕。まぁこれも美琴さんのせいと言ってしまえばいい。
美琴さんがいるから頑張った、ただそれだけ。美琴さんの目には僕が頑張ったようには映らなかったかもしれない。でも、カッコ悪くは映らなかったと思う。
そうだと信じたい。
ははっ、僕は数ヶ月でだいぶあの人に変えられてしまったらしい。
ああ、本当に美琴さんに出会えて良かった。
僕は嬉しそうにはしゃいでいる彼女を見て、そう思ったんだ。
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