第13話 球技大会

 僕はいつになく憂鬱ゆううつな気分になっている。部活動選びの時にも、沈んだ気持ちになったが、今回はそれを上回る程の嫌気というものが僕を襲っている。

 予定では知っていたし、来る事は分かっていた。だけど、嫌なものは嫌なのだ。

 てか、未来が分かるからこそ、その日が近づく度に憂鬱度は増していくというものだ。


「いやー、楽しみだな!もうすぐだぞ!」

「うん、そうだね!」


 僕のこの感じとは裏腹に、クラスメイト達は浮き足立っている。楽しそうに話し、その日が来るのを待ち望んでいる。


 あー、嫌だ、嫌だ。これだから運動大好きな人間たちは・・・

「はぁ・・・」


 心の中で悪態をつく。そしてため息もつく。


「な、空!頑張ろうな、球技大会!」

「絶対勝とうね!空くん!」


 はい、球技大会という地獄のイベントが始まるわけですよ。


 ◆◇◆◇


「ねぇー、ねぇー、空くん。空くんは球技大会何に出るの?」


 部室にて本を読んでいた僕に美琴さんが話しかけてくる。

 なんだよ、この人もそっち側の人間なのか・・・


「うっ、な、なんだよ、その目は・・・怖いよ」

「ああ、すみません」


 おっと、無意識のうちに冷ややかな目になってしまったらしい。

 僕は心を落ち着かせるように息を吐く。


「あ、でも美琴さんが悪いんですよ?」

「えっ、なんで!?」

「いや、だって・・・球技大会なんて恐ろしい単語を出すのが悪いんですよ」

「えー、なんか理不尽な気がする。私、普通に話しかけただけだよね?」


 まぁ、美琴さんが悪いなんてのは冗談だ。悪いのは球技大会があるという事実だけだ。


「でも、空くんは球技大会が嫌なんだ。へー、運動苦手?」

「うわっ、随分とズバッと聞きますね。・・・運動は嫌い・・ですよ。出来ればやりたくない・・・」


 僕は運動が嫌いだ。苦手は苦手なのだが、嫌いなんだ。

 多少の体を動かす事ならば、別に問題は無い。あとは、1人ならば問題はかなり軽減する。

 集団でやるスポーツとかは嫌だし、勝敗が着くやつも嫌いだ。1人で黙々と走るとか、ただの筋トレとかだったら、そこまで嫌ではない。

 総合的に運動は嫌いって言っていい。


「ほー、空くんがそこまで言うなんて相当なんだねー」

「ええ、相当ですね。なので、出来るだけ早く終わって欲しいと思っているんですよ」

「ちなみに、私はどうだと思う?」


 美琴さんが自分を指さしながら僕にこう聞いてくる。

 美琴さんが運動を好きか嫌いかだって?そんなの考えなくても分かる。


「そんなの美琴さん絶対好きでしょ」

「強く断言された!?まぁ、大好きなんだけどね!」


 やはりそうだ。文芸部に所属はしているが、美琴さんはそちら側の人間なんだ。

『文学少女』なんて言葉があるが、彼女にそれは似合わない。『自由奔放じゆうほんぽう』の方が余程合っている。


「私はね、球技大会楽しみなんだよ!」

「ふっ、僕は楽しみではありませんね!」

「・・・なんか空くん変にテンション高いね?」

「気のせいですよ。まぁ、楽しみなのはわかりますよ」

「やっぱりさ、イベント事は楽しいんだよ!文化祭とか体育祭も楽しいし!いつもと違う事って言うのかな?

 授業じゃない事はワクワクするんだよね!」


 美琴さんは非常に楽しそうにそう話す。

 毎日が楽しいと思っていそうな人、というか楽しいと思っている人なのに、学校行事の事にさらに楽しいと思っている。

 いやもう、この人は無敵だ。失礼ながら凹むことは無いんじゃないかって思ってしまう。


「お!機嫌戻った?」

「え?」

「やっと笑ってくれたんだよ!」


 なんと僕は美琴さんの楽しそうな様子を見て、笑っていたようだ。

 というか、それよりも気になる事がある。


「・・・僕ってそんなに機嫌悪かったですかね?」


 元気で無かったのは事実だが、「やっと」と付くくらいにご機嫌が斜めだとは思わなかった。

 美琴さんが言うくらいなんだから相当なんだろう。いくら嫌いでもあからさま過ぎるのも良くないし、それを表に出すのも見ていて気持ちのいいものでは無いだろう。反省しなければいけない。


「まぁね〜。話題選びミスったーって思ったけど、空くんが珍しく機嫌悪かったから色々聞いちゃった!」


 美琴さんはケラケラと笑う。

 この人にはデリカシーという言葉は無いのだろうか?


「空くんは運動が苦手って言うのを知れてよかったよ!今後の予定で運動系は避けるべきだって分かったからね!」

「今後の予定って・・・ここ文芸部ですよ?」

「いやいや、文芸部でも運動は必要だよ!本だけの知識じゃなくて実際に動く事で分かることがあるとか!遊びに行く時に運動系の遊びは避けられるとか!ほら、役に立つ!」


 美琴さんの様子は非常に自信が満々だ。

 前者の理由は分かるのだが、後者の理由って、今後強制的に遊びに行かされ事が確定していないか?まぁ、嫌では無いんだけどね。


「よし!球技大会が嫌な空くんの為に私が力を貸してやろう!」

「・・・・・・何をするつもりですか?」


 美琴さんが何か良いことを思いついた!というような明るい声で言う。

 そんな僕はというと、少し恐ろしい予感がしていた。もしかしたら美琴さんは、僕を球技大会まで特訓する!とか言うんじゃなかろうか?

 そうなってしまったら・・・・・・もう実に恐ろしい。


 なので、僕は恐る恐る聞いてみた。

 すると美琴さんは非常にいい顔を見せる。それはもう綺麗なドヤ顔。まだ何も言っていないのに勝ち誇っていた。


「ふふん、それはねー私が大活躍をしてやろうという訳さ!」

「どういう訳ですかね?」


 頭の中に疑問符がいっぱい浮かんできた。

 僕の力になると言っておいて、美琴さんが大活躍をする?・・・訳が分からなすぎるんだが?


「いい?空くんは運動が嫌い。球技大会も楽しみじゃない。ならね、応援に力を入れればいいと私は思うんだよ!」

「僕が美琴さんを応援すればいいんですか?」

「え!嫌なの・・・?」

「え、嫌ではありませんが・・・」

「なら決まりだね!当日は私の応援に全力を尽くしたまえ!」


 勝手に当日の予定が決まってしまった。

 しかし、運動よりも応援の方が圧倒的に頑張れそうだ。


 そうか、応援すればいいのか。


 今までは球技大会は嫌だ嫌だと思っていて、ほかの事に目を向けられなかった。しかし、美琴さんに言われて気がつくことが出来た。

 観戦もまたスポーツに対する1つの楽しみ方だ。自分のクラスを応援してもいいし、美琴さんを応援してもいい。


「楽しみにしますよ」

「任せといて!華麗な技を見せてあげるよ!」

「ところで、美琴さんは何の種目に出るんですか?」


 球技大会にはいくつか種目がある。サッカー、バレー、ソフトボール、卓球、この四種目だ。一日を使い、全学年で競う。

 それで、美琴さんはどれに出るのだろうかと思い聞いてみた。

 ちなみに、僕はサッカーにした。理由は単純で人数が多いから。端っこあたりに入れば迷惑がかからないと思っている。


「私はね、バレーだよ!」

「そうなんですね、じゃあ試合時間になったら見に行きますね」

「優勝するから見ててね!」


 ここは部活動が強い高校。文化部も運動部も両方共、成績を残している。

 だから運動神経がいい生徒は大勢いるだろう。そんな中で優勝なんて厳しいんじゃないかと思う。

 しかし、美琴さんならやってくれると思ってしまう自分がいる。


「僕が応援するんだから、優勝してくださいよ」

「お、言うねぇ〜。これは気合いを入れなきゃダメだね!」

「ああ、でも僕のクラスが優勝するかもしれませんね」

「なにおう!私は負けないぞ!」


 ハハハと僕達は笑う。

 部活動が始まる前はあんなに憂鬱だったのに、今や笑顔になっていた。

 美琴さんと一緒にいると、何だか多くの物事がポジティブに変わっていく。


 何だか少しだけ、ほんの少しだけだが球技大会が楽しみになってきた。



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