第11話 異世界学その2

 僕が部活動に所属をしてから1ヶ月程が経って、ようやく部長と出会う事が出来た。

 そして、本日部長と初の活動が出来る。嬉しいような気持ちがあって、緊張している。

 どんな活動をするのか気になったりする。


「さて、何をやろうか?」


 部長さんが僕たちに聞いてくる。

 ・・・もしかしてこれはいつも通りになりそう?


「せっかく来たんですから、部長が決めてくださいよ!」

「ふむ、じゃあこれの話をしたいな」


 そう言って、部長は机に置いてあるノートを手に取る。そこには美琴さんの字で、『異世界学』と書かれていた。

 部長さんがさっきまで読んでいたのはあれだったのか。


「おお、部長!読んでくれたんですね!どうでした?どうでした?」


 美琴さんが身を乗り出して、非常にワクワクした様子。

 それに対して部長さんは笑って答えた。


「部室にあったからね、勝手に読ませてもらったよ。『異世界学』なかなか興味深いものだと思ったよ」

「ね!ね!やったね、空くん!」

「え、あ、はい」

「なんだよ、もっと喜びなよ!」


 存分にはしゃぐ美琴さんに、そこまで気持ちが高ぶらない僕。

 話題を出したのは美琴さんだし、僕は話をしただけだ。それもそこまで重要な事は言っていない。

 文字を書いたのも美琴さんとくれば、『異世界学』自体は面白いが、自分の功績として喜ぶことは出来ない気がしている。


「私も話したいと思ってね」

「いいですね!一緒に考えましょう」

「じゃあ本日の活動はこれだね。『異世界学』いってみようか?」

「はい!」

「分かりました」


 元気のいい返事と共に美琴さんはホワイトボードを用意する。『異世界学その2』とデカデカと書き記した。


「何、話します?」


 美琴さんが部長さんと僕に向けて言う。あれから異世界についての物語をいくつか読んだ。

 面白いものから、偉そうだが自分目線で設定がしっかりしていないなって思うものまで。バラバラに読んでみた。

 とてつもなく強い力を手に入れて苦労無く世界を生きるとか、努力で何とかするだとか、追放される物語とか。


 とにかく、たくさんの物語に触れてみた。

 僕はそこでひとつの事に疑問を持った。


「なら、僕から一ついいですか?」

「はい、空くん!」

「異世界を舞台にした物語に必ずと言っていいほど『冒険者ギルド』って出てくるじゃ無いですか」

「出てくるね」


 僕が読んだ異世界の物語には、冒険者ギルドというものが大体出てくる。

 世界に蔓延はびこる魔物を倒して生計を得ている人達が所属をしている会社のようなものだ。

 僕はそこでおかしいと思ったよ事柄があった。


「その冒険者ギルドのランクで、SランクとかAランクとかのランク付けがあると思うんですよ。そのランク付けで英語が使われているのに疑問を持ったんですよ」

「ふむ、英語が使われていることに?」

「そうなんですよ。異世界なのに日本語が通じて、読めることはまだいいんですよ。でも、英語って別の国の言語じゃないですか。それがランクを表す時のみに使われているのがなんでかなと思ったんですよ」

「なるほどね、いいねそれ。考えよう!」


 美琴さんほ僕の意見を聞いて、ホワイトボードに『異世界学〜英語が使われているのはなんでだ!〜』と書かれる。

 僕が疑問に思った事はこれ。当たり前のように使われていて、違和感がないから気にしない人も多いだろう。

 しかし、よくよく考えてみるとランクを表す時のみに使われている事に、異質さを感じてしまう。


 異世界という場所には、多くの大陸が存在している場所がある。

 そこにはそれぞれ種族が存在したりして、育つ環境が違うために言語が違ってくる。

 しかしながら、英語をランクとして使う世界では何故かランクだけが統一されている。

 アルファベットのみが共通に読む事が出来て使う事も出来る。


「じゃあはい!私からいいかな?」


 美琴さんが元気に手を挙げて、自分を指さす。美琴さんからの意見、是非聞いてみたい。


「お願いします」

「言語として使われていない説を推すよ!」

「どういう事ですか?」

「文字として使われないんだよ。文字ではなくて、記号として使われている」


 美琴さんは説明をしていく。


「うーん、なんて言うのかなー。記号ってさ種類とかもジャンルによって別れているけど・・・あ、地図記号とか分かりやすいね。そんなに多くないと思うんだよね」

「そうですね」


 地図記号か。正直あまり使わないし、そこまで覚えてはいない。警察署とか針葉樹林しんようじゅりんとか、お寺とか、色々ある。

 全部を覚えてはいないが、多くても把握はしきれないので、そこまで多くはないと思っている。


「でね、その地図記号のみを使って会話なんてしないでしょ?ま、出来ないからね」


 美琴さんはホワイトボードに地図記号を書いていく。あー、果樹園とかもあったな。


「こんな感じで、読めるけど言語としては使われていない。マークだよね。それがランクの時のアルファベットの秘密だと思うんだよ」

「なるほど」


 美琴さんの言っている事は分かる。そして、とても納得している。

 記号とか、マーク。とても分かりやすい表現だ。

 異世界における英語とは、簡単に言ってしまえば『そういうもの』という事だ。


「次は私から意見を出そう」


 部長さんがまっすぐ手を伸ばす。


「はい、お願いします」

「はい、部長!どうぞ!!」

「初めに、これは異世界転生とか転移にしか当てはまらない説と言っておくよ」

「はい」

「私はそう『翻訳された』という説を押してみよう」

「翻訳された・・・なるほど」


 なるほど、その考え方があったか。

『翻訳された』はとてもシンプルで分かりやすい説だろう。


「転生者とか転移者とかは、大体言語が日本語に翻訳されている。話が通じるようになっている。そして、文字も読む事が出来る」


 これは前回の異世界学でも話したように、転移者は世界に馴染むようにしている。話が出来ないとかで詰む訳には行かない。

 その際に、自分に分かりやすいように理解しやすいように、翻訳されている可能性だってある訳だ。

 その際に、ランクはアルファベット表記される事が大半な事から分かるように、その表記が僕らにとっては分かりやすいと言っていいだろう。


「テストとかでも選択肢にabcdとか使用されるくらいだ。当然、読めるし、当たり前のように使える。だからこそ、翻訳される際に日本語だけでは無く、シンプルで分かりやすいアルファベットに翻訳されていると思うのだよ」


 ほとんどの人はアルファベットを全て言えるし、書く事が出来る。

 評価なんかでもA判定とか使用されることもある為に、階級だって分かりやすい。


 転生者や転移者は、そう『理解している』というのがこの説だ。


「どうかな?限定的になってしまったけれど、なかなかにいい説じゃないかい?」

「ありがとうございます。とても纏まってスッキリした感じがします」

「それは良かった。私も初めは美琴ちゃんの説だったんだけど、先に取られちゃったね」

「ふふん、いい説でしたよね?」

「ああ、とても良かったよ」


 チープな感想になってしまうが、僕は2人とも凄いと思った。

 そこまで時間を取らずに、ちゃんとした説を組み立てたのだ。こちらが納得をしたし、こちらの考えなかった答えが聞く事が出来た。

 この人たちは凄い人だと、僕は感嘆した。


「よーし、よーし、纏めるぞー!今日は、空くん!君が提案したし、君が書こう!」


 美琴さんはずいっとノートを僕の前に差し出してくる。

 僕はそれを受け取った。


「はい、分かりました」


 僕は出来るだけ丁寧な字で、美琴さんのノートの纏め方を参考にしながらもホワイトボードのものを書き写していく。


「あ、最後に総評というか、まぁ、自分の感想だね。それ書いてね」

「そんなの書くんですね」

「必要だからね!」


 とても元気に言われてしまった。

 でも、特に嫌がる事も無いのでスラスラと書いていく。


 よし、出来た。


「お、出来た?出来た?見せて!見せて!」

「では、私も確認しよう」


 僕は美琴さんにノートを渡した。

 部長さんも一緒になって、僕が書いたノートを読んでいく。

 自分の書いた感想を目の前で読まれるのは、なんだか少しだけドキドキしてしまう。


「いいねー!いい感じだね!『異世界学』!ね、部長!」

「ふふ、そうだね。私も思考するのは楽しかったよ」


 僕はほっと胸を撫で下ろす。

 美琴さんは嬉しそうにノートを掲げているし、部長さんは楽しそうに笑っている。

 しっかりと纏められたようで良かった。


「よし、今日の活動はこれでおしまいだね。お疲れ様」

「お疲れ様です!あー、楽しいね!!」

「お疲れ様です。そうですね」


 自分では思いつけないような意見を聞けるのは面白いと思った。

 文芸部っぽくはないなーとは思うが、部活動っぽいと言われればそうだと思う。


 それに、今日は部長さんが居たことで新鮮さがあった。

 2人だけでも楽だとは思うのだが、案外大勢いても楽しいのかもしれない。今来ていない人達も来てくれたりするのだろうか?

 もし、来てくれたら楽しいのかもしれない、なんて思ったりする。


「ああ、そうだ。これ、空くんに渡しておこう」


 部長さんがそう言って鞄から、本を1冊取り出して僕に渡してきた。


「え、これって・・・灯火標さんの本じゃないですか」


 それは僕が気に入っていた作家の灯火標さんの本だった。

 どうしてこれを、今僕に?僕は首を傾げる。


「私のサイン本。美琴ちゃんから、君がとても欲しがっていると聞いてね。文芸部に入ってくれた後輩へのプレゼントという事で、持ってきたんだよ」

「はい、ありがとう、ございます」


 僕は今、とても驚いている。いや、ほんとに。

 今僕の目は真ん丸になっているだろう。それくらいに驚いている。

 美琴さんが気合いを入れていたとはいえ、サイン本が手に入るなんて思って無かったし、時間も立っていた。

 まさかの所属した部活動の部長さんが有名な小説家だとは思ってもみなかった。


「わー!さすがは部長!私には?」

「君には去年あげたじゃないか」

「私はいつだって部長からのプレゼントを待っています!」

「気が向いたらあげるよ。よし、渡すものも渡したし、私はお先に失礼しようかな。また、気が向いたら顔を出すよ」

「毎日来てくださいよー」

「締切とかがあるから、それとの兼ね合いかな」

「えー、めんどくさいだけじゃいないんですか?」

「はは、違う違う。じゃあ、また会おう」

「はーい、お疲れ様でしたー」

「あ、お疲れ様でした」


 部長が部室から出ていくのを見送る。

 僕は本を持ちながら、少しだけ放心していたみたいだ。


「びっくりした?」

「はい、とても」

「ははっ、空くんでもこんなに驚くんだね」

「僕でも驚く時は驚くんですよ」

「本、良かったね」

「はい、かなり嬉しいです。ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして」


 美琴さんはにひっと楽しそうに笑う。

 今日はとても衝撃的な1日だった。楽しかったし、驚いたし。

 僕は今日の日の事を忘れないんじゃないか?と思う。それだけ衝撃的だったから。


 僕は1度本に目を落とし、丁寧に鞄にしまった。

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