第10話 登場

 テストという物は返却されるまでがワンセットだと僕は思う。

 だから僕の目に写っているこの光景も、テストの醍醐味だいごみと言える。


「よっしゃぁぁああああ!!!」


 今日テストの順位が担任から配られた。教室では喜んでいる人と、落ち込んでいる人とか、人それぞれだった。

 僕の目の前でも、教室に木霊する程の大きな声で叫んでいる海成がいた。


「空、ありがとう!助かったよ!ほんとに、過去問が無かったらどうなっていたことか・・・」

「お礼なら文芸部の先輩にだよ」

「ありがとうございます!先輩ぃーー!!」


 ここで叫んでいても届かないと思うのだが、感謝の気持ちは分かるのでいいかと思う。

 この様子から分かるように海成は無事赤点を免れた。


 そして、僕はというと・・・


「しかし、空はすげーな。学年順位2位だぜ?いやもう、ほんと驚いたわ」

「あはは、今回は頑張ったからね」


 結果は2位だった。1位じゃなかったのは少しだけ悔しいのだが、いい順位だ。

 個人でも勉強を頑張ったが、やはり美琴さんの過去問の力が大きかった。過去問が無ければ、僕のこの順位は無かっただろう。

 あの時、呼び出してくれた事に今は感謝をしている。


「凄いね、空くん!2位って!」


 僕らの会話にいつものように栞が混ざってくる。

 彼女は感嘆の声を漏らす。


「空、すげーよな!俺はそんな順位無理だわ」

「そうだねー。海成くんには難しいかもね」

「おいおい、そういう栞は何位だったんだよ?」

「私?私はね、ほら!」


 彼女は自分の順位をこちらに見せてきた。学年順位の欄を見ると、そこには10位と書かれていた。

 それを見た海成は、目を丸くした。


「じゅ、じゅ、10位!?おまっ、頭良かったのか!」

「えへへ、結構良かったんだよね」

「これは、ライバルだね」


 元々そこまで得意ではないと言っていたが、これは誰の目から見ても得意だと言える。

 僕は元々勉強でトップを目指すつもりは無かったのだが、それでもいい順位だと嬉しい事は確かだ。

 しかし、僕の今回の順位は過去問ありきだと思っているので、瀬戸さんのこの順位は脅威に思える。


「ライバルかー。ふふっ、今度は私が勝つよ?」

「僕も負けないよ」

「やっべぇ、俺には入れない世界だぜ」


 何だか、次のテストが少しだけ楽しみになってきた。今度は1位になれるように、そして栞に負けないように。頑張ろうと思った。


「てか、朝会った時から思ったんだけどよ、今日の栞なんかいつもよりもテンション高くねぇか?なんか嬉しそうって感じがする。いい事あったのか?」


 僕らがバチバチに火花を散らしていると、おもむろに海成がそんな事を言う。

 瀬戸さんが朝から嬉しそう・・・思い返してみればそう感じた。

 順位の発表があるから?でも、順位発表ってどんなにいい点とっても緊張するものだと思う。僕はとても緊張してました。


「実はね、今日はお姉ちゃんと一緒に登校してきたんだ」

「へー、姉ちゃんと。いつもは一緒じゃないのか?」

「うん、お姉ちゃん起きるの遅いから、学校来るのギリギリとかになっちゃうんだよね。私も朝練あるから早めに学校来るから時間が合わないんだよ。でもね、今日は早く来る用事があったみたいで、久しぶりに一緒に来れたんだよ!」


 彼女はツラツラと今日の事を話す。その様子はとても嬉しそうで、彼女がお姉さんを好きなのがこちらにも伝わってくる。


「へー、栞、姉ちゃん好きなんだな」

「うん、大好き!今日はね、一緒に帰る約束をしてるんだ!」

「そうなんだ、それは楽しみだね」

「部活も楽しいんだけど、その後も楽しみだから、今日はいい日だね!」


 彼女の本当に嬉しそうな様に、こちらも嬉しくなってしまう。仲のいい姉妹のようで温かな気持ちになる。


「うーし!そろそろ部活の時間だな!テストも終わったし、これで部活を心置き無くやれるぜ!!じゃあな、空!」

「うん、また明日」


 海成は勢いよく教室を飛び出し走っていった。


「私も、部活に行くね。じゃあ、また明日」「うん、じゃあまた明日」


 続けて栞も荷物を持ち、ゆっくりと教室を出ていった。

 僕はそれらを見送り、自分自身も部活動へと向かうべく鞄を持ち、教室を出る。


 部室へと向かう最中に美琴さんからメッセージが送られてきた。


『空くん、私は今日部活動遅れるよ!ごめん!』


 美琴さんが本来の部活動開始時間に遅れることは多々ある。この前だって遅れていたし、いつもの事だ。

 元々開始時間とか活動時間とかが曖昧な部活だから、特に何かをする訳では無いので気にならない。

 僕はこれに『分かりました』とだけ返し、そのまま部室へと向かう。


 部室へとたどり着き、僕はドアを開ける。


「おや、こんにちは」

「あ、はい、こんにちは」


 僕は思わず挨拶を返したが、部室の中には知らない女子生徒が座り何かを読んでいた。

 僕はすぐさま部室から出て、表を確認してみる。しかし、そこにはしっかりと『文芸部』と書かれていた。


「ふふっ、ここは文芸部で間違いはないよ」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます」


 いや、ありがとうございますじゃないよ!

 ともかく、まずは落ち着こう。この人が自然すぎてこちらが動揺していたんだ。

 落ち着いて、考える。


 目の前の彼女は、黒い髪をポニーテールにしていて、メガネをかけている。椅子に座っているから正確なものは分からないが、ピンと伸びた背は高めだと思う。凛とした雰囲気が漂う女性だ。

 そして、彼女は制服のリボンの色から3年生だろう。


 心に余裕ができ、聞くべきことを聞こうと思い質問をする。


「あの、質問いいですか?」

「どうぞ」

「貴女は誰なんでしょうか?」

「私かい?私はね、ともると書いてあかりと言うよ。そういう君は、空くんだろ?」

「えっ!?」


 びっくりした為に思わず声が出てしまう。

 僕は彼女の事を知らなかったが、どうやら灯さんはこちらの事を知っているようだ。

 もしかしたら何処かで会っていたりするのだろうか?いやしかし、見覚えがない。


「そう驚くものでもないよ。ああ、でも直接会うのは初めてなのは間違いないね」

「そう、なんですか?」

「そうだよ」


 ならば、なぜ知っているのかという話だ。

 ・・・・・・僕は思考を巡らせる。


「一つ、私はこの部室にいる。二つ、私は君を知っている。三つ、私と君は会ったことは無い。さて、これで分かるかな?」


 灯さんは指を1本1本立てて、道筋を示していく。

 というか、答えは出ていたりする。知らない人が部室にいて、僕は想像以上に動揺していたようだ。


 灯さんが示した3つが全てだ。それさえあれば普通に辿り着くことが出来る答え。

 ごく当たり前のように部室に居て、僕の事を知っている。加えるならば、そこに『3年生』と言う情報が加わる。


 僕は改めて彼女に挨拶をする。


「改めまして、僕の名前は華咲空はなさきそらと言います。文芸部に所属をしています。よろしくお願いします、部長さん」

「あはっ、正解だよ」


 そう、彼女は文芸部の部長だったのだ。僕が約1ヶ月所属して、ようやく出会う事が出来た。

 そりゃああった事が無いわけだ。


「改めて、私がこの文芸部の部長をしている・・・・・・」


 彼女がそう言いかけた時、勢いよくドアが開けられる。


「遅くなってゴメンねーー!!さてさて、部活を・・・って部長だ!!部長が居る!?え、どうして?は、これは夢・・・?」


 とてつもなく元気な元気な美琴さんが部活へとやってきた。

 部長さんが居ることに喜び、部長さんが居ることに驚き、仕舞いには夢だと思ってしまう。


「はははっ、夢じゃないよ、美琴ちゃん。私が部活にいる事がそんなにも不思議なのかな?」

「はい!」


 元気な声で即答。

 ・・・・・・部長さんはどれだけレアな人なのだろうか?


「ふっ、そうだろうね」


 この人もこの人でなぜだか得意げに答えている。


「今日は一緒に部活出来るって事ですよね?」

「ああ、久々にやろうか」

「やったぁーーー!!」


 体を使い全力で喜んでいる美琴さん。本気で嬉しいのがこちらに伝わってくる。


「よし、じゃあ部活動を始めようか」

「はい!!!」「はい」


 不思議なような新鮮な気持ちで本日の活動が開始した。

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