第9話 テスト週間

 テストは学生の内には避けては通れない関門である。

 どの学年であろうともテストは今後に必ず影響する。学生の本分は勉学だということである。


 テストが好きな学生はあまりいないだろう。僕のクラスメイトも嘆いているところだ。


「うぅ、テストが憎いぜ!赤点とったら部活が出来なくなるんだぞ!最悪だァァァ!!」

「赤点を取らなきゃいいでしょ?」

「俺は!勉強が出来ないんだよ!そう簡単に言ってくれるなよォォォ!!」


 海成は机に突っ伏して、大きな声でそう言う。

 この学校では、赤点をとった生徒には補習が設けられ、その補習が終わるまでは部活動に参加が出来なくなる。

 だから彼はこんなにも嘆いているのだ。


 まぁ、彼が勉強が苦手なのはこの様子を見れば分かる。しかし、どんなに苦手でも自分の力で頑張らなければテストというのは乗り越える事は出来ない。


「とらないように勉強するんだよ」

「くううぅぅぅ・・・・・・頭が良くなりたい!」


 その願いは全国の学生諸君が思っているものだろう。僕だって頭が良くなりたいとは思っている。


「そういえば、空の方はどうなんだよ!何か余裕って感じじゃないか!なぁ!空も勉強苦手だよな?」


 海成は懇願こんがんするような目をこちらに向けてくる。

 勉強に苦しむ仲間を探したいんだろう。


「僕は苦手ってほどじゃないけど、赤点はとる気は無いよ」


 けれど僕はそんな仲間になる気はない。

 僕はこの高校では珍しく、部活動目当てで受験したのではない。勉学目的で受験をしている。

 彼には悪いが、勉強で赤点なんてとる訳にはいかないのだ。


「何だよォ!裏切り者か?裏切り者なのか?」

「学生の本分は勉学だよ」

「俺は野球なんだよ!」

「空くんの言う通り勉強だよ?」


 僕の意見に同調する形で、この会話に瀬戸さんが入ってくる。


「何だよぉ!栞までそんな事言うのかよ!」

「そうです。私も勉強はそんなに得意じゃないんだけど、勉強はしないとね?」

「そうそう、部活の前にテストだよ。現に、この学校でもテスト週間は部活休みでしょ?」


 いくら部活動に力を入れているからって、勉強が疎かになってしまっては、学び舎として失活だ。

 だからこの学校でも、大きな大会が近くない限りは勉強を優先させる。


「だから嫌なんだよ!テストのために部活がある出来なくて、テストが返ってきたら部活が出来なくなるんだぜ?」


 何故彼は、赤点をとる前提で話をしているのだろうか?


「なぁ、栞!嫌だよな?」


 彼は意地でも仲間を見つけたいようだ。自分のこの心情を誰かと共有したくて仕方がないらしい。


「んー、私も部活が出来なくなるのは嫌だけど、赤点をとるのも嫌だから、少しくらいなら我慢出来るかな」

「この裏切り者がァァ!」

「はぁ、海成。ここから3年間テストからは逃げられないんだからさ、観念して勉強をしなよ」


 僕は軽く溜息をつき、励ましの意味を込めて彼の肩に手を置く。


「ほら、帰って勉強だよ」

「あー、もう!分かったよ!やりゃあいいんだろ!見てろよ?絶対にいい点とってやるからな!」


 彼もやっと覚悟を決めたようで、そう言った。

 良かった、海成がやる気を出してくれて。不要かもしれないが、彼が頑張れるように祈っておこう。


 僕も荷物を手に取り、帰ろうとすると携帯電話が震える。どうやら、誰かからメッセージが届いたようだ。

 携帯を取りだし、確認すると『美琴さん』の文字が表示されている。

 何だか嫌な予感がするのだが、気がついてしまったものは仕方がないので確認をする。


「・・・まじか」


 僕はそこに書かれていた文を見て、どんな顔をしただろうか?少なくともいい顔はしなかった。


 美琴さんから来たメッセージとは、


『やっほー!空くん?空くん?元気?元気?元気だよね!私はね、まぁまぁだね!

 でね、今日ね部活やるから部室集合ね?異論は認めないよ!先輩命令ってやつだね!

 じゃあ!また後でね!(屮゚□゚︎)屮 カモーン』


 これである。

 いくつか言いたいことがある。

 まず、文だけで分かるのだが彼女は確実に元気であるのに、まぁまぁと言っている点だ。

 次に、テスト週間なのに部活動をやると言っている点。彼女は何を言っているんだろうか?

 最後にこの絵文字だ。控えめに言ってかなりウザイ。カモーンと言っているのがウザさを増幅させている。


 総評をしよう。美琴さんは先輩だし、尊敬できる点はある。だけど今回の件に関しては『ふざけるな』と言っておく。


「はぁ、行くか・・・・・・」


 正直勉強をしたいが、行かなかったら行かなかったで後が面倒くさそうなので行くしかない。

 僕は溜息と重い気持ちで、部室へと向かう。


 いつも通りの部屋の扉を開き、中に入ろうとする。


「はぁ、美琴さん来ましたよ」

「おっ!来たね!いらっしゃい!!」


 彼女はいつも通りの元気な声でこちらに挨拶をしてくる。


「で、何をするんですか?くだらないことなら僕は帰りますよ」

「ええ!空くんなんだか今日は辛辣だなぁー。どうしたの?何かあった?」


 原因はあなただと声を大にしてキレそうになったのだが、ここは堪えて落ち着いて話をする。


「テスト週間なのに呼び出されているので。僕は勉強をしないといけないんですよ」

「勉強なら私が教えてあげるよ!」

「お断りします」

「即答!?いいじゃないかー、先輩に教えさせてよー。ほら、過去問持ってきたからさー」


 僕に勉強を教えたいようで変に絡んでくる美琴さん。

 絡み方はウザイが、過去問があるのか。どうにか過去問だけ貰って帰ることは出来ないだろうか?いやー、出来なさそうだなー。


「ほら、この過去問を使って私が教えてあげるからさ!」


 美琴さんの目はキラキラと輝いている。

 もしかして、今日の目的ってこれか?美琴さんが僕に勉強を教えたいだけなのでは?

 1年生の中間テストの過去問を持ってきている程だ。その説はありえる。


「・・・過去問だけ貰えませんか?」

「ふっ!ダメだね!何かを貰う時は必ず対価が必要なんだよ!空くんは私から勉強を教わったら、これを手に入れる事が出来るのだ!」


 やっぱりダメかー。ここは従うしかないのかもしれない。

 元々は過去問を使って勉強をしようとしていた訳じゃないので、そこまで必要な物でも無い。

 しかし、こう目の前に手に入れるチャンスが来て、それを逃したとなると、少しだけ悔しい想いがある。


 だけど、美琴さんに勉強を教わるのはなんだか癪である。

 てか、美琴さんって頭いいのだろうか?


「あの、質問なんですけど」

「なに!何が聞きたい?」

「美琴さんって勉強出来るんですか?」

「なんだよそれはー!私を馬鹿にしているのかーー空くんは!!何か?それは私が馬鹿だと言っているのか?」

「いえいえ、そんな事は無いですよ。でも、普段の言動を考えると・・・まぁ、その、はい」


 彼女はノリと勢いの人間だ。そんな勢い任せの行動に知性的なものを感じない。

 あれ、この人大丈夫か?と思えるほどの言動をするのだ。

 だから、はっきり言ってしまえばこの人は馬鹿なんじゃないだろうかと思っている。


「何だい!何だい!私は泣いてしまうよ!ちくしょう、これを見てもまだそれが言えるのかー!」


 そう言って美琴さんはテストの答案用紙を見せてきた。

 科目は数学のようだ。点数の方に目を移すと、そこには96点と書かれていた。


「ふふん!どうだい?私はね頭がいい方なんだよ!」

「数学だけってパターンはありませんか?」

「ないね!私の去年の最高総合順位は8位だよ!」

「それは凄いですね」


 素直に賞賛の声が出る。

 美琴さんは僕が想像していたよりもずっと頭が良かったようだ。

 今思えば、『異世界学』の話し合いをする時に雰囲気頭良さそうだった。

 そうか、この人は勉強は出来るのか。


「そう!凄いんだよ!だから、先輩に教えを乞ってもいいんだよ!」

「お断りしますよ。1人でやるので。てか、今日呼び出した理由って『美琴さんが勉強を教えたいから』じゃないですよね?」

「わぉ、正解だよ!後輩が出来たんだし、優しい先輩が部室で勉強を教えてあげるってのをやりたかったんだよね!」

「うわー」

「何だよその目はぁ!引かないでよ!」


 この人本当に頭が良いのか疑いたくなってくる。

 高校生活最初の中間テストのテスト週間に、部活の後輩を呼び出し自身の欲を叶えようとする先輩。いや、ダメだろ。


「無理ですね」

「うっ、そこを何とかー」

「じゃあ、過去問くれたら許します」

「ほんと!じゃあ、全部持ってけー」


 先輩は鞄から去年の中間テストの過去問を取り出し全て僕に渡してきた。

 その中には彼女の答案用紙までも入っていた。


「あの、答案用紙は必要ないんですが」

「ついでにプレゼントだね!」

「恥ずかしがったりしないんですか?」

「ふっ、恥ずかしい点数なんてとってないからね!」


 彼女が自信満々に言い放つ。

 数学であれだけの点数をとっているし、順位だっていいのだ。自信があって当然か。


「ああ、でも、本当に持っていってね。答えが分からなくちゃ勉強出来ないからね」

「なるほど。では、ありがたく」

「ふぅ、良かった良かった!空くんが喜んでいるようで」


 にへらと嬉しそうに美琴さんは笑った。

 ・・・もしかしたら美琴さんは、過去問を渡すために呼び出してくれたのかもしれない、なんて思えてしまう。

 でも、多分だけど勉強を教えたいって思っているのも本当だろう。美琴さんはそういう人だから。


 もし本当に勉強で困ったら彼女を頼りにしよう。美琴さんならば応えてくれる、そう思う。


「勉強、頑張りますね」

「うん!私も頑張るよ!」


 だけど今回は、過去問をくれた美琴さんの為に・・・なるかは分からないがせめていい点数でもとろう。

 僕は勉強へのやる気を出したのだった。



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