第8話 言葉の重み
ゴールデンウィーク明けから数日たち、生徒たちのやる気が戻った辺り、僕は今日も部室へと足を運んでいた。
いつも通りの廊下を通り、いつものように部室の扉を開ける。
すると中には既に美琴さんが椅子に座っていた。
「やぁ!空くん、元気かい?」
「こんにちは、美琴さん」
「うん、こんにちは!」
この人は相も変わらず元気そうだ。
長期の休暇時でも、学校にいる時でも変わらずに元気で居られる事は彼女の尊敬すべき点だろう。
だけど、元気すぎて少しだけウザったい時があるのでそこだけは注意が必要だ。
「美琴さん、今日は何をする予定なんですか?」
「うーん、どうしようね」
文芸部での活動は常に定まっていない。美琴さんが思い付きで何かやったり、ただ本を読んで終わったりする。
どちらにせよ楽なので僕としてはどちらでも構わない。
さて、今日は何をやるのだろうか?
「あ、空くんって『言葉の重み』について考えた事はある?」
これが唐突に始まる彼女の
「いえ、特に考えた事は無いですね」
「よし、なら考えてみようよ!」
美琴さんは立ち上がり、ガラガラとホワイトボードを引っ張ってくる。
はじめは「何に使うんだ?」と思ったが、今ではよく登場するアイテムである。文芸部に所属してから一月も経っていないが、ほとんどホワイトボードを使っている。
美琴さんは意気揚々とペンで『言葉の重みについて』と書いた。
ここからが僕らの活動の始まりだ。
「よし、まずはどんな
「えーと、『人生経験を積んでいる歳をとった人達』とかじゃないですか?」
「まぁ、そうなるよね」
これは、よく聞く話だろう。
僕のような若者よりも、人生をより長く生きてきた老人達の方が物をよく知っている事なんて当たり前だろう。
「経験則があるのは
「・・・これ、回答出てませんか?」
美琴さんが肯定したように、結局年齢があるのが強い。
どんな戯言でも、歳があったり、経験があるのならば
言葉の重み=年齢となって終わりなのではないだろうか?
「いや、まだだね。もっと、もっと深く考えよう!!」
しかし、美琴さんはまだ続けてみようと言っている。
何を考えるのだろうか?
「空くん、もっと考えてみて欲しいんだよね、『重み』についてさ」
「『重み』ですか?」
「そそ!ただの重みについてでいいよ!言葉の重みじゃなくてね」
「うーん・・・」
僕は美琴さんの言葉に頭を悩ませる。
ただの重みというと、簡単に思い浮かぶのは体重。あとは重量とかも。
何を持ったら重いと感じるのか?どれくらいが重いのか?
・・・・・・あれ?今気がついたのだが、『重さ』ってどんな物にもあるのではないだろうか?
物自体を比べた時に、軽い重いがあったとしても、どちらも『重さ』は存在している。
なら、僕がさっき言った事は早計だったのだ。
「・・・言葉の重み=年齢は間違いなんですね」
「まぁ、間違いとは言い難いけどね。年齢があった方が重くみえるのは事実だと思うよ。だけどさ、年齢が若くたって『重さ』はあると私は思うんだよね」
僕が考えられていなかった所はここだろう。歳をとったってとっていなくたって、人生を経験はしているのだ。
だから、そこに軽くとも『重さ』は存在している。どんな人間でも『言葉に重み』は必ず出るものだったのだ。
「それにさ、若くても重みは年老いた人に負けてないと思うんだよ」
「負けてないですか?」
「そうそう、どんなに経験があってもね、どんなにものを知っていようとさ、その人の人生はその人だけのものなんだ。別の人生の経験なんて知らないし、その人本人しかその話は出来ない」
それは当たり前のことだ。僕自身が何者にもなれないように、他の人だってその人にしかなれない。
「自分が体験していない事を、体験した人の言葉にさ、『重み』が無いなんて誰が言えるんだろうね?」
「そう、ですね」
僕らは道行く人の人生を知っているからなんて事はない。
友人であっても、家族であっても、毎日何を思って、何を見てきて、何を体験したか、なんて全てを知ることは出来ない。
そこから出る言葉には全て確かな『重み』があると美琴さんは言っているのだ。
「だから結論!誰の言葉でも『重み』は絶対にある!年齢とか別に関係ないと思うんだよ!」
「おお」
美琴さんの力強い宣言に、僕は拍手を送る。
『言葉の重み』についてよく考えた事は無かったのだが、よくよく考えてみれば面白いと思った。
年齢が言葉に重みを出すとばかり思っていたのは、本当に浅はかだったと反省をしたい。深く考える事は大事なのだ、絶対に。
「・・・あの、質問なんですけどいいですか?」
「お、なになに?答えられるものならなんて答えちゃうよー!」
「じゃあ遠慮なく。どうして急に『言葉の重み』についての話になったんですか?」
思い付きで始まったのかと思っていたが、美琴さん自身がちゃんとした意見を持っていたので気になった。
「あー、それはねー、昨日の事なんだけどね。
会社帰りのおじさん達かな?そんな人達が話しているのを偶然にも聞いちゃったんだよ。
「最近の若いもんの意見はダメだな」
「そうですよね、何と言うか軽いというかそんな感じですよね」
「言葉に重みがないんだよ。今どきは経験が足らんからなぁ」
みたいな事をね、話してたんだ。そこでさ、私は気になったんだよね。『言葉の重み』ってなんだろう?ってさ!
よく考えたこと無かったなぁって思ってね!それで、悩んで考えみたんだよ。『重み』について。
1晩考えて出来た考えが、さっきの『誰でも重みはある』ってやつなんだよ。
でさー、それが合ってるかどうかなんて自分では分からない訳でしょ?だから空くんに聞いてもらおうと思って。
あ、後ついでに空くんはどう考えているのかなーって思ってね!今日の話題にしてみた!」
「なるほど、そうだったんですね」
知らない人が話している内容から、変なことを気になって、考えて、それがあっているか分からないからと堂々とその論を披露し、確認する。
なかなかできることでは無いと思う。
僕なんかは自分の意見に自身はあんまりもてたりはしない。心の中で正しいと思っていたとしても、それを確認する事なんてしようとしないだろう。
目の前の先輩は変な人ではあるのだが、やはり凄い人なのだと改めて思う。
「で!どう?どう?私の『重み』の考えは?」
美琴さんはキラキラと目を輝かせて、ワクワクとした様子でこちらを見てくる。まるで自分のおもちゃを自慢する子どものようだ。
堂々と話していた彼女はどこへ行ってしまったのだろうか?
とりあえず期待をされているので答えておく。
「納得しましたよ。こんな考え方があったんだと、目からウロコでしたね」
「よっし!いいね、私は正しかったんだよ!」
「いや、僕の意見だけでそこまで自身満々にならないですくださいよ」
「いいじゃないか!少なくとも空くんには刺さったんだからさ!今は喜ぶべきところなんだよ!」
嬉しそうにしている美琴さんを見ながら、僕は、美琴さんがいいなら別にいいか、なんて思う。
「よーし、よーし、これも活動記録に書いてしまえ!」
美琴さんは以前書いた『異世界学』のノートを持ってきて、ホワイトボードの内容を書き始めた。
「あの、美琴さん。それって『異世界学』用のノートですよね?異世界関係ない事書いていいんですか?」
「うーん、まぁいいんじゃない?これは私たちの文芸部としての活動記録だからさ!」
「活動記録なんですね、それ」
「活動記録なんだよ!」
先輩であり、この活動を考えている美琴さんが主となってやっているのだ。美琴さんがノリノリなら、僕が気にする必要は無い。
それに僕自身、ほとんど何もやっていないからね。
今も、美琴さんが楽しそうにノートに書き写しているんだ。
「よーし!出来た!」
美琴さんは書き終えたノートを両手で持って掲げる。その顔は満面の笑みだ。
「凄い活動した!って感じだね!」
「これって文芸部っぽいですかね?」
「んー、分かんないけど部活っぽいよ!」
「そう・・・ですかね?」
「そうなんだよ!」
「うーん?」
今回の話し合いが、文芸部の活動と言われたら納得はしかねてしまう。
部活っぽいって意見も正直ピンとは来ないのだが、これが僕たちなりの部活動かと考えればいいかと、思ったのである。
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