第6話 異世界学

 文芸部に所属してから2週間ほど経った。

 活動らしい活動はしていないが、大分慣れてきたと思う。

 基本的には本を読むだけ。あとは美琴さんの話に付き合うだけの部活動だった。


 この数日の間に僕は、部室にある色んな種類の本を読んだ。

 ミステリー物だったり、青春物、ホラーとか。とにかく色んな本があって面白かった。


 中でも印象に残ったのは『異世界物』。普通の学生や、普通の人間が異世界に飛ばされたり転生したりする話。

 別の世界では特別な力を持っていて、それを駆使してその世界で過ごすというもの。現代日本では有り得ないその設定に心惹かれてしまった。

 なので今は、異世界物を多く読んでいたりする。


 今もその異世界の物語を読んでいるところ・・・・・・なんだが、その様子を対面からじっと見られている。

 とても落ち着かない。


「・・・あの、美琴さん。何かありました?」

「・・・私さ、異世界で疑問に思った事があるんだけどさ」

「どんな事ですか?」


 僕は読んでいた本に栞を挟み、美琴さんの話に耳を傾ける。

 美琴さんは立ち上がり、ホワイトボードを引っ張ってきた。

 ああ、それ使うんだ。


「異世界転生とか異世界転移とかあるよね。現代人が異世界に行くやつ」


『異世界について!』ときれいな字で書かれた。


「まぁ、それはいいんだよ。死んじゃって別世界で生まれ変わるとか、何故か異世界に飛ばされるとか」


 美琴さんは次々と物語にあった、異世界へと行く方法を書き出していく。あと、一応イラストが添えられていた。


「・・・それなんですか、豆腐?」

「トラックです。絵のことはいいんだよ!」

「すみません。続きをどうぞ」

「うん。スキル貰ったり、言語が理解出来たり、『生活には困らないやつ』が多い」

「そうですね」


 言われてみればそうだった。異世界で活躍するのに、初歩である『生活』に困ってしまったら醍醐味だいごみが薄れてしまう。

 文字を読むことは出来なくとも、言葉は聞ける。食べ物だってほとんどが体に馴染み、拒否反応が起こることは無いのだ。

 種族の違いがあったとしても体の構造は似ていたりする。

 それに『困った』としてもスキルで何とかしてしまうケースもある。

 こんな感じに『生活には困らない』のだ。


「困ったらやりたい話が出来ないから、生活は出来るようにしているんだろうね。でも、転生者なら分かるけど、転移者は馴染んでいるのは少しだけ疑問があるね」


 ホワイトボードに『何故、転移者は馴染むのか?』が書かれていた。


「はい、空くん。なんでだと思う?」


 ただ聞いていただけなのに、当てられてしまった。考えて答えろという事だろう。


 大まかには『話が進まないから』だろうけど、美琴さんが聞いているのはこの事じゃない。

 なら何故かを僕は考える。


「・・・・・・転移という事は、転移する要因があるという事です。ほとんどの場合は神様が転移させるパターン。その神様かなんかによって、現代人から、異世界人の体の構造に書き換えられるから、ってのでどうでしょう?」

「なるほど、いい回答だね!」


 美琴さんは楽しそうにペンを走らせていく。僕が話した事を綺麗にまとめていった。


「他の意見としては、『異世界の物の成分が現代と同じだった』とかあるよね。躊躇ちゅうちょなく食べたりするのは勇気あるなぁとは思うけどね」


 僕は美琴さんの話に頷く。

 成分が同じだったら食べれたとしても問題は無い。全く同じものが存在しているパターンもあるのだ。

 こう考えてみると、なんだか見方が変わってくる。


「異世界もさ、ちゃんと空気とかってあるのかな?」

「それはあるんじゃないですか?」

「いやいや、分からないよ?よく考えてみてほしい。私たち人間は空気がなければ生きてはいけない。だけど、空気が無くとも生きてられる生物は存在しているよね」

「クマムシでしたっけ?」

「そうそう」


『クマムシ』という生物は有名だろう。僕も詳しくは知らないが、宇宙空間でも生きられて、極寒に強く灼熱に強い。

 最強として名高い生物だったはず。


「地球上にそんな生物が存在しているんだよ。呼吸を必要としないんだ。ならさ、地球外にもそんな生物がいるとは思わない?」

「・・・宇宙人がいるって話ですか?」

「仮定だよ。宇宙人ならば『空気』を必要としないかもしれないじゃないか」


 地球上にしか空気は無い。だから、それ以外の星に生物がいる場合、それを必要としていない場合がある。

『宇宙』と呼んではいるが、宇宙に存在する生物だ。人と似ていなくとも『宇宙人』とさせる。


 僕は深くは考えた事は無かったが「なるほど、確かに」と思った。

 だけど、異世界はどこに行ったのだろう?


「あの、なんで宇宙人の話になっているんですか?」

「流れだよ!ここで重要なのは、空気を必要としていない生物がいるという点だね!」


 美琴さんは『空気無し』と書き、大きく丸で囲む。

 僕はホワイトボードを見て、どうしてこの話になったのかを思い出した。

 そもそもは『異世界に空気があるのか』という話だった。


「この世界、『現世』にしておこう!『現世』にもいるとされているんだ。ならさ、『現世』とは別世界である『異世界』に存在していてもおかしくないと思うんだよ。なんなら、そう言った生物が主である世界が存在していても、おかしくはないと思わない?」

「その可能性はありますね」

「でしょ!ここで『転移者が馴染めるのか?』って話に戻ってくる。空気がない!そんな世界だったらヤバくない?」

「ヤバいですね」


 食べ物が食べれようとも、平和な世界であろうとも、息が出来なければ大変だ。馴染むどころの話ではなくなってしまう。


「まぁ、ありえないんだけどね」


 美琴さんはあっけらかんと言い放つ。


 そう、そんな事は有り得ない。

 異世界に行った瞬間にゲームオーバーな物語など続かないし、書かないだろう。


「それでも妄想は続けさせてもらうよ!結局何が言いたいかと言うとさ、説明されたとしてもスキルを貰ったとしても行くのって、怖くない?」

「まぁ、そうですね」


 これだけ考えて、多くの仮定が存在している未知の場所に行くのは怖いだろう。

 行った瞬間にゲームオーバーは有り得てしまう。

 これは『妄想』だが『リアル』を考えると、安心は出来ない、そういう話だ。


「なんだか国語の授業やってるみたいですね」


 僕はそう思った。

 美琴さんは、ぽかんとしている。


「・・・授業?あれ、空くん疲れておかしくなっちゃった?」

「美琴さんじゃあるまいし、おかしくなってませんよ」

「可憐な尊敬すべき先輩に酷くないかな!」

「自分でそこまで言えるので、大丈夫ですね」

「扱いが雑になってるよね!・・・で、授業って?」


 ギャーギャー騒いでいた美琴さんが、思い出したようにこちらに尋ねてくる。


「今日やったのが、『異世界に行く時の主人公の気持ちを考えなさい』とか『懸念点の例をあげなさい』みたいな感じだな、と」

「なるほどね。いいね、国語の授業か・・・」

「僕が感じた事なんで、美琴さんには当てはまらないかもしれませんが・・・」


 僕が説明をし終え、美琴さんはホワイトボードに向かいながら何かを呟いていた。

 国語、国語、国語・・・?


「異世界・・・国語・・・よし!『異世界学いせかいがく』だ!」


 唐突に大きな声を上げた美琴さん。訳の分からないことを言っている。


「はい?」

「今日した話は『異世界学』だ。そっちの方が面白くない?」

「えっと、何を言っているですか?」


 面白くない?と言われても、こっちはなんの事かよく分かっていない。

『異世界学』ってなんだよ・・・


「いやぁ、空くんが授業みたいだ!とか言うから、名前つけたらいいんじゃないかって思ってさ!」

「名前つける必要ってあります?」

「あるね!これは私たちの立派な活動だからね!」

「この異世界トークがですか?」

「今人気の『異世界を舞台にした物語』について考察をし、纏める!ほら、何かやってるっぽい!活動してる!」

「そうですかね」


 美琴さんの力説で、何故だか活動をしている風に思えてしまう。

 まぁでも、普段の活動が活動なので、これも活動と言っていいと思う。

 それに、美琴さんが楽しそうなので僕は何も言うまい。


「よしよし、何かいい感じになったね!よし、空くん!このノートにホワイトボードのやつを纏めようか!」


 普段よりも数倍元気な美琴さんが、カバンからノートを引っ張り出してきた。そして、カリカリとノートを纏め出す。


 あれ?僕がやる事ないのでは?


 少し考えたが、やる事も無かったので美琴さんが書き終えるのを待つ事にする。

 『異世界学』なんて変な活動が出来てしまった。今後どうなるか分からないが、一応勉強だけはしておこうと思った。


 僕は栞を挟んだ本を再び読み始めた。

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