第5話 交換

 心地の良い風が吹き過ごしやすい時間帯。僕の部活動はこの時間から始まる。

 外では運動部が声を出しながら頑張っているのが分かる。

 特にこの時間は学校に活気が溢れてくる。部活動に力を入れている事がよくわかる。


 そんな僕はというと、部室で優雅にコーヒーを飲みながら部室にある本を読んでいる。

 学校を舞台としたミステリー小説で、かなり惹き込まれるのだ。

 学校で起こった事件を生徒が探偵となり解決する物語。ありがとだと思うが、内容が面白いからこそこうして本になっているのだろう。


 えっと作者の名前は・・・とも、ともしび?これは、ひょう?しるし?・・・あ、読み仮名あった。灯火標ともしびしるべと読むらしい。

 この人の作品をもっと読んでみよう。


 ドタッドタッダダダダダッ


 そんな事を思っていると、廊下から足音が聞こえてきた。それは勢いよくこちらに向かってきている。

 その足音は聞き覚えのあるもので、こちらとしては気のせいだと思いたかった。しかし、足音は大きくなるばかり。


 そして、勢いよく扉が開いた。しかし勢いが強すぎたのか大きな音が響き、扉は戻り開けた人物に襲いかかった。


「やぁ!空く--痛ぁ!遅れた私への罰かい?空くん!」


 扉に挟まれダメージを受けた美琴さんは、右腕をおさえながらこちらに罪を擦り付けてくる。


「なんで僕のせいになっているんですか。美琴さんが思いっきり扉を開けるからでしょう」

「なっ!この痛みは私の自業自得という事かい!」

「紛れもなくそうです」

「うぅ、くそぅ!恨むぞ過去の私よ!」


 彼女は本日も通常運転で、とても元気のようだ。

 美琴さんは痛たと言いながらも右腕を摩っているので、一応心配の声をかけておく。


「一応聞きますが・・・大丈夫ですか?」

「空くんが心配をしてくれている!うん、大丈夫・・・って一応?」

「まぁ、美琴さんなら大丈夫だと思ったんで」

「それは信頼ってやつだね!」

「まぁ、そんな感じです」


 叫べる元気と過去に対して恨みを言える元気があるのならば、問題ないと思っただけなのだが、否定しても面倒くさそうなので肯定しておく。

 そんな事とは露知らず、喜んでいる美琴さん。楽しそうだな、この人は・・・


 美琴さんは突然ハッとして姿勢を正す。そして、昨日と同じようにホワイトボードを引っ張ってくる。

 ホワイトボードには、まだでかでかと綺麗な字で『空くんの調査記録』と書かれたままだった。

 そういえば消してないなと思いながら、美琴さんの喋り出しを待つ。


「よし、今日は何をやろうね!」

「えぇ〜〜」


 元気に話したかと思えば、これだ。部活動開始2日目にしてこれである。

 1日目も活動とは呼べるものでは無かったのかもしれないが、それでも今日に至っては何も考えていないのか。

 見学の時にも思っていたが、この部活は大丈夫なのだろうか。


「どうしようかな〜・・・っとそれは灯火先生の本じゃないか!」


 机の上に置いてある僕の読みかけの本を見つけたのか、美琴さんが唐突にそんなことを言う。


「そうですよ、美琴さんが来るまで読んでいました」

「おお、いい趣味してるねぇー!どう、面白い?」

「ええ、面白いですね」


 何故だか異様に興奮している美琴さん。いや、美琴さんなら異様じゃないか。

 この様子から彼女も灯火先生の本が好きなのだろう。


「いやー、ここにある本の中で1番のオススメだからね。さすがは空くんだ、お目が高いよ!」

「たまたま手に取っただけですけどね」

「それは運命と言うやつだよ!ああ、後ね、ここ!ここ見て!」


 美琴さんは本を開き、最後のページを見せてくる。そこには灯火標とでかでかと漢字で書かれていた。


「おお、これは・・・」


 これは灯火先生によるサインだ。サイン本というのを僕は見た事が無かったので、とても驚いた。

 目の前にある本が希少に思えて、先程ペラペラと読んでいた事に罪悪感を持ってしまう。

 そんな僕の様子を察してくれたのか美琴さんが言葉をくれる。


「サイン本って言っても本は本だ!文芸部に置いてある本は全て読んでも良いに決まっているんだよ!」


 本は読まれる為にあるのだという美琴さんの言葉。それは希少な物だとしても変わりは無いのだ。

 丁寧に誰にも触れさせないように保管したところで、その本が希少だということしか分からない。

 内容を知られなければ、文字を書き記した意味が無くなるのだ。


「ああ、でもちゃんと綺麗に読んでね?まぁ、空くんなら大丈夫だと思うけど、一応ね」

「はい、丁寧に読ませていただきますよ」

「うんうん、いいね!いい感じだね!」


 美琴さんが大変満足したように頷く。

 しかし、サイン本なんてどうやって手に入れたのだろうか?気になったので聞いてみる。


「それはね、貰いに行ったんだよ本人に」

「えっ、美琴さんがですか?」

「そう、私が」

「じゃあこれって、美琴さんの私物って事ですか?」

「その本はね、布教用に私が置いたんだよ。で、機会があったからサインを貰ったんだ。自分用と文芸部用のヤツに!」

「へぇ〜、そうだったんですね」


 この本は元々は美琴さんが置いた本だったらしい。

 1番初めに目に入り、手に取ってしまった事が美琴さんに負けた気がする。面白かったからいいのだが、少しだけ悔しい。


「なんでちょっと悔しそうにしてるんだい?」

「気のせいですよ」

「んー、ならいいか」


 よし、セーフ!

 大抵の事は「気のせいですよ」で誤魔化せる気がしてきた。これから多用しよう。


「ああ、そうだ!空くんもサイン本欲しい?」

「えっ、別にそこまでですが、貰えるなら欲しいですね」


 なんだか特別感があるから欲しいと言ってしまった。

 今日読み始めたばかりだし、ファンだ!という訳でもない。偉そうだが、貰えるのならば貰っておこうくらいのものだ。


「おお、そうなんだね!よし!先輩頑張っちゃうぞー!」

「えっ、何をするつもりですか?」

「ふふん、空くんは大船に乗ったつもりで待っててよ!絶対に手に入れるからさ!」


 美琴さんが盛大に張り切ってらっしゃる。気合いが凄いよ、気合いが・・・

 なんだか申し訳なくなってくる。


「えっと、美琴さんが大変ならいいんですけど・・・」

「いや、大丈夫!私を舐めないでよ!今までで身につけた交渉力と運で何とかしてみせるから!」


 何をするんだ、この人は?

 疑問しか浮かばない。だけど、ここまで気合いの入った美琴さんを止められる訳もない。


「・・・お願いします」

「うん、任せて!ああ、そうだ、連絡先教えてよ!」

「連絡先ですか?別に構いませんよ」


 何に使うかは分からないが、とりあえず携帯を出し、アプリの連絡先を教える。すぐに友達の欄に『美琴』という名前が加わった。

 すると美琴さんからメッセージが届く。


『やっほー!やっほー!君の美琴さんだぞー!よろしく!』


 うるさい。美琴さんはアプリ内でもうるさかった。

 ちらりと美琴さんを見ると、満足気にニヤニヤしていた。

 僕は「はぁ」と短く溜息をつきメッセージを返す。


「ふふん、よろしくね!」


 僕のメッセージを見て美琴さんが笑顔で言う。何故だかドヤ顔をしていたのだが、まぁいいか。


「あっ、どうして今、連絡先交換する必要があったんですか?」

「うーん、何となく?」

「何となくなんですか?」

「いやー、そういえば交換してなかったなーって思って。・・・・・・ああ、あとね!本が手に入ったら報告をしたかったからだね!うん、これだ!」


 これだ!って完全に後付けじゃないか。

 ・・・でも、別にいいか。あって困るものでも無いし。

 もし部活動を休んだり遅れたりする時は連絡出来ないと不便だからね。


「まぁ、とにかくよろしくお願いします」

「うん、任せなさい!」


 その自信満々の様子が面白くて、僕は少し笑ってしまった。

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