第2話 文芸部
桜の花がまだ少しだけ木に残っている校庭の様子を眺める。
辺りを見渡し少しばかりぼーとしながらも、心のうちでは高揚感があった。
今日、僕は高校生となるのだ。
中学校を卒業して、別々の道に進む。
学ランからブレザーへと制服が変わり、なんだか大人になった気分がする。
きついきつい受験を終え、目標だったここ、『仙花高等学校』へと入学できたのは嬉しく思う。
自分のクラスにたどり着くと、そこには見た事のない顔が多くあった。
ドキドキとしながらも、自分の席に着く。
別に僕は高校デビューをして大きく変わっている訳では無い。
中学から特に変わってはいないだろう。
しかし、それでも初めての環境というのは上手くやっていけるかと不安があるものだ。
緊張をしていると、後ろの席から声をかけられる。
「なぁ、名前なんて言うの?」
「あ、僕は
「おー、そうか。俺は、
「うん、よろしく」
大きな声を出し、かなりのガタイのいい彼と握手をする。
こうして近くの席の人と友人になるのは新学期の醍醐味と言えるだろう。
知り合いと話すのも楽しいのだが、それでも新たな友人は欲しいだろう。だからこそ、この出会いは嬉しく思う。
「空って呼ぶな!あっ、俺のことは海成かウミナリって呼んでくれ!」
「わかったよ、じゃあ海成って呼ぶよ」
『ウミナリ』というのはあだ名だろう。
漢字の読みを変えただけだが、いいあだ名だと僕は思う。
だけど、今は知り合ったばかりだし、あだ名で呼ぶのはハードルが高い。だから、名前で呼ぶんだ。
「空はさ、部活どこにするか決めたか?」
「部活かぁー」
ここの高校には、1年生の内は部活動に所属をしなければいけないというルールがある。
全員何かしらの部活動に所属しなければいけないし、辞めたり出来るのも2年生からだ。
厳しいルールだと思うが、この高校は部活動が強い事で有名だ。僕は家が近いから選んだが、部活動を理由に入ろうとする人も多いだろう。
それに、まぁ経験を積ませるためとかそこら辺だろう。
それに中学校から部活動に所属していた人は多く、抵抗自体は少ないと思う。
「まだ決めてないなぁ」
「俺は野球部だな!野球の為にこの学校に来たんだ!空もどうだ?」
「うーん、運動部はちょっとなぁ」
「そうか?運動はいいぞ!」
正直言って僕は運動は好きではない。
中学校でも僕は、文化部に所属をしていたし、なんならすぐに帰宅部になっている。
「文化部の中から探すよ」
「そうか、無理強いは良くないしな」
さて、高校ではどの部活動に入ろうか。
部活動紹介を見てから決めようと思っているが、個人的には活動が少ない部活がいいと思っている。
適当に1年過ごし、すぐに辞める。こんな感じだ。
(まっ、その時に決めればいいか)
こんな調子で今日を終えた。
◆◇◆◇
高校に入学してから数日たち、遂に部活動に所属しなければいけない日の予行、部活動見学が来てしまった。
正直、どこでもいい。
「空、空!遂にだな!遂に、本格的に部活が出来るぞ!」
海成が興奮気味に話す。
彼はそうだろう。野球のためにこの高校に来たと話していたし、楽しみなのだろう。
「そうだね、来ちゃったね・・・」
対して、僕は元気なわけがない。
部活に対して積極的では無かったし、結局どこの部活動に入ろうかも決めきれていない。
・・・本当に困ってきた。
「元気ないね、空くん。体調不良?」
「ああ、大丈夫だよ。少し憂鬱なだけ。瀬戸さんは・・・嬉しそうだね」
「うん、部活始まるの楽しみにしていたから」
彼女は
僕も話しかけられ、そこから友達になった子だ。
そして、彼女もまた部活動を目的にこの高校に入ってきている。
「そっか、たしか陸上部だったよね?頑張ってね」
「ありがとう、絶対インターハイ行ってやるんだから!」
「おし、そろそろ時間だな!行ってくるぜ!」
「私も!じゃあまた明日ね」
「うん、じゃあまた」
はぁ、元気でいいね。とりあえず、僕も動かなければならない。
見学する場所はどこか行きたい場所に行って見学をするだけ。
しかしこの高校は部活動が強いんだ。だから、元々入る部活を決めている人がほとんどだ。見学なんて必要がなく、仮入部をすぐに決めている。
僕のような人間は極小数という訳だ。
ため息をつきながら文化系の部活動が集まっている方へと歩いていく。
(とりあえず片っ端から見て行くか)
楽そうな部活、楽そうな部活と思いながら廊下を歩く。
ドタッ、ドタッ、ダダダダダダッ!
後ろの方から誰かが廊下を走る音が聞こえてきた。
随分と慌ただしい人だと思いながら端により避けようとする。
僕は避けた。早めに端っこにより、その人の疾走の邪魔にならないようにした。
だが、その人物は思いっきり僕とぶつかった。
「ぐえっ!」
「わわわぁっ!!」
僕の体を強い衝撃が襲い、よろけるが何とか倒れるのは耐えた。
反対にぶつかってきた人物が倒れるが、すぐに起き上がってきて僕の顔を見てから頭を下げる。
「ご、ごめんなさいぃ!!怪我はないですか?部活に遅れそうだって急いでいたのでつい・・・」
「いえ、怪我はしてないので大丈夫です。そちらも大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です!私、丈夫なので!」
腕に力こぶを作るようなポーズを取り、無事な事をアピールする彼女。
よくよく見てみるとリボンの色が違うため、彼女は1年上の先輩だった。
たしか、部活動に遅れそうと言っていた。そして、こちらの方向にあるのは文化系の部室が集まっている。
(・・・彼女は何部なのだろうか?)
ふと気になり、聞いてみることにした。
「・・・あの、先輩は何部に所属されているんですか?」
「先輩・・・?あー!あー!1年生だぁ!」
大きな声を出して驚く先輩を見る。ここまで驚かなくてもいいのでは?
「わぁ!後輩だ、後輩だぁ、新入生だ!」
さっきの謝っていた態度は何だったのだろうと思う程に、僕が1年生と分かり大喜びをしている先輩。
もしかして、変な人だった・・・・・・?
「で、えっと部活だっけ?そうか、そうか、そんなに聞きたいか!」
「いえ、やっぱりいいです。では--」
面倒くさそうな気配を察知し、その場から逃げようとするが腕を捕まれた。
「ちょっと!行かないでよぉ!」
「えぇー、離してくださいよ」
「いや、離さないね!私の話を聞くまでは!」
これはもう面倒臭いやつになっている。
話を聞くまでは離してくれ無さそうだ。
「聞きます、聞きますから、離してください」
「ほんとだね?逃げないね?」
「はい、逃げませんから離してください」
かなりの力で掴まれていた腕が解放され、自由になる。
ほんとにこの時間にこの廊下を通った事を後悔している自分がいる。
「なら、私の部活動を教えてあげよう!」
「どうぞ、出来るだけ早く」
「ふふん、私はね、文芸部だよ」
「・・・・・・えっ?」
正直耳を疑った。
いや、廊下を全力疾走してぶつかってきたテンション高めの先輩が『文芸部』だと思わないでしょ。
驚きで固まってしまう。
「ねぇ、君は何部に入るつもりなのかな?」
「いえ、決めていません」
そして、文芸部は候補から外れた。ちゃんと外した。
ほかの文化部から選ぶしかない。
「なら、文芸部に入らない?楽しいよぉ!今なら美人な先輩と一緒に部活が出来る--」
「遠慮しておきます」
「ちょ、ちょっ、ちょっと!早いよ!お断りが食い気味だったよ!」
「・・・気のせいじゃないですかね?」
「気のせいじゃないよ!」
とにかく俺はこの場から去ろうとする。ここで時間を食って部活動の見学が出来ないなんて嫌だ。
どこでもいいとは思っているが、一応は目を通しておきたい。
「お願いだよ!入ってよぉ!」
先輩が再び腕を掴んでくる。
くっ、 この人結構力強いな!どうにかして剥がさないと・・・
「あの、ところでここで油を売ってていいんですか?部活始まってるんですよね?」
この人は廊下を走り、部活に遅れそうだからと言っていた。
引き剥がすのならば、ここだ。
「それは大丈夫だよ。部室に顔を出すのなんて私くらいだし。部長とか先輩とか顧問とか全く来ないもん。活動だって、私が1人寂しく本読んだり文章書いたりしてるだけだから・・・・・・」
「えっと、そ、そうなんですか」
先輩は沈んだように、寂しそうに目を潤ませる。
予想外に文芸部はすごい部活だった事がわかった。それに、この人も辛いのかと同情してしまう。
「だからさ!新入部員が欲しいんだよ!1人はもう寂しいんだよぉぉぉ!」
本気の嘆きだ。ほんとにこっちの心が痛くなるほどに。
ぐすぐすと、鼻をすする先輩。
・・・別に所属ぐらいはしてもいいんじゃないかと思えてくる。
確かにこの人は面倒臭い人だ。テンション高くてとことん絡んできた。
もうこの短時間でよく分かった。
しかし、部活内容は自由のようだし本を読んでいるだけだったらとても楽なのではないかと思えてくる。
それに、この人と絡むのはウザイと思うが、なかなか悪くないとも思っている自分もいた。
どうせ辞めてしまうのだ。少しくらいは付き合ってみてもいいのかもしれないと思う。
「分かりました、とりあえず見学に行ってみてもいいですか?」
「えっ?えっ!来てくれるの!やったぁ!これで寂しく無くなる!」
「いや、まだ見学ですから・・・って聞いていないか」
その場で飛び跳ねながら喜ぶ先輩を見てクスリと笑ってしまう。
「君!名前は?」
「空です。
「空くんだね!私は
元気で、うざくて、どこか子供っぽい先輩。
あんなに嫌だった部活動が少しだけ、楽しくなりそうだと心の片隅で思い頬が緩んだ。
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