02-007

「……とにかく現場に行くぞ!」


 その大翔のかけ声で、大翔と渚はほぼ同じタイミングでシードを最大値まで上昇させ、シードの隠された機能〝コネクト〟を起動した。


 二人の目の前に、朱色の鳥居が出現する。場所は選んでられない、と二人は窓から飛び出し、その鳥居をくぐり抜けた。


 すると、大翔は山吹色の陣羽織に、渚は若葉色の弓道衣の袴にと、それぞれ装いが変わる。


 拳で額をゴンと叩いて頭に走った痛みを無理矢理に振り払ってから大翔は馬の仮面を取り出し、自身と渚の足に炎を纏わせると、一目散に窓から駆け出した。渚も起動と同時に空中へ投げ出された矢筒と弓を握りしめると、大翔に続いて駆け出す。


「列車は急停止した! 乗客の安全を最優先にして、くれぐれも慎重に!」


 鏑木の指示に、二人は両手を上げて応えた。



       ※



 明日香はゆっくりと身体を起こした。何が起こったのだろうと周囲を見渡してみると、突然の衝撃に耐えられなかったのか多くの乗客が床に寝そべっていた。また、明日香自身がつかまっていた天井に吊らされているはずの吊革が、なぜか床に落ちている。


 ――何が……。


 自分の背後で広告を表示するディスプレイが『緊急避難』という文字をノイズ混じりに伝えている光景を見て、明日香はようやく列車が引っ繰り返っていること、何か非常事態が起きていると言うことを理解した。


 列車内では大小問わない呻き声で溢れている。


 明日香はシードを起動させると、自動で列車内にいる乗客の健康状態をスキャンし始めた。幸いにも明日香の視界に入った人の中に絶命したという人は存在していないものの、そのほとんどが重傷を負っているという結果を示し出す。


 ――私が……なんとかしないと。


 自由に動けるのは自分だけという状況が、自身も多数の打撲を負っていた明日香を無理矢理に突き動かす。


 ――私が今できること……。


 シードで重症患者をスキャンしたことによって通報は完了している。直にドローンが来て状況を確認し、その後に救助が来るはず。


「救助しやすいように道を作る? ……いや、無理に動かしてバランスでも崩れちゃったらそれこそ……」


 悩む明日香の目の前で、小さな身体がむくりと起き上がった。まだ小さい、小学校低学年ほどに見える女の子は、「い、いたい……」とか細い声を漏らした。


「大丈夫⁉」


 女の子の元に近づいてスキャンすると、打撲が多数、加えて右腕の骨に異常があり。数秒の内に橈骨遠位端と前腕の橈骨・尺骨の両骨幹部が皮下骨折、鎖骨が亀裂骨折という診断が下された。


 女の子は明日香のことを見ると、涙を流しながら再び「いたい……」と苦悶の表情で呟いた。意識も有り受け答えにも問題はないが、危険な状態であることには変わりない。


「も、もう安心だよ、お姉ちゃんが救助隊呼んだから、もう少し我慢してね……大丈夫だから」


 そう言いながら明日香はシードが出す応急処置の指示に従った。


 息は出来ているため気道を確保する必要はなく、橈骨遠位端はこの場所で出来ることはない。しかし、両骨幹部は早急な固定が必要で、鎖骨も固定が必要と出ていた。


 何か、固定できる物は――そんな明日香の視界に、吊革を吊っていたパイプが入ってくる。これを使えれば、と力を入れてみると容易くそのパイプを折ることに成功した。


 ――よし、これで……。


 明日香は女の子の右手甲から肘にかけてパイプを密着させ副子の代替とし、自身のスカートの裾を破って紐状にして腕に巻き付ける。更に羽織っていたカーディガン使って体に巻き付けるように固定した。


「いたい……いたいよ……」


「大丈夫だよ……大丈夫だから」


 痛みをこらえる少女にそう言葉を続ける。大丈夫、としか言葉をかけられない自分自身に腹が立ち、明日香は唇を噛みしめた。


 腕の中にいる少女は涙目になりながら言葉にならない呻き声を漏らしているというのに、これ以上何も出来ないという事実が重くのしかかる。しかし、悩んでいる暇はない。


 早くこっちに来て、痛いよ、と悲鳴にも似た叫ぶ声は車両中に溢れかえっている。


 ――と、取りあえず、応急処置しないと……!


「ゴメンね」と少女に呟いてから明日香は他の乗客の元へ赴き、応急処置を施していった。


 一人、また一人と治療を重ねていく。


 ――キリがない……。


 乗客の八割は看られたというところで、明日香の心は限界に達した。下半身が潰れている人、腕がおかしな方向に曲がっている人、意識の無い人、息をしていない人。下半身が……見当たらない人――。


 何も出来ない自分が情けなく、ちっぽけに感じられて、思わず溢れ出た涙が頬を伝う。


「大丈夫ですから、大丈夫」


 何度言ったかも覚えていない励ましの言葉を落とす。


「すぐに救助、来ますから」


 ――すぐとは、いつのことだろう。


 すでに目覚めてから数十分は経過していた。最早救助が来ることはないのだろうかと感じてしまうほどに空虚で無残な時間が流れ続ける。


 そんな空間の中に、とうとうコン、コンと窓をノックする音が響いた。


「救助⁉ やっ――」


 無力感と突然の切迫した空気が明日香の心を蝕んでいく中で見えた、一縷の望み。そんな希望を目にしようと彼女は振り向き、窓の外の光景を見た。


「えっ……」


 そして、彼女は言葉を失う。

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