02-006

「……無理矢理やらせることもないでしょ。特に俺らの仕事なんか命がけみたいなもんだし。何より、ぬるい考えのヤツじゃ足手まといになる」


「はー。相変わらず可愛くねーヤツ。その点、明日香ちゃんは可愛かったなー。断り方も『少し考えさせてください』って、申し訳なさそうに。今時珍しいね、ああいうおしとやかなタイプ」


「なんだ、断ったわけじゃないんじゃん」


「いーや、あの断り方はハナからノーを突きつけるための口実だね。元敏腕セールスのアタシが言うんだから間違いない」


「そんなもんかねー、俺はそんな遠慮するようなタイプには見えなかったけどな。むしろ、嫌なら嫌ですってその場で言うみたいな、頭と口が直結してるタイプに見えたけど」


 そんなことを言いながら大翔は初めて出会った時のことを思い出していた。初対面の男に向かって〝太陽の人〟などと意味のわからない言葉を投げかけるのには余程の度胸か、あるいは余程の馬鹿さ加減が必要となる。


 あの姫宮明日香という女に度胸があるかと言われれば、間違いなくノーだ――自我を失ってたあの状態なら話は別だけど。


「ふーん……あ、そういや、帰り際にアンタの名前聞かれたな。何かしたの?」


「シードで見ただろ、殴って捕食しただけ。恨み言の一つでも預かってんの?」


「その捕食って表現ヤメロ、物騒すぎて嫌いだわ。……あの子、言伝でありがとうだって。健気な子だーホント」


 あの光景を見てありがたいと考えられる人は果たしてこの世界にどれだけいるだろう。「ありがとう、ね」と口に出しつつ記憶を遡ってみたが、そんなことを言われた覚えはなく、変わってんだな、と苦笑いを浮かべるしかなかった。


 こうして振り返ると、憎まれ口を叩かれたり、信じて貰うことができずにただただ肩を落として帰ったという思い出が蘇ってくる。止め止め、と手で振り払うと同時に、空腹を告げる腹の音が鳴った。


「ところで鏑木のおっさん、メシはー? もう腹ぺこなんだけど」


 しっかりとした固形物を胃に入れたのはもう二日も遡る。


 一粒飲めば一日の活動に必要な最低限のカロリーと栄養を持つサプリ【フルパック】は摂取していたものの、脳と腹の満足感は得られない。特に、あの強烈なワサビの反応していた大翔の腹は、まるで長年の眠りから目覚めたようにゴロゴロと喚き散らしていた。


「もうそろそろ時間だ。お寿司が届くはずだよ……」


 そう言う鏑木の表情はひどく落ち込んでいた。恐らくスカウトが成功すると期待して出前を取っていたのだろう。


 俺は悪くないよ、とは言わず、慰めることもせず。大翔はただ苦笑いを浮かべて鏑木を見つめていた。


「そんなに落ち込むなら俺の時みたいに、無理矢理協力させたら良かったじゃん」


「馬鹿言え。キミと一般人のあの子を一緒に出来るわけがないだろう」


「俺は一般人じゃねーってか」


「事実じゃないか……っと、来たみたいだ」


 そういうと鏑木は窓を開いた。四つのプロペラを持つ配達用ドローンは、空中でホバリングしながら『認証をお願いします』とセンサー付きの腕をにゅっと伸ばした。鏑木はその腕を握り、「遅かったじゃないか」と小言をぶつける。しかしドローンがそんな会話が出来るわけもなく『お支払いを確認しました』と機械的に応えると窓から室内に入り込み、紫の風呂敷を机の上にソロリと置いた。


『また、ご贔屓に』


 そう言い残して去って行くドローンから大翔と渚はその風呂敷に目を移した。紫色の風呂敷、丸印の中に【精鋭】の文字に、二人の心臓が跳ねる。


「これ……おっさん⁉」


「いいんですか⁉ あの【精鋭寿司】でこの量……四人前だと確か、三万円はするところじゃ……!」


 恐れおののく二人とは対照的に、鏑木は心ここにあらずといった表情で虚空を見上げていた。払った代金の大きさに魂を抜かれたのか、あるいは期待していた戦力に逃げられたという事実がのしかかっているのか定かではない。しかしそんな鏑木が「……食べていいよ」と小さく呟くと、二人は心配するような素振りすら見せず「いただきます!」と割り箸を割った。


「お、これか」


 容器の脇にあるボタンを押すと、容器の蓋が開いていく。ゆっくりと開く蓋にいらつきと興奮と空腹を覚えながらその時を待つ。


 しかし。運命というのは残酷な物で――。


「は⁉」

「なんで……こんなときに!」


 そんな二人の元に、緊急の仕事が発生したことを告げる耳障りな緊急アラームが鳴り響いた。



 まだ最近出来たばかりで聞き慣れないそのアラームだが、不協和音によって肌が粟立ち、不安に苛まれる不気味さがある。ムクロではない、シカバネが出たときに鳴るように設定した音――寿司しか考えていなかった二人の頭の中が、食事から仕事へシフトする。


 その切り替わりを察知したのか、二人の脳内に次々と現場の情報が流れ込んできた。シカバネの人数、計測した数値、場所――。


「おい……この場所に、このスピードって、まさか!」


 対象は高速で移動していた。人間単体では出すことの出来ないそのスピード。多数の人が高速で移動できる乗り物と考えると、得られる答えは必然的に一つしかない。


「リニア内でシカバネが暴れるとか……どうなっていやがんだ!」


「こんな場所でシカバネが暴れたら……」


 リニアが脱線しようものなら、その線路付近にある建物という建物に被害が及ぶ。そうなれば、いよいよ大惨事だ。

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