復讐に懸ける狂気と執念……
「本当に絶望しましたよ。一瞬で幸せが消え去ったのですから……。だから……、だから! 相手にもそれを味合わせてやりたいと思いましたよ」
「その復讐のために10年も掛けたのですか?」
「ええ。だって。幸せの絶頂を味合わせてから絶望に陥る……。これが私にとって最高の復讐でしたから」
そう語った崇人。教誨師を前にして狂気じみた笑顔だった。
死刑囚の回想は復讐に心を
ぶつかった相手は上級官僚の息子だった。
弔問に訪れた加害者である
「うちの息子も未来があるんでな。どうかこのお金で気休めになるかわからないがなんとかしてくれませんかね?」
俺の美咲も真雪も未来があったんだがな……。いいだろう……。その挑発に乗ってやる。
崇人の心は加害者の父への憎悪に満ちていく。
「ええ。ええ。わかりました。一応裁判にはなりますが、どうにかしてあげましょう」
崇人は笑顔を貼り付けて
まずは幸せにしてやらないとな? じっくり時間を掛けて。
そして、崇人は心に決めた。加害者の
裁判は竹富
裁判が結審する頃、崇人は元の職場を惜しまれながら去った。
「父さん! 悪いが親子との縁を切ってください! どうしても復讐を遂げたい。だから……、こちらの方の養子に入らせてください」
「そうか……。ならば仕方あるまい」
「崇人さんのことはどうかお任せを。こちらもあの加害者とは縁がありましてね」
そういって崇人の横に座ったのは会社社長の
久秀が崇人に接触をかけたのは裁判のさなかだった。
お互いに加害者に恨みを持つもの同士意気投合した。
故に崇人が復讐の計画を打ち明ければ、久秀はそれに乗った。
崇人は住んでいた家を引き払い、久秀の家へと転がり込んだ。その頃には既に美咲と真雪の納骨を済ませ、それぞれの遺骨から取ったごくわずかな遺灰を2つペンダントに埋め込み、肌身離さず持つようになった。
結審してすぐの頃、久秀は竹富広之に自身の義弟の経営する会社への広重の就職を勧めた。そして経営状態も悪くないと見た広之はすぐさま承諾した。
そして、翌春からは崇人と広重は上司と部下の関係になった。
崇人は恨みの感情は心の奥底に潜め、笑顔を貼り付けて部下となった広重を優しく指導した。
それから4年。広重は恋仲となった女と結婚した。その翌年には1女の父となった。
もちろん、これには崇人は大歓喜した。
そして、それから5年。
広重は更にもう1人の子を儲け、幸せの絶頂だった。
「広重くん。お前はよく頑張ったな! 来春からの昇格人事だ。これでお前も立派な部長だ。来春の昇格祝いに社長から小旅行のチケットをくれるから引き継ぎを励んでくれ! それと俺は来年の2月で辞めるからな?」
「ええっ! そうなんですか! ありがとうございます! 崇人さんはやめた後どうするんですか?」
「私はちょっと全国旅行をするつもりだよ。次の仕事も決まっているしな」
「そうなんですか。寂しくなりますね」
「まあな。よくお前も付いてきたな」
「ええ。頑張りましたよ!」
年の暮れ、都内のバーで内々に昇格人事の辞令を広重へ渡した崇人。嬉しげな広重を見て、愉悦の表情を浮かべる崇人。ここまでに雌伏の時を過ごしていた崇人にとって、お膳立てが着々が進んでいることを仄かに喜んでいた。
翌2月の末、惜しまれながら会社を去った崇人。久秀の家に帰った崇人は買ってきた1本の高級ウィスキーを片手に久秀の元へと向かった。
よし! これで復讐ができる! 準備が完全に整ったのだ。
崇人の心はこれから始まる復讐への期待であふれていた。
「久秀さん! いよいよ! 私は本懐を遂げる時が来たようです。来週、あいつらはのんきに旅行をするでしょう……。そこで私は……本懐をとげます」
「そうか。頑張り給え」
そう言って崇人は久秀と前祝いの酒を酌み交わした。崇人にとっても久秀にとっても長い長い10年だった。
3月ののどかな春の昼。
広重の旅行先である鹿児島で中古車を購入していた崇人。この日の朝には特殊メイクを行い、広重からは崇人だとはバレないようにしていた。そして、鹿児島空港から送迎の車があるから出口で待つようにと久秀から言い渡されていた広重たちを待ち構えていた。
「竹富広重さん御一行ですね?
「ありがとうございます。よろしくおねがいします」
偽名の名刺を広重に渡す崇人。偽名は妻の名前と娘の名前をもじったものである。
「では参りましょう」
こうして崇人は鹿児島空港から国道504号を経由し、小浜海水浴場へとたどり着いた。
「せっかくなので海でも見ながら食事でも摂りませんか? あなたたちのために昨日から食事の準備をしてたんですよ? まず、お降ろししますね?」
「おお! ありがたいです! じゃあ遠慮なく!」
そういって崇人は車を降りて、広重たちを車から降ろす。そして、後部のカーゴスペースから5つの名前付きの弁当箱とビニールシートを取り出した。
そして、砂浜にビニールシートを広げ、弁当箱をその上に置く崇人。
「さあ! 皆さん! 食事の準備が整いましたよ!」
「わざわざありがとうございますね?」
「ありがとうございます! ほら!
「おじちゃん、ありがとう!」
「ありがとー!」
広重の妻である
「わーー! おいしそー!」
「おいしそー!」
子どもたちに合わせて作ったハンバーグやエビフライ、それにオムライスなどが弁当箱に入っていた。
「おお! こっちも美味しそうだ!」
「そうよね! ヒロくん! 美味しそうよね!」
広重たち大人には海老天やつくね団子、色とりどりのお寿司が弁当箱に入っていた。
もちろん崇人も同じメニューである。
「趣味に料理がありましてねぇ。色々玄人はだしでやってきたんですよ」
「なるほど。岬さんは凄いですねぇ。まるでちょっと前までの上司を思い出しますよ」
「ほう? その方も料理がお得意で?」
「ええ。花見とかバーベキューでは色々作ってくれましたねぇ」
それは俺だよ。声で気づかないかね?
崇人は自身の声に気付いてない広重を内心で
自身の腕前を語る崇人と、崇人の思い出話を語る広重。目の前には崇人がいるというのにのんきなものである。
そうこうして思い出話を語りながら昼食を摂り終えた崇人たち。
崇人はいよいよ総仕上げの頃だろう。
「さあ、海も見ました。今度は山を見ましょうか? 開聞岳がきれいですからね? 今日の宿泊地はそこですから」
「はい。よろしくおねがいしますね」
そう言って広重たちを車へ誘導する崇人。
九州縦貫自動車道を開聞岳方面へ向かう車中。
いよいよ開聞岳も見えてきた頃であろうか?
「いたい! いたいよー! ママー!」
「いたーい! ママー!」
子どもたちが苦しみ始めた。泣きはじめてからしばらくして痙攣が始まった。
「ヒロくん! 救急車電話するわ! うっ!」
「結菜! 真希! 美奈! おい! 何をした!」
結菜も広重も吐き気と痙攣が始まる。そこで崇人は車を止めた。
そして、崇人は顔の特殊メイクを剥がした。
「崇人先輩……っ。なぜ……なぜ……」
「そうだよ。俺は鶴田崇人だ。そして……」
広重が驚愕の表情を見せると、崇人は更に頭部から頬につけていた特殊メイクを外した。この特殊メイクは10年前の裁判の結審後から付けていた特殊メイクだ。
それにより頭部から頬にかけて傷跡があらわになる。
「俺の旧姓は松永崇人だ。その名に覚えは?」
「あ……。あの時の……事故の……」
崇人が旧姓を明かせば、広重の表情は歪む。広重たちの痙攣はだんだんひどくなっていく。
「もしもーし。救急です。どうしましたかー?」
「急に心臓が苦しくなって……。私だけでなくあと3人も同じで……」
「わかりましたーー。今行きますねー」
結菜のスマホからは救急隊からの呼びかけが聞こえる。結菜は必死で応答する。
そして、子どもたちは……。
「そして、鶴田
「……前の……」
崇人が広重の元カノの名を明かせば、広重の表情は更に歪む。
「あの事故以来、お前を地獄に突き落とそうと決めていたよ。それに乗ってくれたのが鶴田
「……そんな……」
「……ヒロくん? ……真希と……美奈が……死んでる……」
崇人が積年の恨みを明かし、広重はうつろな目で絶望した。そして、苦しげながら結菜が広重に娘たちの状態を告げた。
「俺と美咲と真雪はあの日までは幸せだったよ。でもお前はそれを壊した! だから、お前にも同じ思いをしてもらおうと思ってな! でも、お前がこれを恨みに思って何するかわからないから一緒に送ってやるよ! あの世へな!」
「……ヒロくん……愛……してる……」
「……そんな……。結菜……真希……美奈……」
そして、これが崇人が殺意を持ってしたことであると明かしたと同時に、結菜は広重へ愛を告げて絶命した。結菜の目元からは涙がこぼれ落ちていた。広重の目にも涙が滲んでいた。
「お前たちの食事にはトリカブトとフグ毒が仕込まれていた。だから丁度今になって効果が出たわけだ。じゃあな! 竹富広重。あの世で家族仲良く過ごせよ!」
「…………」
崇人が犯行の方法を告げると広重は絶命した。
ピーポーピーポーと救急車のサイレンの音が近づいてくる。
それから程なくして救急車が4台到着した。
「こちらに急患が4名いるとのことですが……」
「警察を呼んでください。4人共絶命しています。私の犯行です」
「わかりました……。死亡確認します」
こうして崇人の10年を掛けた復讐が終わった。救急隊員が見た崇人の顔。それは狂気に満ちた笑顔であった。
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