第62話 ほっとみ~と

 ゾンビ女将の対応が不服だったのか夏男が怒鳴りだす。

「えぇぃ‼ 貴様では話にならん‼ 上がらせてもらうぞ‼」

 ゾンビに何を求めたのか知らないが、交渉は決裂したようだ。

 ズカズカと旅館の奥へと歩き出す夏男。

 残念ながら鼻が利かないというか勘が悪いというか、関係のない部屋に入ってはゾンビに悪態吐いていく。

「ココかコラァー‼ あん? 誰じゃオマエはー‼」

 浴衣姿のゾンビを理不尽に脅す夏男。

 仕方なしに付いてくる店主、田中さんは、すでに土産物売り場で名物を吟味している。

「ほぉ、この饅頭がね~」

「あぅあぁううぁ」

「うんうん…賞味期限が切れてるねコレ」

「あぁぁううぁ…うぁ?」

「大丈夫、大丈夫、僕は気にしない派だから、ハハハハ」


「アイツらー‼ この旅館にホントにいるのか?」

 数部屋を回った夏男、普段から自分に届く情報の信ぴょう性には疑問を感じているわけで、今回も実は別の旅館という線も脳裏に浮上してきた矢先。

「おっ、エロメガネパイセン」

 大浴場から戻ってきた青海が夏男を見つけてしまった。

 ゆっくりと後ろを振り向く夏男

「コレはコレは…湯上りとは、良い御身分でございますな~……湯上り…ハッ‼?」

 カィーンッ‼

 突然、夏男の脳裏でシードが弾けた。

「そういうことか‼ 俺は…俺は…何て無駄な時間をー‼」

 叫び走り出す夏男。

「おいエロメガネパイセン‼」

 呼び止めた青海の言葉なんざ耳に入って来やしない夏男。

 本能なのか一目散に大浴場(もちろん女湯)へ辿り着いた。

「スケルトン・マインド‼」

 懐からメガネを取り出し装着する夏男。

「レッツ…パーリーナイト‼」

 和風の扉をソッと開け中へ侵入する夏男。

 幸いに脱衣場にはゾンビしかいない。

「フフフ…ということは中か…な♪」

 シュタッ…スッ…

 もはや動きは忍びの者である。

「いざ…潜入…」

 小声で露天風呂へ入る夏男。

「………何も見えない…」

 メガネが湯気で曇って視界は0%

「……あっ‼ 取ればいいんだ‼」

 そう『スケルトン・マインド』は女性の着衣のみが透ける能力である。

 そもそも裸なのだから能力は不要なことに気づいた夏男。

 元々の視力は悪くないのだ。


「取らなくていいんでのよ…」

 背後で聞きなれた声、おっとりとした口調…込められた殺気‼

「ぐもっ‼」

 バシャーンッ‼

 背中から蹴りを食らって湯に落ちた夏男。

「なんか臭ぇ…」

 そう温泉はゾンビの肉が浮き、腐敗臭漂う血の池地獄のような様相。

「冬華、臭いからシャワーしてたです」

「先生、確信犯だと思うけど…女湯よココ」

 振りむこうとした夏男の後頭部にいい角度でブラシの柄が突きたてられる。

「風呂場…掃除しておいてくださるのよね~、眼鏡を棄てなさい‼」

 春奈の声に殺意がこもる。


「………はい……」

 メガネを奪われゾンビに囲まれた夏男。

 春奈たちはタオルを巻いてサッサと風呂から出ていった。

「あぁぁぁー‼」

 ホカホカのゾンビに囲まれ露天風呂に夏男の叫びが夜空に消えた…。



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