第60話 たいむ・ふぉ~・ほっとすぷりんぐ

「あぅあー、うぁ…うぉ?」

 温泉宿は立派であった。

 飛び込みであるにも関わらず女将ゾンビが出迎えてくれ仲居ゾンビが部屋へ案内してくれる。

「いやぁ~、言葉は解らなくても伝わるものである」

 秋季が扇子を広げて対応に感心している。

「そうですね~さすが一流旅館って感じですね、おもてなしの心は変わらないんですね~ゾンビになっても」

 小太郎も秋季に同意する。

「おもてなし? いや風呂の場所のことだが?」

「ソッチですか…いや案内版あったし…」


 廊下ですれ違う仲居ゾンビ、浴衣でフラフラと歩く客ゾンビ。

「繁盛してるです‼ 冬華、刺身食べたいのです‼」

「まぁ、ゾンビがさばく生魚…ワタシは遠慮しますわ」

「先生は気にしないわ、刺身とかしばらく食べてないし」


 仲居ゾンビの部屋案内は適当なので、各自思い思いの部屋を確保した。

 春奈など個室露天風呂の部屋がいいと、先客ゾンビを追い出したほどの無法者っぷりである。

 立花先生は大浴場へ日本酒を浮かべる準備を始めている。

 ゾンビと一緒に入る風呂、ゾンビと一緒に月見酒とは…。

 冬華は厨房で食材を漁っていた。

 板長らしきゾンビに魚をさばかせた冬華、両手を皿にかざして能力発動である。

「モコズキッチン‼ オリーブで刺身を頂くのです‼」

 猫と同じで行きたい場所へ行き、寝たい場所で寝る、それが冬華である。

 部屋の割り当てなんか気にしていない。

 眠くなれば、その場で寝るのだ。


 一方、女子ーズよりはTPOを重んじている男子は露天風呂で汗を流していた。

「ハッハッハッハ‼ 広い風呂はいい‼」

「あぁぁ…あぅあ…うぁ…」

 大浴場の広さと夜空を堪能している秋季、数体のゾンビと風呂に入っている。

 タオルを頭に乗せたゾンビ達と何事か話している。

「広い風呂か、いいいもんだな」

 ビチャッ…

 身体を洗っている小太郎の足元に何かが当たった。

 隣で身体を洗っていたゾンビの腹からぶらさがった腸であった。

「あぅぁ…うぁ」

 どうもすいませんとでも言いたそうな隣のゾンビが慌てて拾い、自分の腹にグイグイと押し当てて戻そうとしている。

「いえ…べつに…気にしないでください」

 よく見りゃ、身体を洗うというか皮を、そぎ落としているというか…。

「もしかしたら内臓を洗っているのかもしれない…」

 ゾンビの新たな生態に気づく小太郎であった。


 青海と向井くんは、大広間でゾンビの宴会に参加していた。

 ステージに上がり、黒光りする筋肉をゾンビに披露している向井くん。

「油でテカらすです‼ モコズキッチン‼」

 頭から冬華にオリーブをドバドバかけられた向井くんを見て爆笑している青海とゾンビ。


 思い思いに寛ぐ面々…黒い影が忍び寄っていることに気づいていなかった。

 というか忘れてた。

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