第52話 えくすくる~しぶ

 暗くなった校舎から2人の男が出てきた。

 夏男と田中さんである。

「ところで田中さん、アンタは何で戻ってきたの?」

 泣き止んだ夏男が田中さんに尋ねた。

「…うん、そう…さっきまで忘れていたんだけどね…伝えたいことがあったんだ」

 きっと忘れたのは、冬華の強烈な一撃と青海が引きずったことによる頭部への断続的なダメージによるものである。

「伝えたいこと? 俺達に? いや‼ あの連中に? あの俺に対する態度が非常に悪い、あの連中にかー‼」

 なんか思い出し怒りのスイッチが入った夏男。

「うん、ソレは置いといてね、キミたちは食事はどうしているんだい?」

 隣で憤慨する夏男をスルーして尋ねる田中さん。

「食事…メシ…いやテキトーにレンチンしたり…まぁテキトーに食ってるよね」

「うん、そうなんだよ、この世界には、もはや買い物の概念が無いんだよ」

「アンタ大丈夫? あるわけねぇじゃん、このあたりで生活してるの俺達だけだぜ、後は徘徊してるだけなんだぜ」

「そうなんだよ、僕もね近辺を回ったんだよ人間探しにね」

 改めて聞けば「人間探し」とは凄い言葉である。

「で?」

「うん、いたんだ…一人だけ…」

「一人…オマエ真剣に探したのか‼ 女なんだろうな‼ 美人なんだろうな‼ 若いんだろ? フフフ…メガネ新調しなきゃ…フヘッ…ヘヘヘ…フグッ‼」

 夏男の妄想がグングン膨らむ。

「まぁ…言い難いんだが…男だった」

「んだぁ‼ 男なんかいるか‼ むしろ居てくれるな‼ 呼ぶなよ‼ 男なんか、ったくよぅ…メシが不味くなる‼」

「うん、メシは美味くなるんだよ」

「あぁ? 男と顔を突き合わせて食うメシが美味いわけねぇだろぅが‼ 俺はな~小太郎の顔を見て食うメシが一番マズイ‼」

「やってたんだよね…中華料理店を営んでたんだ」

「ん? 今も?」

「あぁ…今もだ…営業中だった…美味かったチャーハン」

 田中さんは夜空を見上げて思い出しているようだ。

 目の前で酔っぱらったゾンビが電信柱にもたれ掛かゲロを吐いていた…。

 夏男は思った。

(ゾンビも吐くんだな…なんか餡掛け炒飯、想像しちゃった…)

 聴覚が捉えた炒飯、視覚が捉えたゲロが脳内で足されたのだ。

『ペンパイナポーアポーペン』みたいなもんである。

 そもそも、何に酔ったのか解らないゾンビの脇を通り過ぎたときに気づいた。

「なんの話だっけ?」

 3歩歩いたら記憶が薄れだす夏男である。

「いや…中華料理店があったんだという話をしたんだが」

「餡かけ炒飯か…うん…行ってみるか…いや…やめようかな俺」

「なんで生存者だぞ‼」

「いや…男なんだろ?」

「そうだけど‼ 初老だけど‼ そこは問題じゃないだろう?」

 呆れた顔の夏男は平然と答えた。

「男なんか…皆ゾンビでいいんだよ…俺以外は‼」


 スタスタと田中さんを置いて帰る夏男の背中に強い意志を感じた田中さんであった。






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