ようやく、手に入れる。(下)
「……何が言いたいんですか」
「別に。そういう人の努力や犠牲によって世界が成り立っているのだとしたら、俺達はそんな人々に感謝しなければならないなと思ってね。だってそれで俺は三百万なんていう大金を手にして、君は三年前からずっと喉から手がでる程に欲しがっていたこのアイテムを手に入れることができる訳だ。世界が争いに満ちていたらこうして悠長に三年も待てなかった。平和な世界とそれを維持してくれた誰かさんに感謝しないといけないね」
何か誤魔化されたような気がする。だが、それを追求する気力はない。店主はこうして意味不明な言葉で煙に巻くのが悪癖で、そこに対した意味はない――というのが店主の談だ。
「しかし、うん、改めて見ても、コレが何なのか分からないね。君ら曰くの『コア』。つまりは何らかの核、エネルギー体だっていうのはうん、俺側の視点からも理解はできる。だけど、これはエネルギーを持っていない。熱も電気も運動エネルギーもない。何なら位置エネルギーすら持っていない。ああ、全くコレは一体何なんだい?」
「俺も分かんないですよ。ただ、俺の目的にはコレが必要なんですよ。そう、愛果が教えてくれた。それだけだ」
「愛果。……ああ、あの『天才』少女か」
「…………」
「ああ、確か『秀才』って呼ばれたいんだっけ、彼女は。んー、だけど分からないね。『天才』と『秀才』、そこには確かに差があるんだろう。謙虚さなのか、それとも『天才』の定義について一家言あるのかもしれないけれど、俺にとっちゃその差ってのは些事に思える。どちらにせよ、重力制御技術も、超電導技術も、共に水原愛果が一人で作り上げたものだろう? それを一体どうして誇らないのか、驕らないのか、俺には分からないね」
「……もう一人いるからですよ」
「は?」
「なんでもないです」
「あっそ。なんでもないならどうでもいいや。それじゃ、お金を貰おうかな」
ああ、と思い出す。そう、ここにはこの『コア』を手に入れる為に来たのだった。
三百万円。札束を三つ手渡して『コア』と交換する。
ショーケースが開き、『コア』が醸し出す異質さが直接に伝わってくる。恐らくはあのケースの中に異質さ、異様さも封じ込められていたのだろう。
「…………」
恐怖。それに畏怖。結局のところ、この『コア』の全容は何も分からない。触るだけで壊れてしまう、否、爆発してしまうかもしれない。何も分からないからこそ、そんな可能性すらも浮上する。
どう触ろうか。どう手に入れようか。しばらく考える。結局、考えることは諦めて普通に手に取る。すると本体は浮遊するのを止め、また小立方体本体に吸い込まれるように消えた。
「っ」
驚いて手を離すと、その場に浮遊して留まり、また小立方体が本体の周りを公転し始める。
「そういう挙動をするものだよ、コレは」
そう言われるとそういうものなのかと思ってしまう。あれこれと考えるのは止めて、そのまま鞄の中に放り込む。
「無駄話を最後に一つしようか。この『コア』を俺に譲り渡してくれた人についてだ」
「……っ」
「おや、考えたことがなかったって顔だね」
図星だった。この『コア』は『天才』が残した機械の『コア』の動力だ。つまり裕果が機械のパーツとして生み出したモノ。それがここにある、その理由を考えたことがなかった。一体どうやって裕果が秘密裏に作り上げていた世紀の発明品のパーツがこの店主のもとにまで流れて来たのか。
どうして、だ。どうして考えなかった。
自分の記憶を遡ろうと思考に耽る。自分はなにか大きな勘違いをしていないか。自分は何か失敗していないか。その可能性がある。
「否。考えないようにしている。心は事実を識っている。されど知ることを汝は恐れている」
口調が豹変する。まるで人が変わったかのように。
ばっ、と顔をあげると、その豹変は嘘のようにいつもの飄々とした態度と表情だった。
「話を戻そうか。さて、それを持ってきたのはね、小学生の女の子だった。三年前、君が欲しいと脅すように迫る数日くらい前、確か大雨の日だ。まるで雨と一緒に現れたみたいにね」
「……っ」
「心当たりでも? まぁ、いいや。それでね、その女の子は小学生にしては随分と大人びていた。いや他の誰よりも大人だった。そして、商談を持ってきた」
『これを一週間だけ持っておくといい。すると君のもとにコレをどうしても欲しいと呼ぶ者が現れる。だからその『愚か者』に吹っかけるとい。きっと幾らであろうとも、たとえ己の人生をふいにしてでも手に入れようとするだろう』
「……『愚か者』」
「そして本当に、君達が現れた。まるで彼女は未来を知っていたみたいだ。いやはや、彼女は一体何者だったんだろうねぇ」
「…………」
「まぁだけど、ろくな人生は送らなかったんだろうね。 憔悴し、絶望し、諦観し、死ぬことを覚悟していた。自殺すると決心して何もかも吹っ切れていたようにも思える、そんな表情だったよ」
「…………。その女の子は、他に何か言ってませんでしたか?」
「いんや、別に」
「そうですか。教えてくれてありがとうございました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます