ようやく、手に入れる。(上)

 坂道を下る。進路は『家』と真逆の方向。かなりの急勾配だが、ブレーキをかける必要はない。マウンテンバイクはそもそも地面に設置しておらず速度は一定を維持している。丁度風を優しく感じる程度だ。

 重力制御技術。裕果が生み出した三つの技術の内の一つだ。物質と物質の間にかかるエネルギー――重力と引力と斥力、その他諸々の値を意図的に任意の数値に増減させる技術であり、要するには多くの創作物で展開されるハイテクノロジーな未来を実現することが可能となる技術だ。

 とはいえ現法での重力車両の扱いや安全上の問題故に三十センチより高く宙に浮く車などは作ってはいけないことになっており、多くの国が急ぎ法整備務めているような状態だ。

 地面に接地しないマウンテンバイクは――地面に接地しないのにタイヤが付いているのは飛行物体ではなくあくまでも二輪自転車であるという建前の為だ――電気で動いている。サドル下にあるバッテリーに充電をしたのは一年前に手に入れた時の一回だけ。バッテリーの残量は未だに九九パーセントと表示されている。

 これは表示が壊れている訳ではなく、本当に九十九パーセントのままなのだ。

 超電導。難しい話は正直よく分からないが、要するには電気抵抗を零にすることで充電要らずになる、という技術。裕果が生み出した技術の二つ目だ。

 これはスマホやパソコンなどにも応用されており、今や充電ケーブルやACアダプターと言ったモノは初期起動用に付属されているだけだ。

 充電という行為は一端末につき初回起動の一回だけ。後はもう何もしなくともデバイスが壊れて動かなくなるまで使い続けることができるというのが電子機器の最低基準。

 バッテリーというのは、スマホやパソコンの画面を外部ディスプレイに映したりなど他のデバイスなどと接続する際に少しだけ減るくらいのもので、そういったことをしないユーザーはバッテリーという概念を忘れつつある。

 それが今の当たり前だった。

 ブブッと腕時計型の端末が振動した。手首をくいくいと二回振る動作を端末が感知して自動的に通話が繋がる。指向性のスピーカーが的確に俺の耳に向けて音を飛ばす。

「やっほー。ニートになれた?」

 明るく、だけど落ち着いた声。冷静だとか、感情が薄いという訳ではなく、人間的に達観しているというのが滲み出ている声音が、気さくに尋ねてくる。

 四捨五入すれば二十年の付き合いになる間柄としては妥当な距離感だろう。人と話すというよりはもう一人の自分と話すような、対人用の繕った自分ではないありのままの自分で、俺も愛果も関わりあっている。

 くくっ、と色々な人から変だと言われる笑い声が思わず漏れてしまう。心のどこかで張っていた緊張がふっと解けていた。

「言い方があるだろ、言い方が」

「あははは。で、ちゃんと辞められたの?」

「勿論。最後に延長の打診があったけど、断ったさ。とりあえず、次がある時は改めて面接受けに行きますって言っておいた」

「そ。うん、ちゃんと人間関係の整理はしておいた方がいいよ。君は世紀の大発明の実験体になる。命の保証は正直できないからね」

「成功はしてるんだろ?」

「水原裕果が成功させている、というのを成功と捉えるならね。どんな不足の事態だって姉さんなら対処し得るし、普通なら死ぬような事態でも成功させるよ」

「確かにな。でも完全完璧に成功して完成させてるって可能性もあるだろ」

「例えそうだとしても、一度壊れている。その上で水原裕果じゃない――『天才』じゃない私が修理したもの。前と同じ結果になるとは思えない」

「だけどお前だって『秀才』だろうがよ」

「所詮ね」

「…………。ったく」

 『天才』と『秀才』。水原裕果と水原愛果。俺としてはどちらも最高の才能を持って生まれた人間だが、普通を自称する一般人達にとっては、比較の対象だったらしい。

 『天才』を褒め称え、『秀才』を『天才』と比較して貶す。そうして己の劣等感による負の感情を、その溜飲を下げる為に。

 幼い頃に受けたその仕打ちは愛果の心に深く刻みつけられているのだろう。裕果の存在が消えても、自分は『秀才』で『天才』ではないと己に言い聞かせるような言動が漏れ伝わってくる。

「それで? あの店にはいつ行くつもり? どうせ早いうちに手に入れようって思ってるんでしょ?」

「ああ。今向かってるところだよ」

「そっか。じゃあ無事に受け取ってきてね。私も調整しておくから」

「分かった」

 マウンテンバイクが進む先。目的地は二つ隣街の端にあるボロボロの怪しい店。ここでのボロボロというのは古いだとか、手入れがされていないだとかではなく、何らかの要因で荒らされておりそれが隠せていない店、という意味だ。

 明らかに怪しい店で、そして取り扱っているのもまた怪しいモノばかりだ。所謂オカルトショップ。しかも二十代の店主曰く、本物のオカルトを取り扱う店、らしい。

 マウンテンバイクを店の脇に停めて、入店する。

「いらっしゃい。大輔くん」

 若い男の声が店の奥から聞こえてくる。店主だ。

「どうも」

「うん、約束通り三百万、持ってきたみたいだね。良かった良かった。全く、三年も待って払えませんでした、じゃあ洒落にならないからね」

 あははは、と店主は気さくに笑う。

 三百万。そして三年間。それがこの店主が提示してきた条件と期限だった。

「…………」

 俺、萩之大輔が高校に通わずにアルバイトに明け暮れた理由。それはここに遺された『コア』と呼んでいるモノを買い戻す為だ。中学三年の終わりになって愛果が『コア』の場所を見つけ、向かった先がこの怪しいオカルトショップだった。

 そして、交渉の末に三年間は取り置きをしてくれる、その間に三百万を持ってくれば引き渡す、という約束をした。

 三年の期限まで、後一ヶ月もなかった。かなりギリギリのタイミングだ。

「じゃあ、着いてきてよ。ちゃんと受け渡しの、商売の手続きをしよう」

 店の奥には青年が座れるだけのスペースがあるカウンターとその後方に扉がある。店主と店主が認めた者だけが入室を認められる場所だ。

 扉を開けると地下へと繋がる階段があり、一階分下ると、まるで独房が並んでいるかのような空間が広がる。小さな個室が合計で十個均等に配置されており、目的の部屋はその一番右端だ。

 その部屋の中には乱雑に意味不明な品々が雑然と置いてある。ただそのどれもに共通して異物感が漂っていた。この世のモノではないような、何かが、例えば次元だとか時代だとか技術力だとか、そういったモノが一つか二つズレているような、そんな感じだ。

 全体的に散らかっている印象の部屋だが中心だけは何故か少しだけ開けており、宝石を飾る時に見られるようなショーケースが鎮座している。そしてその中にお目当てのモノ――『コア』が置いてあった。

 『コア』の姿を言葉で言い表すならば立方体の惑星、といった感じだろうか。ルービックキューブサイズの本体とそれよりも二回り程小さな立方体が衛星のように本体の外側を廻っており、そしてそれら二つの立方体自体もまた常に回り続けている。さながら惑星の自転と公転のように。

「そういえば、重力制御技術は結構一般化されてるけどさ、じゃあそもそもあの重力制御技術ってどういう理屈で出来てるの、って聞くと技術者も全然上手く説明はできないんだよね。なんでか知ってる?」

 待望のものを三年ぶりにこの目で見る。やっと、やっと手に入るのだと思っていたところで、店主がそんなことを問うた。クイズという訳ではないのだが、こういった質問とそのやり取りを店主は好む傾向にあった。

「設計図は在るけど理屈は分かっていない。だから作れても説明はできない」

「おお、流石。その通りだよ。もっと正確に言えば「提案者の理論は確かに正しいが、それらは他の科学理論とは合致しない」、だ」

 この設計図通りに作れば発明者の理論通りに重力の制御ができるが、どうしてこの理論が正しく動くのかは分からない。そしてこの理論は他の科学技術におけるこれまでの当たり前とされて来た理論と完全に矛盾している。

 矛盾しているのに成立している。この異常事態を解決できていない以上、現状の科学者達はこの理屈を説明できない。現在の科学者達の研究は、この異常事態の解明が半分を占めている。

「ま、俺としてはとてもとても単純に、この世界には二つ以上の理屈があって従来の科学と科学じゃない理屈、この二つを同じ土台で見ているから躓いているんじゃないかなって思うんだけどね」

「二つの理屈、ですか」

「そ。例えば科学と相反するもう一つの理論。――魔法、とかね。相反するかどうかは、まぁ主観によって変わるけどね」

「流石は本物のオカルトを扱うと豪語してますね。まさかこの世界に、オカルトが――魔法なんて都合のいいモノがあるとでも?」

 充電不要の機械、重力を制御できる機械、もはや携帯する必要すらなくなった携帯電話。数十年前に比べて、現代の技術は『天才』と『秀才』の発明により一部とはいえ普通の流れよりも数百年は先に進んでいる。科学技術が進むというのは未知が既知に変わるということだ。故にそれはオカルトの消滅を意味する。なのにこの店主はそれに真っ向から歯向かうスタンスを取っている。

「都合のいい魔法、は存在しないかもしれないけどね、だけどそもそもこの複雑怪奇で意味不明で理解不能に尽きる世界が、まさかたった一つの理屈だけで成立しているとは、俺は到底思えないかな。最低でも二つ三つ、いやもっともっとの理屈が合わさって世界が成立しているんだと考えた方がまだしっくり来る。科学と魔法が両立する。別にそれは有りえて然るべきなんだよ。だって、そうだろう? 約十年前に起きた画期的な技術革新がたった一人の小学生が、ただの自由研究で齎した――なんてそんなことを認めろと? そんなのどう考えたって魔法を使ったとしか思えないじゃないか」

「…………」

 否定は、できない。

 法整備が追いつかない程の急ピッチで技術が発展した。夏休みの自由研究が世界を変えた。それが普通だとは決して言えない。

 科学の世界は一つの技術を生み出す為の基礎の基礎のキッカケの兆候を見出すのに数百億を投じるような世界だ。それを、ただの子供が一、二ヶ月で技術の完成を成し遂げていい訳がない。しかもたった一回ではなく三回、毎年のように連続でやり遂げたとなれば、そんなのは完全な異常だ。

「まぁ、なぜを解明したい科学者じゃ俺はないから、別にそういうのはどうでもいいけどね。銃の構造を知らなくとも、マガジンを装填して、セーフティを解除して、引き金を引けば発射できる。狙いを定めて撃てば対象を破壊できる。勿論、構造を正しく理解していればもっと正確な射撃ができるのかもしれないけれど、護身用として持つ分においてそれは必要ないしね」

「まぁ、日本で銃を持っちゃいけないですけどね」

「さぁどうだろう。五年後には銃がないといけないような世界になっているのかもしれないよ」

「どうだか。そうじゃない世界を望みます」

「そうだね。誰だって平和な世界を望むモノだ。その為に人々は動くし、世界を変えようと企む。偉大で賢いモノであればある程、自分の命を賭してでもね」

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