そして。

 裕果が話し終えると同時に腕の端末がぶる、と小さく震えた。

 タイムリミットまで後十分だ。

「さて、もういいだろう? 私は世界を修正する。私のことなんて忘れて、正しい平和な世界で、生きていて欲しい」

 くくっ、と自嘲するように裕果は笑った。

 ああ、そうか、俺の笑い方は裕果の笑い方なのだ。それが伝染っていた。

 こんなところにも裕果の影響が残っているのだ。そして、それを失うなんてことはあってはならないことだ。

「そういえば、このタイムマシンを使う上で、俺は一つだけ愛果に忠告を受けていたんだ。たった今、それを思い出した」

 これはたった一つの冴えたやり方、というやつだろう。しかも犠牲になるのは俺だけ。いや、それによって裕果の人生を犠牲にするのかもしれないが、それでもこれなら全てが解決する。

「タイムマシンの注意事項? ふむ、『コア』を暴走させない、くらいしか思いつかないけれど」

「ああ。そうだ、丁度いいや、聞きたかったんだ」

 そう言って、懐中時計から『コア』を取り出す。愛果が『コア』を入れるところをじっくりと見ていて本当に良かったと真剣に思う。

 もしも、もしも俺の想定する通りだとすれば――。

「っ。大輔、危ないからやめたまえ」

「この『コア』ってさ、結局はどういうものなんだ?」

「…………」

「そんなに怒るなよ。ただの知的好奇心だよ。それが聞きたいだけなんだ」

「……はぁ。全く。――時間っていうのは流れていくモノじゃなくて、一枚一枚の絵が続いているだけ。だから時間を超えるっていうのはその絵に自分という絵を上塗りするだけ。意外と簡単なんだ。だけど、次の絵にも、その次の絵にも連続で上書きをしないといけない。そうじゃないと飛んだ瞬間に次の絵との間に挟まって、ぐちゃり、だ。結果、その一枚一枚の絵において自分という存在を独立させなければならない。だから、次元がズレている『コア』を己に同期させて、空間そのものに穴を開ける。穴が空いているなら、挟まれることなく、潰されることなく、その穴を埋めるという形で自分を今という時間軸以外の場所に成立させ続けることができる」

 くくっ、と笑う。

「なぁ、この『コア』を作るのって、大変だったか?」

「ああ、本当に大変だったよ。なにせこの世界とは違う次元そのものに干渉しなくちゃ、ならない。失敗すれば辺り数十キロが消し飛ぶが、異空間に呑まれる。そういうものを作ったんだ」

「そっか。じゃあ、その異なる次元に在るっていう部分を、この世界の次元に合わせて戻せ、って言ったら、どれくらいの時間が掛かる?」

「さぁ、そうなると全く違う技術を作る必要がある。それも最大限にややこしい、数十年は掛かるくらいの……――っ、まさか、大輔ッ!!」

 裕果が俺のしようとしていることに気付く。咄嗟に裕果はこちらに飛び出すが、遅い。『コア』を口の中に放り込み、そして飲み込む。

 『コア』は違う次元に足を突っ込んでいる。そんなものを飲み込めば、どうなるか。恐らく、俺自身もその異なる次元に片足を突っ込むことになるのだろう。

「ッ、君は本当に『愚か者』だ!! 言っただろう、それが暴走すれば辺り一帯が異空間に飲み込まれるかもしれないんだとッ!!」

「じゃあ、どうすればいい? 知ってるだろう? お前は、これを制御することができたんだからさ」

「ああ、くそっ、意志を強く持て!! 君の中で、絶対に変わらない想いを強く持つんだ!! それで安定化するッ!! 一つ上の次元は物質ではなく意志だけの世界だ。だから君が己を正しく知覚できる『核』があれば、安定化する!!」

「くくっ、なんだ、そんなことかよ」

 すぅ、と息を吸い込み、そして叫ぶ。

「俺は水原裕果が好きだッ!! どうしようもないくらいに、俺はお前のことが大好きだ!!」

 叫ぶ。六年間の想いを。いや、もっと、もっと前から抱いていた感情を。

 『天才』である彼女が、何をしたって敵わなくて、何をしたって最高の結果を叩き出す、そんな彼女が。異常で、最高な裕果のことが、俺は好きだ。

 そうでなければ、六年間全てを投げ売って今、ここに来る訳がない。好きだから、愛しているから、俺はここに居るのだ。

「……ッ!!」

 困惑。そんな表情を裕果は見せる。初めて裕果のその感情を見た。

 そんな表情もまた愛しいと思えた。

 体に、思考に、強い違和感を覚える。ここに在るのに、ここにない。そういう違和感であり、ズレだ。だが、これ以上ズレる心配はなさそうだ。

 当たり前と言えば当たり前だ。俺のこの想いが揺らぐことなど絶対にないのだから。

 端末が震える。後三分。

「どうしてもお前が新しいモノを作るっていうなら、俺を違う次元から元に戻す方法を作ってくれ」

「くくっ、君は、……はぁ、ああ、もう。バカバカしい。こんな、こんなことで私が説得できると思っているのかい?」

「うるせぇ。文句は俺を治してから好きなだけ聞いてやる。――お前の作った訳分かんねぇモノのせいでこうなったんだ。世界を修正するよりも前に、一人の人間をまず直してくれよ。俺を治す為に、生きてくれ」

 いや、違う。もっと、もっと単純にこう言うべきなのだろう。

「俺の為に生きてくれ」

「……全く、君は本当に、本当に――『愚か者』だね」

 力なく今にも泣きそうな顔で裕果は笑う。

 同時に視界が眩む。時間が戻る。過去から現在に強制的に戻される。


 視界が治る。目の前には愛果がいた。

 そしてその隣には、ちゃんと裕果がいた。

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『愚か者』は時を越えて 不皿雨鮮 @cup_in_rain

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