勝ち逃げなんて、許さない。

 ――私、水原愛果には姉がいる。

 世界からその存在を否定されているけれど、顔も声も思い出せなくなって来ているがそれでも私には姉がいる。

 いた、と過去形にしないのは、過去にしてしまえばそれで整理がついてしまうからだ。心の整理がつき、精神的に決着がついてしまえばそれは忘れる準備が整ったことを意味する。

 そして準備が整った瞬間に、きっと世界は容赦なく私の記憶から姉さんを、水原裕果を消すだろう。

 だから私は抗う。世界に、そして何らかの意図を持って消えたであろう姉さんに。

 恐らく姉さんは、姉さんの意思で消えた。世界そのものから自らを消し去ってみせた。全ての功績を、名声を、成果を私に押し付けて。

 だからこそ、私は姉さんが消えた世界を認めない。姉さんの作り出した世界で生きてなんてやらない。姉さんに負けない。姉さんの思い通りには絶対にさせない。

 でもきっと、私だけでは姉さんに打ち勝つことはできない。『天才』と『秀才』の格差が変わることは無い。姉さんの企みを私はきっと妨害することはできない。でも。

 でも、彼なら――『天才』でも『秀才』でもない、そしてそこに比較するならば通常出てくるであろう『凡才』でもない、『愚か者』という軸の違う総評をされた大輔なら。

 『天才』の成し遂げてしまった成功を大輔ならきっと台無しにしてくれる。この世界に再び姉さんを引きずり出してくれる。半ば確信に近い期待をもって、私は大輔の助けをしている。

 昔。小さい頃、『天才』水原裕果が大輔を『愚か者』と称する理由が私は分からなかった。だけど姉さんがいなくなってからの六年、彼とともに居続けてようやく分かった。確かに彼は随分な『愚か者』だ。但し、それは愚劣という意味ではなくて愚直であるという意味だ。

 その愚直さはある意味で姉さんを超えている。薄れゆく記憶の中でも、時折大輔は姉さんの想定に無い行動をして驚かせることがあった。

 第一に私と姉さんと共に居たということが、そもそもとして想定外なのだ。

 小学生が世界を変える発明をした。それを凄いと手放しに言えるのは、遠い遠い世界の話と思っている人間だけ。

 すぐ側にいる人間からすれば、例えば私と姉さんの両親からすれば、私達はとても単純に気持ち悪かったらしい。

 不気味で、近付きたくなくて、見たくもなくて、認識さえもしたくなくて、だから両親は私達から逃げた。逃げて、私達だけが住む『家』を用意した。私達の才能を自在に発揮できるように、なんていう大義名分を用意して自分の立場を悪くすることなく逃げた。

 小学校の同級生達はもっと分かりやすかった。私達を見て本能的に違和感を覚えたのだろう。見ただけで泣き出し、その後は明らかに腫れ物に触るよう扱われた。

 たった一人、萩之大輔だけを除いて。

 物心ついた時から大輔は側にいた。大輔の両親は普通の人間で、私達から大輔を離そうとしていたが、それでも大輔は私達と関って来た。対抗心が憧れに変わっていく様を私は見せつけられた。そこから純粋な友人に、そして親友になり、今、運命共同体になっている。

 そんな相手ができることを姉さんは予想していなかったはずだ。

 そんな大輔だからこそ、きっと何かをやらかしてくれると期待できる。姉さんが望んだであろう現在をぐちゃぐちゃ変えてくれる。

 だから私は大輔を利用する。姉さんに一泡吹かせてやる為に。

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