第10話 疑惑

ジャンボと自宅前に行くと、光雄が片づけをしていた。

「おう、光、おかえり!」

「ただいま」

「おいおいおい。また、野良猫じゃねえか!最近ここいらを、うろつきやがってよ!」

光雄は拳を突き上げた。ジャンボは、毛を逆立てて、唸り声をあげた。

(ジャンボ、2階の窓を開けとくから、そこから来てね)

ジャンボは、喉をゴロゴロと鳴らした。

 階段を登りきる前から、鈴子の笑い声が聞こえてきた。ドアを開けると、鈴子が、ミーと遊んでいた。

(ひかりさん、おかえりなさい)

(光!鈴子を守ったぜ)

ミーの喉を撫でてやる。ゴロゴロと、喉を鳴らす。鈴子を、ずっとこの部屋に閉じ込めているのを不憫に思った。窓から、ジャンボが入ってくる。フワフワのグレーの毛を、鈴子は触った。実際には、すり抜けているのだが、ジャンボは鈴子の周りをクルクルと回る。

(かわいい)

鈴子は、喜んでいた。


夜になり、布団に横になっていると、突然声がした。

『失礼する!』

ドアの向こうから、声が聞こえてきた。人ではない事は分かった。

『正之助に頼まれて、鈴子殿をお守りに来た』

それは、心強いと、光は思った。ミーや、ジャンボの手に負えない事態が起きたらとも、考えていたからだった。

(どうぞ)

この部屋の四隅には、正之助に書いてもらったお札が貼ってある。悪霊ならば、入ってこれない。姿を見てもっと驚いた。鏡の前に立ったその人物は、ほつれた着物を纏った、小柄で、白髪頭の初老の男が立っていた。年齢は光雄よりもかなり上に見えた。何より、その頭に矢が突き刺さっていた。

 名を権三(ごんぞう)と言い、何と、お里と夫婦だという。お里(レンドリッヒ)をようやく見つけ出し、話し掛け続けるも、気付いてもらえず。暫くして、レンドリッヒ達と行動を共にするようになった、正之助を見つけた。正之助に話をして、そこで、鈴子の護衛をお願いされたと、いう。お里には、まだ、会えていない。光は、明日、レンドリッヒ(お里)の家で集まる事になっているので、権三と鈴子にも一緒に行こうと、誘った。権三は、涙を拭って喜び、鈴子は久し振りの外出を喜んだ。

 

 隼人は、眠れないでいた。クラス委員になった事よりも、羽生の机の引き出しで見た、あれについてだった。1回目は、挟まってバタバタしていたから、見間違いかと思った。だが、2回目は、しっかりと見た。やはり、間違いない。でも、何故?!やはり、自分達の敵なんだろうか?あれは、羽生の物?!それとも、盗んだのか?!いや、先生はそんな事はしない、、、。そんな事を考えているうちに、隼人はいつの間にか眠りについはやしはやし立てていた。いた。


 翌日、レンドリッヒから貰った地図を頼りに、各々が集まってきた。レンドリッヒの自宅前、現地集合だった。隼人が1番乗りだった。レンドリッヒの家は大号邸で、家の周りを背丈を超える青々とした生け垣が、ぐるりと囲んでいる。その生け垣は、何処までも続いており、端が見えない。門構えも立派で、黒光りの鉄格子と、独特の模様の門の上には、槍の先端の様なものが付いていた。

(あそこに刺さったら、命は無いな)

隼人は、そんな事を思いながら、門の隙間から中を見る。門から豪邸までは、四角い石畳が続き、地面は短く刈りとられていた。地面には、どこまでも芝が続く。かなりの広さの庭である。所々に木々が植わっている。木々は丸裸で、寒々しくも見えた。豪邸は洋画で観たことのある、城の様である。外壁は白く、蔦が屋根まで這っている。窓が沢山あり、閉じられている。カーテンがあり、窓からは中が見えない。屋根は薄い緑色だった。

 レンドリッヒの両親は、旅行に行っているらしくて、不在だ。隼人は、1週間近く子供を残してとも考えたが、レンドリッヒは悠々自適に過ごせると喜んでいた。毎日母親の妹が、世話しに来るらしい。

「光達は、まだだね」

楓に突然話し掛けられ、隼人は門から顔を離した。楓の方へ向き直る。

「え?」

隼人が、話した。到着していた楓の存在に、気付かなかった。楓は、話題を変える。 

「隼人は、かなり前に着いたの?」

隼人は、楓に向き直り、質問に答えた。 「そうだな。1番乗りだ!」

隼人は、右手を前に伸ばして人差し指を立、1を作った。

 隼人と楓は、親同士が仲が良く、幼い頃から一緒に遊んでいた。仲が良過ぎて、兄弟に近い関係だった。幼少期に比べると、頻繁に会うことは減っていたのだが、最近、例の一件から、頻繁に会うようになっている。隼人の母親も、楓の両親と同様に、楓といつ付き合うんだと、はやし立てていた。楓と同様、隼人も友達としか考えていなかった。近過ぎて、お互いに異性として見る事が出来なかった。

「そうなんだね。レンの家、大きくて、綺麗だね。お城みたい」

楓は、離れた距離ではあったが、門の隙間から見える、美しい庭、家にみとれていた。楓は、右隣に向き、何かを話していた。何も見えないが、侍が付いてきているのであろうと、隼人は考えていた。侍の年はいくつくらいだろうか?と、隼人は考えていた。

「私達が最後か。待たせたね」

光が到着する。奥村も一緒だ。これで全員揃った。大きな門の横のチャイムを、鳴らす。レンドリッヒの声がした。門がゆっくりと開く。自動で開く様だった。門が開き終わると、隼人を先頭に、楓と正之助、光と鈴子と権三。最後尾に、奥村の順で入った。鈴子は、余程外出が嬉しかったのか、権三と手を繋ぎ、手鞠唄を歌っている。端から見たら、おじいさんと孫の様だった。

 数歩進んだその時だった。また、黒色の煙が隼人達の前に現れた。今度は、黒色の煙は、2つだ。煙は、人の形になった。共に、着物を着た女性だ。

「下がって!」

楓が叫ぶ。隼人は、驚いて腰を抜かし、持っていた鞄を地面に落としてしまった。蛙の様の格好ではいながら、横に反れる。正之助は、楓に自分の後方にと、声を掛けた。楓は急いで、正之助の背後にまわる。光は、権三に話し掛けた。

(権三さん!鈴子ちゃんを守って下さい!)

権三は答える。

『儂に任せろ!』

そして、屋内にいるレンドリッヒにも話し掛けた。

(今、外に出ないで!悪霊がいる!)

(まじか?!ラジャー!)

奥村は、失神して倒れたが、今は誰も構っている暇はない。2人の女性は、鋭い目つきで正之助を睨んだ。

『お主、霊であるのに、人間の味方か?正気か?』

『私は、正之助と申す。元は、人です。命ある者を守るのが、私の指名。名を名乗れ』

2人の悪霊は、声を上げて笑う。1人は、腹を抱えている。

『バカだねあんた。人を守るって、そのあんたの命を奪ったのは人だろう。それを守ってどうすんだい?!憎くないのかえ?!あたいは、お菊。こっちの子はお凛だよ』

お凛と言われた女は、腹を抱えていた手をどけた。そして、腰を抜かしてはいながら逃げていた、隼人の方へ、一直線に向かう。隼人の右足首を掴んで、引っ張る。

「ひゃー!!」

隼人は、思わず叫んだ。蛙姿のまま、ひきずられ続ける。正之助は、走り込みながら刀を引き抜き、隼人の足を掴んでいる手をめがけて振り下ろす。

『ギャー!!』

お凛の叫び声と共に、両腕が切り離された。切り落としたお凛の両腕は、まだ隼人の右足首を掴んでいる。直ぐに、その両腕は干からびて、消えた。目の前の正之助が視界から消えて、楓とお菊は、向かい合うかたちになる。

『あらあ、お嬢ちゃん。そんなに怯えなくていいのよ。あたいが元蔵の様に、お嬢ちゃんに取り憑いてあげようか?』

そう言うや否や、お菊は楓に迫る。正之助は走り込む。上から下へ一気に刀を振り切る。楓の目の前で、お菊の体は、縦に真っ二つになった。お菊は、悲鳴を上げると間もなく、消え去った。

 光は頬を叩いて、奥村を起こす。奥村が目覚めると、胸ぐらを掴み、叫ぶ。

「隼人を連れて、家に入れ!走れ!」

「はいっ!」

奥村は、足をもつらせながら隼人の所へと走り、隼人を引っ張り起こす。2人で手を繋いで転びなからも走り、壁から家の中に避難する。

『楓殿』

正之助は、楓に声を掛ける。楓は怖さで、震えながら何とか言葉にした。

「正之助さん、ありがとう。私は、、、大丈夫」

『いやー!』

鈴子の悲鳴だった。庄之助と楓が見ると、権三の前に、両腕の無いお凛が立ちはだかっていた。光には、悪霊が見えないので、鈴子の悲鳴だけが聞こえる。

(鈴子ちゃん、大丈夫?!)

権三は、叫ぶ。

『この化け物が!!さっさと成仏せいっ!』

権三は、お凛と対峙した。胸を張り、大きく見せる。武器は何も無い。お凛が襲いかかる。権三は、左の拳をお見舞いするが、空振りで、よろける。お凛が体ごとぶつかってきて、権三と鈴子は、後ろに倒れた。

(くそっ!姿が見えないから、何も出来ない!どこにいるんだ?!)

光は、周囲を見回す。

『鈴子ちゃん、大丈夫かぃ?!』

『はい』

権三は、倒れた鈴子に手を差し伸べた。鈴子も手を伸ばす。後ろから、お凛が再度襲いかかろうとした。その胴が上下に別れる。腰から下は残り、上半身がずれて、地面に落ちる。

『ギャー!』

お凛の叫び声が響き渡る。お凛は、跡形も無く、消え去った。権三が振り返ると、刀を持った正之助が立っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初雪の降る日まで 森川 湖 @machinaka0815-hikari0511

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ