第8話 米粒

 光の声が聞こえた。焦る気持ちを抑えて、周囲を見回す。すると、左端の席の上から2段目の引き出しが、光っていた。

(机の中が光ってる、、、)

(何か見える?)

光の声に、隼人は気持ちを集中させた。すると、机の中にある物が、見えた。

(何でここに、、、?)

走ってきた光が、隼人を引っ張り出した。奥村も出てくる。三人は、職員室の壁を背にして、床に座っていた。その時だった。

「お前ら、そこで何をしている」

突然声がした。三人の傍らに、羽生 章吾が立っていた。


 羽生の追及を受ける前に、光が説明した。自分は具合が悪く、保健室で休んでいた事。隼人と奥村も具合が悪く、保健室に向かおうとしたら、隼人が嘔吐しそうになり、介抱していた事。隼人も、心臓が飛び出そうになりながら、嘔吐しそうな演技をした。大根役者のその演技に、奥村はもう逃げられない!と、考えていた。だが、羽生は光の話を聞き、大根役者の隼人の演技に目を向けると、納得したのか、

「お大事に」

と、言葉を掛けて、職員室に入っていった。隼人と、奥村は力が抜けて、その場にへたり込んだ。

 光が教室に戻ると、楓が心配そうなそうな視線を向けてきた。光は、無言で頷いた。昼食は、班で机を寄せ合って食べるので、話す事が出来ない。力を使って伝える事も出来たが、情報整理もしたかったので、明日、レンドリッヒの家に集まる事になった。


 一方の隼人は、羽生が担任なので、気がきでなかった。生憎、教室に戻ってからは羽生の授業は無く、羽生に会わなければならないのは、帰りのホームルームだけだった。羽生の様子は、いつもと変わらなかった。隼人は、職員室の一件から動揺しており、羽生に顔を向ける事が出来なかった。

「夏川、、、。夏川!」

自分の名前が呼ばれて、隼人は思わず立ち上がる。その反動で、椅子が後ろに倒れた。クスクスと、笑い声が起きる。

「隼人、寝てんじゃねーよ」

クラスメイトのからかい。

「ちげーよ」

隼人は、ぶっきらぼうに答える。倒れた椅子を戻して、座り直す。羽生は、続ける。

「今度のクラス委員だが、夏川、お前がやってみろ」

「えー?!」

クラス中から、悲鳴に似た叫び声が聞こえてきた。クラス委員は、成績上位の者がやるという、暗黙の了解が出来ていたのだ。隼人の成績は、一桁が常連だった。

「いや、先生、俺は赤点、、、」

「だからだ。お前の成績では、今後一切やることはない。だから今、俺のクラスで経験させてやる」

また、クスクスと、笑い声が起きる。上から目線の物言いに、通常ならば腹が立つが、職員室の一件から心ここにあらず。むしろ、羽生と距離を取りたかったのに、これじゃまるで、意図と反する、飛んで火にいる夏の虫だ。羽生は続けた。

「レンドリッヒ!」

クラスメイトに紛れて一緒に笑っていたレンドリッヒは、自分の名前を呼ばれて、返事をする。

「はい!」

「お前は成績が優秀だな。隼人と一緒にクラス委員をやり、隼人をフォローしろ」

「はい!」

隼人は、レンドリッヒを見ると、ニヤリと笑った。隼人は、別の事を考えていた。

(俺が赤点で、レンが成績優秀、、、。それで2人で、クラス委員?!たまたまだよな。まさか、羽生が力の持ち主?!俺らの力に気付いて監視する目的じゃないよな、、、?)

「早速、今日から仕事がある。放課後、職員室に来るように」

「はい!」

「、、、はい」

元気ある、レンドリッヒと違い、意気消沈の隼人でだった。


 放課後、職員室前に着き、ふと、隼人は気づいた。先程の一件があり、結界で職員室に入れない事に。ドア横の靴箱前に、レンドリッヒを引っ張り、話し掛けた。

「やばいな」

「何だよ」

「俺ら、職員室入れない、、、」

「何でだよ。、、、あ!」

レンドリッヒは気付いて、大きな声を出す。隼人は、口元を抑えた。

「俺らだけじゃ無理だろ、、、」

「仲がいいなあ」

急に声がしたので、びっくりして見ると、笑顔の刃向が立っていた。レンドリッヒは、一瞬にして満面の笑みを浮かべた。

「刃向先生、こんにちは!クラス委員をやることになりまして、打ち合わせをしておりました」

「そうか、頑張れよ!」

刃向が笑顔で、ガッツポーズをした。

「刃向先生、ありがとうございます!」

レンドリッヒは、満面の笑みで答え、隼人は、引きつった笑顔で答えた。そこに、光と、奥村がやってきた。2人は刃向のクラスの、クラス委員だった。事の成り行きを光に話すと、こんな提案があった。

「私とレンドリッヒは、廊下に残って、奥村と隼人とが入ればいい」

もう、やるしかない。意を決した隼人と奥村は、手を繋いだ。奥村がノックし、ドアを開ける。挨拶をして中に入る。隼人も繋いだ手が引っ張られて、その手から中に入る。

(大丈夫だ!)

そして前に出した片足。体、顔、もう片足。全て、体が入った。心の中で、ガッツポーズする隼人。奥村も振り返り、笑顔だ。廊下で見守っていた、光とレンドリッヒは、ハイタッチした。

 職員室に入って目の前は、教頭の机、入って直ぐ右が、羽生の机。羽生の向かいが、刃向の机。幸いにも、入って直ぐで、事足りる。職員室には、ちらほら教員が座って話しをしていた。羽生も、刃向も机に向かっていたが、2人の存在に気付く。羽生は、2人を上から下まで見る。

「お前ら、仲が良いのは分かるが、、、場をわきまえろ」

2人が繋いでいる、手元を見ている。冷や汗で、手元がべとつく。離したいが、離せない、、、。刃向が、苦笑しながら、

「まぁまぁまぁ、羽生先生。女同士、男同士、男女、仲が良いのは、いいことじゃないですか?!自分は、微笑ましいと、思いますよ!な!2人共!」

2人に向けて、笑顔でフォローしていた。

(刃向先生、そうなんです。今すぐ手を離したいんです。手を繋ぎたくないんです。だけど俺、吹っ飛ぶ可能性高いので、、)

そして、隼人は、羽生の机を再度、透視した。やはり、『あれ』がある。それぞれ、用件を伺い、仕事の流れを確認し、職員室を出た。

歩き出し、職員室から離れると、隼人と奥村は、肩を撫で下ろす。

「心臓が止まるかと思ったー」

「本当ですね。でも、成功して良かったです」

ズボンで汗ばんだ手を拭きながら、隼人も奥村も話していた。

(これから、委員会の度に、奥村と手を繋ぐのか?!俺?!)

隼人はふと考えて、1人青ざめていた。


 楓は霊が見えるようになってから、霊にも色々いるのだと、知った。正之助や鈴子みたいな霊もいれば、お初の様な悪霊、生きているのに取り憑く生き霊。悪霊と、生き霊には、お札が有効という事も。正之助の様に、侍の霊もいたし、鈴子の様な戦時中に亡くなったであろう、霊もいた。事故に遭ったのか、体の一部を破損している霊もいた。正之助に言われ、目を合わさない様にしていた。憑かれる可能性もあるらしい。

(皆、成仏出来れば良いけど、、、)

そして、生を受けている自分、今、生きている事に、改めて感謝していた。

帰宅途中にも、霊があちこちにいた。この世に未練があると、成仏出来ない。彼等は、どんな未練があるのだろうか。成仏出来ないと、延々とさ迷い続けるのだろうか?ふと、楓は考えた。

(正之助さんは、お里さんを探して会えた。でも、成仏していない。何でだろう?元蔵に会ったら、成仏するのだろうか?夢に見た様に、消えてしまうのだろうか?)

思わず正之助の方を見る。正之助は、不思議な顔をして楓を見た。

『どうかされましたか?』

楓は、首を左右に振って、笑顔を浮かべた。

「何でもないです」


 帰宅すると、玄関の前に誰かいた。小柄で、薄汚れた着物と履き物、頭皮は白髪だが薄い。小柄の初老の男が立っていた。何より、頭に矢が刺さっている。

(また、矢が刺さった霊が!)

楓と、正之助は、立ち止まった。

『突然、申し訳ない。儂は、権三(ごんぞう)と、申す。お里は、儂の妻じゃ』

楓も衝撃を受けたが、正之助も同じだった様で、驚いた顔をしていた。

『ずっとお里を探していたんじゃ。ようやくお主達と、共におったお里を見つけたが、肝心のお里が、儂に気付かん。なんてこった、、、。仕方がないので、こちらに伺った次第じゃ』

『そうだったのですね。権三殿が会いに来たと分かると、お里殿も喜ぶでしょう。私は、正之助』

「私は、楓と言います。訳あって、正之助さんと、一緒にいます」

権三は、豪快に笑った。

『ハッハッハー。そうかそうか。年頃の男女が一緒におるのかー。ハッハッハー。正之助も、生きておったらのぅ。惜しいことをしたのぅ』

権三は、正之助の脇腹を軽く叩いた。楓は、初対面でセクハラ発言の権三に、あまり良い印象を抱かなかった。正之助は理解出来ず、権三を見つめていた。

 楓は、正之助を両親に紹介した時を思い出し、また、大歓迎で話し込むのを避け、両親には黙っていた。楓の部屋で、小さな白い机を囲んで、3人で座って話した。机の上には、飲み物が入ったコップが1つ。正之助も、権三も飲食が出来ないので仕方がないが、楓は、少し申し訳ない気持ちでいた。コップを両手で包み、暖を取る。

『正之助殿は、覚えておらぬだろうが、一度お会いしておる』

正之助は、考えてみたが思い当たらない。

『申し訳ない。思い出せない』

権三は、豪快に笑う。

『ハッハッハー。正之助、お主にとって親切は、当たり前の事。じゃから、覚えておらんかのぅ』

正之助は、権三を見た。権三は、笑みを浮かべている。楓は、正之助を見つめ、権三に視線を移す。

『米を納めに、城下町まで行った時じゃ。まあ、沢山の侍達が集まっておった。儂は、米俵に穴が空いていると気付かず、歩いておった。儂が歩く度に米粒は、地面に落ちていたんじゃ。米粒の道が出来ていた。侍達は、気付かない儂を指差して笑っておった。そんな中、正之助殿だけが、声を掛けてくれての。一緒に米粒を拾ってくれたんじゃ』

権三は、両手の平を合わせ、掬う動作をした。正之助は、何となく思い出した。ハッとして、権三を見た。権三は、笑みを浮かべている。

『儂が礼を言うと、正之助殿はこう言った。礼を言うのは私の方だと。いつも美味しい米をありがとう。あなたのお陰で、美味しい米が食べられている。あなたが愛情を込めて、育ててくれたから、その米を食べれている。あなたに、米を食べさせて貰っている。だから、こうして毎日生きている。だから、米粒を拾うのは、当然の事だと』

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