第7話 失敗

お初は額に血管を浮き上がらせて、不吉な笑みを浮かべた。

『元蔵はねぇ。あたいだけを愛してるんだから。お菊も、お凛も、あんたと同じ事言ってたねぇ。だから、2人とも、殺してあげたから。お里、あんたも一思いに殺してやるね』

お初は、レンドリッヒめがけて両腕を前に、襲いかかってきた。それと同時に、正之助は踏み込み、刀を一気に振り下ろす。お初の両腕が、床に落ちた。

『ギャー』

お初の切り落とされた腕は、床でビチビチと動いている。姿は見えないが、床に腕が落ちた、「ボトン」という音は、光、隼人、奥村には聞こえていた。隼人と、奥村は縮みあがった。お初は、黒い煙に包まれると、『覚えておれ!』と、だけ言い残して消えていった。正之助は刀の血を拭い、鞘に戻した。床に落ちた両腕は、干からびると、跡形も無く、消え去った。


 楓と、レンドリッヒは、事の成り行きを説明した。鈴子も流石に怖かったのだろう、震えていた。

「お初は、お里さんを逆恨みしているみたいだね。また、襲ってくると思う」

「望むところだ!」

レンドリッヒ、拳を頭上に突き上げた。光の言葉に、レンドリッヒと、正之助以外は震え上がった。鈴子以上に、隼人と奥村は、震えあがり、顔面蒼白である。

『お札を書いて持ち歩いた方が良い。それから、各々の家の、部屋の四方に貼ろう』

『もちあるくのもあったほうがよいかと』

正之助と鈴子の提案で、お札を書く事になった。悪霊にのみ、効果を発揮するらしい。光は半紙と、墨汁を準備した。光が正之助の心を読み、半紙に記入した。そこで、意外な事が発覚した。光の字が、もの凄く汚かったのだ。

「汚ねーなー。これじゃ何て書いてあるか、分かんねーだろ。襲われちまう!」

レンドリッヒの事を、隼人がはたく。光は無言で半紙を丸めて、ゴミ箱に捨てた。光は、窓の外を眺めている。気まずい沈黙。

『楓殿、座って貰えませんか?』

沈黙を破ったのは、正之助だった。促されて、卓袱台の前に正座した。筆を持つよ

うに言われて、右手で筆を持つ。正之助は、楓の直ぐ後ろに立ち、筆を持った楓の手に、自分の手を乗せた。顔から火が出そうだった。その手は、楓の手を通り抜ける。もう一度。やはり、通り抜けてしまう。

『楓殿、今は私と気持ちを一つにしてください。必ず出来ます』

楓は頷き、正之助は再度挑戦する。楓は、深呼吸をした。

(出来る。正之助さんを、信じる!)

楓の手に、正之助の手が重なった。その筆を持った楓の手を、硯の墨汁に軽く浸し、丁寧にしごく。そして、半紙に移動させ、筆を走らせる。達筆で、筆を走らせている所作もとても美しかった。皆から、感嘆の声が漏れた。窓の外を見ていた光は、振り返った。書き終わると、正之助は楓から、そっと手を離した。

「ありがとう、正之助さん」

正之助は頷く。楓が説明した。レンドリッヒは、声をあげた。

「よくわかんねーけど、正之助?楓?が、書いたのか。やっぱり、字は心の鏡っていうからなー」

また、隼人が、レンドリッヒをはたく。レンドリッヒは、自分に向けられた、光の冷たい眼差しには気付いていなかった。


 各々、お札を持ち帰り、部屋の隅に貼り付けた。皆、家族に見つかると剝がされてしまうと思い、不在時に見えない所に貼った。例外なのは、正之助ウェルカムの、楓の両親の講子と、茂だった。2人は、正之助が書いたものだと分かると、まず写真を撮り、口を揃えて、「家宝だ」と言いはじめ、4枚を額縁に入れたがった。楓が四隅に貼らないと意味がないと、説得して、渋々貼ったのであった。

「じゃあ、正之助がさんの書いたサインが欲しいわね!それを、飾りましょう!」

勝手な事を言い出す、講子。茂も頷く。

「お母さんも、お父さんも、勝手な事を言い出さないでよ!」

『さいんを書けば良いのですね?約束します』

正之助が承諾したので、その事を伝えると、講子と茂は喜んだ。ふと、楓は思った。

(ただ書く時、またあの恥ずかしい状態になるのか、、、)

一人顔を赤らめる楓だった。


 皆が帰宅すると、光は、鈴子に呼びかけた。

(鈴子ちゃん、大丈夫?怖い思いさせちゃったね)

(いえ、、、おはつさんははじめてですが、まえにあくりょうにあったことがあります。そのときにもしょうのすけさんが、たすけてくれました)

鈴子は、窓の外から、商店街の奥を見ていた。鈴子の、不安な気持ちを読み取った。

(商店街の奥には、何かあるんだね?)

少し黙ってから、鈴子は言葉にした。

(なにかはわからないけど、とてもわるいもの。こわいものを、かんじる。しょうのすけさんが、ひかるさんのへやからでないほうがいいよって。あのおくにはいっちゃいけないよっていってました)

(そうだね。私の部屋には、お札もあるし。正之助さんがそう言ってるのならば、鈴子ちゃんはここにいた方がいいね。でも、1人だと不安だな、、、)

光が考えていると、下から光雄の叫ぶ声が聞こえてきた。

「また、お前かー!この泥棒猫ー!」

階段を「トントントン」と登ってくる音が聞こえた。ドアの前でその音は止まり「にゃあ(開けてー)」と、一声。光がドアを開けると、野良猫のミーがいた。

「ミー、またお前は、魚を盗んだのか。家の魚は美味しいでしょう」

(最高!光、ありがとう!)

ミーは、魚を加えたまま、ゴロゴロと喉を鳴らして、光に撫でて貰った。

(かわいい)

鈴子は、思わず呟く。光は、ふと思いつき、ミーに話しかけた。

(ミー、この子は鈴子ちゃんていうの。私がいない間、鈴子ちゃんを守ってくれる?)

(お安い御用だ!俺は、強いんだから。皆にも伝えておくね)

ミーは、そう言ってから、魚を加えて、窓から外にジャンプした。

 

 翌日、またいつもの場所で待ち合わせしていると、メンバーに奥村も加わっていた。中学校の正門前には、隼人のクラスの担任の、羽生 章吾(はにゅう しょうご)が、立っていた。理科の担当。年は50過ぎで、白髪が混じり始めている。身長は、177cmくらいだろうか。ダンディと、一部の女子の間では、人気があったが、その一方で陰では能面というあだ名も付けられていた。皆で、元気よく挨拶する。羽生も挨拶するが、

「挨拶は、人の目を見て。歩く時は、一列に」

と、最後に付け加えた。光以外の皆は、苦笑しながら、通り過ぎた。羽生が見えなくなると、レンドリッヒは、言った。

「あいつ、いつも余計な一言が多いんだよなー」

皆で、レンドリッヒを見て、心の中突っ込んでいた。

(お前が言うな!)


 靴箱の直ぐ隣が、職員室だった。朝は会議があるし、狙うとしたら、教師達不在の授業中しかない。けど、数人は中にいるはずだ。光は、仮病をつかい、職員室と同じ階の保健室に待機した。保健室には生徒はおらず、養護教員の塚原 京子(つかはら きょうこ)が、椅子に深く腰掛けていた。緩くカールした髪を、シュシュで後ろにまとめている。いつもにこにこしており、表情と、話し方からも、優しさが伝わってくる。

「あらあら、どうしたの?」

光に、笑顔で優しく話し掛けた。光は、表情を変えずに答えた。

「腹痛で。ベッドに横になっても良いですか?少し休めば、良くなるかと」

光は、保健室に来たのが初めてだった。塚原に促されるまま、検温し、体温と名前、クラス名を記入された。塚原は、横になる光に布団を掛けながら、声を掛けた。

「気分が悪い時は、声を掛けてね」

塚原がベッドを離れて、椅子に腰掛けた音を確認すると、隼人と、奥村に呼びかけた。

(こちらは、保健室にスタンバイOK。そちらは、どう?)

(お互い、保健室に行くと伝えて出てきてます)

(だな)

隼人と、奥村は、靴箱の影に隠れて、職員室の様子を伺う。光が質問する。

(隼人、外から職員室中を透視出来ないか?)

隼人は試みるも、白い霧のような状態で、中が見えない。その旨を伝えた。

(やっぱりだめか、タイミングを見計らって入ってみて)

隼人と、奥村は、かがんで職員室前のドアを通過した。職員室のドアを入ると少し離れた所に、教頭先生の机がある。教師同士の机は向き合って配置されている。廊下側に、椅子が背を向けて並ぶかたちとなる。なので、教師の背後から、侵入を試みる事になった。背後からだと、万が一廊下側の席に誰かが座っていても、直ぐに顔を引っ込めれば問題ない。奥村は、深呼吸した。

 

 傍から見ると、光と奥村は上下関係が出来ている様に、見えた。自業自得と言えばそれまでだったが、タイミングが悪かった。教育熱心な両親の下で、成績が悪いと、烈火の如く、𠮟責された。自分の為とはいえ、息苦しさを感じていた。そんな中、いつも飄々としていて、満点を取る光に嫉妬していた。ある日、試験勉強に行き詰まり、職員室に侵入して、試験問題を見てしまった。廊下側の左端の、羽生の机に置いてあったプリントだった。職員室の壁から出てきた奥村は、職員室の壁を背に、腕を組んでいる、光に驚いた。光は、一言、「正々堂々と勝負したい」と、言って。その場を、去っていった。今思えば、欲に負けた心を読まれていたのだろう。その、光の言葉が奥村の胸に突き刺さり、初めて理科の答案用紙を白紙で提出した。勿論、両親からの𠮟責は、もの凄かったが、胸につかえていた靄が無くなり、爽快感さえもあった。奥村が力を不正に使おうとしたのは、その時だけだった。光に頭を下げて、謝罪した。光は、笑顔で答えた。「誰だって、道を誤りそうになる時はある」奥村は、光の優しい言葉に、涙した。それから、猛勉強した。光には叶わないが、いつも背中を追いかけて行きたいと、思っている。そして、奥村自身、この関係を気に入ってもいた。


 奥村は、深呼吸をして、しゃがんだ。少し頭を入れて、周囲を確認した。

(手前側の席には、誰も座っていないみたいです)

頭を一旦引っ込めて、隼人に手を差し伸べる。隼人は、奥村の手を握った。奥村が先に中に入る、続いて隼人も入る。ところが、不足の事態が起こった。隼人が頭を入れたら、そこで引っ掛かり、前にも後ろにも動けなくなっていた。隼人は、心の中で叫んだ。

(噓だろー!!)

(隼人、落ち着いて。今、救出に行くから。何か、見えない?)

 


 

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