第6話 作戦

 夢を見ていた。目の前に広がる、金色に輝く麦畑。風が吹き、金色の波を打つ。サワサワと、音を立てる。とても美しい。楓はその真ん中に立って、誰かを待っている。薄水色のワンピースが風に吹かれて、ふわりと広がる。まるで、金色の海に浮かぶ、海月の様だ。

向こうから元気よく、女の子が走ってくる。顔は、逆光になり見えないが、満面の笑みを浮かべている。女の子は、楓の胸に飛び込み楓の手を引くと、走り出した。引っ張られるかたちで、楓も走る。その先には、青年が立っている。着物を纏い、腰脇に刀、凛とした佇まいである。その青年が片手を楓に差し出す。楓はその手に、自分の手を乗せる。青年は、微笑む。近づくと、顔が見えた。正之助だ。思わず、胸元を見る。矢は、刺さっていない。そっと、その胸に手を当てる。その手を正之助が、上から包み込む。

『おかーさーん!!』

女の子は、走り出し、母親の胸に飛び込む。

思わず、楓と正之助は、手を離す。母親は、女の子を抱き締める。すると、空から柔らかい光が2人を照らす。女の子は、嬉しそうに楓と正之助に手を振る。

『さよなら!!』

2人は光に包まれて、跡形も無くなった。

『楓殿、感謝している』

正之助が、笑顔で話した。見ると、空から柔らかい光が、正之助に降り注いでいた。

(行かないで!)

声にしたいのに、声が出ない。正之助は、光に包まれて跡形も無くなった。膝から崩れ落ちる、楓。

 楓は、目を覚ますと、自分の頬が濡れているのに気付いた。


 光は、皆と商店街のアーケード下で待ち合わせをしていた。

「お待たせー!」

楓、隼人、レンドリッヒ、奥村は、光を見つけて、手を振る。年季の入ったアーケードを見上げて、レンドリッヒは思わず、

「しっかし、すげーボロいな」

と、口にした。最後の言葉が言い終わるか終わらないかの所で、慌てて隼人が口を塞ぐ。

皆で光の自宅に向かって歩いていると、ほぼ、商店街のシャッターは締まっており、何か物悲しく感じた。アーケードを入って直ぐ手前の右側がヨネおばあさんの駄菓子屋、その隣が和菓子屋。手前右から4つ目が、光の父親、光雄の魚屋だ。一番奥の左端が、布団屋になる。珍しく、ヨネおばあさんの駄菓子屋が締まっていた。光は、自宅前に着くと、皆に話した。

「狭いし、古くて、申し訳ない」

「本当にせ、、、」

レンドリッヒが言いかけたところで、隼人がその口元を押さえる。

「そんな事ないよ。嬉しいよ。光、ありがとう」

楓は笑顔で、光にお礼を伝えた。

「おう!光、おかえりっ!!」

光雄が、元気な声を掛けた。

「ただいま」

光が答えると、皆もお辞儀して、挨拶した。

「可愛らしい友達じゃねぇか!おう!男もいんのか、光のこれかい!」

光雄は、小指を立ててみせた。歯を見せてウィンクしている。光は、冷たい視線を送り、2階に上がった。隼人は苦笑し、奥村は硬直している。皆も光に続き、それに続いた。

 正之助は、光の自宅前に立ち、商店街の奥をじっと見つめていた。鈴子に呼ばれ、一緒に2階へ行く。階段を上りながら、鈴子が話す。

『しょうのすけさんも、きづきましたか?あっちのおく、すごく、いやなかんじがします。こわいです』

『鈴子殿は、光殿の部屋からは出ない方が良い。絶対、あの奥に、行ってはならない』

正之助の真剣な眼差しに、鈴子は頷いた。

 

 光の部屋で、皆で卓袱台を囲む形で座った。部屋には、姿鏡が置いてある。そこには、正之助と、鈴子が写っていた。光と楓以外は、驚いた。光は卓袱台に紙を置き、話ながら記入した。

「まず、職員室に誰か力の持ち主がいると、考えている。そこに、どう入るかだけど、隼人と、奥村!」

隼人は名指しされ、驚いて自分を指差す。奥村は、名前を呼ばれ、体をびくっとさせる。

「奥村は、職員室の結界を通れた。先日、楓の家で皆で手を繋いだら、楓と同じ様に、幽霊となった鈴子ちゃんと、正之助さんが見えた。だから、奥村と手を繋いだら、隼人も通れるかもしれない。中に入ったら、隼人が透視して、何か怪しい人物がいないか、もしくは、怪しい物がないか、確認してほしい」

壁を通り抜ける奥村と、透視の隼人の組み合わせ。皆は、思わず感嘆の声をあげた。光は、まず試してみようと言い、奥村に、閉じたドアを通らせた。奥村は、スーっと、通り抜ける。光以外が、思わず拍手した。照れる奥村。今度は隼人と、手を繋ぐ。隼人は、ふとした疑問を口にした。

「もし、通れなかったら?俺は、、、どうなる?」

「挟まるかもしれないな。よし、やってみよう!」

隼人は、青ざめた。 

(挟まる?!なのに、やってみようって?!)奥村と隼人は、思った。ここに悪魔がいると、、、。

奥村と隼人は、手を繋ぎ、息を吸い込み、そして進んだ。奥村が通る、隼人も、、、通れた!

「やったー!」

思わず隼人が声を上げた。光以外が拍手する。光が話した。

「ここでは何もないが、職員室は結界もある。今と同じ様に、成功するかもしれないが、失敗するかもしれない。どうなるかは、分からない」

皆が黙り込んだ。奥村と隼人は、顔を見合わせる。

「奥村は、通れるの分かってるけど、俺、職員室に挟まる可能性あるよな?!」

「やる前から否定的に考えない方が良い。そうなったら、引っ張り出すから」

隼人は、引っ張り出されるのを想像していた。体が挟まっているのに、無理やり引っ張るって、それで抜け出せなかったら?頭と体が千切れた自分を想像する。拷問ではありませんか??光さん??

「次に、鈴子ちゃんのお母さんだね」

鈴子に代わり、光が詳しく説明した。楓とレンドリッヒ、隼人は、目に涙を浮かべていた。奥村は、ポロポロと涙を流している。鈴子も、うっすらと涙を浮かべ、目元を拭っていた。正之助は、鈴子の頭を撫でてあげた。沈黙を破ったのは、楓だった。

「探したいけど、名前が分からない、、、。鈴子ちゃん、お母さんの見た目とか、教えてくれるかな?」

鈴子は頷き、答えた。

『いつもにこにこしていて、おでこをだしてかみのけをおだんごにしています』

「そ、そうか、ありがとう」

楓は、そうは言ったものの、情報の少なさに頭を悩ませた。それは、この場にいる全員も同じだった。光が話し出す。

「鈴子ちゃんは、空襲警報で逃げていたと、話してくれた。だから、鈴子ちゃんは戦時中に命を落としたんだね」

鈴子は頷いた。

『おかあさんにおさいほうをおしえてもらって、おまもりをつくってわたしました』

鈴子の話だと、白色の着物の切れ端に、糸で『すずこ』と縫って渡したらしい。子供から貰った手作りの御守り。持ち歩いている可能性がある。一つの収穫だった。

「皆、食べよう」

光に促され、皆で駄菓子を摘まむ。奥村は光に促され、皆の麦茶をグラスに注ぐ。その時、光雄の声がした。

「うまいのが、あるぞー!」

階段をギシギシ音を立てながら、登ってくる音がした。

「入るぞー」

光雄は声を掛けて、ドアを開けた。それと同時に、鈴子と正之助は鏡から離れた。光雄の手には、皿に盛られた魚の骨で作ったチップスがあった。卓袱台にその皿を置くと、皆はお礼を伝えて、摘まみ始めた。光雄が、足早に階段を降りて行く音が聞こえた。噛み締めると、口の中に魚の香ばしさが広がる、皆は無言で食べて、あっという間に皿は空になった。光が話しだす。

「正之助さんだけど、楓の話しだと、元蔵さんにお願いされて、お里さんを探しているんだよね?!」

「えっ?!」

突然、レンドリッヒが声を上げた。

「お里は、あたしだけど、、、。前世?前前世?にお里だった。娘もいたし」

皆、驚きの声をあげた。正之助は思わず、レンドリッヒの、前に跪いた。楓は、レンドリッヒと手を繋ぐ。正之助は、言葉を振り絞る。

『ずっと、あなたを探しておりました。お里殿。元蔵殿から、あなたと娘に会いたいと、言付けを、、、』

そこまで言いかけると、レンドリッヒは遮って言った。

「あたしは、会いたくないね!あんな、最低男。何が娘だよ!あたしはね、元蔵とはね、結婚すらしてないんだからさ!あいつ、、、元蔵はしつこく言い寄ってきて、女癖の悪い口先ばかりの、大嘘つきで最低やろうだよ!」

その場の皆は、まさかの言葉に固まる。一番驚いていたのは、正之助だろう。黙って、レンドリッヒ(お里)を見つめている。

「あいつはね、あたしを手籠めにしたんだよ!あの、糞やろうがっ!あんたも、騙されたんだよ、正之助。死ぬ間際にも、嘘付きやがって!最低やろーが!」

正之助は、考えていた。すると、ドアの隙間から、黒い煙が入ってきた。楓と、レンドリッヒは、叫んだ、

「火事だ!!」

だが、皆は慌てる様子もなく、楓とレンドリッヒを見ている。光は、殺気を感じていた。

(鈴子ちゃん、私のうしろに隠れてて)

鈴子は、言われた通りにした。隼人にも、黒色の煙が見えていた。

(何だ、、、あれ?)

『皆、下がれ!』

正之助は、鞘に手をかけた。正之助の声に、ただならぬ事態を感じ取り、楓は、レンドリッヒと手を繋ぎながら、後ろに下がる。一番後ろに鈴子、その前に光。その横に隼人。隼人の後ろに隠れる様に奥村。正之助がドアの前、その後ろに手を繋いだ、楓とレンドリッヒが身を寄せ合っていた。その黒い煙は、ドアノブ下の隙間から入ると、人の形になり、目の前には芸者姿の女が立っていた。正之助は、刀を引き抜き、構えた。刀に電球の光が当たり、美しく光る。

『あらぁ、嫌だねえ。そんな物騒なもんは、しまってちょうだいな。』

『私は正之助。名を名乗れ』

『あたいは、お初だよ。元蔵の女だよ』

お初の口からまさかの元蔵の名前が出たので、正之助、楓、レンドリッヒは、驚いた。思わずレンドリッヒが、口にした。

「まさか、あんたがあのくそったれ男の、女とはね」

お初は、レンドリッヒの言葉を聞き逃さなかった。

『人の男をくそったれ呼ばわりかい。聞き捨てならないね!』

レンドリッヒは、ひるまない。

「あたしは、お里。あんたのくそったれ男に手籠めにされた女だよ!」

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