第5話 幽霊

 光雄仕事を終えて、夕食後の一杯を、魚をつまみに楽しんでいた。湯船にさっと浸かり、洗面台前で歯磨きをしていた。夕食時に、光が初めて、自宅に友達を連れてくるという話を聞いた。嬉しいのと、驚きと、歯を磨きながらにやにやしてしまった。

(光には、色々辛い思いさせたからな、、、)

そんな事を考えながら、うがいをして、顔を上げて、鏡に写った自分の顔をふと、見た。すると、そのすぐ横に、もんぺ姿でおかっぱ頭の子供が写っていた。光雄の地響きのような悲鳴と、『ドシン』という音を聞きつけ、光が駆け寄る。

「父さん!!」

光雄は、尻餅をついて叫んだ、

「子供の幽霊だー!ひやぁー!!」

「しっかりしてよ!酔っぱらっちゃって。もう!休んだ方がいいよ」

光雄を促して、部屋まで連れて行く。光雄は、横になるなり、直ぐに気持ち良さそうな、寝息をたてた。酔っぱらったと、受け止めてもらえるだろうか?

(でも、何で、父さんに見えたんだ?)

光は、布団に寝転がり、考えた。鈴子が話す、

(あまりにも、うれしそうだったから。わたしもうれしくなってしまい、うかつでした。ちゃんと、あいさつすればよかった)

いやいや、話し掛けたら卒倒しちゃうからりそうじゃないでしょうと、突っ込みかけ、ふと、考えた。

(楓のところ。、、、正之助さんは大丈夫か?!)


 皆が帰宅して、楓は、パートから帰宅した講子と、仕事帰りの茂と、食卓を囲んでいた。今日の夕食は手巻き寿司。講子は、ご飯にすし酢をしゃもじでさくさくと切るように、混ぜていた。切るように混ぜると、ご飯がべたつかない事、団扇で扇いで冷ます事を、楓は教わっていた。その講子の手元を、楓は団扇で扇いでいた。

「今日は、お友達沢山遊びに来たわねー。隼人君、久し振りに見たら、立派になってたわね。すっかり、男前になって!」

講子はうきうきしながら、話していた。

(いや、、、。見た目に騙されないでよ、お母さん!!透視してたんだから!!変態でしょ!!)

と、内心思っていたが、楓は黙っていた。講子は、楓がそんな事を考えているとは知らずに、話を続ける。

「よく2人で手を繋いで歩いててね!とっても可愛かったのよ!それにね、隼人君はいつも、楓を守ってくれてたのよねー!あ、じゃあ、そろそろ食べましょうか!」


 夕食を食べ終えて、3人で今日1日の話しをしていた。昔からの柊家の習慣で、1日あった各々の出来事を報告し合っていた。

 楓の母、講子は近所のスーパーのレジ打ちのパートタイマーの仕事をしている。最近、セルフレジが導入され、ご年配のお客様からの、分からない、いらない、不便の、三拍子のクレーム対応をしている。元々、商店街を利用していたご年配のお客様が、商店街の多くの店舗の閉店に伴い、講子の働くスーパーに雪崩れ込み、利用率が高くなっていた。

「私達働く身としてもさ、楽になるし、若者も楽なのかな?でも、ご年配の方にとっては、大変なのよねー」

夫の茂が買ってきた、梨をほうばりながら話をする。水分が多く、甘い梨で、シャリシャリとする音が聞こえてくるだけで、美味しさが伝わってくる。口の中の梨が無くなる前に、次の梨に手が伸びている。

「いやーでも、大変だと思うよ。だって、僕もね、最初分からなくて、店員さんに聞いたからね」

茂の梨を食べるスピードは、講子の3分の1である。まだ1つめなのに、いつまでも

口の中からシャリシャリと、音が聞こえてくる。挙げ句の果てには、口元から梨の汁を零す始末である。

「あーあーあー。茂さん!もう、何やってるのよ!今から介護じゃないですか!!ちょっと、やめて下さいね。しっかりして下さいよ」

「あー、すまん。いやー、この梨は瑞々しくて、甘くて、美味しいねぇ」

講子はティッシュで、茂の口元を拭ってあげた。楓は、梨をほうばりながら、講子と、茂のやり取りを、見守っていた。

(何だかんだで、仲良いなぁ。平和だな、、、)

「そう言えば、楓が連れてきたお友達、皆、綺麗な子、ばっかりねえ!あの、光ちゃんは美人でモデルさんみたいだし、レンドリッヒちゃんはフランス人形みたいだし、隼人君はイケメンだし!絵になるわねえ!目の保養だわ」

(いやいや、光とレンドリッヒは綺麗なのは、合ってるけど、隼人はイケメンじゃなくて、変態。なにより、お母さん、あと一人、奥村がいますよー。忘れてるよー)

心の中で呟く楓であった。

「楓、美人揃いだから、隼人君の争奪戦になるわね!楓、ファイト!」

講子は、梨をほうばりながら、楓にガッツポーズをしてみせる。楓は、小刻みに顔を左右に振る。茂も便乗する。

「隼人君とのお付き合いなら、お父さんもウェルカムだなぁ。付き合ったら、教えて欲しいな」

勝手に話を進める2人に、楓が思わず、

「いやいやいや、勝手に話を進めないでよ!隼人とは、無いから!絶対に!」

 茂の3倍の梨を食べ終わり、洗い物をしている茂を横目に、講子は洗面所で歯ブラシをして、顔を洗っていた。タオルで顔を拭って、鏡を見た。

(すっかり年をとったわねぇ、、、。あらいやだ、、、こんな所にシミが、、、)

講子は鏡に顔を近づけ、目を細めて右の目元横辺りに新たに発見したシミを、確認していた。その時ふと右後方に、こちらを見て立ってる侍が視界に入った。


 洗面所から、講子の楓と、茂を呼ぶ声が聞こえて、二人は駆けつけた。

「どうしたの?」

2人の声掛けに、講子は鏡を指して、

「目が良いのがお母さんの自慢なのに、あらやだ!眼鏡が必要かしら?!ここに、お侍さんが見えるけど、2人も見える?!」

楓は、しまった!!と、両手で頭を抱えた。

(でも、何で?!見えるんだ?!霊視が出来る?!それとも、幽霊は鏡には写ってしまうの?!)

「あー、本当だ!若くて立派なお侍さんだね。着物も、刀も立派だね」

「やっぱり、そうなのね!!イケメン侍!」

何故か二人からは、恐怖の悲鳴が聞こえず、喜びの声が聞こえてくる。むしろ、興味津々の様だ。楓は呑気な両親に驚きつつ、皆でリビングに移動した。

「あれ?お侍さんがいない?!」

講子の言葉に、楓ははっとする。やはり、鏡にのみ写るみたいだ。楓は講子と茂の真ん中に入り、2人の手を取り、リビングに移動した。正之助も、リビングに移動してきた。そして、正座をして、丁寧にお辞儀して、挨拶した。

『私は、正之助と申します。訳があり、楓殿と行動を共にする事となりました。ご挨拶が遅れ、お邪魔して、申し訳ない。楓殿は、私が御守りする事を、約束します』

講子は口元に手を当てて、驚きの表情から、笑顔に変わった。

「まあ、何と。ご丁寧に、ありがとうございます。お顔を上げて下さいな。どんな事情がおありだか分かりませんが、散らかっておりますが、ゆっくりされていかれて下さいね。私は、楓の母、講子と申します。宜しくお願い致します。お侍さんが娘を守って下さるなんて、何て心強いのかしら」

茂も後に続く。

「私は楓の父、茂と申します。宜しくお願い致します。同じく、ゆっくりされていかれてください。娘を、宜しくお願い致します」

楓は、茂の新婦の父親みたいな挨拶に呆れつつ、幽霊と普通に挨拶し、驚きもせずに受け入れてる包容力、そして、2人の図太い神経と、度胸には驚かされた。

「あら、いやだ!正之助さん、胸の矢が痛そう!!何とか抜けないのかしら?」

講子が、質問する。

『私も何回か試みましたが、だめでした。もしかしたら、何か方法があるかもしれないですが』

「楓、抜いてやりなさいよ!」

むちゃぶりである。幽霊には、触れない。楓は、苦笑した。それから、歴女で侍好きの講子と、城好きの茂と、話が盛り上がっていた。正之助は、質問責めにあっていた。講子と、茂の手を握ったままだったのに、楓は話についていけず、1人蚊帳の外だった。

 講子と茂は眠り、先程まで騒がしかった部屋は、静まり返っていた。楓が寝室で眠れずに、布団の上でゴロゴロしていると、正之助が入ってきた。

『失礼します。先程は、楓殿に失礼な態度をしてしまい、申し訳ない。配慮に欠けていた』

正之助は謝罪した。楓は一瞬何の事か、分からなかったが、3人で盛り上がっており、楓か蚊帳の外の事だろうと、考えた。

「いえいえ、気にしないで下さいね。うちの両親、変わってるでしょ?!いつも喧嘩ばかりなのに、変な所で意気投合するから」

正之助は、正座している。

「失礼な質問ならばすみません。正之助さんは、ご結婚されていらしたのですか?」

『いえ』

正之助は、短く答える。気まずい沈黙。何でそんな質問したのかと、自分を責めながら、楓は言葉を繋げる。

「すみません。正之助さんは、ずっと、元蔵さんや、お里さんと娘さんを探してらして、お優しくて、立派な方ですし、ご結婚されてるのかと、つい。失礼しました、、、」

『いえ』

正之助は、短く答える。また、気まずい沈黙。言葉を繋げば繋ぐ程、沈黙が、、、。そもそも、始めの質問を間違えた!と、何であんな質問をしたのかと、楓は自分を責めていた。気まずい沈黙を破ったのは、正之助だった。

『楓殿の優しさには、かないません』

まさかの言葉に、楓は驚き、正之助を見つめる。

『こうして、私を側に置いて下さり、ご両親にも紹介して下さり。心のお優しい方です』

いや、、、ご両親は勝手に、向こうが自己紹介始めたので、、、と、内心突っ込みつつ、嬉しい楓であった。

『楓殿は、鈴子殿の事も心配していただいた。あの子と母上は、絶対に会わせてあげたい』

楓も頷いた。

(鈴子ちゃんも、ずっとお母さんを探していたんだよね。正之助さんも、ずっとお里さんを、、、)楓はいつの間にか、眠ってしまっていた。

 

 

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