第2話 覚醒
「夢?」
思わず声が出てしまった。夢美は、体をビクッと震わせ、何かを落とした。
光は既に立ち上がっており、教室のドアを勢いよく開けた。
「な、なんなの?!」
光は黙って、開けたドアの前に立っている。楓も遅れて立ち上がった。光の後ろから覗き込むと、そこには、楓の机の前に立ち、楓のペンケースを持った、夢美の姿があった。足元には、シャープペンシルが散らばっている。楓の姿を確認して、更に体をビクッと震わせた。
「それ、私のペンケースだけど。夢、お腹大丈夫になったの?」
楓は、やけに冷静な自分にもびっくりしたが、明らかに狼狽している夢美を見逃さなかった。手元から、シャープペンシルが落ちる。
「楓、こいつは、楓の物を盗んで、隠そうとしてたんだ」
夢美は首を左右に振り、否定する。思わず隣の光を見る。光の鋭い視線は、夢美を狙って離さない。
「夢、、、盗もうと、隠そうとしたの?違うよね?」
緊張で喉が乾き、楓の声が上擦る。
「違うよ!何で、町中の言うことなんか信じるの??」
(まずい!まずいことになった。なんで楓も町中もいるんだよ!)
夢美が話し終えてるのに、夢美の声が聞こえてくる。夢美の口元は、動いていない。光を見つめる。光の視線は、夢美から全く反れない。
「楓、私を信じて!私達、友達だよね?!」(友達じゃねーよ!!隼人にちょっかい出すんじゃねーよ!また、靴、隠してやろうか?!)
やはり、夢美が話し終えて、口元が動いて無いのに、声が聞こえてくる。
(これは、夢の心の声?考え?)
(そう。こいつが、楓の靴を隠してた犯人だから)
楓の心の呟きに、光が答える。
「入学式の時に、靴を隠したのも、夢なの?」
この言葉には、流石に動揺したのか、夢美は手元のペンケースを落としてしまった。床にペンや、消しゴムが散らばる。元々大きな目が、更に大きく見開かれ、目玉も床に落ちるのではないか?と、思える程だった。
「そ、そ、そそそんな訳ないでしょ!」
(やべー!!とりあえず、逃げるか?!)
「逃げられません!」
黒板側から声がした。教卓がガタガタと動いたので、夢美は勿論、楓も飛び上がった。教卓の横には、同じクラスの、奥村が伏し目がちに立っていた。こちらに、近づいてくる。状況が掴めずにいると、奥村は、手元に携帯を持っており、手元を震わせながら画面をこちらに見せてきた。画面には、夢美が教室に入るなり、直ぐに楓の机の中をあさっている姿が写っていた。逃げられない証拠だった。
教室での一件後は、怒濤の展開だった。
体育の後の授業が全て自主学習になり、クラスメイトは、大喜びだったが、楓の心は晴れなかった。あの後、光と奥村が担任の刃向に説明。夢美、楓、光、奥村が担任の刃向に呼ばれ、話し合いの場が設けられた。夢美はうなだれており、誰とも目を合わせようとせず。楓はショックのあまり、思考停止。奥村は、魂が抜けたような、表情をしていた。唯一話していたのが、光だった。刃向に、これは犯罪だ!と、強く訴えていたのが印象的だった。刃向も若く、熱血漢に溢れた性格だったのが功を奏した。
結局、夢美の件は、保護者呼び出しになり、夢美の両親と、楓の両親も学校に来て、話し合いの場が設けられた。楓の両親、母の講子は想像通り、瞬間湯沸かし器の如く、夢美と、その両親に怒りをぶつけた。思いもよらなかったのが、父の茂であった。家では、いつも講子の怒りスイッチを押してしまい、言いくるめられてたが、夢美と、両親を叱責していた。『大事な娘を傷つけるな!』と、言う言葉が楓の心に響いた。こんな事態なのに、自分が2人の子供で良かったと、楓はほっと胸をなで下ろした。(楓は知らなかったが、楓以外にも物を隠されたり、嫌がらせをされてる生徒がいた。その両親からも呼び出し、話し合いの場を設けられた、夢美だった)
夢美は翌日から学校に来なくなり、暫くして逃げるように、転校していった。
帰宅し、湯船にいつもより長くつかり、1日の事を考えようとしたが、疲れ過ぎて、頭が回らない。夕食の場でも、両親が無理に元気づけるのも辛かったし、明日は、学校に行かなくても良いというのも辛かった。笑顔で大丈夫!と言い、布団にくるまると、いつの間にか眠りについていた。
昨日の事があったのに、朝の目覚めは快適だった。目覚まし時計が鳴る前に起きれたし、何だか頭がすっきりしていた。ただ、
何だか寂しい気持ち、心にぽっかりと穴が空いてしまい、何かで蓋をしないと、心から寂しさが溢れ出てしまいそうだった。それに、光のあの力は何だったのか?夢?でも見たのかと、考えてもいた。
夢美といつも待ち合わせしていた、小学校に近づくと、胸が締め付けられるように痛んだ。
「おはよう」
「おう!」
小学校前には、光、隼人と、見慣れない美少女がいた。自分には、2人がいると思うと、胸の痛みも和らいだ。
隼人の隣に立っていたのは、透き通るような白い肌、腰下までの金色の髪は1つに結ばれており、大きな瞳はエメラルド、長い睫毛は緩くカールしている。身長は145cmくらいだろうか?あまりの美しさに、見とれていた。
「おはよう!隼人、この子は??」
「この子じゃねーだろ!名前があるわ!」
「え?!」
思いがけず飛び出した日本語と、見た目に反する口の悪さに驚いて、口をあんぐりと開けてしまった。その表情を見て、隼人が慌てて話す。
「俺のクラスに昨日転校してきてさ。名前は、、」
「レンドリッヒ・ピエールカルマンだよ!人の名前聞く時は、自分から名乗りやがれ!」
隼人を遮るように、レンドリッヒは話しだした。楓、隼人が苦笑していたが、相変わらず光は表情一つ変えない。そんなやり取りをしていると、レンドリッヒの後方、丁度、小学校の正門の横の花壇前に、もう一人立っている子供が見えた。おかっぱ頭で、白色のシャツと、もんぺ。その女の子は、楓と視線が合うと、笑顔でお辞儀した。楓も、つられてお辞儀をした。
「楓、何やってるの?」
その様子を見て、光が話し出す。
「あの子小さいのに、丁寧にご挨拶してくれたから」
楓は思わず、女の子がいる方向を指した。光、隼人、レンドリッヒは、楓の指し示した先を見た。そこには、花壇しか無い。3人は今度は楓の顔を見る。楓も3人の顔を見る。また、自分が指差した女の子を見る。また、3人を見る。
その女の子に、野良猫が近づく。女の子はしゃがみ込んだ。すると、猫が女の子の差し出した手を、すり抜けていった。楓は、ゆっくりと言葉にした。
「レンドリッヒちゃんの後ろに、女の子がいるんだけど、今、猫がその子をすり抜けていった。私だけ、見えてる??」
楓は、自分が青ざめているのを感じた。隼人と、レンドリッヒは、青ざめている。光の表情は、変わらない。光以外の3人は、悲鳴にならない声を上げながら、一目散に走り去った。残された光は、再度、楓が差し示した花壇の方を見てみる。やはり、自分には何も見えない。そこで、そこにいるらしき者に、話しかけてみた。
(私は町中 光と、申します。先程は、私の友人が無礼な態度を失礼しました。あなたの名前を伺えますか?)
(、、、)
何も聞こえてこない。やはり、楓の勘違いか?と、光は考えていた。夢美の件があって、疲れているのだろう、とも。光は走り去っていった、3人の方へ向き直り、歩き始めた。楓も自分と同じ、何らかの力を持っていると、感じていたが。力があると、独特の匂いと、光が見える。楓にも、それがあったと、光は確信していた。入学式の後に困っている楓を助けたが、今まで出会った中で、ヨネおばあさんと同じくらい、心が澄んでいた。そんな楓が困っていたので、一緒になって探していたときに、それを感じとった。
(あなたには、わたしがみえますか?さきほどのかたには、わたしがみえていたみたいです)
突然聞こえてきた。光は立ち止まる。深呼吸した。
(私には、あなたが見えません。私の友人が見えるようです)
(そうでしたか、、、。あなたがたに、おねがいがあります)
中学校の正門に着いた3人は、震えながら話していた。
「おめー、怖いこと言い出すんじゃねぇよ!ビビったじゃねぇかよ!」
「楓、何言い出すんだよ!」
「レンドリッヒちゃんの妹かな?とかとも思ったけど、、、」
「あたしは、一人っ子だよ!!」
「おはよう!」
楓の担任の刃向が正門に立っていて、3人に声を掛ける。3人は、頭を下げて元気よく挨拶した。楓は、校舎側へ歩き初めて気づいた。光を置いてきた事に。
光を迎えに行こうと踵を返すと、誰かが目の前に立ちはだかる。見上げると、着物姿、腰脇に刀、髪は後ろで一つに結んでいる、胸から矢が突き出している侍が立っていた。
「ヒャー!!」
楓は声にならない声で叫ぶと、後ろによろめいた。それを支えたのが、隼人だった。
『私が、見えるのですか?』
侍は、驚きの表情だった。楓は、必死に頭を左右に振るも、侍の視線をしっかりと捕らえている。侍は、片膝を付いて頭を垂れる。
「楓、どうした?、、、また何かいるのか?」
隼人が勇気を振り絞って話した。
「言うんじゃねぇーぞ!」
レンドリッヒは、両耳を押さえる。そこに、ゆっくり歩いて来た光が合流した。
「町中さん、ごめん!」
「何が?名字じゃなくて、光でいいよ」
謝る楓に、表情一つ変えずに光が話す。
「楓、隼人、レンちゃん、今日放課後、皆で話したい事がある。都合つく?」
3人は無言で頷く。そこに、奥村が近づいてきた。表情は、暗い。光は手招きして、奥村も仲間に加わる。
「じゃあ、良かったら家で」
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