第八話 

前回のあらすじ


 

  俺は朝方陽平、所謂モブキャラだ。しかし、そんな俺には、ずっと周囲の人に羨ましがられる程の美人な姉と妹がいる。

 今日はそんな美人姉妹と期末テスト明けの週末に姉兄妹水入らずでモールに買い物へと来ている。はしゃぐ姉妹二人に引っ張り回された午前中。はてさて午後はどうなる事やら。しかし、妹よ。あんなスケスケの下着を真剣な顔で見るくらい色気付いてきたのかね?お兄ちゃんはちょっとだけお前の将来が心配だよ。



第八話

期末テスト明けの週末は、姉妹へのご奉仕がお約束らしい・後編



 「んーっ!ハンバーガー美味しかったね、お兄ちゃん♪」


 「だな」


 会話も弾んだ楽しい昼食は、たかがファーストフード、されどファーストフードと言って良いだろう。店を出たばかりの俺たち姉兄妹はお腹も心も満たされている。


 楽しくない食事なんて、腹を満たすだけだから、もはやある意味で作業でしかない。まあ、俺個人の感覚ではあるが、少なくとも家族や友人と囲む食事に喜びを見出せるのは、我が両親の教育の賜物であるのは間違いない。ありがとう、豪華客船の世界一周旅行中の両親達よ。思う存分イチャついてくると良い。あ、イチャつき過ぎて、かなり歳の離れた弟妹を爆誕させるのだけは、是非控えていただきたいが。


 それはさておき、マ●ドナル●のハンバーガーもアレはアレでありっちゃありなんだけど、やっぱり味はモ●バーガーの方が俺的には好みだ。価格もその分お高い。だが、食べ終わった感が俺としては違う気がする。


 柚子も姉ちゃんもモ●バーガー派だ。


 昔、小学校低学年の頃はあのトマトが入っているのが許せなかったのだが、高学年の例のアレ直後に姉兄妹三人で食べたモ●バーガーは最高に美味しかった。それ以来、すっかりモ●派だ。


 「さて、二人とも、午後はどうする?」


 いつまでもモ●バーガーに浸ってどうする。その事に気づいて姉ちゃんと柚子に希望を聞いたところ。


 「え?」


 「まあまあ、お兄ちゃん」


 「な、なんで、腕を組む必要があるんでしょうか?」


 「ウフフ。ようちゃん、それはね?」


 突然、ガシッと姉妹に左右の腕をそれぞれ拘束(恋人組み)されてしまう。なんというか、反論を一切認めないような物凄い圧力を二人から感じて、無意識に冷や汗が背中をつたう。


 「「これから、今年の新作水着を見に行くから、前みたいに逃げ出さないよう、しっかりと捕まえておかないとねっ!?」」


 「ひぃっ!」


 左右から笑顔で見上げる二人に俺は戦慄した。いやだって、おまえ、二人とも満面の笑顔だけど、目が全然笑ってねえんだぞ?ハイライトとか消えてますよ!?ていうか、コレはホラーかなんかなのかっ!?そんな阿保な事を考える間にもズルズルと強制連行される俺。


 誰かボスケテー!



          ◆



 「ohー・・・」


 眼前に広がるのは、正に常夏を顕す色とりどりの色彩。


 そこは人によってはひと夏の夢、ひと夏の出会い、ひと夏の恋!を演出するために戦士(おんな)が身に纏う決戦装束。


 「はっはっはっ、人がまるでゴミのようだ」


 「お兄ちゃん、虚な目をして何を言ってるの?」


 俺たちは水着専門店を訪れている。しかも『女性向け』の水着売り場だ。はたして、ここは男の俺が居るべき場所だろうか?




 やせいのみずぎうりばがあらわれた!どうする?



 たたかう

 とくしゅ

 ようすをみる

 アイテム

 にげる



 ここは逃げの一手!


 しかし、りょううでをこうそくされてにげだせない。


 「お兄ちゃん?往生際が悪いよ?」


 「そうよ、ようちゃん。ちょっとだけ、お姉ちゃん達に似合う水着を選んでくれるだけ。それだけで良いのよ?」


 なんか諭され始めている。たぶん、仮に、いま逃げ出しても・・・。



 ようへいはにげだした。


 しかし、ゆずとももかにすばやくまわりこまれてしまった。


 ゆずとももかはかいしんのえみをうかべている。



 なんて展開にしかならんな。


 これはアレだ。


 そう。


 諦めよう、その抵抗。


 「分かった、分かったからっ。柚子も姉ちゃんも、いつもみたいに過度な自己主張は謹んでくれ」


 完全に白旗をあげれば、驚くほどあっさりと解放された。


 正直なところ助かった。いつも思うけど、いくら実の姉妹といっても同年代の女子高生なわけだ。家にいる以上に外では素知らぬフリをしていても、俺だって健全な思春期真っ盛りの高校生男子。あんなに柔らかい女性の象徴を過度に押し付けられたら、そりゃ、生物としての根っこはやっぱり反応してしまう。


 だから、昔から容姿に恵まれ、人当たりも良好、性格だって良いし、男兄弟にも優しくだだ甘い、そんな姉妹を持つことを羨ましいがられてきたが、こんな状態になるなら、俺以外の男はどう思うだろう?


 多少なりでも姉妹に邪な感情が魔を挿したりしないのだろうか?


 下手に第三者へ聞くことも容易くは出来ないから、自分の中で悩んで方向性を導き出すしかない。はぁ、なんなんだろうな。仲が良い姉兄妹って。


 「お兄ちゃん?」


 「え?・・・あ、悪い。考え事してた」


 声に反応してみれば、柚子が心配そうに見上げていた。姉ちゃんも同様だ。


 「ようちゃん、もしかして具合が悪い?それなら、予定を中止して帰っても・・・」


 「あー、いや、ほんと、なんでもないから。心配かけて、ごめん、ごめん」


 二人に誤魔化すように努めて明るく振る舞う。だめだな。最近、気付けば二人との距離感に悩むようになってしまっている。


 「さて、逃げ出しても無駄だと分かったし、さっさと選んじゃうかぁ」


 ほんの数ヶ月前まではなんてことなかったハズなのに・・・な。いつの間にか、二人・・・、特に柚子を女と意識するときがすごく増えた気がする。


 「むーっ!お兄ちゃん?ちゃーんと、可愛いの選んでね?」


 柚子の表情はいつもコロコロ様変わりする。その表情のどれもがすごく愛らしい。


 だけど、こんなに様々な表情を無邪気に見せてくれるのは俺だけでは?そう気付いたのは割と最近だ。


 「分かった、分かった。柚子のも、姉ちゃんのも、ちゃんと選ぶから安心しろって」


 「ん!分かった♪ほらほら、お姉ちゃん!早く選ぼ、えらぼっ?」


 「あぁっ!ちょっと、ゆずちゃん!?また、引っ張らないでぇ〜っ!」


 柚子は満面の笑みで姉ちゃんの手を取ると、グイグイ引っ張って水着売り場に突撃していった。妹に引っ張られている姉の図。だけど、二人とも笑顔だ。とても楽しそうで、そんな姉妹二人を見ているだけで心が温かくなる気がする。


 そんな二人が、やたらとそれまで以上に過剰なスキンシップをとるようになった。


 柚子が特にそうだ。無論、姉ちゃんも。そして、それは姉妹同士にも拘らず、競い合うように日をまたぐ度に過剰になっていく。


 本当に、どうしてこうなった?


 「柚子も姉ちゃんも楽しそうだな。そんなに男兄弟に水着選んでもらうのが嬉しいもんかね」


 二人は彼氏とか欲しくないのだろうか?柚子は入学から三ヶ月弱で、三桁近く告白されているらしい。


 いくら通う高校の生徒数が多いとはいっても、入学から僅か三か月で百人近い異性に交際を求められる女の子はそういないだろう。


 姉ちゃんに至っては現役のプロモデルだ。ファンなら見れば分かることもあるし、一緒に渋谷辺りに買い物に繰り出したら、変装していても数度は気付かれる。当然、ナンパされるなんて日常茶飯事だし、交流のあるない関わらずワンチャンを狙って日々告白の嵐だ。


 まあ、今日に限って言えばあまりに野暮ったい赤縁メガネを着けているからか、未だに気付かれた様子はない。


 コレに関しては、姉ちゃんが基本的には喋らないモデル業で良かったと思うべきだろう。仮に喋りまくるアイドルなり、人気ユーチューバーなりであったなら、声からでもバレてしまうのだからな。


 尤も?音痴を始めとした芸術方面が壊滅的な姉ちゃんが歌って踊るアイドルとかは絶対にあり得ん。アレは努力でどうにかなる水準を逸脱しているし、あの歌唱力ならジャ●アンと歌でリアルバウトすら可能だろう。


 そういう意味では小学生の頃の倉橋優奈はとても人気があったな。・・・柚子の人気ぶりには掠りもしていなかったが(永続魔法シスコン愛、発動)。


 あー、そうか。


 ・・・倉橋が、あの、宵上優奈だと判明した辺りか。その頃から姉ちゃん達二人・・・いや、特に柚子からのスキンシップが過剰になってきたのかもしれない。


 過去のあの件を詳しく知る姉ちゃんと柚子が、その原因を作った倉橋優奈を警戒するのは当然だと思う。俺が二人の側でもきっと同様の対応を取るだろう。だからこそ、倉橋が絡むと過剰なほど攻撃的になる柚子への違和感はなかなか拭えなかった。


 でも、今なら少し分かる。


 当時の俺には全てにおいて余裕というものが無くなっていた。周りの人達全てが自分を害する者にすら思えたくらいに。


 それは、事態の原因を引き起こしたのが宵上優奈による俺への告白なのかもしれない、けれど、断るにしたって、もっと彼女に配慮くらいできたのではないだろうか。


 しかし、本当にまだ精神的に幼かった当時の俺は、そんな単純なことに気付けなかった。理由は簡単だ。俺が、傲慢だったんだ。


 クラスで人気者だった、かつての俺。それ故に知らぬ間に驕り、誰かを傷つけた。


 たまたま、あの時傷付けたのが当時クラスで一番可愛い宵上だっただけだ。そして、俺は彼女を手酷く心ない言葉で傷付けたとして、クラス全員で示し合わせて無視され、虐められるようになった。


 まあ、虐められたといっても、ちょっとした家庭の事情から、圧倒的に喧嘩が強かった俺を物理的に暴力で虐めるものではなく、無視等を用いた回りくどいネチネチした嫌がらせが中心だったのだが。


 それでも、それは当時の精神的に脆弱だった俺を的確に弱らせるには、最適解の虐め方だったと今なら言えよう。そして、それらがもたらした効果は絶大で、虐められ始めて半月も経った頃にはクラスで完全に孤立し、学校では陰キャ道真っしぐらになった。


 やがて、その孤独な期間が一か月、二か月と増えていったある日、俺の様子が明らかにおかしい事に確信を持った柚子は、調理実習授業の最中に家庭科室へ乱入してくると、虐めの主犯格であるクラス女子の中心的な女子と男子を相手に殴り合いの大立ち回りを決行した。


 「お兄ちゃんを虐めるヤツは、ゆずが絶対に許さないんだからぁっ!!!」


 あんな怒りという感情に呑み込まれた柚子の姿は後にも先にもアレっきりだ。


 そして、それはアレ以来ずっと今も続いているんだ。


 柚子は今も必死に俺を守ろうとしている。


 だから、かつての虐めの発端となった倉橋に異常なまでに警戒を見せ、威嚇し続けているんだ。


 姉ちゃんと楽しそうに水着を物色する柚子を見る。すると、直ぐに俺の視線に気付いて手を振ってくる。愛らしい、そう素直に思える。それと同時に安らぎすら感じた。一緒になって手を振る姉ちゃんにも同様の感情が湧き上がる。


 「んん?」


 そんな情緒に思いを馳せていると柚子が俺に手招きをしているのに気付く。なんだろうな?まあ、行けば分かるか。そんな風に軽ーく考えていた数分前の自分を、数分後の俺はきっとどつき回したいと思うだろう。



          ◆


 

  「お兄ちゃんっ♪こっちのホルターネックとコッチのローライズ、どっちがあたしに似合うと思う?」


 満面の笑みでそんなことを宣いながら、柚子がその両手に持っているのは二着の水着。


 右手に持つのは、眩しいまでの純白のホルターネックタイプ、首の裏側で結って身に纏う胸をより強調する刺激的なビキニだな。


 一方で左手に持っているのが、チューブトップに可愛らしいリボンが付けられたリボン・ビキニとローライズのセパレート。ちなみにローライズっていうのは、正確にはパンツに使う呼称だ。水着の場合だと股上までの幅が狭いボトムに使われる。


 ・・・あー、なんで女性の水着にこんなに詳しいかって?


 以前、今日みたいに姉兄妹三人連れだって買いに来た中学時代、姉ちゃんと柚子から口酸っぱいくらい実地学習させられたんだ。


 つーか、ホルターネックって!


 たわわに実った柚子のおっぱいにこんなもん身に付けたら、もうホルスタインネックじゃねーかっ!なんてけしからんっ!!


 「・・・お兄ちゃん、またえっちなこと考えてたでしょう?」


 「あ・・・」


 阿保なこと考えてたら、妹様から冷た〜い視線を浴びせられた。いや、野郎には半分ご褒美だから、それ(当社比)。


 「そ!そんなことはー、ない・・ぞ?あ!アレなんて柚子に似合うんじゃないか?」


 「え?どれどれ?」


 「うーん?ゆずちゃんに似合うー、アレ?」



 「「「・・・あ゛っ」」」



 言い逃れるため、いい加減に指差してみせた先にある水着を見て俺たち三人は固まってしまった。


 指差した先にあったのは、とっても、とっても刺激的なデザインと虹彩色が眩い、ブラジリアンタイプのビキニだった。


 「お兄ちゃん、アレがゆずに似合うんだよね?」


 妹からの視線が痛い、あまい、いや、やっぱり痛い。しかし、賽は投げられた。投げてしまった。


 「あ!、ああ。そ、そうだな。柚子なら似合うと思う・・・」


 思わず声が上擦ってしまった。なんか恥ずいな。チラッと柚子に視線を向けると、やたら真剣な眼差しで過激な水着を見つめている。もはや、いや、冗談です、てへ。とか言える状況ではなくなった。どうしよう。


 「ようちゃん。お姉ちゃん、コレ、頑張って着てみるねっ!」


 「はい!?」


 そんな時、突如として姉ちゃんがそんなことを主張した。ていうか、その過激な水着を真剣に吟味し始める。


 「ようちゃん、コッチの色とこっちの色、どっちがようちゃんの好み?」


 お姉さまの左の御手に在らせられるのは、輝かしく光る銀布のビキニ。情熱的な紅い、紅いハイビスカスが銀の海を彩る。胸も大きくスタイル抜群の姉ちゃんが身に纏うと破壊力ハンパなさそう。


 完成予想図を妄想して思わず生唾を飲み込んでしまう。その事に気付いたのを誤魔化すようにもう片方の手を見る。


 思わず二つの眼を見開いた。


 姉の左手に燦然と輝くその存在感。


 黒・・・だ・・とっ!?


 姉ちゃんが手にしたもう片方の水着は、黒布に青紫の桔梗が艶やかに描かれていた。


 瞬間、脳裏という夢幻世界に広がる光景。


 それは真夏の海辺、真っ白な砂浜のプライベートビーチ。なぜかいる俺。そんな俺を呼びかけてくる声に振り向けば、件の黒き艶やかな装束を纏い、真夏の海辺に舞い降りた漆黒の戦乙女。


 凡ゆる男を魅了し得る微笑、それはまるで魔女の様に妖しく、だけど、降り注ぐ太陽すら支配してしまいそうな程、蠱惑に振る舞う。それが俺の全てを奪い去り・・・っ!


 「なんて破廉恥なっ!!けしからんっ!!」


 「ええっ!?」


 思わず叫んでいた。

 

 妄想の住人になり、その上でけしからん発言。俺が一番けしからんな。


 目をパチクリして、そんな俺を見ていた姉ちゃんだったが、何かしら思いついたのかにまぁ〜っと笑う。


 「なるほど、なるほど。ようちゃん、お姉ちゃんはこの水着を試着してみるね?」


 そう言ってあげて見せたのは銀布のビキニだった。いや、姉ちゃん、あなたならどちらを身に纏おうとも破壊力抜群ですよ。

 

 ようちゃん、楽しみに待っていてね♡とか宣いながら、姉ちゃんは直ぐ近くにある女性向け更衣室に入っていった。


 うむ。正直、美人な姉の卑猥な水着姿とかどんだけ背徳的だよ!とか思わなくもないが、楽しみに待っていましょう!オラ、ワックワクすっぞっ!


 「お兄ちゃん!」


 「うおっ!?」


 鼻息荒く俺を見上げる妹様、な、なんでしょうか?

  

 そうして掲げられた水着に衝撃を受けた。


 「あたしはコレを試着してくるからっ!ちゃーんと、待っててね!」


 「い、いえす、まむ」


 「お姉ちゃん、抜け駆けは許さないんだからあっ!!」


 ズシン!ズシン!とでも擬音が聞こえてきそうな歩みで、柚子は姉ちゃんが入った試着室の隣に入っていった。


 いや、しかし。


 妹よ。


 お前の持ち出した水着。


 ほぼヒモやん。


 マジでアレ、身に付けるのん?


 この衆人環視のある公共の場で?


 いつから、俺の可愛い妹様は痴女へとおなりあそばされたのであろうか。


 しかし、あんな水着、水着?水着と言っていいのか?アレ。ともかく、あんなモノどこから・・・・・・あ。


 思わず俺は天を仰いだ。


 あるやん。ブラジリアンタイプのビキニコーナーのすぐ近くに。


 『コレで、草食彼氏や不能夫も今夜は大ハッスル!?大人の女の貴女の夜を応援する魅惑のセクシー水着♡』コーナー。(未成年の立ち入りをご遠慮いただいております。)とか書いてあるわ。


 おいこら、責任者出て来いやっ!うちの可愛い妹(シスコン発動)にあんなエロ目的な水着を手に取らせやがって!


 めっちゃ観たいんですが!?ありがとうございますっ!!!いやいや、違う違う。それだめ、いけないヤツ。

 

 あ、そうだ。今のうちに少し離れて自分の水着買ってこよう。俺は、オレンジ布のブラジリアンビキニを手に取ると、柚子が入った試着室の扉をノックした。


 「は、ハイッ!?」


 案の定、入った後で冷静になっちゃったやつだな。


 「柚子、俺だ」


 「お兄ちゃん?ど、どうしたの?」


 「お前、勢いで入った後に冷静になって困ってるんだろ?無理してそれは着なくていいから、コレ、代わりに試着してみろっ。コッチの方が柚子に似合うから」


 そう言って、顔を覗かせた柚子に手にした水着を渡した。


 「お兄ちゃん、コレって・・・」


 「にいちゃんは、少し外して自分の水着買ってくるから、戻ってくるまで試着室から出るなよ?姉ちゃんもだからなっ!?」


 俺は踵を返して、男性水着売り場に移動を始めた。次いでに、とある場所に近づきソレを確保してから、その足で自分の水着を手早く選び、先程確保したブツも合わせて会計を済ませた。


 とりあえず、福沢諭吉が四枚くらい去っていったとだけ報告しておこう。


 マジ高いよね、コレ。


 それから二人の元にダッシュで戻れば、恥ずかしそうに扉の隙間から顔を出してこちらを伺う子猫ちゃんが二匹。うむ、実の姉妹とか関係ない。この様だけで尊い。モジモジしてるのとか堪らんね。


 結論から言えば、マイシスターズのブラジリアンビキニ姿は、素晴らしい!の一言に尽きた。


 どんな様子だったかって?誰が俺以外の野郎どもに教えるか馬鹿野郎。


 これはブラコン姉妹がシスコン兄弟に贈ったサプライズプレゼントなのだ。そうに決まっている。


 少なくとも、海なんかに行くまでは俺の網膜と脳裏に焼き付けるだけに留めたい。なので、二人を、ありがたやー、ありがたやーと拝みながらも早々に着替えてもらった。


 「柚子も姉ちゃんもめちゃくちゃ似合ってたよ。ただ、まあ、なんつーか、世の男どもには刺激が強すぎるかな?」


 「「そ、そぅ・・・」」


 あー、二人して赤面して黙り込んでしまった。


 「「コレ、買ってくるねっ!」」


 しかし、次の瞬間にはそんなことを口にした辺り、割とノリノリなのかもしれないな。


 何にしても夏休みの楽しみが一つ増えた。喜ばしいことだ。


 そうして、試着室を離れ、三人でレジカウンターに向かい始めるその時だった。



 「呼ばれて!飛び出て!じゃ、じゃ、じゃ、じゃーーんっ!!陽平くん!ボクの勇姿を見ておくれよーっ!!!」



 ずっと閉じていた試着室の扉が、勢いよく解き放たれ、一人の少女が現出した。


 ていうか、件の女、倉橋優奈である。


 彼女は、ザ・仁王立ち!そのまんまのポーズで俺たちの前に立っている。


 ちなみに立ち塞がっているわけではない。


 だから、踵を返して全力ダッシュするだけで簡単に逃げ出す事が可能である。しかし、そうはしない。つーか、できない。そう答える方が正解であろう。


 倉橋の姿を見た瞬間は、いつものように敵意を『一瞬は』露わにした柚子でさえ、次の瞬間には彼女のお姿に唖然として、まさに言葉を失うとはこのことか。


 さっきから姉ちゃんまで、何か痛々しくて見ていられない現実を半強制的に閲覧させられている。そんな気分に浸っていることだろう。


 一言でいえば、倉橋優奈は現在水着姿である。その様は自信満々。


 確かに彼女は美少女に間違いなくカテゴライズされるだろう。


 同学年の柚子より身長も高く、世間一般の女子高生の平均身長くらいはあるのではなかろうか?全体的にほっそりとしているがスタイルが良いのも間違いない。


 そこら辺の老若男女をぶん捕まえて、美少女かどうか聞けば、十人中八人は確実に美少女と答えるのは簡単に予想できる。


 が、しかしだ。


 例え、いかなる美少女であろうと踏み入ってはならない、そんな絶対領域というものがあるのは、俺にだって分かる。分かるんだ!


 だからさ、倉橋。


 「なんで胸が圧倒的に『足りない』お前が、そんなセクシーエロ水着を誇らしげに着てるんだよっ!?」


 しかも、コイツが今着ているのは、エロ水着もエロ水着。ほら、セクシー系少年誌とかで美人で『胸が大きい』女性が高確率で身に纏う、股下から胸部までV字ラインを描く水着だぞ?


 そんな、圧倒的な巨乳を搭載していて始めて映えるエロ水着を、貧乳日本代表みたいなお前が自信満々に身に付けていたら、もはやギャグにしかならないだろうがあーっ!!


 「またまたぁー!ボクは知っているんだよ?陽平くん。キミがこういうエッチな水着や下着に目がないってことをっ!!」


 「ちょっとまてぇーーーいっ!!」


 ちょい待て、倉橋さんや。俺だって一介の男だ。すけべなことに興味津々だし、直近なら柚子と姉ちゃんに巨乳サンドイッチされていかがわしい気持ちになったし、今日だって柚子のエロ水着に興奮を覚えたろくでなしである。


 だがしかぁーしっ!


 自分で自覚して開き直るのと、自覚してるけど第三者に公衆の面前でカミングアウトされるんじゃ、意味合いが全く変わるわっっ!!


 「ちょっと倉橋さんっ!あたしのお兄ちゃんに変な濡れ衣着せるのはやめてくれない?」


 反論しようとしたら柚子が噛みつきだした。まずいな、揉めるとさらに目立つし。芸能人でもある姉ちゃんをトラブルに巻き込むのもな・・。


 「あのさ、倉橋」


 「ん〜?なんだい?」


 「流石に姉ちゃんの立場もあるから、悪いんだが、今日は大人しく回れ右して試着室に戻ってくんないか?」


 「・・・ふむ。まあ、確かにね。ボクも陽平くんに迷惑をかけたいわけじゃないし。キミの真摯な訴えに免じて、今日は退散するね?」


 倉橋はすぐにおちゃらけた雰囲気を霧散させると、素直に試着室に入っていった。


 「柚子、姉ちゃん。文句を言いたい気持ちも理解できるけど、今日はもう会計済ませて帰ろう」


 「うん。分かった」


 「ようちゃん、ありがとう」


 今度こそ俺たちは二人の水着の会計を済ませるためにレジへ移動していった。




          ◆


 

 「んーっ!今日は楽しかったね!あの女が現れたから、最後の最後でケチがついちゃったけど・・・」


 まあ、確かに。柚子の言うとおり、アレさえなければ本当に楽しい姉兄妹のお買い物時間で幕を閉じれたのだが。


 「姉ちゃんと柚子にお願いがあるんだけど」


 俺の割とマジトーンで口にした言葉に、前を仲良く歩いていた二人が振り返る。その顔は笑顔だったけど、真面目な話であることは理解しているみたいだ。


 「姉ちゃんにも、柚子にも感謝している。小学生の頃のあれ以来、常に俺を守ろうとしてくれるよな?でも、今回の倉橋優奈の件は、キチンと俺自身で向き合って解決したいんだ」


 「お兄ちゃん・・・あのねっ」


 「ゆずちゃん。ようちゃんが向き合うって決めたのなら、私達は協力を求められない限りは、当人の意思を尊重すべきだとお姉ちゃんは思うかな?」


 姉ちゃんに諭された柚子は何も言えなくなったみたいだった。


 「特に柚子には最近も倉橋の件でずっと気を張らせてるもんな?ごめんな。それといつもありがとう」


 「ううん。ゆず、お兄ちゃんがまたあんな風になるの見たくないから」


 俺は柚子の頭をぽんぽんと軽く叩く。


 「そんな、いつも助けてくれる二人に俺からプレゼントがあります」


 「「・・・え?」」


 二人が試着室にいる間に買っておいた荷物からリボンラッピングされた袋を二つ取り出して、姉ちゃんと柚子に手渡した。


 姉ちゃんのリボンは青、柚子のはピンクだ。


 「ブラジリアンビキニも似合うけど、プールとか着づらいだろ?それに・・・」


 二人は沈黙をもって先を促してくれる。


 「今日は俺が二人に似合う水着を選ぶ主旨だったろう?だから、勝手で悪いけど選ばせてもらったよ。ちなみにノンクレーム、ノンリターンだからな!」


 「お兄ちゃんっ!!」


 「ようちゃんっっ!!!」


 弾かれたように二人に抱きしめられた。いや、まだ街中ですよ?お二人さん。あ、そんなにギュウっと抱きしめないで!ドキドキしちゃうっ!


 「ようちゃん、ありがとうっ!お姉ちゃんすっごく嬉しい♡」


 「あたし、ずっと大切にするね、この水着」


 「あー、あのさ、喜んでくれるのは、俺も大変嬉しいんだけどさ?そろそろ離れてくんね?荷物落としそう・・・っ」


 「「やだっ!あと十分は我慢してっ♡」」


 マジか!?あと十分もこの態勢のまま、荷物抱えて衆人環視に晒されろとっ!?


 「お二人とも、家に帰ってからではダメですか?」




 「「だーめっ♡」」




 結局、抵抗やお願いも虚しく、本当にそれから十分間、公衆の面前で柚子と姉ちゃんからハグされ続ける羽目になった。


 抱きしめられた後の姉妹二人は、帰宅道中からずっとご機嫌で帰宅した後は散々甘やかしてくるのだが、それをこの時の俺は知らない。


 なんにしても、今日は楽しかった。まあ、しばらくは三人で買い物はやめておきたい。




         つづく


 



  


 

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