第6話 幼馴染の冗談と揶揄い




「行ってきまーす」

「行ってきます、透子おばさん」

「は~い、いってらっしゃ~い!」



 背中に掛かる母さんの元気な声を聞きながら美月と一緒に高校へ向かう。


 天気は晴天。制服越しに冷たさを含んだ風が肌に突き刺さるが、太陽の暖かな日差しがどことなく気持ち良い。勿論早朝なので若干気温の低さが目立つが、仄かな温もりに包まれる爽やかさというか、清涼さを感じるこの瞬間が嫌いじゃなかった。


 ふと隣を歩く美月へ視線を向ける。



(にしても、またこうして一緒に登校出来る日が来るなんてな)



 目を細めながら俺はそう独り言ちる。普段ならば俺一人で登校しているのだが、こうして幼馴染である美月と二人で一緒というのはなんだか懐かしくもあり新鮮だ。


 それに今日初めて気が付いたが、俺達の歩幅も以前と比べて変わってしまったみたいだ。昨日は色々あってそう思う余裕など一切なかった訳だが、並んで歩いていると自然と俺の方が身体が前に出てしまう。


 十代は身体の変化が顕著なので当然と言えば当然なのだが、偽とはいえ彼氏なのでこれからは美月と並んで歩けるように意識して配慮する必要があるだろう。



(……ま、彼氏役云々うんぬん関係無く、自然と相手の歩く歩幅に合わせられるのが理想だが)



 まだちょっぴり違和感はあるが、回数を重ねるごとにじきに慣れるだろう。


 小さい頃は全く歩幅のことなど考えもしなかったのに、と感慨かんがいひたるとなんだか不意に笑みが零れた。



「……ちょっと、人の顔を見てなに笑ってるのよ」

「あぁいや、互いに成長したなって」

「はぁ? なに当たり前な事言ってるの?」



 じとっとした視線と共に怪訝な表情をこちらに向ける美月だが、俺は気にする事なく歩き続ける。


 やがて美月は追及を諦めたのか、変な紬、と小さく息を吐くと彼女は急にもじもじとし始めた。



「……ね、ねぇ紬。こうして一緒に歩いてるんだから、ひ、一つ提案してみても良いかしらっ?」

「んー、なんだ?」



 提案、という美月の言葉に俺はこてんと首を傾げる。


 何気なく返事をしてしまったが、声が震えている辺りきっと緊張しているのだろう。これから何を彼女が言うのかさっぱり見当もつかないが、折角の美月からの提案なのだ。嘘告のような規模が大きいものは勘弁して欲しいが、出来ることならば受けてあげたい。


 美月は顔をこちらに向けないまま頬を染めると、どこか恥ずかしそうに口を開いた。



「か、仮にとはいえ、私たちの形式上は……その、彼氏彼女の関係じゃない?」

「あぁ、まぁそうだな。正確に言えば幼馴染兼偽の恋人って感じだけど」

「そ、それでねっ…………?」



 言いあぐねるように視線を彷徨わせる美月。その様子をじっと見守っていた俺だったが、やがて顔を俺の方に向けて驚愕の言葉を言い放った。



「―――う、腕を組みませんか!?」

「ふぁっ!?」



 思わず素っ頓狂な声を上げてしまうが、それも仕方ないだろう。


 彼氏彼女、と云っても先程美月が言った通りそれは形式上の関係だ。これまで疎遠だった幼馴染と一緒にいる機会も増えるだろうと覚悟はしていたのだが、まさかそういった恋人らしいスキンシップも含まれるとは考えもしなかった。おそらく彼女としては俺と恋人だという事実を周囲に印象付ける為にそういった用意周到な手段を提案したのだろう。


 何故か敬語な上、瞳をぐるぐるさせて顔を真っ赤にしている様子を見るとどうやら羞恥心が勝っているようだ。



(もしかして冗談の可能性……? いやでも、本気じゃなきゃ美月はこんな事言わないだろうし……)



 きっと美月にも美月なりの考えがあるのだろう。例え本気でも必要以上に恥ずかしがっている姿を見せられてしまっては、はい分かりましたと受け入れることは俺には出来なかった。


 うん、と一つ頷いて冷静を取り戻した俺は、落ち着いて幼馴染様に話し掛けようとする。だが先に口を開いたのは美月だった。



「―――じょ、冗談に決まってるじゃないっ」

「お、おう、そっか」

「も、もしかして一瞬でも期待しちゃったかしらっ? 私と腕を組んで……その、仲良く、学校に登校してる光景とか……?」

「いや、それは無い」

「はぁ!? なにそれ!?」



 どうやら腕を組むという提案は美月の戯れ、つまり冗談だったようでほっと一安心。確かに昨日は屋上で咄嗟に手を握ってしまったが、本当の恋人ではないのだから腕を組むのは明らかに大胆過ぎる。


 俺の否定に美月は猫が威嚇するように声を荒げるが、残念ながら事実なのでしょうがない。



「腕を組むっていうより、俺らはこっちじゃないか?」

「っ!」



 立ち止まりながら静かにそう言った俺は隣に並ぶ美月の手をそっと握る。俺の骨ばった手と比べて、しなやかで女性らしいほっそりとした手。


 どこか驚いたような表情を浮かべて頬を染める美月だったが、どうやら俺の突然の行動にびっくりしているらしい。冗談と判明したので若干仕返しのつもりで手を握ったのだが、効果覿面てきめんのようだ。



「あ、あぅ…………」

「じゃ、このまま学校に行こっか」

「こ、このまま!? 学校まで!?」

「じょーだん」



 美月の手をパッと離すと俺は再び高校へ歩みを進める。

 ふと様子が気になってちらりと後ろを見てみると、幼馴染様はこちらを見て悔しそうにプルプル震えていた。秘技揶揄からかがえしである。



 久しぶりの幼馴染との登校は、なんだか昔に戻れたようで楽しかった。




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