第5話 幼馴染、来訪。





 唐突だが、俺と美月の家は隣同士である。


 これまで俺たちの幼馴染としての関係自体はおそらく思春期が理由で疎遠だったわけだが、小学校や中学校の最初の頃までは当然の如く互いの自宅を行き来していた程だった。


 互いの両親の関係性はとても良好だ。顔を合わせれば挨拶や話をしたりするし、なんなら貰い物のお裾分けだってする。たまに時間が合えば父さんは趣味の釣りを隼之助じゅんのすけさん(美月のお父さん)と、母さんと朝陽あさひさん(美月のお母さん)は一緒にカフェでお茶したりするらしいので、一般の近所付き合いに比べると相当仲の良さが伺えるだろう。


 因みにどうやら母ズは俺たちに関する近況報告を度々行なっているらしい。何も言わないが、きっと俺と美月のことを心配してくれているのだろう。

 俺もそうだが、母さんが美月と会えば挨拶と少しの会話はするようなのだがそれだけで、美月がここ暫く家に遊びに来ないことを寂しがっているようだった。


 つまり、何が言いたいのかというと。



「あらあらまぁまぁ本当に久しぶりねぇ。外では会ってたけど家に来てくれたのなんて何年振りかしら? 紬が中学一年生の頃何回か来てくれたけどそれ以降全然だったから……あらやだ、約三年振り!? もぅ、寂しかったわ~!」

「あはは、すみません……」

「突然朝からチャイムが鳴ったからびっくりしちゃったけど、まさか美月ちゃんだなんて思わなかったわぁ! あ、朝ごはん食べた? これから紬のぶん作るけど一緒に食べる?」

「わぁ、本当ですか? 透子とおこおばさんが作るのなんでも美味しいから、迷惑でなければ頂きたいです」

「嬉しいこと言ってくれちゃって、迷惑だなんて思う筈ないじゃないの! ほらほら、座って待ってて頂戴! 紬もさっさと顔洗ってらっしゃいよ~?」



 あとで、と返事をする暇も無く、ピンク色のふりふりエプロンを着た母さんはキッチンへ向かった。


 歳柄にもなく、と寝ぼけ眼ながらに思うが息子から見ても母さんは美人な部類に入る。身長は中肉中背である俺よりも低いくらいだが、歳の割にはスタイルも良い。黒髪をポニーテールにしているので端正な顔立ちをしているのがハッキリとわかるし、性格も明るい方で、ポジティブな陽キャ気質な女性だ。


 先程のような口達者な部分も多いが、我が柊家にとっては太陽みたいな存在である。


 閑話休題それはともかく



「……で美月、どうして家に居るんだ?」

「何よ、いきなり幼馴染がお邪魔しちゃ迷惑だった?」

「いやそういう訳じゃなくて。今日は待ち合わせしてから一緒に登校する手筈だったろ。どういう心境の変化なのかと思って」

「そ、それは……」



 若干頬を染めながら言い吃る美月に思わず俺は首を傾げる。


 昨日の夜の帰り道では、互いの自宅から少し離れた場所にある公園で待ち合わせという話になっていた筈である。それが急に俺の家に来るだなんて、一体どういう心境の変化なのだろうか。


 彼女は艶やかな茶髪の毛先をくるくると指で巻くと、ようやく口を開いた。



「……さ、寒かったのよっ」

「え?」

「いつもならお母さんに起こして貰うまで寝てる時間だし、少し早く家を出たら案外空気は冷たいし……。それならわざわざ公園まで移動して待つよりも紬の家に直接行った方が寒くないし、余計な手間が省けるじゃない。一石二鳥ってやつよ」

「そういえば寒いの苦手だったっけ。ごめん、俺の配慮不足だったな。……あれ、だったら自分の家で待ってた方が良かったんじゃないか? 連絡してくれれば時間合わせて迎えに行ったのに」

「べ、別に気にしなくてもいいわよ。それに久しぶりにおばさんの料理も食べれるし、ね?」



 なんだか微妙に慌てた様子ではぐらかされたような気がしたが、寒いという言葉は本当なのだろう。


 昨日は浮かれててすっかり忘れていたのだが、美月は極度の寒がり、つまりは冷え性なのである。もう少しで真夏の季節とはいえ、現在は朝の七時前。少し前までは春だったので朝の空気が冷たいのは当たり前だし、美月にとって慣れない早起きをさせてしまったのは流石に申し訳なかった。


 迎えに行く、という発言も今思えば馴れ馴れしいような気がした。

 幼馴染とはいえ、今まで疎遠だったにもかかわらず急に美月の自宅に伺うのはきっと迷惑な筈だ。ウチに美月が来るのは気にしないのだが、俺は男で彼女は年頃の女の子。美月なりの秘め事があるのは勿論、母親である朝陽さんとのやりとりを俺に見られるのは嫌だろうし、口には出さないだけで本当は俺が迎えに行くのは嫌だったかもしれない。


 いずれにせよ、心身ともに成長した今では昔のように気軽に自宅を行き来する訳にはいかないだろう。仮初の恋人同士といえど、そういった行動をしっかりと線引きしないと美月を傷付けてしまう結果に繋がりかねない。



「そ、それより、覚悟は出来てるんでしょうね?」

「? 覚悟って?」

「決まってるじゃない。私と一緒に……その、こ、恋人として高校に行く覚悟よっ」

「あ、あぁ、そのことか」



 改めて言葉にすると少しだけ気恥ずかしいのだが、俺は美月の彼氏役なのだ。

 高校生活は勿論、登下校もなるべく一緒でなければならないし、休日の際にも恋人の証明として出掛ける必要も出てくるだろう。


 これまでと違い、俺のプライベートは幼馴染である美月ありきの生活へと変化する筈だ。それに伴い、何かしら窮屈さを感じたり、日常を過ごす上で支障が出てしまう場合も無きにしも非ず。


 しかし、それはきっと美月も同じ。……いや、もしかしたら俺以上に苦しい立場に身を置いてしまう可能性も否めない。木ノ下さん達とこれからも一緒に居る関係を続けるのならば、特に。


 ならば―――、



「覚悟なんて、とっくに出来てるよ」

「そ、そう? なら安心したわ。立派に役目、果たしてよねっ」

「勿論、そのつもりだ」



 美月が傷付かないよう、俺が彼氏役として精一杯支えよう。


 俺が必要無くなる、いつかの日まで。



「ん~? なぁに二人してこそこそ話してるの~?」

「いんや、なんでもないよ母さん。な、美月」

「え、えぇ! もうすぐ夏休みだねって話してただけですよ。そ、それよりもとっても美味しそうですね!」

「あらそう? サラダとウインナー、余り物の鮭、オムレツを一つのプレートに纏めただけよぉ。美月ちゃんが来るの知ってたらもっと凝ってたの作ってたのに……」

「そんな、十分にご馳走ですよ。おばさんのオムレツ、私大好きなんです」

「すぅー…………美月ちゃん、ウチの娘にならない?」

「ぴゃっ!?」

「母さん、いい加減にしてくれよ……」

「うふふ、冗談よ冗談♪ お味噌汁とご飯よそってくるわね~」



 機嫌良さげにそう言うと、母さんは再びキッチンへと足を向けた。


 先程の娘にならない?という発言は明らかにガチトーンだった。俺は思わず頭を抱えると、ちらりと目の前に座る美月へ視線を見遣る。


 彼女は、顔を真っ赤に染めていた。



「美月、ごめん……。本当にごめん……」

「むすめ…………紬の、お、おく……っ」



 暫しフリーズしていた美月だったが、ハッと声を上げてすぐに復活。昨日に続きまたも気まずい雰囲気になりかけたので、念のため俺は気になっていることをこっそりと美月に訊ねた。



「なぁ美月」

「な、なぁに紬?」

「一応聞くが、俺たちの関係って母さん達には……」

「べ、別に言わなくても良いんじゃないかしらっ。幼馴染なんだから、また一緒に居るようになったくらいにしか思わないわよ」

「そっか」



 間もなく母さんがご飯と味噌汁を持ってきたので一旦会話は中断。


 そうして普段とは少し違う、賑やかな朝食を美月と一緒に食べて高校へ向かう準備をしたのだった。




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