第4話 嘘から始まる恋人活動、始動。





「………………」

「………………」



 緊迫した状況をなんとか乗り切った俺たちは無事帰路に着いていた。


 既に日は落ち、ここ周辺の住宅街はもうすっかりと薄暗い。頼り無さげな電灯の光が朧げに俺と美月、そして真っ直ぐに続く道を照らしている。


 因みに美月とは家が隣同士なので一緒に歩いていても問題は無い。



(うーん、この俺からは話しかけ辛い空気感よ……)



 咄嗟に「じゃあ、今日は約束していたから帰るね」と三人に別れを告げて手を繋いだまま屋上を後にしてからというものの、俺と美月の間には終始無言の状態が続いていた。


 別にこの状況が嫌という訳ではない。確かに雰囲気的に気まずいのは変わりないが、久しぶりに二人で一緒に帰るのだ。隣に居る美月との距離感がなんだか心地良いとこのときくらい思っても罰は当たらないだろう。


 俺はちらりと隣に並ぶ美月へ視線を向ける。

 美月はあれからずっと無言で俯いていており、表情は髪で隠れていて分からない。



(最初は美月が頼み込んできたこととはいえ、流石に勝手に彼氏だって名乗るのはまずかったかな?)



 やや強引だったか、と今思い返せば反省はあるが後悔は決して無かった。


 あの状況下で美月が傷付けられずに切り抜けられる方法は俺が彼氏だと嘘をつくしかなかったし、もしあのまま木ノ下さんから責められていたら、きっとあのカースト上位のグループにはいられなかっただろう。


 正直さっさと離れた方が賢明な判断だと俺は思うのだが、おそらく今日話した木ノ下さんの性格的にクラスメイトへあること無いことを吹聴されるのが美月は嫌なのだろうか。


 ―――これまで築き上げた美月自身の地位や評価。

 きっと彼女が気にするとしたらそこなのだろう。今回俺が木ノ下さん達カースト上位グループへ"美月と付き合っている"と嘘をついた影響や今後のことを考えると頭が痛くなってしまう。


 とにかく一人で考えても変わらない、と意を決した俺は美月へ話し掛けようとするが、ようやく彼女が先に口を開いた。



「………………どうして」

「え?」

「どうして、深沙達に嘘をついたの……? 私と紬が、その……付き合ってるって…………」



 じっと虚空を見つめた美月は歩きながら言葉を紡ぐ。その言葉の端々には屋上での勝ち気で刺々しい雰囲気の口調は感じられない。寧ろ彼女らしからぬひっそりとした話し方だった。


 そのまま言葉を続ける。



「紬、私の彼氏役になってっていう申し出を断ったじゃない……。迷惑掛けたくないって思って誤魔化したり、頭の中で他の方法とか必死に考えてたのに、咄嗟につきたくも無い嘘つくなんて何考えてんのよ……」

「……美月」

「もともとアイツらに嘘ついた私の自業自得なのに……、私が、いきなり紬を巻き込んだのに……何も自ら犠牲になること無いじゃない……っ。どうしてあのまま、私が嘘でしたって打ち明けるまで待ってられなかったのよぉ……!」



 ぽつりぽつりと言葉を連ねる美月だが、俺を責める様な口調の割にはどこか痛々しい。今にも涙を流しそうな程落ち込んだような表情を見せる辺り、どうやら美月なりに後悔しているようだった。



「…………ううん、ちがう……違うの……っ。こんなこと、言いたいんじゃなくて……っ!」

「………………」

「ごめん、ごめんなさい……! ホントは、本当はこんな筈じゃ……っ」

「―――美月」



 悲痛な声を洩らす美月へ俺は立ち止まって声を掛ける。僅かに肩を震わせた彼女だが、気にすることなく俺は口を開いた。



「俺さ、美月と久しぶりに話せて嬉しかったんだ」

「え……?」

「中学を境に疎遠になって、平凡な俺とは違ってどんどん綺麗になっていく美月と会話することがなくなって……。もう二度と、あの頃みたいに気軽に話す機会なんて来ないまま大人になっていくんだって思ってた」



 幼稚園や小学校の頃はみーちゃん、つーちゃんと互いに呼び合っていたし、様々な話をしたものだ。きっと美月は覚えていないだろうが「おおきくなったらつーちゃんとけっこんするー!」とまで言っていたくらいである。


 子供の戯言。俺は勿論、たぶん美月も本気にはしていないのだろうが、俺たちが親しい幼馴染だったのは間違いない。きっとこの関係性が続いていくのだろうと無意識に思っていたのがこのザマである。


 話を戻そう。



「―――放っておけなかったんだ」

「…………っ!」

「今まで疎遠だったとしても、自然と口数が減っていっても。美月が俺にとって大切な幼馴染であることは変わりないよ」

「つ、むぎ……っ」

「それに、今にも泣きそうになってる美月を助けてなかったら男が廃るだろ?」



 少しでも励まそうと、俺はおどけた口調で口角を上げる。


 一瞬だけくしゃりと表情を歪めた美月だったが、すぐさま腕で目元をごしごしと擦るとこちらへ向く。僅かに瞳の周りは赤くなっていたが、先程よりかは憑き物が落ちたような顔をしていた。


 俺が穏やかな視線を向けていた事に気が付いたのだろう。ハッとした彼女は頬を染めながらそっぽを向くと、口を尖らせながらこう呟いた。



「べ、別に泣きそうになんてなってないし……っ」

「あーさいですかー」

「…………ほ、本当に、良いの?」



 ちらりとこちらを見ると、彼女らしからぬしおらしい態度で訊ねてくる。


 言葉にはしていないが明らかに美月の彼氏役の件についてだろう。

 状況的に仕方ないという部分もあるが、幼馴染として美月を守りたかったというのが本心だ。美月と同じカースト上位グループに居る木ノ下さん達次第だが、今後の高校生活で彼氏役として振る舞う必要も出てくるだろうし、やっぱりやめましたなんて一度言ったことを覆すなんて格好がつかない。


 正直、平凡な俺が彼氏役になることで美月が酷いことを言われないかだけが心配だが、いざとなれば俺が悪者になって別れれば良い話である。



「あぁ、今日から俺は美月の"彼氏"だ」

「私は、紬の"彼女"……。ねぇ、紬」

「んー?」

「その、ね……、ありがとうっ」



 そう言って美月は表情を綻ばせながら感謝の言葉を述べる。


 不意に向けられた笑顔に少しだけ心を乱された俺は、悟られたくなくて。



「どういたしまして―――みーちゃん」

「んぎゅっ」



 美月は変な声を出してから顔を真っ赤にすると、学校では絶対に呼ばないでと強く言われてしまった。


 照れ隠しのつもりだったが、なんだかまたあの頃に戻れたような気がしてじわりと胸の内が暖かくなった。反応がとても可愛かったので、これからはたまに呼ぼうと思う。


 ―――こうして俺は今日、幼馴染である美月と偽の恋人になった。

 美月は俺の彼女として、俺は美月の彼氏役として明日から学校で振る舞うべく、様々な決め事を二人で考えて案を出し合いながら自宅へ足を進める。


 制服のポケットに突っ込んだ両手には、美月の柔らかい手の感触と温もりが心なしか残っているような気がした。













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どうもぽてさらです(/・ω・)/


一応、ここまでがプロローグとなります。

元々嘘告系のラブコメが書きたくて執筆したのですが、残念ながらストックがありません……。勿論これからも頑張って執筆・更新し続けますが、投稿は不定期になります。ご期待して下さる読者様には大変申し訳ありませんが、是非これからも温かく見守って頂けると嬉しいです!


ではでは失礼します~!

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