第3話 幼馴染の幼馴染による幼馴染の為のウソ
茜色が差す屋上に、冷たさを含んだ生暖かい風が吹き込む。
だけれど、きっとそれだけが原因ではないのだろう。小さく肩を震わせた彼女は狼狽えながらも、弁明するかのように言葉を続けた。
「っ、私は、別に、そんなつもりじゃ……っ」
「確かに、俺は美月の力になりたいって考えてたよ。それは認める。でも、それとこれとは違うだろう。俺は誰かと、例え美月でもそんな理由で、軽い気持ちで付き合うような真似はしたくない」
俺は美月へ真っ直ぐに視線を向けながら、はっきりと自分の気持ちを告げる。
結果として嘘告だったとはいえ、きっと彼女も心のどこかで恣意的な行動だと理解しているのだろう。そうでもなければ、最初に告白してきた時にあんな申し訳なさそうな表情などしない。
美月にも後に引けない部分があったのだろうが、当然俺にもあるのだ。付き合うのならば、本気で好きだという気持ちがなければ相手にも、そして自分自身にも誠意に欠ける。
「そもそもどうして俺だったんだ? 俺が幼馴染とはいえ、美月なら引き受けてくれる男子は引く手数多だろ」
「わ、私だってたくさん悩んだわよ! でも……」
「でも?」
「だって、彼氏って考えたら……、えと、その、紬以外、考えられなくて…………」
「?」
顔を真っ赤にしながら次第に声量が萎んでいく美月の様子に、思わず俺は首を傾げる。最後の部分はよく聞こえなかったが、一体なんと口にしたのだろうか。
たくさん悩んだ、ということは美月なりに様々な葛藤に苛まれたのだろう。
彼女はギャルっぽい見た目の割に根は真面目で優しい。交流も広い彼女ならばもしかしたら他に頼れる男子もいたのかもしれないが、それでもクラスの中でも目立たない俺を選んだのは何か思うところがあるようだ。
頼ってくれるのは嬉しいのだが、なんだか俺の胸にはやるせない気持ちが去来した。
いずれにせよ、美月の力になりたいことは変わりないので、なんとか彼氏役以外の解決策を模索する必要がある。その為には未だ目の前でもじもじと体を揺らしている彼女とじっくりと話し合うべきだろう。
「とにかく、なにか別の方法を―――」
「―――あー、美月こんなところにいたんだぁ~」
「「ッ!!」」
突如、放課後の屋上に甘ったるい声が響く。
俺と美月は咄嗟にその方向へと振り向くと、屋上の入口付近から三人の女子生徒がこちらへと向かってきていた。その口ぶりから察するに、普段美月が一緒に過ごしている星川さんを含めたグループの女子たちなのだろう。
あまりにも突然の出来事に思わず唖然としてしまう俺。
いきなりの展開に俺は慌てて美月へ視線を遣るが、当の彼女は顔を引き攣らせながらもぶんぶんと首を横に振る。どうやら美月も想定していなかった事態らしく、その表情にはどうしようという感情が目一杯広がっており、今にも泣きそうだった。
幸いというべきか、その少女らを見つめる俺と美月の背後から夕陽が差しているので、向こう側からは美月の姿がぼんやりと見えるだけで俺の顔や容姿などはまだ分からない筈だ。距離も十数メートル離れているのだが、いくら教室で俺が目立たないとしても向こうには星川さんがいるので、俺がクラスメイトだとばれるのもきっと時間の問題だろう。
「もー美月ったらぁ、一緒に帰ろうと思ってたらウチらに断りもなく急に教室を出てくんだもぉーん。探し回って脚がパンパンだしぃ、おかげでこれからトモくんと過ごす時間減っちゃったんですけどぉ」
「そうだそうだー!」
「あははー、いやごめんねみんみんっ! 最初は何事かって心配したんだけど、直感っていうのかな? これから恋人に会うんだーって、なんかビビッときちゃったんだよ~! そしたら案の定、ね?」
クラスメイトにして昼休みや帰宅時など美月とよく一緒に過ごしている女子グループのメンバー、
星川さんと違い、木ノ下さんと古見さんとは同じクラスでも全く接点が無いので一度も話したことは無いのだが、雰囲気や特徴など一言で表すのならば木ノ下さんは気だるげな綺麗系ギャル、古見さんは糸目をしたツインテロリといった具合だろうか。
一方の星川さんは、にぱっとした笑顔がとても似合う程に容姿が優れている。艶やかな金色の長髪をポニテに纏めており、その性格は美月も言っていたが天真爛漫と表現出来るほど明るく、コミュニケーション力がお化け級の陽キャ美少女だ。
差別すること無く誰とでも分け隔てなく話し掛けることから学校では結構な有名人で、その容姿と性格から『天使』と呼ばれているらしい。
あの可愛い容姿なのに、実は推しメンに十数万円以上貢ぐドルオタ……サブカル系女子だと知ったときはとても意外だったが。
(やっば、咄嗟に隠れようにももう手遅れだ……。いきなりこの場から逃げ出したとしても不自然だし、もしかしたら美月が星川さんを除いた二人から責められる可能性だってある……! 詰んだ……っ!)
先程彼女らが言葉に出した内容から察するに、美月がマウントをとってくると言っていた人物はきっと木ノ下さんなのだろう。心配をするフリをしてしれっと最後に恋人いますよアピールしてきたし、古見さんに至っては木ノ下さんに同調する形で美月へ不満げな表情を向けていた。
星川さんはきっと二人を宥めながら本気で美月のことを心配したのだろうが、彼女は彼女で好奇心旺盛なところがある。美月が星川さんから質問攻めになる未来が簡単に予想出来てしまうので、彼女に後を任せようとしても、この状況はどう見ても八方塞がり感が強い。
緊張していたのか、いつの間にじわりと額に脂汗を浮かべる俺。
ちらりと隣に立つ美月へ視線を向けるも、今にも口から魂が出そうな程に
そして、遂に互いの顔が見れる距離まで近づくと、
「―――――――――え」
木ノ下さんと古見さんから一歩離れたところで、唖然とした様子の声が聞こえる。その声の方向を見遣ると、目を見開いた星川さんが俺の顔を見て立ち尽くしていた。
それもその筈だろう、俺が美月と幼馴染ということは星川さんには一切話していないのだ。今頃どうして美月と無関係(だと思っている)なクラスメイトの男子が、ここに居るのだろうかと困惑しているに違いない。
だけど何故だろう、固まった表情の奥で何処となくショックを受けているようにも見えるのは気の所為か。
そんな星川さんを余所に、まず始めに木ノ下さんが口を開いた。
「んぅ? そこに居るのは確か一緒のクラスのぉ…………
「あはは、
「あーそうだそうだぁ、いっつも教室で静かにしてるから名前間違っちゃったぁ。てへぺろぉ♪」
「地味地味~!」
「あはは…………」
どうやらクラスメイトだと認識はされていたようだが、名前までは覚えていなかったようである。仕方ない、と言えばそうなのだが、それはそれでちょっぴり悲しい。
事実ながらも、木ノ下さんと古見さんの心ない言葉に俺はなんとか渇いた声で誤魔化す。彼女らに比べたら俺の立場など無いに等しいので、ここは適当に場を合わせるしかなかった。
だがしかし、どうやら復活した様子の美月が若干刺々しい口調で声を上げる。
「……ねぇ、ちょっと言い過ぎでしょ」
「えー、そぉー?」
「ジジツでしょー!」
「わ、私も言い過ぎかなって思うなー? ……そ、それでねみんみん。ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「え、えぇ、なにかしら、
「あはは、えーっと……。ど、どうしてつむぎんと一緒に居るのかなー?って、思っちゃったりー……!」
引き攣ったような笑みで美月にそう訊ねる星川さん。
彼女はやはり俺と美月の関係性が気になっているようで、それは木ノ下さんと古見さんも同様なのかうんうんと頷く反応を見せている。
きっとどう言い訳しようかと頭を悩ませていたのだろう、しばらく視線を泳がせて逡巡していた美月だったが、ようやく紡いだのは次の言葉だった。
「そ、それは…………、紬とは、おっ、幼馴染なだけ、だから」
「そ、そうなんだぁ……! 実はみんみんってつむぎんと幼馴染だったんだね! 初めて知った~!」
「えぇ、そ、そうなのよっ! 別に今まで言う必要が無かったから言わなかっただけで―――」
「―――え、彼氏じゃないのぉ?」
『ッッッ!!??』
このまま誤魔化せるだろうか、と気を緩めた瞬間に、気だるげな木ノ下さんの何気ない言葉が俺、美月、そして何故か星川さんにも突き刺さる。
彼女はそのまま言葉を続けた。
「だってぇ、屋上で二人きりだよぉ? 彼氏なら分かるけどぉ、流石に幼馴染って理由だけなのは無理ないぃ?」
「そ、それは……っ」
「この学校に実は彼氏いるって前に自信満々に言ってたじゃん~。かと思えばそこにいる柊クンとは幼馴染な関係だけって言うしぃ、男子と話してても美月が楽しく話してるなんて光景、一度も無かったしぃ……。あれ、もしかしてさぁ」
ずいっと木ノ下さんは美月の近くまで寄ると、彼女の血の気が引いた顔をそっと覗き込む。そしてにやり、と睫毛の長い目元を曲げると、うっすらと口角を上げた。
その瞳の奥は、一切笑っていない。
「―――今まで彼氏いるってウソついてたぁ?」
「「ッ!」」
「あーあぁ、ショックだなぁ。まさかウチらにウソをついてたなんてなぁー。美月のこと友達だと思ってたのにぃ、そう思ってたのは私だけだったんだぁ~。まぁそもそも他に恋人がいたとしてもぉ、幼馴染とはいえ二人きりで会うってやばぁ~。ねー金芽ぇ?」
「え!? あ……う、うん! やばやばー!!」
まずい。なんだかこの状況はとってもまずい気がする。
俺と美月が恋人関係ではないのは間違いない。こうして会話すること自体久しぶりだし、今まで碌に言葉を交わさない程に疎遠だったのだ。
突然俺を彼氏役にしようとしてきたのは驚いたが、俺なりの思いを説明して断り、別の方法を模索しようとしたところで彼女らが来たのだからなんともタイミングが悪い。
木ノ下さんと古見さんと初めて言葉を交わしたが、彼女らの態度を鑑みるに美月は相当切羽詰まっていたのだろう。遠目からは仲が良さそうに見えたものだが、こうしてみるとなんとも面倒そうな関係だ。
このまま彼氏がいるというのは嘘だったと彼女らに認識されてしまうと、グループ内での美月の立場が危うくなる可能性が高い。
「…………っ」
改めて美月へちらりと視線を向けるが、彼女は唇をギュッと真一文字にしながら思い詰めたような表情をしている。この状況を切り抜ける方法を必死に考えているのだろうが、きっと何も思い浮かばないのだろう。
こうみえて、美月は人一倍抱え込みやすい人間である。
先程俺が彼氏役は出来ないときっぱり断ったばかりだし、そんな思いを無碍にして踏み躙るほど美月は不真面目ではないのだ。彼女のことだ、きっと今頃心の中では俺を巻き込んだことへの後悔と、このままプライドを捨てて嘘でしたと素直に言おうか言うまいかと葛藤しているに違いない。
まぁそもそも、自らの嘘がこのような事態を招いているので、自業自得と言えばそうなのだが……。
(……はぁ、仕方ないか)
幼馴染として、今にも泣きそうな表情をしている彼女を放っておくことは出来なかった。
「……ごめん、俺が美月に隠すように伝えたんだ」
「え……っ?」
「ほら、美月って可愛いからさ。もし教室で目立たない俺と付き合っているって知られると、色々迷惑を掛けるかもしれないから。俺の名前を出さなかったのも、美月なりの譲歩だと思う」
「そ、それってさ、つむぎん。つまり、二人って……」
だからこれが、幼馴染である美月に対して
笑みを浮かべながらも何故か声を震わせている星川さんに対し、俺は肯定するかのようにそっと隣に居る美月の手をそっと握った。
びくり、と驚いたのか身体を震わせた美月だが、俺は決して手を離さぬようさらに力を込める。そして、緊張しながらも笑みを浮かべると―――、
「うん。―――俺たち、実は付き合ってるんだ」
唖然としている表情を浮かべている彼女らに、そう告白したのだった。
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