1・4招待状

 リヒターとの別れ際、顔を見せてと頼んでみたけど、案の定断られた。

「だからといって手配犯じゃねえからな」

 それだけ言って、顔を見せたくない理由は教えてくれなかった。手の甲の傷で判別できるからいいだろ、だってさ。やっぱり怪しい。


 そしてこんなに怪しい男に頼ろうとしている私って。他に選択肢がないとはいえ、判断を間違えたかな。




 ◇◇



 帰宅すると、王宮から舞踏会の招待状が届いていた。内容はいつも通り。だけどリリーによると、フェルグラートの新当主も招かれているそうだ。兄さまに確認をしたらそもそもこの会は、新当主を呼ぶために開かれるという。宮廷でも相当な話題になっていて、ついに陛下が招くことを決断したとのことだった。



 ゲーム『宮廷の恋と野望』では、この美貌の公爵は二人目の攻略対象だ。私は彼に片思いをしていて、主人公の邪魔をすることになっている。名前はクラウス・アルベルト・コーネリア・フェルグラート。我が国では珍しい長い名前だ。特別感が半端ない。


 だけど、私が前世の記憶を取り戻したときに、フェルグラート家にこの美貌の青年はいなかった。彼と同じ年の青年はいたけれど、名前は違うし、申し訳ないけれど平々凡々な顔立ちだった。


 ゲームでも彼のバックグラウンドは詳しく触れていなかったから、こっそり調べたんだけど。なぜなのか、たいしたことは分からなかった。


 判明したのは、彼の母親は今の陛下の異母妹であること。その母は彼を産んですぐに亡くなったこと。彼は子供の頃に出家して修道院に入ったこと。フェルグラート家にいる平凡な青年は異母弟で、彼が次期当主であること。それだけだった。


 疑問だらけだったけど、それ以上の情報はないし本人はどこにいるかもわからないしだったので、私にできるのは時期を待つことだけだった。


 それが数ヶ月前、フェルグラート家の事態が動いたのだ。前公爵と次男が乗った馬車が事故を起こして川に転落。次男は亡くなり、父親は重傷を負った。噂によると首の骨が折れて体が動かなくなったという。


 そして修道士だった長男が還俗をして爵位を継いだ。


 噂によれば新当主の美貌は母親譲りらしい。彼女の美しさは諸国にまで知れわたるほどだったとのこと。だから母親を知る貴族や庶民が、一様に期待し浮かれているみたいだ。


 確かに攻略対象の中でも抜きん出た美青年設定で、一番人気のキャラだった。

 ただ性格がチャラい女好きだったから、私は興味がなかった。私は真面目で紳士なひとが好き。前世も今世も。


 にしても、つい先日まで修道士だったのに、チャラい女好きなんてことがあるのかな。それとも還俗した反動でそうなっちゃっうのかな。


 とにかく、この人には関わりたくない。

 まったく好みのキャラではないし、悪役令嬢になるのも嫌。そして最大の理由。この青年を私は親友と取り合うのだ。親友は悪役令嬢その2だ。

 私たちは彼をめぐって張り合いながら、別々に主人公に嫌がらせをする設定で、そんな未来は考えるだけでうんざりしてしまう。





 届いた招待状を穴があくほど見つめながら、どう対応するのがベストなのかを考える。


 彼には関わりたくない。舞踏会に行かなければ、今回は出会わずにすむ。だけれど彼はゲーム開始までには政府の要職につくはずだ。今回回避できても、いずれどこかで出会うだろう。


 だから参加するべきなのか。


 記憶の中のゲームのキャラを思い出す。

 白磁の肌に波打つ銀髪。濃い翠の瞳だったはず。落ち着いた物腰で優雅。ただ少しだけ体が弱く、食が細い。

 その辺を主人公がうまく気遣って攻略するらしい。私はまだやっていなかったけど。


 あのキャラが実際に動く人として目の前に現れて、私は好きにならないでいられるだろうか。好みでないのは確実だけど、自信はない。


 そりゃイケメン好きだから乙女ゲームをしていたわけだし。

 いくら私にその気がなくてもゲームの力が働いて勝手に好きになっちゃうかもしれない。

 そもそも……。




 ため息をついて。

 まずは親友の出方をみるか、と結論づけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る