エイプリルフール EX
エイプリルフールにちなんで、嘘のお話をでっち上げました。何でも許せる方向けです。
残念ながら、どうあがいても本編ではこうはならないので、ご承知ください。
***
私は、走る。私の小さな体の何倍も大きな大きな島を、走りまくる。この島ぜーんぶ、私の家なの。すごいでしょ、ふふん。
どこまで走っても、全部、私のお庭なの。砂浜は白くて、サラサラ。海はすごくきれいな水色で、底までバッチリ見えてる。登れる木はたくさんあるし、食べられる植物だって、たくさん生えてるんだから。
危険な動物とかも住んでるらしいんだけど、私は見たことがない。買い物は外の島で済ませちゃうから、狩りをする、なんてこともしない。でもね、動物のお友だちはたくさんいるんだよ。
「よしっ。今からここに、ヒミツキチを作ります! みんな、やることは分かってる?」
森の動物の友だちみんなに声をかければ、それぞれの鳴き声で返してくれる。
「いい? ヒミツキチだからね? ママたちにバレたら負けなんだから。みんな、シンチョーにね?」
じとーっと、みんなが見てくる。
「な、何よ。私が一番心配だとでも言いたいの?」
うん! と、そろってうなずく。
「そんなことないもん! 私、ナイショにするの得意だもん! ママがパパをめちゃくちゃ好きなこととか、パパにちゃんと隠してるんだから!」
やれやれ、とでも言いたげな様子で、みんなそれぞれ、やることを始めた。
「ふっふっふ……。これで、ママたちをビックリさせてやるんだから……あいたっ!?」
リスが、背中に木の実を投げつけてきた。
「はいはい、手伝えばいいんでしょ。分かってるってば。急かさないでよね」
生い茂る木はまばらに生えていて、横たわった太い木の枝を乗り越えないと進めないところもある。その逆で、「だるまさんがころんだ」をするのに、どの木までも遠すぎるところもある。
実は、一年前から地図を作り、そういう、木が少ないところに目印をつけておいたのだ。そして今日、この場所にヒミツキチを建てることに決めた。
理由はただ一つ。――ズバリ、魔法が使えるようになってきたから!
八歳になり、みんなと同じように魔法が使えるようになった私は、けっこう、魔法の才能に恵まれているみたいだった。
木の枝みたいに軽いものなら浮かせられるし、高い木の上のくだものを取ることもできる。魔法が使えれば、ヒミツキチを作るにもベンリだ。
――黙々と作業を進めているうちに、だんだん、見えづらくなってきて、空を見上げる。
「ん、暗くなってきた。もう帰らないと。できあがったら、みんなでお昼寝したり、木の実を食べたり、いっぱい遊んだりしようね! またねー!」
でこぼこした森を、全力で走ってママのところに戻る。小さな丸太のログハウスは、私が生まれる前にママとパパが島の木を使って、一緒に建てたんだって。
「ママ、ただいまー!」
明かりのついた、美味しい匂いのする、私の家。電気はないから、魔法で明かりをつけてるんだって。
「おかえりなさい、アイネ。……また随分と泥だらけですね」
「遊びまくってきた!」
「楽しかったですか?」
「うん!」
「それは何よりです。……やはり、先に、お風呂に入れるしかなさそうですね」
鍋にかけていた魔法の火を消して、ママは銀色の鍋に蓋をし、エプロンを脱ぎ始める。
「え! シチューは!?」
「よくシチューだと分かりましたね?」
「うん! すっごくいい匂いだったもん!」
「でも、お預けです」
「い!? にゃんで!?」
「アイネが汚いからです」
「きたにゃっ!? アイネ、汚くないもん!」
「では、ばっちいからです」
「ばっち……? ……同じじゃん!」
「早くお風呂に入ったら、早くシチューが食べられ――」
「入るー!」
「――先に手洗いうがいをしてくださいね」
脱衣所で、ぺぺぺっと服を全部脱ぎ、すっぽんぽんで待っていると、ママがため息をついた。
「アイネ。脱いだ服はちゃんと、洗濯かごに入れてください。すぐそこにあるんですから」
「えー、やだ」
ママは、何も言わず、代わりに、自分の脱いだ服を、しゅっ! と、投げて、かごに入れ始めた。
「なにそれなにそれ! アイネもやる!」
足元に散らばる服を、ぜんぶ投げて、かごに入れる。最後の一つ!
「ぜんぶ入ったー!」
「さすがアイネ。ぜんぶ入れられて偉いですよ。……少し冷えてしまいましたね。早く入ってしまいましょう」
「入ってシマウマショー!」
くすっと、ママは笑って、シャンプーハットを持ち、私とお風呂場に入った。
「ママ洗ってー」
「アイネは一人でお風呂にも入れない、おこちゃま、なんですか?」
「うぐっ……べ、べつにぃ? 一人でできるもん。できるけど、たまに洗ってくれるじゃん」
「まだまだ下手くそですからね」
「うにゃーっ! 今日、めっっっちゃきれいに洗うから! 文句なんて受けつけませーん」
「あら、それは楽しみですね」
ママが頭を洗っている横で、私もシャンプーハットをつけ、がんばって洗う。わっしゃわっしゃ。
「こら。泡を飛ばさない」
「やだー」
「では、次に飛ばしたら、アイネの負けということで」
「負け……!? 負けたら、どうなるの?」
「ママのおやつが増えます」
「何それー! じゃあ、アイネが勝ったら?」
「アイネのおやつが増えます」
「じゃあ飛ばさない! 飛ばさないから、ちゃんと増やしてね?」
浴槽へと向かうママに、私は強くお願いする。浴槽の端っこにひじをつけて、ママは答える。
「ええ、ちゃんと見ておきますよ。少しでも飛ばしたら、負けですからね?」
「少しでも……!?」
のそーっ、のそーっと洗う。飛ばさないよう、飛ばさないよう。
「……時間がかかりすぎると、おやつは抜きになります」
「なんでよ! そんなの聞いてない!」
「今、言いましたからね」
「ずるい! やあだ! もう流す!」
ママは困った顔をしていた。困った顔をして、浴槽から出て、私の頭を洗い始める。
「今日だけ特別ですよ」
「……えへへ」
ママの指が頭に当たる感触が、私はすごく好きだ。頭がマッサージされているみたいで、気持ちいい。
「はあ……。なかなか、うまくいきませんね」
「何の話?」
「いえ、こちらの話です」
タオルを巻いて、ちゃぽんとお湯につかると、体が温まってくる。気持ちいい。
「ほけー」
「アイネはお風呂が好きですね。――それで、今日はどんなことがあったんですか?」
「今日はねー――」
ヒミツキチを、と言いかけて、私ははっと、思い出す。それは、ヒミツなのだということを。
「べ、別にー。いつも通り、動物さんたちと遊んだだけだよー?」
「……へえ?」
めちゃくちゃ疑われてる! アイネ、ピーンチ!!
「ただいまー」
そのとき、玄関から、ただいまが聞こえてきた。
「パパ、おかえりー!」
「おかえりなさい」
お風呂場から大きな声で、おかえりを言う。
「鍋にシチューが入っているので、先に食べててもいいですよ」
「いつもありがとう。ゆっくり入ってていいよ」
パパはそう言うけど、ママはいつも、パパが帰ってくるとすぐに、お風呂から上がる。
「ママ、もう行っちゃうの?」
「パパを呼んできますから、一緒に入ってください」
「はーい」
あ、いいこと思いついた! こうやって、仰向けで浮いてれば……。
「アイネちゃーん、パパ入るよー……って、し、死んでる!?」
「……」
「あ、アイネちゃん?」
私の背中を手で支えて、パパは心配そうに話しかけてくる。
「…………」
「こちょこちょ……」
「ふっ! あはっ、あははっ!」
耳をくすぐられて、思わず、笑ってしまった。
「パパ、ヒキョー! ハンソク!」
「おっ、生きてた生きてた」
「なんで分かったの!」
「ん? 顔が笑ってたから」
「にゃーっ……」
次はちゃんと、死んだ顔を勉強しておこう。
***
パパと一緒にお風呂から上がると、ママが長い髪を魔法の風で乾かしていた。音はしないけれど、髪がなびいているから、すぐに分かった。
「アイネちゃん出来上がりましたー」
「できあがりましたー!」
「ありがとうございます。では、拝借して」
パパからママにハイシャクされた。
「では、ママチェックに入りましょうか」
「今日は何点!?」
「んー……」
ボタッ、ボタッ、と、髪から水が垂れているのに気がつき、私は慌てて、タオルで髪を拭く。これで完璧――。
「十ニ点ですね」
「なんでよ!?」
「髪の毛をママに洗わせたこと、泥だらけで帰ってきたこと、洗濯ものを投げて入れたこと、ネットに入れなかったこと、髪から水が滴っていたこと、その水でここまで全部水浸しになっていること、ボタンが段違いになっていること、帰ってきたとき靴が脱ぎっぱなしだったこと、でまず八点、マイナスですね」
「多いよ!? ……あとの、えっと、えーっと、ちょっと待ってね。百引く十二は、八十八でしょ? そこから八を引いて――八十! あとの八十点は、どこに行ったの?」
「お風呂に長く入って休日出勤帰りのパパに気を使わせたこと、パパにたちの悪いイタズラをしたこと、それから、パパと仲良く一緒に二人でお風呂に入ったことですね」
「全部パパじゃん! 最後の私、何も悪くないし!」
「パパに気を使わせたのが十点、イタズラしたのが二十点、残りの五十点が、パパとお風呂に入った分です」
「なにそれ!!」
「ママがパパをお出迎えできなかった分、十点引いて、二点にしてもよかったんですよ?」
「うにゅにゅうぅー……ママの、バカ!」
「私のほうがパパのことを好きなんですから、アイネは譲るべきでしょう?」
「やだ! 私のほうがパパのこと、大大大大好きだもん!」
「ちょっとママ。早く乾かしてあげないと、アイネちゃん、風邪引くよ?」
いい匂いを引き連れてきたパパが、私の味方をしてくれた。ふふん。
「……分かってます。さあ、乾かしますよ」
「やだ! パパがいい!」
「ちょっとアイネちゃん。そういうこと言うと、ママがショック受けるからダメだよ」
「……ふふん」
「うにぃーっ!!」
得意げなママのおでこを、パパは優しくつつくと、あぐらをかき、私に膝の上に座るよう言った。パパはもう乾かし終わったらしく、私の頭をタオルで拭いてくれる。
「あ、ママ。明日、まなちゃん預かってくれるって」
「……! そうですか! すぐにお礼の電話、しておきますね!」
「僕が直接伝えた意味、なくない? どうせ明日、来るんだし」
「私が電話したいだけですから。口実があればなんでもいいんですよ」
「ほんと、ママって、変わらないよね……」
頭を乾かされ、くしでとかれ。「はい、終わったよ」と、パパから解放される。
去年までは、魔法が使えない私だけ、ドライヤーで乾かしていた。電気を魔法でハツデンする、なんて、なかなかに難しいことをしていたらしいが、今は魔法で乾かしてもらっている。
その理由は簡単で、魔法が使えない子どもには、魔法が効きづらいから。それだけだ。
リビングの椅子に座れば、机にはシチューとパンが並べられていた。この椅子と机も、器もスプーンも、ぜんぶ、ママとパパが作ったんだって言ってた。
三人で椅子に座ると、いつもみたいにママが声をかける。
「はい、手を合わせて」
ぱっちん。
「いただきます」
「いただきます!」
パンをシチューに浸して食べる。ママの味だ。パパのほうが料理は上手いけど、パパがお仕事のときはいつも、ママが作ってる。
「ねえ、まなちゃん、って、たまに来る人?」
そう尋ねると、パパは隣のママを見て、ママはアイネを見て、うなずいた。
「はい。この前、アイネとお散歩してくれた人ですよ」
「あの、白くて目が赤くて、かわいい人?」
「はい。まなさんはとってもかわいいです」
「お花の図鑑くれた人?」
「はい。アイネのために色々してくれます」
「ふーん。私、あの人、好き! たくさん遊んでくれるから!」
そう言うと、ママもパパも、嬉しそうに笑った。
「アイネ。顔にシチューがついていますよ」
「えー、とってー」
「私が――」
「僕がやるよ」
立ち上がりかけたママより先に、パパが私の口を拭く。むっとした顔をしているママに、私はいつものママをマネして、ユーエツカン? みたいな顔をしてやった。
ごちそうさまをして、私はパパと、ゲームをする。学校の宿題は昨日のうちに終わっているから、今日と明日は遊びたい放題だ。なんなら、自主学習もしているため、ドリルは、やったところは全部、三回ずつやっている。
「おりゃおりゃおりゃ!」
「おっ、強くなってきたね、アイネちゃん」
「ふふん、そうでしょー! えいっ!」
「わー、負けたーっ!」
「パパ弱すぎー」
「はい、精進します。――さ、そろそろ、歯磨きしよっか」
「はーい!」
セーブってどうやるんだっけ? なんて言っている、いつもどおりのパパから、私はコントローラーをひったくり、セーブする。
「どこでセーブするんだっけ?」
「ここだよ。ここを押すと、この画面になるから――」
「うーん、何回聞いても、よく分かんないなあ」
「パパ、ゲーム向いてないんじゃない?」
「ははっ、かもね」
ポンポンと頭を撫でて立ち上がるパパを追いかけていくと、歯ブラシを渡される。
「磨き終わったら、パパかママに見せるんだよ?」
「はーい!」
洗面所の鏡の前で、私はしゃこしゃこと歯磨きをする。
「ママ、洗いもの、ありがとう」
「こんなことでお礼を言ってくれるのは、あなたくらいでしょうね」
「はは。いつもありがとう」
歯磨きをしている間は、パパをママに譲ってあげる時間だ。いや、寝るときも、二人だけ一緒に寝ているから、歯磨きが始まったらか。たまに、寂しくなって、一緒に寝に行くけれど、入ってきちゃダメ、と言われている日もある。
「今日はいつもより遅かったですね?」
「あーうん」
「また、仕事を押しつけられたんですか?」
「まあ、入ったばかりだからね。そんなもんじゃない?」
「……今日も一人だけ残らされたんですか」
「んーまあ、そうかも」
「ふざけてますね。入ったばかりなら、なおさら、おかしいです。あなたも適度に断らないと、そのうち体を壊してしまいますよ」
「心配してくれてありがとう」
「なんでもかんでも、お礼を言っておけば済むと思わないでください」
「でもさ。今のうちにしっかり、成果を上げておけば、後から楽になると思うんだよね」
「仕事を選ばないのと使いっぱしりは、全然違いますよ」
「それはそうなんだけど……」
「あなたは、優しすぎるからナメられているんですよ、分かっていますか!?」
いつも、パパはママにいじめられていて、可哀想だ。でも、パパはこういうママの扱いに慣れている。
「分かった。次はちゃんと、早めに帰ってくるから」
「――本当ですか?」
「うん、本当に。僕が早く帰らないと、君が寂しいみたいだからね」
「さっ、寂しくなんてありません。本当に」
「じゃあなんでそんなに、早く帰ってこいって言うのさ?」
「そ、それは……」
こんな感じで、ママがやられて終わる。この話を学校の友だちにすると、決まって、「アイネちゃんのパパとママ、仲いいねー」と言われる。だからきっと、仲良しなのだろう。二人が仲良しなのは、私も嬉しいけど、なぜか、邪魔したくなる。
「ママ! 歯磨き終わったよ!」
パパの目から逃げるみたいに、顔をそむけていたママは、耳が真っ赤になっていた。照れているときのママは、いつもこういう顔をしている。
「アイネ――何をそんなに怒っているんですか?」
「別に! 早く見て、寝るから!」
ママはパパの顔を見上げる。パパは、ぜんぶ分かってます、みたいな顔をして、
「大丈夫だよ。アイネちゃんのママは、アイネちゃんだけのものだから」
と、ビミョーにずれたハツゲンをする。
「パパも私のでしょ!」
「……ああ、そっかそっか。ごめんね?」
「いいけど、別に!」
「こら、アイネ。何を言っているんですか。パパは私だけのものですよ。アイネにはもったいなくて、あげられません」
「えっ!?」
私が何か言い返してやろうとしたそのとき、パパがあまりにも大きな声を上げるものだから、びっくりして、声がどこかに引っ込んでいってしまった。
「……どうかしましたか?」
「え、あ、いや、な、なななんでもない」
「めちゃくちゃ何かありそー」
「怪しいですね」
「あやしー」
珍しく、ママとケッタクして、私はパパに近づいていく。
「あ、歯磨き終わった? さ、寝よ寝よ、アイネちゃんはもう、おやすみ。ね?」
「……はーい」
すごく気にはなったが、パパの言うことは聞くことにしている。だって、パパのこと好きだもん。
「おやすみー」
「おやすみ、アイネちゃん」
「おやすみなさい、アイネ。……あ、言い忘れるところでした」
何を言われるのか分からず、私はちょっと期待して待つ。
「明日の間、アイネをまなさんに預けることにしたので、失礼のないようにしてくださいね」
「……どういうこと?」
「さっき言ってたまなちゃん、って人がうちに来て、一日、アイネちゃんのお世話をしてくれることになったんだ。前にもそういうことがあったんだけど、覚えてないよね」
「ママたちは?」
「あー、ちょっと、用事があってねえ」
と言いつつ、ちらっと、お互いに視線を合わせるその感じは、もう絶対に、間違いなく、デートだ。前に、ドラマ好きの友だちの家に遊びに行ったとき、同じようなシーンをみた。
ちょっともやもやしていたけれど、ベッドで横になると、私はすぐに、眠りについた。
***
島からママの運転する船で、本島に渡ると、船着き場で、見覚えのある白い髪の女の人が待っていてくれた。
早々と私をその人に渡したママは、「明日、学校が終わったら迎えに行きますね」と、それはもう、すっごく嬉しそうな顔だった。ムスメが見ている前なのに、パパと手とか繋いじゃって。なんなら、頬にキスとか、肩に頭を擦り寄せたりとかしちゃって。挙げ句、スキップしながら、去っていった。
そんなママを見つめる、セツナサでいっぱいのアイネに、パパはこっそり、手を振ってくれた。
「浮かれすぎでしょ……」
「ほんとですよねえ」
私は改めて、今日お世話になる彼女に向き合い、ぺこりと頭を下げる。
「今日はよろしくお願いします、クレイアさん」
「ええ、こちらこそよろしくね、アイネ」
まなちゃん、まなちゃん、と言っていたら、ママに、「あなたはクレイアさんと呼びなさい」と怒られたので、まなちゃんはクレイアさんになった。
「アイネ、どこか行きたいところはある?」
「んー……あ」
「どこかあるの?」
「ママとパパのデートを邪魔したいです!」
「あはは、しっかりバレてるのね。でも、それはやめておいたほうがいいわよ」
「なんでですか?」
「絶対、後でまあまに怒られるから」
……確かに。
「うーん。じゃあ、特にないです」
「そう。まあ、そういうと思ったわ。イマドキの子ってそうらしいから」
そう言われると、私も、イマドキの子なのかもしれない。
「アイネは今、小学三年生だったかしら」
「はい、そうです。八歳で、魔法が使えます」
「それじゃあ、『べセスト』って、行ったことある?」
「べせすと?」
「なさそうね。まあまが予約しておいたらしいから、そこに行きましょう」
「はい」
クレイアさんと手を繋ぎ、目的地に向けて歩き出す。
私を放っておいて……なんて恨みがましく思っていたのが、ちょっと申し訳なくなってくる。
思えば、去年も、クレイアさんと一緒に過ごしたときも、トランポリンに連れて行ってもらって、楽しかった。今思い出した。
「べセストって、何ですか?」
「あたしにも分からないわ。初めて聞いたから」
「ええ……。それ、大丈夫なんですか?」
「まあ、なんとかなるわよ。予約してあるらしいし」
だいぶ不安だ……。
「ママとパパがいないと、不安よね」
私が不安なのは、別にママたちがいないから、というわけではなかったが、クレイアさんはそう判断したらしく、気遣ってくれる。
「まあまたちも、まだ二十四歳だから、遊びたいお年頃なのよ。許してあげて?」
「二十歳過ぎたら大人でしょ?」
「八歳にこんな話しても無駄だったわね」
ムダって言われた……! 確かに、よく分からなかったけど……!
「ママたちって、いつもどんな感じ?」
と、クレイアが聞いてくる。
「んーとね。昨日は、部屋に入ってきちゃダメーって言われたから、仲良しの日だったみたい」
「ふーん。他には?」
「えっとね、私が泥だらけで帰ってきたら、汚いって言われた!」
「あはは、言いそう言いそう」
「それからね、昨日、ママがシチュー作っててね。パパのほうが料理上手なんだけど、勝手に味変えるとママが怒るから、ママの味だった」
「そうなの――」
なんやかんやで、目的地まではあっという間だった。
べセストとは、簡単に言うと、「お仕事が体験できる子どもの国」だ。
例えば、「アナウンサー」という仕事が体験できるところに行けば、放送文を読み、自分の声をべセスト中に流すことができる。それを録音したものを、その場でもらえたりもする。
また、お仕事をすると、その国の中でだけ使えるお金、「ベデス」がもらえる。それを使って、色々な体験ができたりする、というわけだ。
さらに、八歳以上は基本的に魔法が使え、また、大人と同じように、魔法の影響を受けやすくもなる。
そのため、「魔法ブース」というのが、個別に用意されていたりもする。具体的には、空を飛べたり、ネコと話せたりする。決してインチキではなく、本当に魔法でそういう体験をさせてくれるのだ。
本当に、ママが考えることは、いつも最高に楽しい。悔しいけれど、パパを独り占めしたタイカとしては、十分すぎるくらいだ。
「どう、楽しかった?」
「うん! あのね、ネコさんとお話したよ!」
「へえ、なんて言ってた?」
「『ネコも、そんなに気楽じゃないぜ』って言ってた!」
「あはは、おじさんみたいなネコね」
「だよね!」
ハンバーガーショップで、実際にハンバーガーを作ったり。小説家体験で、文章を選択肢の中から選んで、物語を作ったり。王様になって、べセスト内を魔法の絨毯で運んでもらい、近くを通る度、みんなに拍手されたり。
ま、最後のはちょっと後悔したけど。
「あ、これ、クレイアさんにお土産!」
はい、と、黄色い包みを渡す。
「あたしに? ママじゃなくていいの?」
「ママにはパパをあげてるからいいの」
「あはは、上手いわね。――ありがと」
大切そうに受け取ってくれるクレイアさんが、本当に嬉しそうで、私まで嬉しくなってきた。
「開けていい?」
「うん!」
中身は――知恵の輪だ。ネコと話したときにベデスをかなり使ってしまったことも、もちろんある。だが、いくつか売っているいいものが、ネコと話していなくても絶対に、買えないような、高価なものしかなかった。そのため、買える中で選んだ結果、これになった。
「あら、知恵の輪じゃない。あたし、好きなのよね」
「ほんと!? よかった!」
それから私は、ずーーーっと話していた。クレイアさんの家に着き、ご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、そして、ベッドに入ってからも、ずっと。
ほんとはヒミツだけど、ヒミツキチの話もしてあげた。出来たら見せてほしいそうだから、初めてのお客さんはクレイアさんになりそうだ。
「アイネは、将来なりたいものとかあるの?」
「将来? お花屋さん!」
「そういえば、好きだったわね」
「うん、前にお花の図鑑もらった」
「そんなこともあったわね」
図鑑にある花の名前は、ぜんぶ覚えた。花言葉なども含めて。
「実はあたしからも、アイネにプレゼントがあるんだけど」
「え、もらっていいの……ですか? なんだか、毎回もらうの、モーシワケナイし」
「いいのよ。あたしがあげたいんだから。ありがたくもらっておきなさい」
そう言って、クレイアさんが引き出しから取り出したのは――植物の芽がぴょっこり出ている、鉢だった。
「おお、苗だ! 何の苗?」
「シネラリアよ」
「わたしが一番、好きなやつ! え、なんで分かったの?」
「色々調べたのよ。そしたら、アイネの誕生花の一つがこれだったから」
「ありがとう! 大事に育てる!」
「これで次来たときに、枯れてたら面白いわね」
「何も面白くないよ!?」
クレイアさんは、いつも真顔で言うから、冗談なのか本気なのかよく分からない。
――久しぶりに誰かと寝るベッドで、私はクレイアさんにぴったりとくっつく。
「クレイアさん、今日はありがとう」
「ええ、また、こうやって遊びましょうね」
「……私、大きくなったら、クレイアさんと結婚する! クレイアさん、大好き!」
ぎゅっと、背中に強く張りついて、頬までくっつける。なんとなく、安心する。
「――そう。じゃあ、大きくなったら、あたしを養って?」
「ヤシナウって?」
「分かるようになったときに養ってくれれば、それでいいわ。――さ、明日は早いから、もう寝るわよ」
「うん。おやすみなさい、クレイアさん」
「おやすみ、アイネ」
いつまでも、クレイアさんと一緒にいたいと、そう思うくらいには、私はクレイアさんのことが気に入っていた。
翌日の朝、通っている本島の学校に登校する前から、大泣きするくらいには、この日がすごく、楽しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます