エイプリルフール EX

 エイプリルフールにちなんで、嘘のお話をでっち上げました。何でも許せる方向けです。 


 残念ながら、どうあがいても本編ではこうはならないので、ご承知ください。


***


 私は、走る。私の小さな体の何倍も大きな大きな島を、走りまくる。この島ぜーんぶ、私の家なの。すごいでしょ、ふふん。


 どこまで走っても、全部、私のお庭なの。砂浜は白くて、サラサラ。海はすごくきれいな水色で、底までバッチリ見えてる。登れる木はたくさんあるし、食べられる植物だって、たくさん生えてるんだから。


 危険な動物とかも住んでるらしいんだけど、私は見たことがない。買い物は外の島で済ませちゃうから、狩りをする、なんてこともしない。でもね、動物のお友だちはたくさんいるんだよ。


「よしっ。今からここに、ヒミツキチを作ります! みんな、やることは分かってる?」


 森の動物の友だちみんなに声をかければ、それぞれの鳴き声で返してくれる。


「いい? ヒミツキチだからね? ママたちにバレたら負けなんだから。みんな、シンチョーにね?」


 じとーっと、みんなが見てくる。


「な、何よ。私が一番心配だとでも言いたいの?」


 うん! と、そろってうなずく。


「そんなことないもん! 私、ナイショにするの得意だもん! ママがパパをめちゃくちゃ好きなこととか、パパにちゃんと隠してるんだから!」


 やれやれ、とでも言いたげな様子で、みんなそれぞれ、やることを始めた。


「ふっふっふ……。これで、ママたちをビックリさせてやるんだから……あいたっ!?」


 リスが、背中に木の実を投げつけてきた。


「はいはい、手伝えばいいんでしょ。分かってるってば。急かさないでよね」


 生い茂る木はまばらに生えていて、横たわった太い木の枝を乗り越えないと進めないところもある。その逆で、「だるまさんがころんだ」をするのに、どの木までも遠すぎるところもある。


 実は、一年前から地図を作り、そういう、木が少ないところに目印をつけておいたのだ。そして今日、この場所にヒミツキチを建てることに決めた。


 理由はただ一つ。――ズバリ、魔法が使えるようになってきたから!


 八歳になり、みんなと同じように魔法が使えるようになった私は、けっこう、魔法の才能に恵まれているみたいだった。


 木の枝みたいに軽いものなら浮かせられるし、高い木の上のくだものを取ることもできる。魔法が使えれば、ヒミツキチを作るにもベンリだ。


 ――黙々と作業を進めているうちに、だんだん、見えづらくなってきて、空を見上げる。


「ん、暗くなってきた。もう帰らないと。できあがったら、みんなでお昼寝したり、木の実を食べたり、いっぱい遊んだりしようね! またねー!」


 でこぼこした森を、全力で走ってママのところに戻る。小さな丸太のログハウスは、私が生まれる前にママとパパが島の木を使って、一緒に建てたんだって。


「ママ、ただいまー!」


 明かりのついた、美味しい匂いのする、私の家。電気はないから、魔法で明かりをつけてるんだって。


「おかえりなさい、アイネ。……また随分と泥だらけですね」


「遊びまくってきた!」


「楽しかったですか?」


「うん!」


「それは何よりです。……やはり、先に、お風呂に入れるしかなさそうですね」


 鍋にかけていた魔法の火を消して、ママは銀色の鍋に蓋をし、エプロンを脱ぎ始める。


「え! シチューは!?」


「よくシチューだと分かりましたね?」


「うん! すっごくいい匂いだったもん!」


「でも、お預けです」


「い!? にゃんで!?」


「アイネが汚いからです」


「きたにゃっ!? アイネ、汚くないもん!」


「では、ばっちいからです」


「ばっち……? ……同じじゃん!」


「早くお風呂に入ったら、早くシチューが食べられ――」


「入るー!」


「――先に手洗いうがいをしてくださいね」


 脱衣所で、ぺぺぺっと服を全部脱ぎ、すっぽんぽんで待っていると、ママがため息をついた。


「アイネ。脱いだ服はちゃんと、洗濯かごに入れてください。すぐそこにあるんですから」


「えー、やだ」


 ママは、何も言わず、代わりに、自分の脱いだ服を、しゅっ! と、投げて、かごに入れ始めた。


「なにそれなにそれ! アイネもやる!」


 足元に散らばる服を、ぜんぶ投げて、かごに入れる。最後の一つ!


「ぜんぶ入ったー!」


「さすがアイネ。ぜんぶ入れられて偉いですよ。……少し冷えてしまいましたね。早く入ってしまいましょう」


「入ってシマウマショー!」


 くすっと、ママは笑って、シャンプーハットを持ち、私とお風呂場に入った。


「ママ洗ってー」


「アイネは一人でお風呂にも入れない、おこちゃま、なんですか?」


「うぐっ……べ、べつにぃ? 一人でできるもん。できるけど、たまに洗ってくれるじゃん」


「まだまだ下手くそですからね」


「うにゃーっ! 今日、めっっっちゃきれいに洗うから! 文句なんて受けつけませーん」


「あら、それは楽しみですね」


 ママが頭を洗っている横で、私もシャンプーハットをつけ、がんばって洗う。わっしゃわっしゃ。


「こら。泡を飛ばさない」


「やだー」


「では、次に飛ばしたら、アイネの負けということで」


「負け……!? 負けたら、どうなるの?」


「ママのおやつが増えます」


「何それー! じゃあ、アイネが勝ったら?」


「アイネのおやつが増えます」


「じゃあ飛ばさない! 飛ばさないから、ちゃんと増やしてね?」


 浴槽へと向かうママに、私は強くお願いする。浴槽の端っこにひじをつけて、ママは答える。


「ええ、ちゃんと見ておきますよ。少しでも飛ばしたら、負けですからね?」


「少しでも……!?」


 のそーっ、のそーっと洗う。飛ばさないよう、飛ばさないよう。


「……時間がかかりすぎると、おやつは抜きになります」


「なんでよ! そんなの聞いてない!」


「今、言いましたからね」


「ずるい! やあだ! もう流す!」


 ママは困った顔をしていた。困った顔をして、浴槽から出て、私の頭を洗い始める。


「今日だけ特別ですよ」


「……えへへ」


 ママの指が頭に当たる感触が、私はすごく好きだ。頭がマッサージされているみたいで、気持ちいい。


「はあ……。なかなか、うまくいきませんね」


「何の話?」


「いえ、こちらの話です」


 タオルを巻いて、ちゃぽんとお湯につかると、体が温まってくる。気持ちいい。


「ほけー」


「アイネはお風呂が好きですね。――それで、今日はどんなことがあったんですか?」


「今日はねー――」


 ヒミツキチを、と言いかけて、私ははっと、思い出す。それは、ヒミツなのだということを。


「べ、別にー。いつも通り、動物さんたちと遊んだだけだよー?」


「……へえ?」


 めちゃくちゃ疑われてる! アイネ、ピーンチ!!


「ただいまー」


 そのとき、玄関から、ただいまが聞こえてきた。


「パパ、おかえりー!」

「おかえりなさい」


 お風呂場から大きな声で、おかえりを言う。


「鍋にシチューが入っているので、先に食べててもいいですよ」


「いつもありがとう。ゆっくり入ってていいよ」


 パパはそう言うけど、ママはいつも、パパが帰ってくるとすぐに、お風呂から上がる。


「ママ、もう行っちゃうの?」


「パパを呼んできますから、一緒に入ってください」


「はーい」


 あ、いいこと思いついた! こうやって、仰向けで浮いてれば……。


「アイネちゃーん、パパ入るよー……って、し、死んでる!?」


「……」


「あ、アイネちゃん?」


 私の背中を手で支えて、パパは心配そうに話しかけてくる。


「…………」


「こちょこちょ……」


「ふっ! あはっ、あははっ!」


 耳をくすぐられて、思わず、笑ってしまった。


「パパ、ヒキョー! ハンソク!」


「おっ、生きてた生きてた」


「なんで分かったの!」


「ん? 顔が笑ってたから」


「にゃーっ……」


 次はちゃんと、死んだ顔を勉強しておこう。


***


 パパと一緒にお風呂から上がると、ママが長い髪を魔法の風で乾かしていた。音はしないけれど、髪がなびいているから、すぐに分かった。


「アイネちゃん出来上がりましたー」


「できあがりましたー!」


「ありがとうございます。では、拝借して」


 パパからママにハイシャクされた。


「では、ママチェックに入りましょうか」


「今日は何点!?」


「んー……」


 ボタッ、ボタッ、と、髪から水が垂れているのに気がつき、私は慌てて、タオルで髪を拭く。これで完璧――。


「十ニ点ですね」


「なんでよ!?」


「髪の毛をママに洗わせたこと、泥だらけで帰ってきたこと、洗濯ものを投げて入れたこと、ネットに入れなかったこと、髪から水が滴っていたこと、その水でここまで全部水浸しになっていること、ボタンが段違いになっていること、帰ってきたとき靴が脱ぎっぱなしだったこと、でまず八点、マイナスですね」


「多いよ!? ……あとの、えっと、えーっと、ちょっと待ってね。百引く十二は、八十八でしょ? そこから八を引いて――八十! あとの八十点は、どこに行ったの?」


「お風呂に長く入って休日出勤帰りのパパに気を使わせたこと、パパにたちの悪いイタズラをしたこと、それから、パパと仲良く一緒に二人でお風呂に入ったことですね」


「全部パパじゃん! 最後の私、何も悪くないし!」


「パパに気を使わせたのが十点、イタズラしたのが二十点、残りの五十点が、パパとお風呂に入った分です」


「なにそれ!!」


「ママがパパをお出迎えできなかった分、十点引いて、二点にしてもよかったんですよ?」


「うにゅにゅうぅー……ママの、バカ!」


「私のほうがパパのことを好きなんですから、アイネは譲るべきでしょう?」


「やだ! 私のほうがパパのこと、大大大大好きだもん!」


「ちょっとママ。早く乾かしてあげないと、アイネちゃん、風邪引くよ?」


 いい匂いを引き連れてきたパパが、私の味方をしてくれた。ふふん。


「……分かってます。さあ、乾かしますよ」


「やだ! パパがいい!」


「ちょっとアイネちゃん。そういうこと言うと、ママがショック受けるからダメだよ」


「……ふふん」


「うにぃーっ!!」


 得意げなママのおでこを、パパは優しくつつくと、あぐらをかき、私に膝の上に座るよう言った。パパはもう乾かし終わったらしく、私の頭をタオルで拭いてくれる。


「あ、ママ。明日、まなちゃん預かってくれるって」


「……! そうですか! すぐにお礼の電話、しておきますね!」


「僕が直接伝えた意味、なくない? どうせ明日、来るんだし」


「私が電話したいだけですから。口実があればなんでもいいんですよ」


「ほんと、ママって、変わらないよね……」


 頭を乾かされ、くしでとかれ。「はい、終わったよ」と、パパから解放される。


 去年までは、魔法が使えない私だけ、ドライヤーで乾かしていた。電気を魔法でハツデンする、なんて、なかなかに難しいことをしていたらしいが、今は魔法で乾かしてもらっている。


 その理由は簡単で、魔法が使えない子どもには、魔法が効きづらいから。それだけだ。


 リビングの椅子に座れば、机にはシチューとパンが並べられていた。この椅子と机も、器もスプーンも、ぜんぶ、ママとパパが作ったんだって言ってた。


 三人で椅子に座ると、いつもみたいにママが声をかける。


「はい、手を合わせて」


 ぱっちん。


「いただきます」

「いただきます!」


 パンをシチューに浸して食べる。ママの味だ。パパのほうが料理は上手いけど、パパがお仕事のときはいつも、ママが作ってる。


「ねえ、まなちゃん、って、たまに来る人?」


 そう尋ねると、パパは隣のママを見て、ママはアイネを見て、うなずいた。


「はい。この前、アイネとお散歩してくれた人ですよ」


「あの、白くて目が赤くて、かわいい人?」


「はい。まなさんはとってもかわいいです」


「お花の図鑑くれた人?」


「はい。アイネのために色々してくれます」


「ふーん。私、あの人、好き! たくさん遊んでくれるから!」


 そう言うと、ママもパパも、嬉しそうに笑った。


「アイネ。顔にシチューがついていますよ」


「えー、とってー」


「私が――」


「僕がやるよ」


 立ち上がりかけたママより先に、パパが私の口を拭く。むっとした顔をしているママに、私はいつものママをマネして、ユーエツカン? みたいな顔をしてやった。




 ごちそうさまをして、私はパパと、ゲームをする。学校の宿題は昨日のうちに終わっているから、今日と明日は遊びたい放題だ。なんなら、自主学習もしているため、ドリルは、やったところは全部、三回ずつやっている。


「おりゃおりゃおりゃ!」


「おっ、強くなってきたね、アイネちゃん」


「ふふん、そうでしょー! えいっ!」


「わー、負けたーっ!」


「パパ弱すぎー」


「はい、精進します。――さ、そろそろ、歯磨きしよっか」


「はーい!」


 セーブってどうやるんだっけ? なんて言っている、いつもどおりのパパから、私はコントローラーをひったくり、セーブする。


「どこでセーブするんだっけ?」


「ここだよ。ここを押すと、この画面になるから――」


「うーん、何回聞いても、よく分かんないなあ」


「パパ、ゲーム向いてないんじゃない?」


「ははっ、かもね」


 ポンポンと頭を撫でて立ち上がるパパを追いかけていくと、歯ブラシを渡される。


「磨き終わったら、パパかママに見せるんだよ?」


「はーい!」


 洗面所の鏡の前で、私はしゃこしゃこと歯磨きをする。


「ママ、洗いもの、ありがとう」


「こんなことでお礼を言ってくれるのは、あなたくらいでしょうね」


「はは。いつもありがとう」


 歯磨きをしている間は、パパをママに譲ってあげる時間だ。いや、寝るときも、二人だけ一緒に寝ているから、歯磨きが始まったらか。たまに、寂しくなって、一緒に寝に行くけれど、入ってきちゃダメ、と言われている日もある。


「今日はいつもより遅かったですね?」


「あーうん」


「また、仕事を押しつけられたんですか?」


「まあ、入ったばかりだからね。そんなもんじゃない?」


「……今日も一人だけ残らされたんですか」


「んーまあ、そうかも」


「ふざけてますね。入ったばかりなら、なおさら、おかしいです。あなたも適度に断らないと、そのうち体を壊してしまいますよ」


「心配してくれてありがとう」


「なんでもかんでも、お礼を言っておけば済むと思わないでください」


「でもさ。今のうちにしっかり、成果を上げておけば、後から楽になると思うんだよね」


「仕事を選ばないのと使いっぱしりは、全然違いますよ」


「それはそうなんだけど……」


「あなたは、優しすぎるからナメられているんですよ、分かっていますか!?」


 いつも、パパはママにいじめられていて、可哀想だ。でも、パパはこういうママの扱いに慣れている。


「分かった。次はちゃんと、早めに帰ってくるから」


「――本当ですか?」


「うん、本当に。僕が早く帰らないと、君が寂しいみたいだからね」


「さっ、寂しくなんてありません。本当に」


「じゃあなんでそんなに、早く帰ってこいって言うのさ?」


「そ、それは……」


 こんな感じで、ママがやられて終わる。この話を学校の友だちにすると、決まって、「アイネちゃんのパパとママ、仲いいねー」と言われる。だからきっと、仲良しなのだろう。二人が仲良しなのは、私も嬉しいけど、なぜか、邪魔したくなる。


「ママ! 歯磨き終わったよ!」


 パパの目から逃げるみたいに、顔をそむけていたママは、耳が真っ赤になっていた。照れているときのママは、いつもこういう顔をしている。


「アイネ――何をそんなに怒っているんですか?」


「別に! 早く見て、寝るから!」


 ママはパパの顔を見上げる。パパは、ぜんぶ分かってます、みたいな顔をして、


「大丈夫だよ。アイネちゃんのママは、アイネちゃんだけのものだから」


 と、ビミョーにずれたハツゲンをする。


「パパも私のでしょ!」


「……ああ、そっかそっか。ごめんね?」


「いいけど、別に!」


「こら、アイネ。何を言っているんですか。パパは私だけのものですよ。アイネにはもったいなくて、あげられません」


「えっ!?」


 私が何か言い返してやろうとしたそのとき、パパがあまりにも大きな声を上げるものだから、びっくりして、声がどこかに引っ込んでいってしまった。


「……どうかしましたか?」


「え、あ、いや、な、なななんでもない」


「めちゃくちゃ何かありそー」


「怪しいですね」


「あやしー」 


 珍しく、ママとケッタクして、私はパパに近づいていく。


「あ、歯磨き終わった? さ、寝よ寝よ、アイネちゃんはもう、おやすみ。ね?」


「……はーい」


 すごく気にはなったが、パパの言うことは聞くことにしている。だって、パパのこと好きだもん。


「おやすみー」


「おやすみ、アイネちゃん」


「おやすみなさい、アイネ。……あ、言い忘れるところでした」


 何を言われるのか分からず、私はちょっと期待して待つ。


「明日の間、アイネをまなさんに預けることにしたので、失礼のないようにしてくださいね」


「……どういうこと?」


「さっき言ってたまなちゃん、って人がうちに来て、一日、アイネちゃんのお世話をしてくれることになったんだ。前にもそういうことがあったんだけど、覚えてないよね」


「ママたちは?」


「あー、ちょっと、用事があってねえ」


 と言いつつ、ちらっと、お互いに視線を合わせるその感じは、もう絶対に、間違いなく、デートだ。前に、ドラマ好きの友だちの家に遊びに行ったとき、同じようなシーンをみた。


 ちょっともやもやしていたけれど、ベッドで横になると、私はすぐに、眠りについた。


***


 島からママの運転する船で、本島に渡ると、船着き場で、見覚えのある白い髪の女の人が待っていてくれた。


 早々と私をその人に渡したママは、「明日、学校が終わったら迎えに行きますね」と、それはもう、すっごく嬉しそうな顔だった。ムスメが見ている前なのに、パパと手とか繋いじゃって。なんなら、頬にキスとか、肩に頭を擦り寄せたりとかしちゃって。挙げ句、スキップしながら、去っていった。


 そんなママを見つめる、セツナサでいっぱいのアイネに、パパはこっそり、手を振ってくれた。


「浮かれすぎでしょ……」


「ほんとですよねえ」


 私は改めて、今日お世話になる彼女に向き合い、ぺこりと頭を下げる。


「今日はよろしくお願いします、クレイアさん」


「ええ、こちらこそよろしくね、アイネ」


 まなちゃん、まなちゃん、と言っていたら、ママに、「あなたはクレイアさんと呼びなさい」と怒られたので、まなちゃんはクレイアさんになった。


「アイネ、どこか行きたいところはある?」


「んー……あ」


「どこかあるの?」


「ママとパパのデートを邪魔したいです!」


「あはは、しっかりバレてるのね。でも、それはやめておいたほうがいいわよ」


「なんでですか?」


「絶対、後でまあまに怒られるから」


 ……確かに。


「うーん。じゃあ、特にないです」


「そう。まあ、そういうと思ったわ。イマドキの子ってそうらしいから」


 そう言われると、私も、イマドキの子なのかもしれない。


「アイネは今、小学三年生だったかしら」


「はい、そうです。八歳で、魔法が使えます」


「それじゃあ、『べセスト』って、行ったことある?」


「べせすと?」


「なさそうね。まあまが予約しておいたらしいから、そこに行きましょう」


「はい」


 クレイアさんと手を繋ぎ、目的地に向けて歩き出す。


 私を放っておいて……なんて恨みがましく思っていたのが、ちょっと申し訳なくなってくる。


 思えば、去年も、クレイアさんと一緒に過ごしたときも、トランポリンに連れて行ってもらって、楽しかった。今思い出した。


「べセストって、何ですか?」


「あたしにも分からないわ。初めて聞いたから」


「ええ……。それ、大丈夫なんですか?」


「まあ、なんとかなるわよ。予約してあるらしいし」


 だいぶ不安だ……。


「ママとパパがいないと、不安よね」


 私が不安なのは、別にママたちがいないから、というわけではなかったが、クレイアさんはそう判断したらしく、気遣ってくれる。


「まあまたちも、まだ二十四歳だから、遊びたいお年頃なのよ。許してあげて?」


「二十歳過ぎたら大人でしょ?」


「八歳にこんな話しても無駄だったわね」


 ムダって言われた……! 確かに、よく分からなかったけど……!


「ママたちって、いつもどんな感じ?」


 と、クレイアが聞いてくる。


「んーとね。昨日は、部屋に入ってきちゃダメーって言われたから、仲良しの日だったみたい」


「ふーん。他には?」


「えっとね、私が泥だらけで帰ってきたら、汚いって言われた!」


「あはは、言いそう言いそう」


「それからね、昨日、ママがシチュー作っててね。パパのほうが料理上手なんだけど、勝手に味変えるとママが怒るから、ママの味だった」


「そうなの――」


 なんやかんやで、目的地まではあっという間だった。


 べセストとは、簡単に言うと、「お仕事が体験できる子どもの国」だ。


 例えば、「アナウンサー」という仕事が体験できるところに行けば、放送文を読み、自分の声をべセスト中に流すことができる。それを録音したものを、その場でもらえたりもする。


 また、お仕事をすると、その国の中でだけ使えるお金、「ベデス」がもらえる。それを使って、色々な体験ができたりする、というわけだ。


 さらに、八歳以上は基本的に魔法が使え、また、大人と同じように、魔法の影響を受けやすくもなる。


 そのため、「魔法ブース」というのが、個別に用意されていたりもする。具体的には、空を飛べたり、ネコと話せたりする。決してインチキではなく、本当に魔法でそういう体験をさせてくれるのだ。


 本当に、ママが考えることは、いつも最高に楽しい。悔しいけれど、パパを独り占めしたタイカとしては、十分すぎるくらいだ。


「どう、楽しかった?」


「うん! あのね、ネコさんとお話したよ!」


「へえ、なんて言ってた?」


「『ネコも、そんなに気楽じゃないぜ』って言ってた!」


「あはは、おじさんみたいなネコね」


「だよね!」


 ハンバーガーショップで、実際にハンバーガーを作ったり。小説家体験で、文章を選択肢の中から選んで、物語を作ったり。王様になって、べセスト内を魔法の絨毯で運んでもらい、近くを通る度、みんなに拍手されたり。


 ま、最後のはちょっと後悔したけど。


「あ、これ、クレイアさんにお土産!」


 はい、と、黄色い包みを渡す。


「あたしに? ママじゃなくていいの?」


「ママにはパパをあげてるからいいの」


「あはは、上手いわね。――ありがと」


 大切そうに受け取ってくれるクレイアさんが、本当に嬉しそうで、私まで嬉しくなってきた。


「開けていい?」


「うん!」


 中身は――知恵の輪だ。ネコと話したときにベデスをかなり使ってしまったことも、もちろんある。だが、いくつか売っているいいものが、ネコと話していなくても絶対に、買えないような、高価なものしかなかった。そのため、買える中で選んだ結果、これになった。


「あら、知恵の輪じゃない。あたし、好きなのよね」


「ほんと!? よかった!」


 それから私は、ずーーーっと話していた。クレイアさんの家に着き、ご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、そして、ベッドに入ってからも、ずっと。


 ほんとはヒミツだけど、ヒミツキチの話もしてあげた。出来たら見せてほしいそうだから、初めてのお客さんはクレイアさんになりそうだ。


「アイネは、将来なりたいものとかあるの?」


「将来? お花屋さん!」


「そういえば、好きだったわね」


「うん、前にお花の図鑑もらった」


「そんなこともあったわね」


 図鑑にある花の名前は、ぜんぶ覚えた。花言葉なども含めて。


「実はあたしからも、アイネにプレゼントがあるんだけど」


「え、もらっていいの……ですか? なんだか、毎回もらうの、モーシワケナイし」


「いいのよ。あたしがあげたいんだから。ありがたくもらっておきなさい」


 そう言って、クレイアさんが引き出しから取り出したのは――植物の芽がぴょっこり出ている、鉢だった。


「おお、苗だ! 何の苗?」


「シネラリアよ」


「わたしが一番、好きなやつ! え、なんで分かったの?」


「色々調べたのよ。そしたら、アイネの誕生花の一つがこれだったから」


「ありがとう! 大事に育てる!」


「これで次来たときに、枯れてたら面白いわね」


「何も面白くないよ!?」


 クレイアさんは、いつも真顔で言うから、冗談なのか本気なのかよく分からない。


 ――久しぶりに誰かと寝るベッドで、私はクレイアさんにぴったりとくっつく。


「クレイアさん、今日はありがとう」


「ええ、また、こうやって遊びましょうね」


「……私、大きくなったら、クレイアさんと結婚する! クレイアさん、大好き!」


 ぎゅっと、背中に強く張りついて、頬までくっつける。なんとなく、安心する。


「――そう。じゃあ、大きくなったら、あたしを養って?」


「ヤシナウって?」


「分かるようになったときに養ってくれれば、それでいいわ。――さ、明日は早いから、もう寝るわよ」


「うん。おやすみなさい、クレイアさん」


「おやすみ、アイネ」


 いつまでも、クレイアさんと一緒にいたいと、そう思うくらいには、私はクレイアさんのことが気に入っていた。


 翌日の朝、通っている本島の学校に登校する前から、大泣きするくらいには、この日がすごく、楽しかった。

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