第22話 初バイト!

 クレイアと私は、草原に来ていた。私たちが住み、私が治めることになっている大帝国メリーテルツェット――通称、メリテルには、こういった、未開発の土地も多い。


 決して、開発が遅れているわけではなく、そこにはちゃんと理由がある。


 ルスファには、普通の動物たちに加え、多種多様なモンスターたちが住んでいる。そして、モンスターは、一種族あたりの個体数が普通の動物に比べてはるかに少ない。その上、炎魔竜えんまりゅうの暴走で、さらに激減した。


 ときに害となり、ときに恵みをもたらし、ときに、人の社会に参入することもあるモンスターたち。彼らも一つの命だ。だが、魔力に集まる習性を持つものが多く、人を襲うこともしばしば。


 そのため、できるだけ接触が少なくなるよう、こうした地形は残したままにしてある。つまり、ここはモンスターがうじゃうじゃいるような場所、というわけなのだが、私とクレイアは魔法が使えず、魔力もないため、危険は少ない。


 ――どのみち、クレイアを襲うようなモンスターなんていたら、ぶん投げて返り討ちにしてやるけど。


「これと同じのを持ってきて」


 クレイアが鞄から取り出したのは、手足の生えた、小人みたいなニンジンだった。目がゴマのように小さく、なんともかわいらしい。モンスター、ではなさそうだ。


「惑星の中心から湧き出てる魔力は、土に豊富に含まれてるの。それをたくさん取り込んだ植物は、たまに意思を持つようになるのよ」


 魔法植物の知識は私も持っているが、まさかそのニンジンは動くのだろうか。そう考えるとこわっ。


「注意してほしいのは、動くマンドレイクね。動かないやつはただの植物だからいいけれど、パット見ただけじゃ、見分けがつかないから」

「マンドレイク――って、あの有名なマンドラゴラのことでしょ? 魔力の多いマンドラゴラを引っこ抜くと、死の叫びを上げるっていう」

「そう。キャロ子ちゃんとそっくりなの」


 その動くニンジン、キャロ子ちゃんって名前なんだ……。


「違いはほとんどないから、土の中の声で聞き分けるしかないわ」

「音なら得意分野だよ、任せて」

「ええ、そのつもりよ。……キャロ子ちゃん、何か話してみてくれる?」


 クレイアが折りたたみ式のテーブルに、キャロ子ちゃんをそっと置くと、キャロ子ちゃんはこう言った。


わらわはキャロ子ちゃん。気安くキャロ子ちゃんなどと呼ぶでないぞ、下劣げれつな地上の民どもが。様をつけろ、様を」


 あどけなさの残る、舌足らずな、大変かわいらしい声でした。


「これがキャロ子ちゃんの声よ。個体差はあるけれど、分かると思うわ。――ちなみに、マンドレイクの声も、聞いておく?」


 そう尋ねるクレイアの手によって、淡々とキャロ子ちゃんの手足は切り落とされ、口と思われる部分には大量の水を流し込まれていた。容赦ないな。


「興味はあるけど……マンドラゴラの声を聞いたら死ぬって、ほんと?」

「近くで直に聞いたら死ぬわね」

「そんなあっさりっ」


 聞いたら死ぬものを聞き分けろ、と言われても困りましてよ、クレイアさん?


「大丈夫よ。引っこ抜かない限り安全だし、ヘッドホンつけてれば、死にはしないわ。まあ、耳がいい人だと、気絶くらいはするかもしれないけれど」

「絶対気絶する自信があるんだけど!」


 とは言いつつも、好奇心には逆らえず、聞いてみたいと言ってみた。すると、クレイアは、


「じゃあ、スマホで調べてみなさい。あたしは聞きたくないから、遠慮しておくわ。見つけたらあたしに知らせなさい。万が一、引っこ抜いちゃったら、手を離さないこと。分かった?」


 丸投げした。生で聞かせてくれるわけじゃないらしい。しかも、自分はいいとか言い出したよこの人。それから、なんかよく分かんないことも言ってるけど、とりあえず、返事だけしておこ。


「はーい」


 その後で、言われた通り、スマホで調べてみた。


「キイイイイヤアアアオオオウエエエ」

「どわああっ!?」


 ――思わず、スマホを地面に叩きつけた!


 粉々に砕けた……。あり得ないくらい、粉々になった……。


「へえ。今のスマホって、結構頑丈に作られてるはずなんだけれど。すごいわね」

「何その前向き思考!」

「お城で取り替えてもらったら?」

「……ヤダ」


 しばらく、あそこには戻りたくないのだ。きっと、ロロが血迷ったところで、ベルが助けてくれるだろう。――だから、それも、嫌だ。


「まあ、スマホがない生活もいいものよ。時勢には置いていかれるけれど」

「次期皇帝として、それはすっごくマズいんだけど」

「大丈夫よ。バイト代で新聞を買ってあげるから」

「え、バイト代くれるの?」

「ええ。その分、しっかり働きなさい。完全出来高制よ」

「おっし、がんばろっ」


 それから私は、土に耳を当てて、キャロ子ちゃんを引っこ抜きまくった。あまりにもマンドラゴラが少ないので、途中から適当になっていったが。


 マンドラゴラなんて、こんなところにそうそう生えていないのかもしれない。ヘッドホンつけてれば、死にはしないらしいし。


「そもそも、マンドラゴラって、土の中でも話してるの?」

「ええ。小声で文句ばっかり言ってるわ」

「文句? 植物も大変なのかな」

「この時代の魔力が美味しくないそうよ」

「魔力に味とかあるんだ……。いや、魔法植物が美味しくないのは知ってるけど」


 話しながら、引っこ抜いたそれを、テーブルに置こうとすると、


「ストップ!!」


 と、クレイアから制止された。――が、一瞬遅かった。


「キイイイイヤアアアオオウエエエ!!!!」

「ギャアアアア!!」


 私は華麗かれいなフラグ回収で気絶した。


 マンドラゴラは、引っこ抜かれた瞬間に叫ぶものだと、私は勝手に思っていたのだが、そうではなかった。


 私とクレイアは、触れた相手の魔法を使えなくさせることができる。つまり、私たちが触れている間は、キャロ子ちゃんもマンドラゴラもただの植物なのだ。だからこそ、クレイアはあのとき、キャロ子ちゃんをわざわざ机に置いてしゃべらせたのだ。


 完全に、油断した……。

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