第23話 クレイアの目的

 目覚めると、知っている天井――否、見慣れてきたテントの内側だった。


「……デジャヴ感」

「あら、お目覚めみたいね」


 テントの外から、クレイアが顔を見せる。その手には怪しい緑の液体が入った小瓶が握られていた。鮮やかなオレンジ色のキャロ子ちゃんからこんな毒々しいものを抽出したのだろうか。いや、そんなのは後でいい。


「ごめんなさい、クレイアさん、私――」

「いいわよ。やるだろうなと思ってたから」


 思われてたのか……。


「でも、アイネのおかげで、だいぶ作業がはかどったわ。ありがと」

「ほんと?」

「ええ。やっぱり、若い子は体力が違うわね」

「クレイアさん、魔族だからそんなに歳とらないでしょ……」


 魔族の特徴、赤い瞳。数年前に滅んだはずの、宝石みたいな輝き。私も皇女だ。その瞳の赤が本物かどうか、見分けるくらいはできる。


 魔族は人間よりも老化が遅い。ステアと歳の近い(はずの)クレイアだが、身体の年齢はおそらく、私とそんなに変わらない(はずだ)。


「クレイアさんがテントまで運んでくれたの?」

「あたし一人で運べるわけないでしょ」

「……そういうことね」


 少し考えて、おおかた、ギルデだろうなと、すぐに予想がついた。


「ちゃんと宿題はやるようにって。お城から持ってきてくれたわよ」

「げっ。忘れてた……」

「何年同じことやってるのよ?」


 ま、まあ、宿題のことは、一旦、置いておこう。うん。今日は空もどんよりしてて、きれいな写真も撮れそうにないし。よーし、話題をそらすぞー。


「ねね、クレイアさんって、どうやって生計立ててるの?」

「最近は、お城に薬を直接おろしてるわね」

「薬? クレイアさんって、薬剤師なの?」

「薬剤師の資格は持ってないから、薬屋さんってことにしておいて」


 それにしては、頭もよければ、知識もあるような気がするのだが。


「それまではギルドの依頼でかせいでたわ。薬草とかの知識があると、それだけで結構、お金になるから」

「へえ、そうなんだ……」


 冒険者ギルドには、様々な依頼が舞い込む。


 もともとは、魔族の勢力拡大に伴い、モンスターの被害が増えたために設立されたものだが、時代とともに、なんでも屋のようになっていき、魔王の消えた今は、完全にそういう扱いになっている。


 ちなみに、ギルドの依頼だけで生計を立てられる人は、一握りだと聞いたことがある。実は、クレイアは、すごい人なのかもしれない。――そんな思考を遮るように、頭によぎった、コーラーヒーの味。


「はい、アイネ。今日の給料よ」


 差し出された茶色い封筒の中には、一番、価値の高いお札が一枚、入っていた。


「えっ、こんなにもらっていいの?」

「あら。皇女様だから、てっきり感覚がうといと思ってたんだけれど」

「私のおこづかい、一ヶ月でこれの半分だもん」

「まあ、今日は本当に儲かったから、特別よ」

「やったあ!」

「ここから、色々引いて――」


 あれ、あれれ?


「まあ、こんなもんでしょ」


 十分の一になった……。おう……。


「安心しなさい。全部、あんたの食費とか新聞代とかにしか使わないから」

「……」

「そんなにがっかりしないの。月に一回しか引かないから」

「じゃあ、明日からは全額くれる?」

「そうね……。まあ、大金持たせて、失敗を経験させておくのもいいかもしれないわね」


 失敗する前提なんだ……。気をつけよう。


***


 翌朝。目が覚めてすぐに、私は先に起きていたクレイアに尋ねた。なんでも、クレイアは自分が決めた時間にしか起きられないらしく、逆に決めた時間には確実に起きられるそうで、たいてい、私より早起きだ。


「ねね、今日は何のバイト?」

「ないわよ」

「えーっ!」

「えーって言われても。何か、何か……枝も薪も足りてるし、やっぱり、ないわね」

「がっくし」


 すると、クレイアはノートを取り出してきて、私に見せた。


「あたし、作りたいものがあるんだけど、それにはこれだけ材料が必要なの」


 材料は多かったが、そのほとんどに、入手していることを示す印がつけられていた。動くマンドラゴラもその一つだったらしいが、クレイアも一匹見つけており、それで十分、足りたらしい。


 ちなみに、私が引っこ抜いたあいつは、ペットとして飼うことにした。ふところにいれておけば、ただの足の多いニンジンだ。よく見ると、かわいいような気もする。ぽんぽんと頭を撫でてから、私はクレイアのノートを覗きこむ。


「チリパハの甲羅こうら、イノノンの牙、石蛇の眼、人魚の声……何これ」

「簡単に言えば、カメとイノシシとヘビと人魚よ」

「チリパハとイノノンはモンスターだからいいとして。石蛇と人魚って、実在するの?」

「知らないけど、いるでしょ。たぶん」

「ないものを集めようとしてるよこの人……」


 一応言っておくわね、とクレイアは前置きして、


「チリパハは、空を飛んでるから後回しにしてあるの。イノノンは、生息圏が遠いし、もう少し涼しくならないと捕まえにくくて。問題は石蛇と人魚ね。どこにいるかも分からないわ」

「それ、集めてどうする気なの?」

「――聞きたい?」

「遠慮しておきます」


 オカルト本の影響でも受けたのだろうか。なんでも願いが叶う石、みたいな怪しいのを作ろうとしてそうだ。そんなもの、作れるわけないけど。


「ひとまず、素材を集めるのがアイネの仕事ね。ちゃんと調べておかないと危険なものもあるから、気をつけるのよ」

「はーい。それで、今日はなんでお休みなの?」

「すぐに入手できるものがないからよ。イノノンはもう少し寒くなった方が捕まえやすいし、チリパハを捕まえるための仕掛けはまだできてないし、あとの二つは知らないし」

「なるほど」

「ってことで、あたしはお城で調べてくるから、アイネは好きにしてていいわよ。ついてきてもいいけれど――」

「嫌だ」


 クレイアは困ったような笑みを浮かべた。私はそれに、気づかなかったフリをした。


 そそくさと支度を済ませると、行ってきますとだけ言いおいて、彼女は城のある方角へと向かっていった。


「……よしっ。私も行きますか」


 クレイアが城で勉強をするというのなら、私は別の図書館で本をあさればいい。幸い、この手にはお小遣いがある。クレイアに減らされはしたが――まあ、なんとかなるだろう。


 スマホは壊れて(壊して)しまったので、知っている図書館を思い浮かべながら、走って向かった。バスに乗ると、お小遣いが心もとないし、何より、走った方が速いし。


「ああいう怪しいのって、何で調べればいいんだろう。うーん……おとぎ話、とか?」


 子ども用の本棚に、そんな感じの本を見つけた。


「石蛇は百匹の群れで動きます。その眼を見ると、人間と魔族は石になってしまいます。とても恐ろしい怪物です。――まんまじゃん」


「人魚は海底に住んでいます。下半身が魚になっていて、上半身はとても美しい人間の女性の姿をしています。歌が上手で、聞いた人の心をまどわせることもあります。――いや、知ってるのよ、それは」


 どの本を読んでも同じようなことしか書いていなかったため、ひとまず、必要そうなページだけ印刷してもらった。


「本当に、手詰まりって感じだなあ。どうしよう――」


 そのとき、きぃうぅぅ……と、お腹が鳴った。


「とりあえず、ご飯食ーべよっ」


 腹が減っては、何も始まらない。そうして私は、ご飯がありそうなところへと、スキップして向かった。

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