第18話 些細な違和感
いつものようにテントにいると、今日はクレイアがコーヒーを
「さあ、飲めるかしら?」
「ふふん、私、大人だから。――にがっ!! あ、でも、結構、フルーティーな感じで好きかも……やっぱり苦っ!!」
「見事なフラグ回収ね」
ブラックで飲んだのが間違いだったのだ。砂糖とミルクを入れれば、普通に飲める、はず。クレイアは大人だし、ブラックだろうなと思っていると――なぜか、コーヒーにコーラを注いでいた。
「……クレイアさんって、最初に会ったときもそうだったけど、子どもっぽいところあるよね」
「自覚はあるわ。直す気はないけれど」
そう言って、クレイアはコーラーヒーを
「一口いる?」
「おいしい?」
「ええ。結構いけるわよ」
じゃあ、と一口もらって――テントの外で吹き出した。
「マッズ!!」
「あら、口に合わなかったかしら」
「あんた、絶対、味音痴だよね!?」
「人の味覚なんてそれぞれよ。違って当然でしょ?」
「それ、マズいって分かってたってことじゃん!」
「美味しいかどうかの判断を人に任せたあんたが悪いわ」
結局、ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲むことにした。甘くて美味しい。
「それで、目を見て話はできた?」
「うん。心はちゃんと、確認するようにしてた」
「……よかった」
クレイアの柔らかい視線がくすぐったい。思わず、目をそらしてしまうほどに。
「そういえばクレイアさん、ママにぶん殴られたって言ってたけど、何したの?」
「そんなこと、言ったかしら?」
「記憶レスなの……?」
どうせ、きまりが悪いから、誤魔化そうとしているだけだろう。自分の過ちを話したくないのは、誰だって同じだ――と、そのとき。私は、妙な違和感を覚えた。
クレイアの、心音や息遣い、表情筋の動くかすかな音など、細かいところが、私の予想していたものと、微妙に違ったのだ。
都合が悪いから誤魔化している、で間違いではない。間違いではないのだが。
「うーん……」
「あら? 隠しきったつもりだったんだけれど、少し変な感じが伝わっちゃったみたいね」
「うん。でも、何が変なのか分かんない」
「まだまだね」
「……精進します」
教えてくれる気はないらしい。もやもやしたので、なんとなく、コーヒーを飲んだ。
「あの子――ベルは、何か言ってた?」
と、クレイアが尋ねる。今度はその真意まできれいに隠していた。
「私のことを守りたいんだって。守られるのは嫌だって言ったんだけど、引いてくれるつもりはないみたい」
「そう」
「……あ、そういえば」
もう一つ言っていたなと思い出す。
「言っていいのか分からないけど」
「黙っておくから安心しなさい」
尋ねようとして、喉が引き
「言っちゃダメだって言われたのね」
「……うん」
「多分、お父さんのことね。あたしは大丈夫よ。安心しなさい」
彼女が私の頬にそっと手を当てる。その間だけ、ベルがかけた呪いから解放される。
「――パパが本当に事故で亡くなったのか聞いたら、そんなの聞いちゃダメだって、すごく怒ってた。いや、怒ってたっていうより、怖がってた、かな?」
「そう」
丁寧に観察してみるが、クレイアから得られる情報は言葉以外にはなさそうだ。
「クレイアさんにも聞いちゃダメだって」
「ふーん。その子の気持ちはありがたいけれど、あたしには聞いていいわよ」
「え、じゃあ、教えて?」
「教えるとは言ってないわ。聞くことを許しただけよ」
「何それー」
「まあ、頑張ってたら、そのうちがあるかもしれないわね」
「えー」
一言で言ってしまえば、クレイアに対しては地雷ではない、ということなのだろう。きっと、ギルデやステア、そしてベルにとって、パパの死は、地雷なのだ。だが、それ以上のことは分からない。
不満そうな私を見て、クレイアは笑う。心の内は覆い隠されているのに、彼女といると、なぜか、安心できる。
「……クレイアさんが、私のママだったらよかったのに」
「まだまだ甘ちゃんね」
絶対に違うことだけは分かっている。分かっているのに、音が、すごく、似ているのだ。
「ママに、会いたい」
頭を撫でる手のあたたかい感触に、身を任せる。心臓の音も、息遣いも、流れる
どこへ行ってしまったかは分からない。だが、きっと生きているのだと、そう信じてきた。生きてさえいれば、いつか会うこともできるだろうと。
――それだけに、すがってきた。頑張っていれば、いつか会えると信じて。そして、いつか、ママに会えたとき、褒めてもらいたくて。
「きっと、いつか会えるわよ」
「そうかなあ?」
「ええ。絶対に大丈夫。あたしも手伝うから」
確信できないのは知っていた。絶対に大丈夫、なんて言い方は、誰にでもできるわけではないとも知っていた。
だから、それだけの言葉に、救われた。
「もし、また会えたら、たくさん文句言ってやりましょう。あたしも加勢するわ」
「クレイアさんの加勢なんて、なんの役にも立たないんじゃない?」
「――ドラゴンの
「殺さないでえぇ」
とはいえ、クレイアがママにダメージを与えている様は、あまり想像できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます