第15話 衝動的に

 城のあるノアと、ベルが引きこもっているチアリタンは、新幹線で数時間、私が走って数分かかる。そんな話をしたらクレイアが引いていた。引かないで。


 チアリタンにたどり着くと――そこかしこから、嫌な音がしたため、ひとまず、息をひそめ、様子をうかがうことにする。


 人がたくさんいる気配だ。


「結構いるっぽいし、よろいが擦れるみたいな音がするから……軍事演習? だとすると、チアリタンはミーザスの山だから――間違いない。革命教だ」


 革命教の教祖きょうそルクスは、二つの国を治めており、セトラヒドナを王朝おうちょうとしているが、ミーザスという国も保有している。そして、チアリタンは、後者であるミーザスに所属しているのだ。


「でも、偶然にしては、タイミングがよすぎるし――ただの訓練じゃないかも」

「さっきからぶつぶつと、貴様、何者だ!」


 あれ、全部、声に出てた?


「あれは、アイネ姫じゃないか!?」

「ルクス様に差し出せば褒美ほうびがもらえるぞ!」

「かかれー!」


 数多の軍人が波のように押し寄せてくる。武器は様々だが、特に、銃を持っている者たちへの警戒は必須だ。さすがに、魔法が効かないことは学んだらしく、使う者はいない。


 よし、ここは――。


「逃げるが勝ち! 敵前逃亡っ!!」

「あ、待て!」


 戦えば勝てる可能性はある。自軍であの数なら、余裕で倒せるからだ。


 だが、目視で確認した軍旗ぐんきが、革命教を示していたのが問題だ。革命教は私たち主神教の敵対勢力に当たる。


 下手に手を出したら、どうなるか、分かったものではない。たとえ、仕掛けてきたのが向こうだとしても、相手は敵国の軍だ。先日戦った野良のらとは違い、国際問題――最悪、戦争に発展しかねない。


 ほぼすべての国を内包する帝国が負けるはずはない。問題は、相手が降伏してくれなければ、殲滅せんめつするしかないところ。それはさすがに嫌なので、逃げる。


 ――ひとまず、木に登ることにした。ここなら、まず、見つからないだろう。城でやると怒られるが、木を見たら登りたくなるのは、人のさがだと思う。


「いたか!?」

「こっちにはいない」

「クソ、どこに行った……?」


 このまま、木を伝って、ベルのいる洞穴まで行こう。


 ものの数秒でたどり着いた。


「うわ、うじゃうじゃいる……。あ、そっか、そういうことか」


 洞穴の前は特に兵の数が多く、どうやっても近づけそうにない。それを見てやっと、これが軍事演習ではないことに気がつく。


 正式に属しているわけではないとはいえ、ベルは私たち、帝国側と行動をともにしている。そんなベルが教国の領土に入ったという情報が入ってきたら、それに対処するしかないというもの。


 ……状況を打開するのに、ぶん殴る以外の方法が思いつかない。


 でも、そんな脳筋のうきんみたいなことはしたくない。ママとおそろい、と思えば、ちょっと嬉しいけど。


「そうだ、燃やせば――いでっ!?」


 後頭部に、地味に痛い攻撃。頭に直撃して落下する何かを後ろ手に掴むと――どうやら、それは、木の実のようだった。


 すぐに振り返るも、ここは木の上。敵の姿は見当たらない。すると、下方から木の実が飛んできた。


 それを片手で受け止め、のぞきこんだ木の下では、たくさんの動物たちが構えていた。何かに怒って投げてきたらしい。なんで怒られたのかさっぱりだが。


「ま、私、馬鹿だし、悩んでるだけ時間の無駄――あぶなっ!?」


 クレイアの助言をいいように解釈していると、結構な速さで飛んできた木の枝を、反射で手が受け止める。続いて飛来する石を枝で振り払えば、次から次へと、色んなものが飛んできた。当たる気はしないが、怒ってますオーラがすごくて怖い。


「分かった、分かったって! 考えろってことでしょ! ……あ、山燃やしちゃダメじゃん!」


 思いついたタイミングで飛んできたリスに頭突きされて、木から落ちた。痛い。


***


 長い草の陰に隠れて地べたに座り、先ほどぶつかってきたリスを、むんずとつかみ、投げ出した膝の上ででる。そうして、動物たちと会議をする。昔から、こうやって動物に囲まれることは間々ままあった。


「あぶり出しがダメなら――ごめんって、もうしないって」


 リス、シカ、ヤモリ、果てにはクマまで、たくさんの動物たちが大人しく、私の周りに集まっていた。クマの中に、片目のないものが一匹いるのが印象的だった。


 しかし、これだけの非難の目がそろって自分に向けられるというのは、なかなかに恐ろしくて、思わず、謝ってしまう。


「戦っちゃダメだけど、本当に正面突破するしか思いつかないんだよね……」


 あきれたような視線が向けられる。


「しょうがないでしょ!? 私、馬鹿なんだから――」


 瞬間、鼓膜に飛び込んできた、引き金を引く音。その気配から逆算して、咄嗟とっさに私はシカに飛びつく。


「あぐっ……!」


 太ももに痛みと熱が走った直後、発砲音がして、煙のにおいが漂ってきた。


「シカさん、大丈夫?」

「ケーン……」


 無理やり横倒しにしてしまったが、足は折れていないみたいだ。シカって、そういう鳴き声なんだ、なんて他ごとでも考えていないと耐えられそうにないほどの痛み。傷口と音から推察するに、銃で撃たれたのだろう。


 ――叫び声で、気づかれたのだ。本当に、昔から、私は考えなしに、衝動的に動いてしまう。


 魔法により情報を共有したのか、洞穴前の兵士たちにも、私の存在は伝わっているらしい。耳を澄ませば、私の名前を噂する声がちらほら聞こえてくる。


 どうやら、囲まれているらしい。木の上からも、洞穴の前からも、皆一様に私を狙っている。――完全に、油断した。



 全方向から、銃弾が発射された。私だけなら、余裕でかわせる。



 だが、動物たちを放って、一人で逃げることはできない。



 私が肉壁にくへきになっても、ここにいる全員を守り切るのは難しいだろう。当たりどころを選ばなければ、なんとか、この一回はやり過ごせるかもしれないが、二度は無理。それに、私だって、痛いのは嫌だ。


 こうして考えている間にも、逃げ場は失われていく。――脳が死を察知しているからか、弾はかなり遅く見える。が、きっと、体が動き始めたら、元に戻る。速く決めないと、何も守れなくなる。


 せめて、木の枝なんかよりずっと硬い、何かがあれば、撃ち落とせるのだが……と、懐に何かをしまっていたのを思い出す。確か、これは――ベルのうろこだ。



 硬さ的には申し分ない。音から弾道を予測して、あとは私の腕次第。一か八か、やるしかない。


「はあっ――!」


 七ある弾丸を、払いのけ、打ち落とし、切り裂き、そらし、叩きつけ、切り上げ――最後の一つが、空振りした。真っ直ぐ、心臓に、向かってくる。避けきるのは無理だ。少しでも、急所を外すしかない。


 無理やり身をひねり、衝撃に備えて無意味に体を固くする。迫る死から、目を背けることすらできない。生き残れる確率は、いかほどだろうか。今回は、都合よく、ギルデとステアが来てくれる、なんてこともない。


 あるいは、ベルなら――。


 かすかな希望を抱いたとき。重い衝撃に体が突き飛ばされる。


 何度かまばたきをして、状況の理解に努めると、片目のないクマが助けてくれたのだと分かった。


「クマさん、ありがとう!」


 だが、すぐさま、次がくる。


 二度目の、七つの発砲音と同時に、固く目をつむる。この体勢から立て直すには、時間が足りない。本当に、生きて捕らえる気があるのだろうかと、悪態をつきたくもなる。


 ――いやに、冷静だった。この、地面に横たわっている状態からでは、全部をいなしきれない。


 いつ、痛みが来るのだろうと、ただ待つしかできなかった。目を開けたら、止まっている時間が動き出して、見たくないものが見えそうで、怖かった。


 だが、いくら待っても、衝撃は来なかった。そのうちに、じれったくなって、うっすら目を開けると――目の前の手のひらから、銃弾が七つ、落ちた。


「え、素手で止めたの……?」


 こんなことができる人は、私の知る限り、ママただ一人。


 ただし、人でないとすれば、話は別だ。


「アイネ、大丈夫?」

「ベル……どうして」


 そこにいたのは、見慣れた人の姿の、ベルだった。


 全身に浴びせられる銃撃を、彼女は何事もなかったかのように、無抵抗に浴びている。私や他の動物に当たらないよう、文字通り、肉壁になって。


 先ほど目指したばかりの理想ではあるが、実際、目の当たりにすると、カッコいいを通り越して、気味が悪い。


 ――だが、助けて、くれたのだろうか。



「ボクは……ボクは、アイネを、守りたい!」



 それは、彼女の本心だったのかもしれない。



 だというのに、喜びや嬉しさよりも先立って――爆発しそうな悔しさと、全身を覆うような不信感がやってきた。



 ベルは私を抱えて雲の高さまで跳び上がると、ドラゴンに姿を戻して、ひょいと私を背中に乗せた。


 そして、その場から、飛び去った。

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