第12話 炎魔竜ベルセルリア
二階の窓から音もなく飛び降り、開いている一階の窓から再び室内に侵入。
二階へ続く階段の上で身を
――よし、出てきた。
クレイアが出てくるや否や、私の部屋に突っ込んでいったロロとベルを視認し、素早く、ギルデの部屋をノックする。
「少し待ってくれ」
……相変わらず遅い!
二人が部屋から出てきはしないかと、ヒヤヒヤしながら、すれ違うクレイアと軽くアイコンタクトを取り、ギルデの許可を待つ。
「アイネ、いないね」
「ん。逃げられた」
「においが残ってるから、まだ近くにいると思うんだけどなあ……」
――早く! 二人が出てきちゃう!
「入ってくれ」
許可が出た瞬間、静かに、素早く、扉を開け、入室。
なんとか、間に合った。
「アイネ。こんな時間に、どうしたんだい?」
「
一息に、早口で告げる私に、ギルデはいぶかしむような視線を向けてきたが、言及はしなかった。
「ああ、そういうことなら――」
そのとき、扉がノックされて、私は
「入っていいよ」
「ナナヒカリー、アイネ知らない?」
私の考えを見透かしたかのように、二人が入ってきた。ギルデに居場所を尋ねながらも、ベルは自分の目や鼻で私を捜しているようだ。彼女は鼻が
どうしよう……。
「――ああ、さっきまでいたんだけどね。
意外にも、ギルデは私の味方をしてくれるらしかった。確かに、これならにおいが残っていることにも、説明がつく。
「そっかあ。まなのところに行ったんだ」
「まなって、クレイアって人のこと?」
頭の後ろで手を組むベルに、ロロが水色の短髪をこくっと揺らして尋ねる。
「そうだよー。勇者ちゃん――アイネのお母さんから、聞いたことない?」
「ない」
「そっか。……そっかあ」
ベルはその声に、はっきりと
「また明日、出直そっか」
「ん。仕方ない」
二人が去ったのを確認して天井から降り、呼吸を再開する。
「助かったあ――」
「どうして、二人から逃げようとするんだい?」
「……別に、ギルデには関係ないでしょ」
「関係なくないさ。僕は君のパパだからね。アイネのことは、爪の長さから枝毛の数まで余すとこなく知っておく必要がある」
「何それキモ怖本気で引くんだけど」
これでまったく悪びれる様子がないのだから、本当に恐ろしい。ママのことも同じくらい見ていたのだろうか。――気持ち悪っ。
まあ、本気か茶化しているのか分からないとはいえ、心配してくれているのは分かる。こんなのでも、私の父親だ。それだけで、相談する理由にはこと足りるのかもしれない。
一度、深く息を吸い、ちらと、ギルデの様子をうかがって、吐き出す。
「――ロロはいいんだけど、ベルのことが、昔からすごく、苦手で」
「ベルセルリア様が?」
小さくうなずき、肯定を示す。
「ベルって、私に対して、義務感、で接してるっていうか。自分の罪悪感から目を背けるためだけに、私に親しくしてるように思えて」
「アイネは、難しいことを考えるんだね」
「でも、合ってるでしょ?」
ギルデの困ったような笑みを、肯定と捉えることにする。彼が、私の察しがいいことに度々困らされているのを、知ってはいた。
「何を考えてるのか分からないっていうか、信用できないっていうか」
「そればかりでもないと、僕は思うけどね」
その辺りはあまりよく、分からないけど。いや、分からないからこそ、苦手なのかもしれない。
「それに、酷いこと言っちゃいそうな気がして」
「酷いこと?」
「うん。――ずっと、あのときのことが引っかかってるって、自覚があるから」
ベルのことで、どうしても許せないことが、一つだけある。彼女が悪いわけではないと、頭では分かってはいるのだが。むしろ、私が許せないから、ベルも罪悪感を感じているのかもしれない。
「一度、しっかり話し合ってみたらどうだい」
「それって、すっごく、難しいんだよ?」
「そうだね。――でも、アイネなら大丈夫だ」
とても、そうとは思えないのだが。
***
一応、クレイアにも相談することにした。
「アイネはちゃんと相手の感情を見てるわよね」
「どういうこと?」
「人を傷つけないようにしてるってこと」
「そんなの、みんなやってることでしょ?」
――その上、クレイアの感情に限っては、本当に見えないときがある。なぜか、隠すのが非常に上手いのだ。だから、知らない間に傷つけていることに気づけていないのかもしれないと、怖くなる。
「あたしは今、何を考えてると思う?」
「私をすごくかわいいと思ってる」
すっかり慣れたテントで腹ばいになり、両手で頬杖をつきながら、クレイアの顔色をうかがう。
「あはは、そうね、大当たり。――それはね、誰にでもできることじゃないのよ。本当に人の気持ちが分からなくて、苦しんでる人だっているんだから」
「ふーん……」
「だからアイネは、すっごく、すごい子なのよ」
「えー、ホントにー?」
「本当に」
クスッと笑うクレイアに、私は
クレイアは口をぱくぱくさせ、ためらいを振り払うようにして、語り始めた。
「あたしはね、なんにも見てなかったの。考えることも、察することもできたはずなのに、勝手に一人で怖がって、ちゃんと周りを見ようとしなかった。――今でも、すっごく、後悔してる」
赤い瞳に宿る、薄暗い感情をまばたき一つで消し去り、クレイアは寝転がる私の瞳をまっすぐに見つめる。
「逃げないで。どんなに怖くても、ちゃんと、相手の目を見るのよ」
「……もし、どうしても、怖くて、見ることができなかったら?」
「見られるようになるまで、待ってもらいなさい。自分を本当に想ってくれる相手なら、きっと、待っててくれるから」
待ってもらう勇気など、私にあるだろうか。
***
夜が明けて、日がテントに差し込む頃、私はゆっくりと起き上がる。
「どぅわぅ!?」
――そして、転がった。いや、転がされた。
テントがごろごろ転がっているのだ。
それに気づいたはいいが、クレイアがまだ寝ている。むしろ、なぜこの状況で寝ていられるのか。
「クレイアさん! 起きて!」
「んー……無理」
「起きろってばあわああっ!?」
ごろんごろんごろん、と、転がされていく。
「アイネ、来ちゃった!」
家屋をいとも
――彼女は、
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