第六章 雨降って地固まる02
× × ×
次の日、
「
「……ん、おはよう」
返事はしてくれるが、気もそぞろなのは見て明らかだ。ショートホームルームぎりぎりでやってきたところを見ると、今日もあちらこちらを探していたのだろう。
「
「
温度のない声で食い気味に
それでも
(
◆ ◆ ◆
「ここで、もしかしたら落としたのかも……」
思い当たる場所はもう、ここしかない。
この公園の
「はやくでてきて……」
必死で
呼吸が浅い。目の奥が熱い。どうして身体がこんなにおかしくなっているんだろう?
(そっか、私……)
原因はストラップが見つからない不安だけではない。こうして
小学生のとき、男子に見た目でからかわれた。
でも、今までずっと、自分は
「あのとき
彼も自分を助けてくれようとした。でももう
「もう、自分で見つけるしかない……っ」
× × ×
その日の放課後。
「お兄があっちこっちにふらふらするちょうどいい理由になるんじゃない?」
ひよりに内心感謝しつつ、スーパーへ向かう。今日は買い出し目的のため、自転車移動にしていた。
(ひと雨来そうだな)
学校内を
(
近くの緑豊かな公園で、
「うわ……マジか」
公園に入って自転車を
「
銀の
「……なんでここにいるの?」
しゃがみこんだまま、
「通りかかったんだよ」
「ここを探してるのはどうして?」
「……このあいだ、ここで
思った以上に
「俺も探すの手伝うから」
「いい。かまわないで」
雨がわずかに強く、太くなる。風も
「いいから。俺も探す」
「……なんで? 私はひとりで探したいの。手伝わなくていいから」
ひとり、という言葉に心臓が締め付けられる。
「大事なものなんだから……ぜったいに、見つけるんだから……」
風がやみ、
「どこ……? やだ、どこ……? はやく、でてきて……」
雨に
つらい目にあっていたときのひよりの姿が重なる。胸の中に
──なんで俺は、
雨に
すぅぅ、と静かに息を吸った。
「だあぁぁ! もう!」
「きゃっ!?」
「え、えっ、と……?」
頭が真っ白になったのか、きょとんとしている
「
「は、はいっ」
「
「えっ」
「人の助けはちゃんと借りていいんだっての」
「えっ、あ、その……だって……」
「
「あ、う、え、えぇ……?」
「……ごめん、熱くなりすぎた」
目をぱちくりさせて混乱する
「ただのお
「……私、意地になってたと思う……。ごめんなさい、ありがとう」
今さらだけど、お願い……と今にも消え入りそうな声でつぶやく。
「……助けて」
すがるような声に胸が
「わかった」
あのときは
ぜったいに、意地でも見つけると心に
「手分けして探そう。この公園以外で探すところはある?」
「ううん、もうないはず。交番も聞いて回ったから、道に落ちてることもないだろうし」
「わかった。じゃあ、この
「うん。……この辺りがかなり
「なんで?」
「……クレープを食べてテンションが上がって、
なにその
内心
「ぜったいに見つける……っ」
五分、十分、十五分と時間が過ぎていく。
「
「ちょっと待ってて。ええと……」
これだけ必死で探すなんて……。
「よっぽど大事な形見なんだな」
「……? 何を言ってるの……?」
「へ? だって、これだけ大事にしてるなら──」
不意に雨が弱まり、
「
落ち着いた声が
「……へ?」
視線の先に
まるで、
頭によぎったのは、
「おばあちゃん……」
「おばあちゃん……? え、おばあちゃん!?」
生きてたんかい、とか。若すぎるでしょ、とか。
あらゆるツッコミが頭を
「ずぶ
「だって、だって……おばあちゃんのプレゼントが……」
「だから最近、ずっとそわそわしてたの? ……そこの男の子は? もしかしていっしょに探してくれたお友達?」
「この人はパ……クラスメイト」
パパラッチって言おうとしただろ、今。
「初めまして。
「そうなのね……ありがとう、うちの孫のわがままに付き合ってくれて」
「~~……っ!」
「しょうがないわねぇ。また作ってあげるから」
「でも、でも……」
困ったように笑う祖母と、だだをこねる孫という構図。雨に打たれながらも
「……ん……?」
かかとに何かが当たる。草むらの
手に取って
「あった……!」
次の
「がふぅっ!?」
やわらかな
「よかった……よかった……っ」
(ええと、こういうときは……)
「おやおや……」
祖母が
「ありがとう……ほんとに、ありがとう……」
「おばあちゃん、見つかった」
「そうだね、しっかり感謝しないと」
「いや、お礼ならもう
どうにも照れくさいので、そろそろ立ち上がろうと思った矢先。
「本当に……ありがとう。
ふわりと、小さな花が
(う、わ……うわ、うわ……っ)
身体の
けれどいま目の前で見ているのは、間違いなく
ていうか急に
「この子は我が孫ながらめんどくさいけど……それでもいい?」
「うぇっ!? は、はいっ! ぜひとも!?」
「
「あれ? やんでる……」
身体を
分厚い雲がゆっくりと割れ、
「きれい……」
「ふたりともすっかり
「えっ!?」
思わぬ
冷たい身体を温めるシャワー。
こんこんと浴室のドアをノックする音。
お湯加減はどう? という声に
ばっちりだと答えると、そう、よかった……とバスタオルを巻いた
(うん、ぜんぶ
何がどうなったら
「ええと……ありがたいですが、今回は
「あら残念」
祖母が楽しげに笑う。けっこういたずら好きな面があるようだ。
「シャワーくらい使ってくれていいのに……」
「それは
「え、え、えぇ……? わ、わかった……」
立ち上がり、ぐっと身体を
「
「へ? いいよこれくらい、大したことないから──」
「何でもするから」
「マジデスカ」
片言になってしまった。浴室での
「……どうしたの?」
「仲がいいわねぇ」
祖母がにまにましている。このやりとりを見られるダメージが
「見つかったのはもちろん
「え、お、おおう……?」
「あー……えっと、れ、
「……そんなことでいいの?」
「うん。……俺としては、めちゃくちゃ
「……ん、わかった」
スマホを取り出し、トークアプリの
(
「(よかったわねぇ)」
と、言わんばかりに祖母がサムズアップしている。中々
「早く温まらないとふたりとも
「あ、いえいえ……」
「
「どういたしまして。
「うん」
「また明日」
「……っ。あ、ああ、また、明日……っ」
視界の
ふたりの後ろ姿を見送り、
必死な顔。
泣きそうな顔。
助けを求める顔。
そして──
心臓が今も高鳴っている。表情のひとつひとつがこんなにも
「……ああ~~……あんな顔見たら、もう、もう……あぁぁぁ~~」
あんな顔を見せられたら……
「……今日は打ち上げだな」
いや、何の打ち上げなの? とひよりにツッコまれる未来が容易に予想できるが、今日くらいは
「くしゅんっ」
スーパーでがっつり買い込むぞ……と気合を入れたとたんにくしゃみをひとつ。
(いったん帰って、ひよりと買い出しに行くか)
プランを
人の心に深く
それでも、迷いながらも
本当に……よかった。
× × ×
シャワーを浴びた
「……ブラックでいいのに。子ども
バスタオルで
「雨に
「……なるほど。それなら……いただきます」
マグカップを両手で持ち、くぴり。
「ん~……おいし」
「よかったわ」
上を見てふにっと目を細める孫を見て
「それにしても、
「だって……他の人を巻き込んだら、
「
「言った。最初は手伝ってもらったけど……やっぱりこれ以上手伝ってもらうのは悪いなって」
「そんな
「う~……わかってる、けど……」
コーヒーを飲んで、ふっと安らいだ
「それで、あの
「だって……手伝わなくていいって何度言っても聞かないから……。最後は私にお説教までして手伝ってくれたの」
彼は思った以上に
「あらあら。でも、いやじゃなかったんでしょう?」
「うん。……もしストラップが見つからなくても、すごく救われたと思う……ような、気がしないでもない、ような」
どんどん声がすぼまっていく。うんうん、今日も孫が
「それにしても、
「へ? ……あ」
ようやく自分のやったことを自覚したようで、
(この顔、あの子にも見せてあげたいけれど……とってもウブみたいだから
くすくすと笑いながら、
「ちなみに、もしあの子が提案に乗ってたら、同級生の男子がうちでシャワーを浴びてたんだけど……それについてはどう思う?」
「え、あ、う、えぇ? あ、あぅぅ……っ」
「ごめんね、からかいすぎたわね」
それが、高校に入学して二ヶ月と
(
見たところ、彼はどこからどう考えても
この子と彼が結ばれるのかどうかはわからないし、ましてや結ばれたからといって幸せになれるとは限らない。ソフィア自身でさえ、夫と歩む道はまだまだ半ばなのだ。
それでも、それでも。
いまだにあうあうと
Interlude
「もしもし、
「
「う、うん。なんでわかったの……?」
「だって声が明るくなったもん。学校にいるときはもう見てらんなかったから~」
「……その、ごめんね」
体育座りしている身体をきゅっと丸める。あとは自分で探す、と告げたときの、
「
「……っ」
「……ありがと。今度からは……ちゃんと
「お、おお? ……もしかしてなんかあった?」
「えっ」
しまった、決意表明のつもりが完全に
「べ、べべ、べつに……っ?」
「よ~しビデオ通話に
「うぅぅ~……」
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