第六章 雨降って地固まる01
「
朝、教室の席につくなりかけられる言葉。
「……ん、お、おはよう」
口の中で言葉を転がし、なんとか平静を
朝のホームルームまではあと少し時間があった。前の席の
それも飽きたら、家の書斎から持ってきた本を読む。
これからもきっと、毎朝こんな感じで過ごすんだろうなーと思っていたのだけれど……。
「
──日々の行動の
「ん……あの茶色い子に、会えた」
「そっか。よかった」
今までも、たまに話しかけてくる男子はいた。しかしどの人も、「
けれど
「お近づきになれた?」
「ん……
「言い方言い方」
「その……ひよりちゃんとコタローちゃんは元気?」
「元気いっぱいだなー。あと、そのちゃん付けは今度ぜひ本人の前でしてほしいかも。たぶん
「
「そうだ、コタローに
む。
「コタローは元々
「
こほん、と
「コタローも
先日
けれど、彼の住むマンション(なんだか誤解を招きそうな言い方だ)の前に来たとたん、ハッと我に返った。
男子の家に遊びに行くのは初めて……というカミングアウトをすると、
(あの家に……もう一回……?)
考えただけで
何より、
「えっと……
白銀の
「……まあ、べつに、うん、私も、ふたりに会いたいし」
「ほんと? やった……っ!」
「あ、ふたりっていうのはひよりちゃんとコタローちゃんだから」
「それは承知してますー……」
顔の熱が引いてくれない。
「うっし、ホームルーム始めるぞー」
担任の先生がやってきて会話が終わる。
──そういえば、こんなふうに男子と話すのはいつ以来だろうか。
自分に問いかけてみたものの、答えはすぐに
今の生活に
それでも、ときどき思い出して、少し悲しくなる。
ちらりと
この人にはもしかしたら、自分の
あくまでも何でもない話の延長線上で、「そういえば」くらいの切り出し方で。
そしたら、自分はちょっとくらい前に進める気がする。
「きりーつ」
日直の声にハッとする。自分は何を考えていたんだろう。
思春期と呼ばれる時期を
「…………」
ちらりと
「なるほどわからん」
思わずぷっ、と
まだまだ
というか、いきなり家に行く自分にびっくりした。
だから。
◆ ◆ ◆
「
昼休みに入り、
「んぉー? いいよー」
目の前のほっぺたをむにっと
「うむむむむ」
話を聞いてほしかったので、今日はふたりでご飯を食べたい……という
「ほんじゃ行こっか。先に
「え、あ、
「なーんか話したそうにしてるからねー。
地味にショックだった。後ろから左右のほっぺたをつまみつつ歩く。
「あーうーいーいーぅーいー(歩きにくいー)」
文句を言いながらも
弁当箱を開いて、ふたりでいただきますをする。
「ほんでー? いおりんの何についてお
一口目の卵焼きを
「…………」
「ごめんごめん、え、何その構え!? チョップ!?
手を引っ込め、こほんこほんと
「……なぜわかった?」
「
「その……どう言えばいいかわかんないんだけど……」
べつに、
今の気持ちを
……。
…………。
「……パパラッチの
「考えうる限り最悪のいい方になっちゃった!」
「はー、はぁぁ……
「ま、きっちり聞きたいことをまとめるってのも大変だしねー。とりあえず思ってることをつらつら言ってみ?」
「ありがと……。だいたい二時間くらいかかるけど、いい?」
「長編映画の尺!」
「えっとね……」
ぽつり、ぽつりと、最近考えていたことを話し始める。
気が付けば、
◆ ◆ ◆
「まー、
ひととおり話すと、五秒と
「え……それだけ?」
「うん、これだけ」
話を整理しよっか、と
「
もっ、もっ、とご飯を
「ふたりで話したとしても
こくり、と飲み込んで、
「
「おーマジか! やるなーいおりん」
教室の方角に
「それでそれで? いおりんと話すのは楽しい?」
「へ? んー……うん。わりと、楽しい……かも」
「それはいいことだ!」
「
「
パックのジュースを
「……そういうのは……わかんない」
顔をそむけ、
「……だって、
顔を
あれ? ホラーかな? と本気でびびっていると。
「か~~わいいな~~~もう!」
「ひゃぅぉわっ!?」
いつの間にか回り込んでいた
「びびびびっくりしたぁ……」
大きさが倍になったのかと思うほど心臓が激しく鳴っている。
「とりあえず、いおりんとはゆっくり接していけばいいんじゃない? 気持ちが変わることもあれば、変わらないこともあるかもしれないけど。せっかく男子と話せるようになったんだから、もっと話さないと……あーいや、そんな義務感に
「そう……だね。うん、ありがと。……
「へっへっへ。どうよ、これが保護者系親友というものだー」
「変な
至近
◆ ◆ ◆
気楽に行こうと決めると、少しだけ気持ちが楽になった。相変わらずぽつぽつとではあるが、
「それじゃ、また明日」
「……っ! ま、また明日!」
たまに自分から話しかけると、
それでも、男子とこんなふうにやりとりできるようになるなんて……と、自分に感激さえしていた、とある日の放課後の帰り道。
「……あれ?」
カバンにつけていた
「
「最後に
「オッケ、わかった。そうなると……一日半のあいだに移動した
「うん。……あの、
「なーに言ってんの! おばあちゃんの大事なプレゼントでしょ? 手伝うに決まってるってー」
「……そっか。ありがと、
ふたりがかりなら、きっとすぐ見つかるはず。
そう思ったものの──この日は学校に
昨日の放課後は
部屋に
幼い
「……こんなお別れしたくない……」
つぶやいた言葉が、静かな部屋にぽとりと落ちた。
◆ ◆ ◆
翌日、学校に来てからも探し続けた。勉強に支障をきたさない
(見つからない……)
なくなるまでに動き回った場所はひととおり見てまわった。落とし物として届けられていないかも
思考の
「
男子。注がれる視線。馬鹿にする声。
いくつもの
「……なんでもない」
我ながら情けない、と思うほどに
わかっている。
それでも、自分と祖母との大事な思い出を
ほんの少し前に、自分から彼に過去のことを話すのもいいのではと考えたこともある。
それに、
『そんなに難しく考えなくてもいいのに』
けれど今は、
「そっか。……何かあれば言って。俺も手伝うから」
関係ないんだから、入り込もうとしないで。
少しずつ近付いていた関係を
昨日まで集中して聞いていた授業にまるで集中できない。
放課後を
次の日は
それでも、大事なストラップが見つかることはなかった。
(どこに……どこにあるの……?)
ますます
(もう探すところは……あ)
暗くなった帰り道。不意に、まだ外で探していないところがあることにと気付いた。しかし今日はもう、これ以上
明日こそ見つける……っ!
どんどん自分の
× × ×
いつも通りを心がけてあいさつをしたものの、返ってくるのはそっけない……というよりは、上の空といった返事。異変に気付いた日も、その次の日も、
『
そんな
(手伝うことはできないんだろうか……)
ここ最近、彼女のまとう
そんな
「お兄、なにをずっと
「あー……いや、なんでもな」
「
ひよりがにひっと笑い、マグカップに入れたホットココアを持って
「コタロー、こっちおいで?」
「みゃー?」
とっとことやってきた
「まあまあ、話してみなさいな。だいじょーぶ。我が家の天使がシリアスな空気を
「コタローは無敵だな……」
持ち上げられてみょーんと
「みゃ?」
つぶらな目つきで首をかしげた。ううん、この
× × ×
「なーるほどねー。
ひよりがマグカップを
それにしても……とひよりがつぶやく。
「お兄のそういうとこ、昔から変わらないね」
「……そうか?」
「そうだよー。……あたしのときも、そうだったでしょ?」
困ったような
ひよりの件は、今も
──小学生の
本人は「あれくらいならまだ軽いよ」と言っているが……見ていることしかできなかった
ひよりは、物を
しかし、教室ではひそひそと
両親が
『ん、なんもないよ?』
『だいじょうぶだってー』
『なんでもないってば!』
何度はぐらかされても
ひよりといっしょに帰って守りたかったが、通い始めたばかりの
『お兄と
ひよりがそう言って笑ったときの大人びた
ひよりのクラスのいじめは、まるで当番制のように移り変わった。帰り道でひよりを大声でばかにしていた男子がいじめられたり、それまで目立っていた女子がいじめられたりした。目まぐるしく対象が変わるいじめは黒幕がいるようなものではなく、そうすることでクラス全体の精神の安定を
ひよりはいじめに加わることは決してなく、いじめられている子を遊びに
まだまだ幼いと思っていた妹が自分よりもしっかりしていると気付き、
なお、ひよりがさりげなくケアをした男子は、
「あのとき、もっとやれたことがあると思うと……」
「まーだ言うんだから~」
ひよりが
「あの
「ん……たしかに、そうかもな」
ちょっとでも困っている人がいると、あの
「あたしはもうぜんっぜん気にしてないのにねー。お兄は
「後半ひどくない?」
ひよりがくすくすと笑い、コタローのしっぽの付け根をぽんぽんと
ちなみにひよりは、当時自分をいじめていた子とも
「ま、そこがお兄のいいところでもあるんだけどねー」
ひよりはにひっと笑うと、
「助けてほしくないのに助けようとするのは
「うぐ……っ」
「
「ちょっと待って、ぐうの音も出ない。泣きそう」
「あとでひざ
「……それで手を打とう」
「お兄の真顔、ネタなのかどうか判断に迷うんだけど」
「なんかごめん」
ひよりがふっと
「……でも、小学校のときのあたしもそうだったけど……人に
だからね……とひよりがマグカップをローテーブルに置き、コタローを
「お兄が『この人は助けを求めてる!』と思ったら、後先考えずに、ドン引きされるのも構わずに行っちゃうのもいいんじゃない?」
「……まあ、
どうやら照れているようだ。
「ひより、顔赤いぞ」
「うっさい。……まあ、なんとかなるんじゃない? 知らんけど」
関西人みたいな
「さては照れてるな? おいおい妹が
ひよりが起き上がるなりクッションでばふばふと
「今日はお兄の大好きなホラー映画を
「ちょっと待てそれはなんの
「えーと、ノイズキャンセリングヘッドホンを用意してー、部屋も暗くしてー」
「やめろやめろ、ホラー好きがガチで楽しむときのセッティングだろそれ!」
コタローもまじえてしばらくはしゃぐと、頭のもやもやが晴れていることに気付く。
「ひより、その……なんだ、うん、ありがとな」
「ん、どーいたしまして」
「ココア、もう一杯飲むか?」
「飲むー」
妹が元気に手を挙げるのを見て、
「みゃ?」
ぼくも参加する流れですか? といわんばかりにコタローが立ち上がり、
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