緑のたぬき


 私は幽霊だ。その時の事は良く覚えていないが、事故で死んだらしい。

 幽霊になってからというもの、死んだ場所に縛り付けられている訳でもなく、あの世に行ってさまよっている訳でもない。

 私は今生きていた頃の私の彼氏に家事を教えている。


 私の彼氏はいくら教えても家事が上達しない。お皿を割ったり、料理を焦がしたり。全て可愛いミスだけれど、ここまで出来ないと心配になって彼の傍を離れられない。

 今だって、覚えた?って聞いても、出来ないとは答えず、しょんぼりとしたまま唸っている。


「ちょっと休憩しようか。」


 彼がソファに座った事を確認して、キッチンに行く。粉末のコーヒーをカップの中に入れる。

 お湯を注ごうとした時、するっと私の手を通過してコップがすり抜けた。ガシャンっと大きな音がなってコーヒーが床に飛び散る。

 コップがすり抜けた。人とか動物と違って物がすり抜ける事はなかったのに。

 自分の手をギュッの握る。またすり抜けるかもしれないと考えると、これから物に触れるのを躊躇ってしまいそうだ。


 慌てたような足音が近くに聞こえて、はっと前を見る。彼が心配そうにこちらを見ていた。


「ごめんなさい」


 と、咄嗟に謝る。コーヒーを拭かないといけないことを忘れていた。

 彼が大丈夫だよ、と言ってカップの破片を拾い始める。私も破片を拾おうとゆっくり手を伸ばす。次はすり抜けないように。


「あっ」


 彼の声と共に彼の手が私の腕をすっと通っていく。少しビックリして固まる。

 ちらっと彼を見ると彼は今にも全力で謝罪しそうな顔をしてる。思わず笑ってしまう。

 きっと破片を触ると危ないからと、止めてくれようとしたんだろうな。


「もう死んでるんだから大丈夫だよ」


 私はそう言ってまた破片を拾う。

 コーヒーを拭いて床を綺麗にし終えて、私はソファーに埋もれていた。本当は彼に料理を教える予定だったけれど、今日はもう休もうと言われた。

 代わりに何か晩御飯を探しているらしく戸棚を漁っているのが見える。

 暫くして、彼が手に晩御飯であろう物を2つ手に持って机においた。どうやらカップ麺にしたらしい。

 私の前に緑のたぬきと書かれたカップ麺を置いて、彼は椅子に座る。彼のカップ麺には赤いきつねと書かれている。

 私が幽霊になる前からそうだった。私達が食べるカップ麺は赤いきつねと緑のたぬきで、私が緑で彼が赤。なんでかは分からないけれどそうなっていた。懐かしさで思わず顔が綻ぶ。

 カップ麺にはお湯が注がれている。彼の分だけでなく私の分まで。結局彼が食べなければいけないのに。

 私は幽霊になってからご飯を食べる事がなくなった。それでも形だけでもと、彼は毎回私の分まで用意するのだ。

 ご飯を沢山食べる彼を見るのも好きなので止められないでいる。


 ご飯を食べている彼を見ながら思う。

 貴方は知っているのかな、私がなんで貴方のそばにいるか。

 私がいなくても1人で生活出来るって言うのは嘘ではない。けれど、貴方は私が幽霊として此処に来なくてもきっと1人でなんでもこなして行くのだろう。

 私が家事を教えたいと言っているのは、教えている間は貴方と一緒に過ごせるから。


 ねぇ、貴方は気づいているのかな?

 私が本当は、貴方はもう完璧に家事をこなせることを知っているって言うこと。

 貴方はまだ出来ていないように失敗しているけれど。

 本当の事を教えた時、貴方はどんな顔をするのかな。恥ずかしそうに照れる?それとも少しムッとするのかな。

 どんな貴方でも見てみたいけれど、今はまだ教えない。

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僕の彼女は幽霊。 蒼猫 @aiiro_4685

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