第11話 ととまる
今日はとっても楽しみな文化祭。
いつもより早めに迎えに来てくれた結心さんは午前中保健室で仮眠を取り、私はその横のベッドでととくんと一緒にパンフレットを見ながらどこを回るか考える。
すると、誰かが怪我をしたのか保健室の扉が勢いよく開き、その扉の音に凛先生が静かに怒るとその人たちと口論し始めた。
私は隣にいる結心さんの肺がしっかり動いているのを確認してからととくんと一緒にカーテンの隙間からその様子を見ると、凛先生が男子生徒3人をベッドに近づくのを止めていた。
私はその様子がどうしてもおかしく感じ、ととくんに結心さんのそばにいてもらって凛先生の隣に行く。
愛「どうしたんですか?」
凛「あ…。信実さん戻ってて。」
「あれ、白雪ぼっちじゃん。」
と、青のラインが入った薄汚い上履きを履いているとても背の高い男子生徒が私に話しかけてきた。
「今日は“お友達”いないの?ガチぼっちじゃん。」
凛「怪我してないなら早く出てって。調子悪い子が寝てるの。」
凛先生は慌てた様子でその人たちの体を押すけれどびくともしないらしい。
「だからベッドで誰が寝てるのか知りてぇって言ってんじゃん。ここにいる奴まともに話出来ない奴ばっか。」
と、3人組は大笑いしながら私たちを床に投げ飛ばして結心さんが寝ているベッドのカーテンを開けた。
愛「ととくんっ!」
「あーいたいた。くすんだウサギとふかしタバコ。」
結心さんのことを抱きつくように守るととくんは簡単に引き離され、隣のベッドに投げ飛ばされた。
愛「ととくん!」
私がととくんに慌てて近づこうとすると、ととくんを投げ飛ばした男子生徒がブレザーの胸ポケットからボールペンを取り出し、それをととくんのお腹に一刺しした。
「この汚ねぇウサギ、いつも邪魔なんだよね。一旦バラバラにしてお前のポケットに入れられるようにしたあげる。」
「やれやれー。ぬいぐるみのくせして図体デカすぎるんだよ。」
と、背の高い男子生徒がととくんの腕と体を引っ張り、ととくんをバラバラにした。
愛「…ととくん。」
「まだ言ってるよ。」
「喋れる奴いねぇからって人形持ってくんなよ。」
「そんなんで人の気引こうとしてんじゃねぇよ。」
凛「信実さん…。私が治すから。…あなたたちが人のものを壊したこと、しっかり報告させてもらうから。」
凛先生は俯く私の背中を撫でてくれるけれど、私はととくんの声も息も心音も聞こえなくなったことに手が震える。
「こんなボロ雑巾1つ2つ壊したとこで停学なんかにならないっしょ?」
「だな。いいとこ反省文か。」
「だりぃ。この布切れに作文書くの?」
私は歪む視界の中、近くの棚上にあった国語辞典を持って何度もととくんをボールペンで刺す男の前に立つ。
「何?」
愛「作文。」
「は?反省文のこ…」
私は何か言っていたのを聞かずに不意打ちで突き飛ばし、頭をぶつけて痛いフリをする男の上に馬乗りになり、国語辞典を振り上げた。
「ちょっ…」
愛「ととくんは布じゃない。」
私は重力と一緒に自分の力を国語辞典に込めて振り下ろすと、その腕を誰かが力強く止めた。
「ダメ。愛はそんなことしちゃダメ。」
と、私の腕を握りつぶす勢いで寝起きの結心さんは霞む目で私の歪む目をじっと見てきた。
結心「そういうのは俺がやる。愛はとと丸のこと助けなきゃ。」
「お前もにんぎょ…」
結心「黙れよ。お前らと話す気ない。」
結心さんは素早く起き上がると、私が馬乗りになっていた人の顔を容赦なく上履きの底で踏み潰した。
結心「俺、最近睡眠不足ですごい機嫌悪いの。それ知ってて来たの?」
「そんなこと知ったこっちゃねーよ。テメェが俺の知り合い…」
男が話している途中で結心さんは私が持っていた国語辞典を奪ってその男の顔面に投げると、その人は思わず尻餅をついてタラ…っと鼻血を流した。
結心「俺は
「は?嘘つ…」
結心「これ以上、お友達の顔を捻り潰されたくなければその話しないで。てかお前、俺に5回カンニング見逃してもらったカンダだろ?」
結心さんは1番背の高い男を見て眉と目を釣り上げた。
「それは…」
結心「俺の寝込みも襲ってそういう姑息なことするの、趣味なの?」
「ち、ちが…」
結心「でかい図体でナヨい俺1人にお供2人も連れて来ちゃうんだ。ダッサ。」
「ちげーって言ってんだろ!」
急に怒り出した男は結心さんめがけて拳を振り上げた。
すると、結心さんは私の体を優しく押し下げ、その人の腕と襟を掴むとぐるっと背を向けた。
結心「受け身。折っても知らねぇよ。」
と、結心さんは自分よりも大きな体をいとも簡単に担ぎあげ、ベッド上に投げ捨てた。
結心「俺のベッド。あと30分寝るからこいつどけろ。」
「は、はいっ。」
結心さんに顔を血だらけにされた2人は投げ飛ばされて放心状態になった男を担いで保健室を出て行った。
結心「ごめん。掃除大変だし、このベッド曲がった気がする。」
と、結心さんは何もなかったようにベッドに座り、お尻で飛び跳ねてベッドを軋ませる。
凛「…まあ、私の自腹じゃないし。それより信実さんのとと丸くん。治すために準備してくるね。」
そう言って凛先生は保健室を飛び出してどこかに走って行った。
私は久しぶりにととくんにワタを食べさせながら治療道具を待っていると、結心さんが濡れたガーゼでととくんのお腹を拭き始めた。
結心「…よかった。水性。ニーナは外科も内科もある程度いけるからとと丸はすぐ良くなる。」
愛「…そうかな。」
結心「うん。俺の耳も傷口縫ってくれたのニーナだから。ほら見て綺麗でしょ?」
と、結心さんは私に安心させるように滑らかな耳元を見せてきた。
愛「うん…っ。ととくんの傷もそのくらい綺麗になってほしい。」
私が一粒ととくんの上に涙を落とすと、結心さんは私を抱きしめて背中を優しく撫でてくれる。
結心「とと丸が良くなったら少し休んでから出店周ろうな。」
愛「うんっ…。」
私は幼馴染がボロボロになってしまったそばで王子様のように優しくしてくれる結心さんに抱きついたまま、傷が治るのを待った。
環流 虹向/桃色幼馴染と煙気王子様
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