第8話接触イベントは、性的侵害を増やしたと思っている
うーん。
自分は、時代に乗り遅れたな、と思うことは、たびたびある。
正確には、すでに時代遅れである。
接触イベント、握手会が始まり、気軽に芸能人と触れ合える機会が増えたのは、映画「あの頃」に取り上げられた、松浦亜弥のデビューと前後している。
この映画を、わたしはまだ見てない。
苦々しい思いで、接触イベントの広がりを記憶しているからだ。
わたしが、性的存在として消費され始めたのは、14歳、中学2年生の秋からである。
わたしは1986年7月18日生まれ、性的被害にあったのは、2000年11月から2005年4月に至るまでの、5年間であるが、被害者であるわたしのメンタルに問題があったため、いまだにこの被害、二次被害等に悩まされている。
というより、犯罪被害者である。目に見えない、というべきか。
苦しんでいる理由の糸口を見つけたのは、たまたま、東京八重洲ブックセンターで目に入った本だった。
中年男ルネサンス。
帯に髭男爵がいたから、買ったのと、男性が多い組織で行き詰まり、助けを求めて手に取った。
わたしは、こう聞いた。
児童ポルノが、一般的になったのは、2000年前後である、と。
つまり、性的対象が、もとは女子大生だったのが、女子高生になり、女子中学生になり、女子小学生まで下がり、なおかつ、14歳の女の子が「身売り」するようになった。
結果的に、現在、2.5次元俳優は、若手俳優にも、接触イベントは避けては通れないものになっており、接触イベントにおいて神対応ができることは、人気の絶対条件になりつつある。
就職活動におきかえれば、
「性的被害を受けようが暴言を受けようが神対応ができる、
コミュニケーション上級者募集!」である。
そんなやつおるかい。
だから、演技力でなく、人間力が試される。
恋愛禁止を受け入れる。
12時間以上の労働に文句言わない。
なお、14歳当時の、
最大の稽古時間は、
休憩時間含めても、
朝9時から夜9時までは普通だった。
なお、無給である。
そう言った「死体」を積み重ねていった先に、今の業界は、ある。
つまり、参加していただけなのに、無給、長時間労働、児童ポルノに加担していた、ということになる。
性的被害を乗り越えた、とはいえない。
おそらく、ここまでの性的被害を受けた私が、加害者にならない、パワハラ、要するに激しい嫌がらせと、暴言、差別発言を受けた私が、激しい嫌がらせをしない、差別発言をしない、とは限らない。
それが怖い。
学習したからだ。
加害者から学習したからだ。
だから、防ぐには、暴露しか、無いと思う。
どれだけ自分が、くそで、クズで、ひどい実績、業界に加担してきたか。
たとえ、子供だったから、としても、それは逃れられない責任だと思っている。
だって、その後にデビューした人が亡くなったり、引退したりしているのを知っているから。
良いところを伝えるのが、本当は、先輩の役目なんだろうけど、個人的には、「俺の死体を越えていけ」です。
俺たちは、道頓堀の、何千という死体の上に立っている人間だから、だからこそ、死体に敬意を払っていく必要があると思う。
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