買い物

 6時限目を丸々使って、3週間後に控えた体育祭の種目決めが行われた。

 全員参加の競技を除き、1人2種目は絶対に出場しなければならない。

 リレーなど足の速さがものを言う競技では、野球部やサッカー部から選ばれ、タイヤを引っ張って走る競技──鉄人では柔道部や剣道部からそれぞれ体力と力に自信のある人が先生によって強制的に選ばれた。


 帰宅部の俺はもちろん選ばれるはずもない。

 昔から得意な障害物競争と細川から誘われて借り物競争にした。

 ちなみに借り物競争で出されるお題は、先生と実行委員が考えるらしく、恐らく変なお題はないだろう。


「鈴高の女の子も来るらしいよ」

「マジで!」

「なんかめっちゃ可愛い子いたよね、前近く通った時見たんだよ」


 皆んな別の意味で体育祭を待ち侘びていた。

 土曜日開催ということもあって、他校の女子が観に来るのだとか。

 彼女持ちの人は彼女が観に来てくれるんだろうけど、俺は蓮子に体育祭のことを言ってないから来てくれることはない。


 そもそも体育祭を観に来たって、俺が別に目立って活躍するわけでもないし、あまり楽しくはないだろうと思ってる。

 それよりもどこか出かけたり、一緒にいる方が俺は楽しい。


 浮気してるなんて誤解も解けたことだ。あれから返信をしてくれるようになった。相変わらずの素っ気なさだけど、今週の土曜日に買い物に行くことになった。


 なんでも夏休みに友達と海に行くらしく、そのための水着を買いに行きたいんだと。

 海で蓮子の水着姿を拝めないのは残念だ。

 蓮子がどんな水着を買うのか気になる。無難なものを選ぶのか、それとも際どいものなのか。

 でも、もし布面積のえぐい少ないやつだったら、海に行ってナンパされないか心配だ。できることなら俺も連れて行ってほしいけど、蓮子が許してくれそうもないし。

 ナンパされてついて行くほど蓮子のガードは緩くないのは知ってる。前にナンパされてた時も明らかに嫌な顔してた。


 大丈夫だよな……。


 蓮子のことは信じてるつもりだけど、やっぱりどこか心配な面が出てしまう。

 何て言ったって可愛いんだから。

 ナンパされてもおかしくない。

 ちょっとボディーガードとして連れてってもらえないだろうか……。


 ◇


「むり」


 俺も言っていい感じ? って気楽に訊いたんだけど、わかっていた通りダメだった。

 それもそうだ。

 女友達と行くんだから、そこに男が一人ぽつんと混じる訳にはいかないよな。蓮子はともかく、友達が気を遣うだろうし。

 こうなれば俺は別で友達と海に行くしかなくなってしまった訳だが……細川は家から出たくないって言ってたから無理だな。あとは……気軽に誘えるような友達はいないなぁ。


「水着、何か気になるのとかあるの?」


 迷いのない足取りを見て、数あるお店からもう目星を付けているのかと思っていたからそう訊いたんだけど、蓮子が方向音痴なのを忘れていた。

 さっきからエスカレーターを上ったり下りたり、しまいには全く関係のない本屋に着いてしまう始末。


 俺と蓮子は大型ショッピングセンターに来ている。

 土曜日とあって家族連れや友達同士、俺と蓮子のようにカップルで来ていたりととにかく人が多い。

 だから迷うのはわかるけど、もう少し俺を頼ってくれてもいいと思う。

 裏垢に『迷ったよ~、どうしよう~』なんて呟く手があるなら、俺の手を取って欲しい。


「蓮ちゃん、マップ見た方が早いと思うよ」

「……わかってる」


 ちょっと不機嫌になった。

 店の場所が上手いこと見つからないからか、俺が迷子になってるってことを遠回しに言ったからか。

 でも、意地を張らずに素直に近くの電子マップで場所を確認する蓮子の頬は、迷子になったことが恥ずかしかったのか少し赤かった。


「場所、見つかった?」


 蓮子の隣に行くと、蓮子が一歩だけ俺から離れた。


「み、見つかった?」


 そんなに離れなくても……。


「2階だった」

「ここ3階だね」

「ん!」

「ごめんごめん」


 ぎろっと睨まれてしまったけど、照れ隠しなのがよくわかるほどに頬だけじゃなく耳も真っ赤だった。これは、ナンパよりも現地で迷子にならないか心配だ。友達がいるから大丈夫だろうけど、その友達とはぐれる可能性もある。


 3階から2階へエスカレーターを降りるとき、蓮子が足を躓いた。

 俺が前に立っていたから、蓮子が背後から抱き着いた形になった。もう心臓が張り裂けそうになるほど嬉しかった。

 なんか甘い匂いがかすかに香った。

 蓮子は案外ドジなところがある。さっきみたいによく躓く。酷いときは何もないところで躓くことがある。


「だ、大丈夫?」

「……うん」


 俺としては、躓く度に見せる蓮子の恥ずかしがっている顔が可愛くてずっと見ていたいのだけど。


「蓮ちゃんよく躓くよね」

「うるさい」

「ごめんって、そんなに睨まないで……ただ、おっちょこちょいだなって思っただけで」

「悪い?」


 眉間に皺を寄せて、怒っているというより拗ねているような不機嫌な顔で睨んでくる。


「悪くはないよ、その、か、可愛いなって」


 可愛いなんて、思う分には恥ずかしさも緊張もないのに、こうして言葉にして伝えるだけで一気に手が震える。緊張しているし、なんだか恥ずかしい。


「バカじゃないの……」

「あ、待ってよ蓮ちゃん」


 蓮子は俺を置いて行くように早歩きで行ってしまう。また、何もないところで躓きそうになりながら。

 やっぱり蓮子はおっちょこちょいだ。


 蓮子がトイレに入って行ったので、俺は外で待機だ。

 それにしても、浮気してる誤解が解けてよかった。

 でも、蓮子は俺に嫉妬してくれてたのかな。どうでもよかったら既読無視するくらい不機嫌にならないよね……?

 俺は毎日、裏垢を覗いている。

 

『彼氏くん浮気してなかった、私の勘違い。良かったぁ。わざわざウチまで来てくれて、もう彼氏くん大好き♡』


 誤解が解けたその日に呟かれたこれを見る度に、心がきゅっと締めつけられるような、息苦しさとかはない嬉しさが込み上げてくる。

 蓮子が出てくるまで、呟きを見ていると、1分前の呟きを見つけた。


『彼氏くん、か、可愛いって急に言ってくるから、滅多に言ってくれないから、びっくりしちゃった。でも嬉しぃ(>_<)!』


 1分前ってことは、トイレで打ってるってことだよね。

 可愛いなぁ。

 滅多に言わないのはただ恥ずかしいからだけで、いつも心の中では可愛いと思ってる。

 嬉しいって、じゃあ『バカじゃないの』って言っていたのは照れ隠しだったんだね。

 そこがまた可愛いんだよ。


 トイレから出てきた蓮子はいつもの無表情だった。


「行こ」


 その一言だけでこっちは見てくれず、さっさと先を歩く蓮子だけど隣に行くと俺に合わせてくれるように少しだけ歩く速度が落ちる。


「マップで確認したから、もう迷子にならないね」


 こうやってからかうと、耳を真っ赤に、ほんの少し目を潤ませて、蓮子は絶対に睨んでくる。

 最近気づいたことだけど、蓮子はからかい慣れていない。戸惑っている感じが瞳から滲んで見える。あんまりからかわない方がいいんだろう。でも、その顔が見たくてついつい。

 以前よりかは会話はできているけど、相変わらず蓮子と手は繋げていない。まぁ、どうしても俺が緊張してしまって、なかなか手が出せないでいるだけなんだけど。


 

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