元カレ

 レディースの水着が並ぶ中、男が一人というのは気まずい。

 蓮子が隣にいるとはいえ、周りを見渡せば女子ばかりで、男性の姿などどこにも見当たらない。


 水玉模様があしらわれた三角水着を手に取った蓮子は、そのまま試着室へと入っていく。

 そう言えば蓮子が通ってる学校では水泳の授業があったはず。

 近くにあった競泳用の水着を見て思い出した。

 これを着て授業を受けているんだよな。蓮子はスタイルが良いから特に水着なんて着たら目立つだろう。テニスやってたから肉付きいいし、胸も高校生にしては大きい。

 あ、やばい興奮する。


 なんてことを考え少々股らへんが疼き始めた頃、試着室のカーテンが開かれた。

 俺は期待を胸に試着室に顔を向ける。

 けど、蓮子が着ていたのはボーダーシャツにタイトスカートと可愛らしい格好のまま。

 これはこれで良いんだけど、俺としては少しだけでいいから水着姿を拝みたかった。

 期待していただけに落ち込んでしまう。

 これはもう想像で補うしかないな。


 蓮子が何かに気づいて顔を顰める。

 どうしたのかと思い彼女の視線を辿ってみると、そこには競泳用の水着をハンガーごと手に取った俺がいた。


「あ、これはっ、違うんだよっ」

「きも……」

「そんなこと言わないでよ。ただ手に取ってみただけだからさ」


 なんか余計なことを言っている気がする……。


「それがきもい」

「じゃ、じゃあこれ着てみてよ。海に行けないからさ、蓮ちゃんの水着姿見てみたいんだ。お願いしますっ」

「な、何言ってんのよ」


 珍しいことに蓮子が動揺していた。何もないところで躓いている時よりも。


「お願い、一瞬だけでいいから」


 俺の熱意が伝わったのか、それとも土下座の態勢に入ろうとしていることを察したのか、蓮子は俺の手から競泳用の水着を奪うように取った。


「一瞬だけ……」

「ほんとに! ありがとう!」

「こんなの着て嬉しいの……?」


 蓮子はぶつぶつと何か呟きながら試着室へと入っていく。

 中で布と布とが擦れる音がかすかに聞こえる。

 たまにカーテンが揺れる時がある。あまり広くはない試着室だから手が当たっているのだろう。

 蓮子が試着室に入ってから十分が経過した。一向に出てくる気配がしないので、まさかと思いアカウントを見てみると『水着見せるの恥ずかしいんだけど……』と呟かれていた。

 やっぱり……。


「蓮ちゃん、着替えたかな?」


 カーテンからひょっこりと華奢な手が出てきた。手招きするように手をパタパタさせて、試着室に入って来てと言わんばかりだ。


「え、いいの?」

「いいから」


 恐る恐るカーテンを少し開け、顔だけを覗かせる。


「わぁ、蓮ちゃん」


 いつも不愛想な顔ばかりの蓮子が、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうにもじもじしている。

 競泳用の水着は蓮子のくびれにぴったりとフィットして、Vラインから伸びたすらりとした美脚はついつい目を奪われてしまう。

 それに何と言っても胸が大きすぎて、すごい破壊力だ。


「あんまり見ないで」

「いや見ちゃうよ、めっちゃ可愛い」


 こんなの見たら増々海に行くのが心配になってくる。

 俺だったらこんな子がいたら嫌われる覚悟で話しかけちゃう。


「も、もうおしまい、出て行って」


 無理矢理にカーテンを閉められ試着室を追い出された。

 それから数分して蓮子が私服に着替えて出てきたけど、顔の赤さは変わらなかった。

 いつもよりあんまり俺と目を合わせてくれなくなったのは気のせいだろうか。


「ここは俺が出すよ」

「いや、いい」

「さっき水着見せてくれたお礼」


 最初は俺が払うことを拒んでいたけど、水着姿を見せてくれたことを言うと蓮子は少し俯くと黙ってしまった。

 そんなに恥ずかしかったんだね……。


 蓮子と近くのカフェに入りお昼を食べた後、俺たちは本屋に立ち寄った。

 ずっと続きが気になっていたバトル漫画の新刊が昨日発売していて、それを買いに来たのだ。

 さっそく目的の漫画をレジへ持って行き会計を済ませる。

 文芸コーナーにいる蓮子のもとに向かっていると、知らない男が蓮子と話していた。

 短めに切り揃えられた金髪に、キリッとした眉、耳にはピアスがぶら下がっていていかにもチャラそうな見た目をしていた。


 最初はナンパかと思った。

 だからすぐに割って入ろうと早歩きになったが、近づくにつれて聞える会話はやけに親しく、男は腕を組んで笑っていた。

 蓮子は俺に見せたことのない笑みを男に見せていた。

 思わず足が止まってしまった。


 あいつは誰なんだ。

 俺の知らない、見たこともない。

 蓮子のお兄さん? いや、兄はいないはずだ。

 嫌な予感がふと過った。

 俺は止まっていた足を再び動かして、蓮子のもとに歩み寄る。


「あ? 誰?」


 男が俺に気づき明らかに嫌な顔をする。

 だから俺も眉を潜めて自己紹介を決め込む。


「蓮ちゃんの彼氏です」

「え、まじ、お前彼氏いたの」


 蓮子は軽く笑って頷いた。

 男は俺を一瞥した後、蓮子に顔を向けて明らかに嘲笑うような顔をした。


「悪いけど、パッとしねぇな」


 男は続けて、


「ちなみに俺、今彼女いないんだよね」


 などとぬかしやがった。

 そりゃあ金髪の男と比べるとパッとはしないだろう。俺はそこまで派手じゃない。

 まぁ別に俺は悪く言われても気にしない。特にこんなチャラチャラした奴なんかに言われて腹が立つほど器は小さくない。

 だから、ここは大人の対応を見せてやらないとな。

 なんて思っていたら、隣から凄い威圧を感じた。

 野生の本能並みにバッと振り向くと、さっきまで笑顔だった蓮子の顔は険しくなっていた。

 舌打ちでもするんじゃないかと思うほど不機嫌な顔。

 初めて見る蓮子の怒った顔に、俺は危険信号を感じ取った。


 ここは無難にやり過ごし、早くここから退散しなくては。


「パッとはしないですけど、蓮ちゃんの彼氏ってことは変わらないので」


 今にでも男に食いかかりそうな蓮子の手を握り、俺はそそくさと本屋から脱出する。

 その後、男がどこに行ったのかわからない。

 また鉢合わせたら面倒だと考えた俺は、蓮子を連れてショッピングセンターから出た。

 それからしばらく歩いたところで、俺は蓮子の手を握ったままなことに気づき咄嗟に離す。


「あ、ごめん」

「別に……」


 蓮子の顔はいつも通りの不愛想に戻っていた。

 良かったぁ、と安堵したところで、俺は気になっていたことを投げかける。


「ところで、あの人って──」


 そう言いかけた時だ。

 頭が真っ白になる出来事が起こった。

 蓮子は少し背伸びをした。

 俺の胸板に両手を添えるとスッと顔を近づけ、そして……。


「ちゅ……」

 

 俺の唇にキスをした。


 一瞬だけ。

 軽く触れただけなのに、痺れるような感覚が全身を駆け巡った。


 柔らかかった。

 蓮子の体温がそこに濃縮されていて、ほんのりと香ったのは森林の落ち着く匂い。


「れ、れ……」


 俺は上手いこと口が動かせなかった。


「元カレ」


 たった一言だけ。

 頬を赤く染めた蓮子はそうハッキリと言った。

 俺は元カレという言葉を不思議とすんなり受け入れていた。

 それは、蓮子がキスをしてくれたことで、元カレは過去だという当たり前のことが更に強調されたに違いない。

 というか今はそんなことどうでもいい。


 今までくすぶっていた昂りがキスというトリガーによって押し出された。

 我慢してきたのかもしれない。

 こんな形で出てくるとは思わなかった。


 俺は、人目をはばからず、蓮子を強く抱きしめた。

 

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無愛想レベル100の彼女、裏垢でめちゃくちゃデレてたことについて 私犀ペナ @Nagatoppp

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