イタリアンのお店

 市内の日曜は昼時とあって人が多かった。

 最近出来たイタリアンのお店の場所もわからないだろうに、俺の前をさっさと歩く蓮子は、案の定立ち止まって、片手にスマホを持ったまま振り返る。


「どこ?」

「すぐそこだよ」


 俺は蓮子の前にあるお洒落なお花の飾られたお店を指差した。

 

「そう」


 蓮子は再びスマホに視線を落とした。


 イタリアンのお店は、少し薄暗くて落ち着いた雰囲気があった。俺と蓮子のようにお昼を食べに来たカップルがちらほらと見える。皆ラブラブそうで……中には究極奥義『あ~ん』をやってるカップルも。

 俺も蓮子にしてもらいたいな。

 なんてことを思いながらテーブル席に座ると、小柄な女性店員さんがメニュー表を渡してきた。


「ご注文お決まりでしたらお呼びください」


 一礼した後、店員さんは立ち去った。


「俺はもう決まってるんだ」


 牡蠣とクレソンのペペロンチーノ。

 クレソンが何かわからないけど、牡蠣もペペロンチーノも俺の好物だ。昨日ここのホームページを見ながら既に決めたのだ。


「蓮ちゃんはどうする?」


 相変わらずスマホを弄る蓮子に、俺はメニュー表を差し出してみる。

 蓮子の視線が一瞬だけメニュー表に移った。


「同じの」


 やっぱり。

 自分で決める素振りがない時は、蓮子はいつも俺と同じものを頼む。何度かこうして食事に行ってるから、何となくわかってきた。

 俺は店員さんを呼んで牡蠣とクレソンのペペロンチーノを2つ頼んだ。


 頼んだものが来るまで、周りのカップルは楽し気なのだろうけど、俺と蓮子の間にそんなものはない。

 蓮子はスマホを見ているし、俺は俺で昨日見つけたあのアカウントをチェックしている。


『イタリアンに来たけど、周りカップルだらけ……人の目もはばからずいちゃいちゃと』


 その文言には、不思議と苛立ちのような感情が含まれているように感じた。

 俺はスマホを見る振りをして、ちらっと蓮子の様子を伺う。

 椅子の背もたれに体を預けて、右手にスマホ、左手は右ひじを支えるような形で、周りの彼女たちと比べると態度はかなり大きい方だと思う。


『今日はちょっと彼氏君が冷たいかも……スマホばっかり』


 え、ちょっと待って。

 まだ弄って数分も経ってないけど。

 いやいや、まだこのアカウントが蓮子のものだと決まったわけじゃないし。全くの別人だって可能性もあるにはある。

 でも、イタリアンって呟いてるしなぁ。それに周りはカップルが多くて、人の目なんて気にせずいちゃついてる。

 もうこれ蓮子なんじゃないのか。

 こんなに偶然が揃うわけがないし、ただ、もし蓮子だとしたら今スマホを弄りながら、喜怒哀楽をどこかへ捨ててきたような表情で呟いていることになるけど。


 スマホばっかりで冷たいそうなので、俺はスマホをポケットにしまって、相変わらずスマホばかり弄る蓮子に話しかける。


「意外とカップル多いね」


 スマホを弄る指がぴくっと止まったのを俺は見逃さなかった。返答を考えているのか、しばらく経ってから再び指が動き出し、蓮子が口を開く。


「うん」


 予想通りの返答だ。

 蓮子から話を広げてくれたことは一度もない。会話のキャッチボールは蓮子に渡った時点でそこらへんに転がされて終わる。

 周りのカップルが楽し気に話している中、俺と蓮子の間に流れるのは沈黙のみ。

 そこへ、女性店員さんがやって来た。


「お待たせいたしました」


 と、テーブルの上に牡蠣とクレソンのペペロンチーノが乗った皿を2つ置く。

 ごゆっくりどうぞ、と言って一礼すると静かに去っていく。

 可愛い店員さんだった。

 にっこり笑顔で、営業スマイルなんだろうけど、久しぶりに女性に笑顔を向けられた気がする。

 その店員さんはよく動いていた。お水が空になったら交換しに行ったり、空いた皿を見つけたらすぐに回収しに行ったり、ちょこちょこと動いていて、何だか愛らしかった。

 俺が店員さんに見惚れていると、突然、バンッ! という音が聞えた。びっくりして肩が震えて、音のした方に急いで顔を向けた。

 そこには、蓮子がフォークを使ってパスタを器用に巻いていた。


 だけど、スマホを弄りながらじゃなかった。いつもならスマホは片手にあるのだけど、そのスマホはテーブルの上に置かれていた。

 今の蓮子はパスタに集中というか、なんかちょっと怒ってるような、不機嫌なような、そんな雰囲気を感じる。


「蓮ちゃん……お、美味しい?」


 フォークに巻いたパスタを口の中でもぐもぐさせる蓮子は、俺の顔をちらっと見てすぐに視線を逸らした。美味しい? の返答はなく、黙々とパスタを食べている。


「お、美味しそうだね」


 絶対怒ってる。

 どうしてかは説明できないけど、無視なんてされたことは一度もない。素っ気ないけど「うん」とか「あっそ」とか何かしらの反応はしてくれる。

 さっきまで怒ってるような感じしなかったんだけどな。


 先に食べ終えた蓮子はスマホを弄っている。

 気のせいか、指の動かすスピードがいつもより速くて、苛立っているような感じが凄いする。

 お陰でパスタの味がほとんどしない。クレソンは食べたことないからそもそも味なんてわからないけど、牡蠣とペペロンチーノは俺の好物で旨いはずなのに、薄っすらとしか味がしない。


 俺なんかしたかな……。

 蓮子が嫌がるようなことをした覚えはないけど。


 まぁでも、俺は馬鹿だな。

 不機嫌な蓮子を見ても可愛いなぁって思ってしまって。これで蓮子も俺のことが好きだったら、バカップル誕生なのにな。


 いつにも増して蓮子に話しかけにくいので、俺は気を紛らわすためにスマホを弄る。

 蓮子なのかもしれないあのアカウントを開くと、呟きが更新されていた。

 そこには、


『彼氏君が他の女ばっかり見る……ムカつく……』


 と、怒りに満ちた文言が呟かれていた。

 俺は咄嗟に蓮子の様子を伺った。

 いつも通りのポーカーフェイス……と思ったけど、若干口元が不機嫌そうに歪んでいる。ミリ単位の違いだ。これは、蓮子の微妙な表情を読み取るのに神経を使っている俺にしかわからないだろう。


 他の女ばっかり見る……。

 あの店員さんのことか。

 やっぱり、このアカウントは蓮子のものかもしれない。

 怒ってる蓮子には申し訳ないけど、もう少し確かめてみてもいいだろうか。

 


 

 


 

 

 

 

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