蓮子は呟く

 ドキドキと鳴っていた私の心臓が静かになったのは、帰宅して早々に部屋に入って、ベッド上に横になったイルカの抱き枕に抱き着いた時だった。


 最初は好きとか嫌いとかなかったはずなのに。告白された時はまたかと思ったくらいで、特に断る理由もなかったから付き合っただけ。今まで付き合った人は、恋人というよりセフレに近かったし、いずれ別れるだろうと思っていた。

 私もそれを受け入れてきたし、あまり深く関わったらダメだと思ってる。


 なのに、優太は私を優しく扱う。


 夜の行為を全く求めて来ないだけじゃなくて、手も繋いで来ない。私が距離を置いて接しているからかもしれないけど、今までそうしてきたし、それでも迫って来るような男性しかいなかった。

 優太のような人は初めて。


 自分から告白したのは1回だけ。

 中学1年の夏休み、テニス部だった私は同じ部活の先輩に告白した。

 ちょっと遊んでそうなチャラい人で、当時はそんな男性が好きだった。けど、やっぱり遊んでいて、先輩が同じ部活の後輩と付き合っていたのは知っていた。

 それに、先輩は裏垢を持っていた。

 見つけたきっかけは、行為をした後、先輩がスマホを弄っているのを後ろから寝たふりをして覗いた時だった。


『全然イかないわ、おもんな』


 と、呟いているのを見た時は、胸が抉られるような痛みに襲われて息のできない思いをしたのを覚えている。

 確かにイけなかった。

 あまり気持ちよくないというか、激しすぎて痛いくらいで、それでも私は感じている演技を必死にした。けど先輩にはバレていたみたいだった。


『大根演技すぎてキモイわ』


 それを見て泣いてしまいそうだった。ぶわっと胸が熱くなって、怒る気力もなくただ自分を虐げたい気持ちに駆られて、泣いてしまいたかった。

 その2日後に、私は先輩と別れた。

 それでも未練があったのか、私はしばらく先輩の裏垢をチェックしていた。裏垢で繋がった女の子と付き合っているのを知った時は、不思議と未練のような気持ちがスーッと消えて行った。


 陰でヤリマンだって言われてるのは知ってる。

 ただ、イけなかった自分がどうしても悔しくて、どうしてなのか知りたかった。気がつけば、経験人数だけが増えていくばかりで、私が本当に気持ちがいいと思ったことは1度もなかった。

 その気持ちを内に溜めておくのが辛くて、どこかへ吐き出したいと思った時、あの時付き合っていた先輩が裏垢で私のことを呟いていたのを思い出した。

 それから、私は付き合ってきた男性の悪口を呟き始めた。

 下手だとか、私のこと考えてくれないとか、無理矢理で痛いとか、主に行為の不満ばかり。

 付き合う人を変える度に、裏垢も作り直し、もちろん優太と付き合った今も、告白を了承した日にすぐに作った。


 なのになのに、行為を迫って来ないから呟くことがなくて、悪いところを探そうとしても、私を大切に優しく接してくれるから全然悪いところなんて見つからない。

 優太って何考えてるんだろう。

 あえて短パンとか肌を見せる格好して誘ってみてるけど、それらしい素振りがないどころか手も繋いで来ない。

 今日だって、私がイルカ好きなの知ってたみたいだったし、持ってなかったイルカのぬいぐるみプレゼントしてくれるし。

 帰りも心配だからって送ってくれるし。


 嬉しさのあまりずっとにやけてしまいそうで、優太のことが好きになってしまいそうだった。

 私は優太の彼女じゃないし、彼女になりたくはない。先輩の時のようになりたくないから、セフレの関係だけでいい。

 深く関わったらだめ。その分だけ痛い目に遭った時に、大きく傷つくから。

 だから私は裏垢で呟く。

 この気持ちを内に留めていたら、いつか優太の彼女になってしまいそうで、吐き出すことで冷静さを取り戻すために呟くの。


 優太から貰ったイルカのぬいぐるみの頭を撫ででいた時、フォロー申請が来た。

 名前が『おじさん』っていう変なアカウント。

 どうせすぐに消すアカウントだし、私は許可をした。

 

 まず手を繋ぐところから始めないと。

 せっかく付き合ったんだし、どうせ別れるなら1回だけ試してみたい。


 その思いを吐露するように、私は裏垢で呟いた。

 そんな時だった。

 優太から連絡が来た。

 明日のお昼を一緒に食べようっていうデートのお誘い。

 なんて返そうかな。

 別に用事もないし、でもお昼だけだったらあまり期待はできそうにない。

 私のためにイタリアンとか調べてくれたんだろうな。

 距離を置いて接していても優太は怒ることも呆れることもなく、優しく話しかけてくれる。それにこうして誘ってくれる。

 何で私のこと好きになったんだろう。

 私の噂は知ってるはずで、体目的ならもうやっててもおかしくない。

 シャイなのかなって思ってたけど、私がナンパされてたら、うちの彼女って言って助けてくれた。私は優太のこと彼氏とは思ってないけど。

 それはこれからもずっと変わらない。

 私は優太の彼女じゃないし、優太は私の彼氏じゃない。


 明日、優太はデートだと思ってるだろうけど、私は優太とまだやってないからその第1歩として、手を繋ぐところから始めようと思ってる。

 自分から何かしようとするなんて初めて。

 そうじゃないといつまで経っても優太はしてくれそうにないし、だから仕方なく。本当は自分からこんなことしたくないんだけどな。


 それから私は、優太に返事をした。


『うん』


 と、一言だけ。

 


 

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